第四怪
「コダマ、週末は金曜から泊りで出かけるから準備しておけ」
九月の末、やっとうっとおしい残暑もマシになり、そろそろ秋の到来に対して少しは備えておこうと思っていた矢先に突然そんなことを言われた。ちなみに今日は木曜だ。
「室長、突然なのはいつものことですけど、なんで週末なんですか?」
こうやって思い立ったが吉日、とばかりに僕に買い物に行かせたり(内容はゲームやら漫画)、『怪』らしきものの調査やら収集やらを命じるのはいつものことであるが、週末を押さえられるということは初めてだった。まあ、夏休みは毎日休みだったのだから休日を抑えられていた、と言えなくもないだろうが。とにかく、学校が始まってからは初めてだ。
初めてのことには警戒してしまう。
室長が食い散らかしたお菓子のごみを片づけつつ、僕はまた変な漫画でも読んで影響されて僕を面倒に巻き込むつもりなのだろうか? などと邪推してしまう。
百怪対策室応接室。時刻は午後六時。つい先日、とある霊と家族愛に関わる『怪』を終えたばかりの僕としては面倒事は避けて通りたい。
「残念ですけど、週末は友達とダンスパーティの予定なんです。泊まりなんてお断ります」
「嘘をつくな。キミに友達とダンスパーティなんてやるような根性があるものか。どうせ開いても来る人間は笠酒寄クンぐらいだろうがな」
……人の気にしていることをピンポイントでついてくる人だ。高校入学以来、少しばかりいままでの友達とは疎遠になってしまっているのは事実だが、即座に否定まですることはないだろう。
ちなみに今日は笠酒寄不在だ。家の用事とやらで来られないということを昨日聞いて室長も了承している。そもそも笠酒寄は室長に雇われているわけではないので本来は来る必要もないのだが。
特に今日は何もすることがなく、室長はずっと葉巻をふかしながら分厚い本を読んでいるだけだったし、僕の方も宿題をやっているだけだった。このまま何事もなく今日という一日が終わるはずだった。
しかし突然週末の予定を決められてしまった。
これには温厚な僕も断固として抗議の意を示したいところである。
「そもそも雇用契約的にあんまり働かせすぎるのはまずいんじゃないですか? 労働基準法違反になってしまいますよ」
法律の力を盾に使う。単純だが、効果的な手段だ。
法治国家の日本においてこれほど効果的なものはそうそうない。
たとえ常識というものを踏みつけながら存在しているような室長でもお縄になるようなことは避けたいだろう。日本で生きていくつもりなら。
「大丈夫だ。今回はキミの用事でもあるんだからな。私用ということなら問題ない」
「はい? どういうことですか。室長と一緒に出掛けるような趣味は有りませんよ」
「統魔からの呼び出しだ。キミの正式登録の準備ができたらしい。あと私と一緒に出掛けることを何だと思っているんだ」
うげえ。
そういえば夏休みの一件で僕は統魔に魔術師見習いとして登録されているのだった。
統一魔術研究機関。世界中の魔術と魔術師を管理する団体。
夏休みにいったん仮登録となってそれ以降音沙汰がなかったのだが、今更になって準備が整ってしまったらしい。
「それ取り消しとかできないんですか? 正直、魔術師になるつもりなんてないんですけど」
僕の目標は平穏に、平凡に生きることだ。今のところ百怪対策室に関わっている以上は叶わない夢だろうが、捨てる気はない。正式に登録なんぞしてしまったら平凡からは遠ざかってしまう。そのままなし崩し的に世界の裏街道まっしぐらというのはご勘弁願いたい。
「別に魔術師として統魔で勉強しろ、というわけじゃない。あくまでも『怪』に関わるのならば登録しておいた方が便利というだけだ。第一、登録してなかったらD指定以外のアイテムを使うどころか所持することができないぞ。手元に便利なものがあるのに使えずに死ぬなんてことは望まないだろう?」
その上に下手C指定以上のモノを使ったり、所持したら拘束指定を食らってしかるべき場所で監禁生活だ、とついでのように脅してくる。
確かに僕が魔術師として扱われていたことによって解決したことは多い。もし一般人のままだったら今現在生きていないかもしれないのだ。とはいえ、魔術師を名乗るつもりも魔術を研究するつもりもない身の上としては統魔に管理されてしまうというのはなんとも嫌な気分だ。
「安心しろ。統魔の掲げるお題目はあくまでも魔術の研究と継承と発展だ。それを邪魔しない限りはキミをどうこうしようというつもりはない」
あくまでも読んでいる本からは視線を外さずに淡々と室長は言う。
というか完全に僕の考えが読まれている。そんなに僕はわかりやすいのだろうか? いや、大抵の人間は管理されるということを嫌がるから経験的にわかっているのかもしれない。
どうも行かざるを得ないようだ。気は進まないが世界中にネットワークをもつ団体に目を付けられるということがどういうことになるかということぐらいはわかるつもりだ。
なんでこうも僕の望みとは反対のほうに行ってしまうのだろうか?
僕の好みはハリウッド映画よりもホームコメディなのに。
僕の人生の演出監督が僕以外にいるのなら出てこい。問い詰めてやる。
この際、室長にすべて手続きは丸投げにしてしまうという手段もあるが、それだけは絶対にやめたほういい。いつの間にかマジックアイテムとして登録されてしまう可能性すらある。
僕をからかうためにならば労を惜しまない人なのだ。
結論として、僕は週末を潰して統魔に行くしかないのだ。望むと望むまいと。
はぁ。
いつものようにため息が漏れる。
ため息を一つで幸福が一つ逃げるなんてことを言われたことがあるが、それならばここ最近で僕はかなりの量の幸福を逃していることになってしまう。なのでそれは迷信であると信じておくことにする。




