第四怪 その6
山頂。
普通の登山ならば見晴らしのよさに感動したり、空気の清浄さに感慨深くなるところなのかもしれないが、僕たちはそうもいかなかった。第一現在は深夜なので風情もなにもないが。
僕は、あたり一面に広がる大根畑に戦慄するしかなかった。
ちょうど何者かが整地したかのように大きく開けている山頂はもはや大根帝国の様相を呈していた。大根帝国ってなんだ。自分でもよくわからない。
「あの、室長。これ、もしかして全部……」
「おそらくはダイコンモドキマンドラゴラだ。ここまでの知能があるということは知らなかったがな。それとも品種改良種かもな」
ただでさえシュールな存在に更にシュールな改造を施すのはやめてほしい。なんでそういう発想になったのかを訊いてみたい思いさえある。
「空撮写真ではこんなことになってるのはわからなかったんですよね?」
「おそらくは魔術を用いた欺瞞だな。割と初歩的な結界術だからちょっと勉強した魔術師ならだれでも使える」
がっくり来る。なんでもありか。
これからこの一面に広がる大根を引き抜いて、それから山の中の大根も殲滅しないといけない。考えただけでだるくなる。
「あった。あそこがおそらくはここの中心だな」
室長は大根畑の真ん中を示す。
そこには小さな小屋があった。
ボロボロでいまにも崩れ落ちそうではあるが、確かに人工物である。
もし、この『怪』を仕組んだ人物が潜むならばあそこだろう。
「たぶん死んでいるだろうが、資料なんかも回収しないといけないからな。いくぞ」
大根を踏みつけながら室長はずんずん小屋に向かっていく。
「ちょっ、大丈夫なんですか? これ」
「心配するな。マンドラゴラ種は引き抜かれたときにしか叫ぶことができない」
はぁ。
「ほら、笠酒寄。一応僕たちも行こう」
後ろの笠酒寄に振り向いて声をかけると、なにか口をもごもごさせていた。
「……何食ってんだ、お前」
「さっきの大根の葉っぱ。けっこういけるかも」
「……んなもん食ってないで行くぞ。腹壊しても知らないからな」
心なしか野生化してないか? 人狼の影響なんじゃないだろうな。心配になってくる。
笠酒寄の手を引きながら(大根の葉を再びむしろうとし始めたのでこうするしかなかった)僕は室長を追って小屋に向かう。大根を踏みつけながら。
「やはり死んでいるか。この一面の大根畑は制御を失ったダイコンモドギマンドラゴラの暴走だな」
小屋の中に入って、散らばっている研究資料と思われる書類を見ながら室長はそんなことを言った。
「なんでそんなことがわかるんですか?」
ほこりだらけの本棚から分厚い本を取り出しながら僕は聞き返す。
「日記をつけていたようだが、ある日突然途絶えている。研究用に自立行動が可能になった大根を小屋の中で飼育していたようだが、それにやられたんだろうな」
「それなら死体はどうなったんですか? 骨ぐらいは残ってそうなものですけど」
「土の中だろう。せっかくの養分だ、有効活用したくなる」
「ぞっとしますね」
ということはいままで帰ってこなかった人々も同じ目に合っているのだろう。
自分たちの栄養を確保するために人間を狩るだなんて、確かに危険な存在だ。野放しにしておくのはまずい。とっとと焼き払ってしまうのがいいだろう。できるかどうかはともかくとして。
「それで室長。これからのプランはどうしますか?」
あらかた小屋の中は探したので本題の大根処理について尋ねてみる。
「一か所に集まっているならともかくとして、今回は山の中に散っているからな、コダマがひたすらここの畑の大根を能力を使って引き抜く。あとは勝手に集まってくるのを一網打尽にする」
「集まってくる保障はあるんですか?」
「ダイコンモドキの習性だが、こいつらは大体二十キロメートルぐらいなら感覚をある程度共有している。仲間が次々に引き抜かれていたら防衛にやってくるだろう。なによりもここはやつらの生産施設みたいなものだ」
つまりは仲間を助ける習性があるということか。それを利用して集まってくる大根を根こそぎ破壊する、と。気分は悪役だ。
「空木君、この大根ってけっこう美味しいみたいだよ。料理してみた記録もあるし」
お前はなんでそういう方向に興味を示しているんだよ。この状況で食欲旺盛って言うのはある意味では器がでかいのかもしれないけどな。
だが、笠酒寄のおかげで多少は緊張がほぐれたのは事実かもしれない。
「それじゃあコダマ、プランA。大根引き抜いて皆殺し作戦だ」
たかが大根に皆殺しとかいう作戦名がつくのは史上初めてだろう。
「プランBはちなみに何ですか?」
「山なんて平地になってしまえ作戦だ」
「詳細は訊きません」
平らにされてたまるか。統魔の人々と僕の胃に穴があく。
こうなったらとっとと終わらせた方がいいだろう。
外れそうなドアを開けて外に出る。一番端のほうから始めたほうがよさそうだ。
「笠酒寄クン、聴覚強化は使うな。叫びを聞いたらいかに人狼でも即死を免れない」
「はーい」
物騒なことを軽く言わないでください。
もういい。考えるだけ損だ。
畑のはじっこの大根に視線を集中する。二百メートルは離れているが、僕の視力なら問題ない。
まとめている髪が無重力になったかのように持ち上がるのがわかる。
ずぼん、と勢いよく大根が抜けた。
色はたしかに大根だったが、根茎の部分が人間のなりそこないのようになっている。
それがまた、ぐねぐねと動いているから気色悪い。近くだったら叫び声まで聞こえていたらしいので、死ぬ原因は気持ち悪さなんじゃないかと思ってしまう。
「抜いたのはその辺に放っておけ。どうせしばらくは動けん」
「了解です」
次の大根に視線を移す。
そしてこれから先、僕の人生で二度とないぐらいの大根抜きが始まった。




