第四怪 その4
僕と室長、そして笠酒寄は現在とある山中にいる。
なぜこんな状況なのかということをかいつまんで説明すると、統魔の依頼を室長が受けたからだ。終了。
すさまじく省略してしまったが、それ以外に述べることがない。細かいところを述べると、統魔の執務官と名乗った人に対してやたらにナメた口をきいていたとか、僕の魔術師見習いの承認はハンコ一つで終わってしまったとか、統魔(あそこは日本支部だったらしい)から戻ってみたら笠酒寄がやたらと八久郎さんと意気投合していたとか、いくつかはあるのだが、ここでは詳細はいらないだろう。というか笠酒寄を連れていくときの状況を思い出したくない。
絶対に。死んでも。
しかしながら、なぜ僕たちは山に登っているのか、ということに関しては言及するしかない。
戻れずの山。
この近辺ではそう呼ばれていたらしい。
らしい、というのは既に統魔が情報統制をおこなっており、熊が出没するから立ち入り禁止という情報で上塗りされてしまっているからである。執務官の人はそう言っていた。
この山では過去に何十人もの人間が帰ってきていないらしい。
山自体は特にこれと言って特徴のないものだ。高くもなく、低くもなく、断崖絶壁があるとか、猛獣が出るとかいうことはない。
それにもかかわらず、この山に入った人間は帰ってこない。
自殺とかそういった関係ではなく、おそらくは他殺。もしくは山に定住してしまっているということもあるかもしれないが、航空写真を撮った結果、人工物は全く見られないというものだった。現代人が年単位で小屋もろくにないような山の中で生きていられるだろうか?
室長のような人外を除いては無理だろう。
そんなのが日本にごろごろしていたら困る。というか統魔が黙っていないだろう。
つまりは一般人が犠牲になっているということだ。
もし、この事件に魔術的なものが関わっていたとしたら一般人に対して被害を出す魔術師が関係しているという可能性がかなり高い。このまま事件が解決しなければ徹底的な調査が入ることだろう。
最悪、魔女狩りの再来を招くことになってしまう。そういった事態を懸念して、統魔は調査を決断したのだった。それも並大抵の魔術師では返り討ちになってしまう可能性もあると考え、統魔には所属しておらず、確かな実力を持っている室長という便利な存在に目を付けたというわけだ。僕たちは完全に巻き込まれた形になる。
どうして僕はこうなのだろう。
一応の抵抗は示し、一般人の笠酒寄を理由に拒否したのだが、首根っこをつかまれてクルマに押し込められてしまった。
それからは山の麓までノンストップだった。
幸いにも山自体は近くだったので一時間ほどで到着はしたものの、それから調査の為に山登りが始まった。
夜も深まり始めた時間に登り始めるなんてことは普通の人間なら自殺行為なのかもしれないが、僕たちには関係ない。人狼と、吸血鬼と、なりそこないの吸血鬼。夜闇で視界を奪われるなんてことはなく、山道に体力を奪われて途中でへばるなんてこともなく、中腹ぐらいまではすぐに登ってきてしまったのだった。こういう時には自分自身の身体能力がうらめしい。
「室長、そろそろ結構登ってきたんですけどまだ何もないんですか?」
おそらくは僕の表情を一言でいうなら、『うんざり』という表し方になるだろう。自分では見えないがそれぐらいはわかる。
「そうだな、いまだに魔術、もしくはそれに類するものは発見できていないな」
対する室長は涼しい顔だ。まったくもって憎たらしい。
「本当にここって危ない山なんですか? わたしは普通だと思うんですけど……」
笠酒寄、それは僕たちが一般人とは言えないような存在だからだ。第一今は夜中だ。明かりもなしに山の中を進んでいるというのは完全に異常だからな。
人狼も吸血鬼も夜目がきく。昼間と変わらないとまではいかないが、少しばかり見づらいぐらいの状態だ。大して支障はない。
「山自体はごくごく普通の山だな。しかし、どうにも妙だ」
