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第四怪 その7

 大根を抜き始めて二十分。かなりの数を引っこ抜いて、ちょっとした大根の山が出来上がっていた。うねうねと(うごめ)いているのが非常に気色悪い。視界に入らないでほしいのだが、そこに集めるように指示されてしまったので放り投げるときに嫌でも視界に入ってしまう。……帰ったら忘れ薬でもないかどうか室長に訊いてみよう。


 これで大体三分の一ぐらいは引き抜いただろうか。まだまだ夜は深いので夜明けまでには終わらせることが出来そうだ。よかった。正直、日にあたりながら能力を行使するのは難しいのだ。かゆみで集中が途切れる。


 「お、集まってきたな」


 室長がなぜか嬉しそうにそんなことを言う。何が集まってきたのだろう? いや、考えるまでもなく、大根だ。


 動く大根というだけでもげんなりするのに、さらにそいつらは僕たちを排除しようと襲ってくるわけだ。


 もはやギャグの世界だ。なんだこれ。


 死因が大根とかになりたくはないので、僕は室長の視線を追う。


 四体(四本?)の二足歩行の大根が徐々にこっちに向かってきていた。手には棒切れのようなものを持っている。持てるもんだな、大根でも。


 「道具を使うぐらいの知性はあるわけか。一応、統魔にも報告しておかないとな」


 全部焼却処分するのは決定でも魔術師としてさすがにそのあたりはきちんと情報提供するようだ。とはいえあんまり近づいてほしいものでもないので僕はとっとと引きちぎることにする。


 「待てコダマ。キミは引き続き大根を引き抜いていろ。あれは笠酒寄クンに任せよう」

 「わかりましたー。ぶっ飛ばしてきます!」


 元気よく返事して笠酒寄は大根の群れに向かっていく。長袖の先から見える手の部分が獣毛に覆われているのは人狼の能力を開放しているからだろう。恐らくは四肢だけを人狼化しているのだ。


 便利だなあ……人狼。


 感慨にふける間もなく、笠酒寄は一瞬で大根四本を砕いてしまう。それはそれは見事な蹂躙だった。相手のほうがかわいそうになる。


 「で、室長。こんなのをどのくらい続けたらいいんですか?」


 あくまで能力を使いながら大根を引き抜きつつ、僕は室長に尋ねる。うげ、こいつなんで腕が三本あるんだよ。


 「ああ、ここの大根を全部引き抜いて、そして向かってくるのがいなくなったら終了だな。そしたら統魔に戻って、報告して終了だ。報告は私がやるからキミ達はゆっくりしているといい。温泉にいくぞ」

 「そりゃ、ありがたい、です、ね!」


 本日何本目かも数えたくないような大根を引き抜く。声こそ届かないものの、精神的ダメージだけで結構なものだ。


 「空木君大丈夫? 代わろうか?」


 いつの間にか戻ってきていた笠酒寄が下から覗き込むようにして訊いてくる。


 「大丈夫だ。っていうかお前じゃ抜くときに死んじまうだろうが」

 「(なわ)とか結んで遠くから引っ張ったらどう?」


 ……確かに。十メートルぐらいしか声は届かないわけだからそこそこには実現可能だ。


 「どうなんですか、室長?」

 「あー、葉っぱ部分がちぎれてしまうと取り出しにくいからな。やめておいた方がいい」


 はぁ。やっぱりそうなるか。


 「おっと笠酒寄クン。次の団体様らしいぞ」

 「はーい! めっさつー!」


 もう深夜だというのにテンション高く笠酒寄は駆けだしていった。




 およそ一時間後。山頂の畑の大根は全て引き抜き、集まってきた大根もすべて笠酒寄によって粉砕され(文字通り)、この大根事件は終わったのだった。


 もうしばらく大根は見たくない。


 集めた大根は一か所に集めて、室長が魔法で火を放った。ついでに山頂にかかっていた欺瞞魔術も解除してしまったらしい。


 じゅうじゅうと大根の中に含まれている水分が火にあぶられて音を立てる。さすがに火は嫌なのか大根共は身をよじる。逃げるのは片っ端から僕が戻しているが。


 「すげー残虐なことをしている気分になりますね、これ」

 「戻ったら大根の味噌汁にしてくれ」

 「……自分で作ってください」


 嫌がらせか。


 ほどなくして大根の山は灰の山に姿を変えてしまった。いまだに夜は明けない。


 「さて、依頼は果たしたし、帰るとするか」

 「はいはい」

 「はーい」


 登りとは違って警戒する必要もないので一時間もかからずに停めていたクルマまで到着する。


 いつも通りの室長、疲れた顔の僕、なぜかうきうきした感じの笠酒寄。三者三様に乗り込む。


 統魔に戻る途中に室長がクルマを停めた。


 温泉宿、だろうか?


 「コダマ、笠酒寄クン。ここで降りろ。昨日の分から予約は入っているから今日はここで休養していろ。温泉も二十四時間入れるから土埃を落とすといい」


 今の疲れた体にはうれしい。是非もなく僕と笠酒寄は荷物を持って温泉宿にチェックインしたのだった。


 


 個室。個室である。


 室長のことだから三人一緒の部屋であろうと予想していたのだが、全員が個室だった。うれしい予想外である。


 フロントでは室長の言ったとおりに明け方だというのに温泉に入れるということだったので早速僕は温泉に向かう。


 温泉は好きだ。それも露天風呂ならなおさらだ。


 ぬるめのお湯ならいうことはないが、そこまで望むのはあまりにも強欲だろう。


 着替えを持ってそわそわしながら暖簾をくぐる。


 なんともレトロちっくな内装が迎えてくれる。おお、ナイス雰囲気。やはり温泉というものはこうでないといけない。


 土と大根の匂いがこびりついてしまった服を脱ぐ。……この服は捨ててしまったほうがいいのかもしれない。見ただけで今日のことを思い出しそうだ。


 そんなどうでもいいことは脇に置いておく。いまの最優先は温泉だ。露天風呂だ!


 最早全裸になっている僕は温泉の戸を開け放つ!


 ちょうど夜明けの時間だったらしい。向こうに見える山横から上ってくる朝日が見えていた。


 この景色だけは今回の依頼で救われた部分かもしれない。


 そこまで考えて僕はあることに気づいた。


 先客がいる。


 そしてそいつには見覚えがあった。というか笠酒寄だ。


 僕の頭脳がフロントでいわれたことを思い出す。


 『露天風呂は二十四時間入浴可能ですよ。ただし、混浴ですからお気を付けくださいね』


 ほう、つまり、混浴、で、ある。


 笠酒寄もホコリを落とそうと思って入浴していても不思議はないというわけだ。なにもおかしくはない。いたって論理的な帰結である。決して破綻(はたん)していない。


 だが、人間の感情いうものは論理だけで割り切れるものではない。


 「きゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 「すまーーん! すぐ出ていくーーーーーー!!」


 ダッシュで滑る床に足を取られそうになりながら僕は浴場から出ていく。後ろではまだ笠酒寄が叫んでいた。丈夫な喉だ。


 ああ、なぜこうなるのか。


 せっかくの温泉も笠酒寄が上がってくることを確信する二時間後ぐらいまでは僕は入ることができなかった。






 当然のように室長からのちにこのことをいじられたことは言うまでもない。


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