第四怪 その3
「あら? ヴィッキーじゃない! ひさしぶりぃ~。元気してた? アタシは見ての通りだけどねぇ~」
入って早々にやたらとハイテンションに呼びかけられた。生憎と僕はヴィッキーなる呼び方をされる覚えはないので対象からは外れるだろう。そしてもちろん、かすりもしてない笠酒寄も除外される。よって結論としてヴィッキーなどと呼ばれたのは室長という帰結になる。証明終了。
「ああ、八久郎。確かに元気そうだな。相変わらず久道院の家には戻っていないのか?」
「いやぁねぇ~、言ったでしょ? アタシは八久郎じゃなくてミ・サ・ト」
「そうだったな。すまんすまん」
はっはっはっはっ、と二人は快活に笑う。
どうやらヴィッキーというのは室長のことで間違いなかったらしいが、呼びかけた人物のほうが問題ありだった。
緩くウェーブしたロングヘアを後ろでポニーテールにしている。着ているのは肩が露出した紫色のイブニングドレス。化粧のほうも上品にまとめており、高い技量をうかがわせる。ここまではいい。しかし、その身長は百九十はありそうだし、露出した肩も筋肉で隆起していた。その上に声もやけに響くバリトンボイスで、すべてがごっちゃになってすさまじいカオスを生み出していた。つまりはやたら背の高い筋肉質なオカマに僕らは迎えられたのだった。
軽く吐きそうになる。
「あら、その子たちは? とうとう弟子でも取る気になったの?」
やばい、気づかれた。
できればこのまま室長とは他人のふりをしていたかったのだが、それもかなわぬ夢だったようだ。なんてことだ。
「いや、一人は助手の空木コダマ、一人は助手の友人の笠酒寄クンだ。私が統魔に用があってな。ちょうどいいからお前に紹介しておこうと思ったから連れてきた」
なんだそれ。聞いてない。というかこんなのに紹介されると知っていたら全力で逃げていた。ハメたな、室長。
「あらん、ずいぶん可愛いコ達ねえ……特にそっちのポニーの男の子、アタシとお揃いね」
僕に視線を向けるのはやめてほしい。その上、自分との共通点を見つけるのもやめてほしい。なるべく視線を合わせないようにしよう。だからその流し目をやめてくれ。
「は……あはは……ありがとうございます……」
自分でも表情が引きつっているのがわかる。かなりぎこちない返事だったのだが、僕は自分をよくやったとほめてやりたい。
「あまりこいつに粉をかけるのはやめておけ。うしろの笠酒寄クンが怒るぞ」
「あぁん、青春ねぇ~。うらやましいわぁ」
自分の身体を抱きしめながらくねくねするのは本当にやめてほしい。さっきから精神的ダメージが大きくて吐血しそうだ。
笠酒寄のほうはどうだろうかと視線を送ってみると、頬を膨らませてオカマのほうを据わった目で見ていた。
こんな場所で人狼の力を使うなよ? ひやひやする。
「開店時間はまだだろう? 私とこのコダマは統魔に行ってくるからこっちの笠酒寄クンをここにいさせてくれないか?」
「いいわよぉ~。どうせヒマだしね。扉はいつものやつだからねぇ~。笠酒寄ちゃんだっけ? よろしくね」
交渉成立らしい。しかも今ので僕たちの名前も憶えられてしまったっぽい。
「室長、この人大丈夫なんですか?」
こっそりと室長に耳打ちする。
「大丈夫だ。久道院八久郎、いまはミサトなんて名乗っているが陰陽師の名家出身で、統魔に所属している魔術師の中でもトップクラスに腕が立つ。基本的には善人だから少しの時間ぐらいは問題ない」
嘘くさい。
とはいっても、このまま時間を浪費しても僕の胃に穴が開くだけなので、ここはもう迅速に用事を終わらせてこの場所から離脱するのが正解だろう。最早一刻の猶予もない。
「じ、じゃあ、笠酒寄のことをよろしくお願いします、八久郎さん」
店の奥に向かっている室長の後を追いながら僕は一応念を押すために言っておく。
「んもう、アタシは八久郎じゃなくて、ミ・サ・ト。その辺よろしくね」
ウインクが殺人兵器だ。
「笠酒寄、絶ッッッ対に騒ぎを起こすなよ?」
一応笠酒寄の方にも念を押しておく。
「……わかった」
憮然とした様子ながらも一応は承諾してくれた。
なんでこんなに僕が心労を重ねないといけないんだ。
ため息を吐きながら僕と室長は従業員しか入れないであろう扉をくぐる。
いくつかのドアがあったが、その中に異質なものが一つだけあった。
現代風の店内には似つかわしくない重厚な木製のドア。大きく『店長以外立ち入り禁止』と書かれている。
迷うことなく室長はそのドアを開けて中に入っていく。当然、僕も続く。
中はなぜか野外だった。
目の前には近代的なビルディングが一件。それ以外には何もない。ただ草原が広がっているだけだ。
驚いて後ろを振り返る。
そこには小さな小屋が一つあるだけだった。
何らかの魔術で空間を繋げているのだろうか。これ自体が『怪』になりかねない。……一応は魔術師の管理下にあるので問題なしということになっているのかもしれないが。常識がぶっ壊されていく。
すたすたと室長はビルディングの中に入っていく。
こんなところに置いてきぼりにされて、迷子になってもしょうがないので僕もついて行く。気分はアヒルの子供だ。
自動ドアを通り抜け、中に入ると受け付けらしき人がいた。それなりの美人の女性である。
「ヴィクトリア・L・ラングナーだ。魔術師見習いの正式登録と依頼の件を聞きに来た」
「はい、お待ちしておりましたラングナー様。六番の部屋にてお待ちください」
礼儀もなにもあったもんじゃない室長の言葉にも丁寧に対応するお姉さんだった。プロ根性というやつだろう。まったく、少しは室長にも見習ってほしい。
お礼も言わずに室長はさっさと歩いて言ってしまったので、僕は一応、ありがとうございますという言葉をかけてから後を追う。なぜか微動だにしなかったのが気にはなった。
が、しかしそれよりももっと気になることがあった。
「室長、ちょっと待ってください。依頼って何のことですか?」
「なに、統魔からの私への調査依頼が来ていてな。それもついでに片づけてしまおうという魂胆だ。一石二鳥というやつだな」
「聞いてないんですけど」
「言ってないからな」
ここまで人間をイラつかせることができるというのはある種の才能ではないだろうか。
絶対にこの感情は忘れないと誓いながら僕は室長の後を追う。
飾り気のない無機質な鉄の扉の前で室長は足を止めた。扉の上には『六』と大書してある。
六番、これのことか。
迷うことなく室長は中に入り、机を挟んで置いてある四脚の椅子の一つに座る。僕もそれに倣って空いている一つに座る。
二、三分したときだろうか。ドアをノックする音が響いた。
「いるぞ」
きわめて簡潔に、そして失礼に室長は答える。
それを受けてか、きしむ音さえも立てずにドアは開いた。