「何が妙なんですか?」
「私達が登っているこの道だ。誰が整備しているんだ?」
そういえば、確かに。
僕たちがいま歩いている道はかなり荒れてはいるものの、手が入っていないわけではない。人が通れるぐらいには整備されている。とはいってもそれはかなりお粗末なものではあるのだが。妙だといえば妙だ。
「管理人さんでもいるんじゃないですか?」
「入ってきた人間が戻ってこない山にか? 健忘症の気でもあるのかコダマ」
一瞬で切り払われてしまった。まあ、今のはたしかに概要を僕が忘れていたのが悪い。
となると、やはりこの山には何かがいる、もしくはあるということは間違いないだろう。しかもそいつはある程度の知性を持っているということになる。厄介だ。
そんなことを考えていると室長が突然止まった。
僕と笠酒寄も足を止める。
「どうしたんですか?」
いままでずんずん進んでいた室長がいきなり歩を進めることを止めてしまったので流石に気になる。
「なにかいるぞ。コダマ、笠酒寄クン、気をつけろ」
その言葉で僕たちに一気に緊張が走る。
「笠酒寄、何か聞こえるか?」
この中で一番聴力に優れるのはおそらくは笠酒寄だ。視界が普段よりも多少なりとも制限されている以上、この場合は笠酒寄の聴力を頼るほうがいいだろう。
僕が尋ねる前に笠酒寄は獣耳を形成していた。察しが良くて助かる。
「…………何かはいるみたいだけど、人間じゃないよ。もっと小さい、人間じゃないと思う」
いることは確かなようだが、人間じゃないと来たか。いわゆる妖精とか子鬼の類だろうか?
いや、それなら室長が真っ先に気づいているはずだ。性格は悪いが仕事に関しては室長が手を抜くことはない。
一応室長にも確認しておくか。
「室長、相手の正体に心当たりはありますか?」
「わからん。少なくとも生物、そしてサイズが小さいということから人間ではない。ついでに言うと妖精やら妖魔でもないな」
「そんなことまでわかるんですか?」
「そういうのだったらとっくに襲ってきているからな」
なるほど。わかりやすくて助かる。しかし、まだ相手の正体はわからないままだ。
警戒態勢のままに数分が過ぎる。
カサカサという音は僕にも聞こえるぐらいには近づいてきた。大体の方向はわかるが、正確な位置はわからない。そもそも僕の能力は視線が通ってないと通用しない。となると頼りになるのは室長と笠酒寄になるが……
「あだッ」
どうも思考に気を取られていたのがまずかったのか何かが飛んできたことに気づかなかった。
とはいってもそこまで痛くはない。下の地面を見てみると小さな石が落ちていた。
これが飛んできて僕の頭に当たったのだろう。
ということは飛んできた方向に投げたやつがいるということだ。
「室長」
「ああ、とりあえず行ってみるか」
道から外れて茂みの中に入っていく。先頭は当然のように僕でその後ろに室長、一番最後が笠酒寄だ。
少しばかり進んで、妙なものを発見した。
大根だ。
そこだけ開けている場所だったのだが、なぜか大根が植えられていた。しかも収穫できそうなやつが。白い根元が見えているので一発でわかった。
しかし、なぜ? こんな山の中で大根を栽培するなんてことは聞いたことがない。しかも、統魔の調査対象になっているような場所でだ。不自然極まりない。
怪訝に思って僕は大根に近づいて引き抜いて調べようとする。
「待てコダマ! そいつに触るな!」
室長の大声にびくりと驚いで僕は停止してしまう。室長が大声をだすなんて珍しいことだ。
振り返ると早足で室長が向かってきていた。
「な、なんですか室長。大声出さないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
僕の批難を受け流して室長はかがみこんで大根をじろじろと観察する。
やがて、室長は立ち上がるとこう言った。
「わかったぞ。今回の犯人はこの大根だ」
なんですと?




