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第三怪 その7

 「お母さん、ちょっと二人と一緒に話がしたいから部屋に行くわ」


 桃ノ瀬先輩のお母さん謹製の手芸品を見せてもらって数分、先輩はそう発言した。


 ナイスアシストです、先輩。


 「あらそう? なんの話なの?」

 「こっちの笠酒寄ちゃんにわたしの二年生の頃の教科書を譲ろうと思うから、ちょっと見てもらおうと思ってるの。空木君も一緒に見たいそうだから」

 「あらあら、空木君も笠酒寄さんも勉強熱心なのねぇ」


 無論、そんなことはない。一度室長に連絡を取るために三人で作戦会議をしたいだけである。


 嘘をついて柔らかに微笑んでいるこの人をだますのは気が引けるが、事態が室長の想像以上であったからには一刻も早く連絡を取らないと危険だ。


 最悪、ここにいる全員が命を落とす可能性だってある。流石にこの年で人生に幕を下ろすつもりはないので生存に対する努力は欠かさないつもりだ。


 「それじゃあ、わたしの部屋は上だから行きましょうか?」

 「あ、はい」


 一応はちょっと名残惜しい感じを演出しつつも桃ノ瀬先輩の部屋に一時撤退する。


 できる限り急いで、しかしながら和やかな雰囲気を演じつつ、僕たちは階段を上る。かなり焦っているせいで何度か階段を踏み外しそうになりながらもなんとか先輩の部屋まで到着した。


 しっかりとドアを閉めてスマートフォンを取り出す。


 室長の番号を呼び出し、即かける。


 五秒ほどでつながった。


 『だれだ? 現在絶賛二人の女子に囲まれてドキドキ青春ラブコメストーリーの真っただ中にいるコダマか?』

 「いや、スマホだからかけてきているのが誰か表示されていますよね?」

 『盗まれて悪用されている可能性がある』

 「それなら真っ先に名前言ってしまっているから意味ないんじゃないですか? ……ってそうじゃなくて! 大変なんですよ!」

 『……どうした?』


 いつになくマジなトーンだ。


 流石に僕から室長に連絡するという行為がどういう意味か、ということぐらいは察してくれたらしい。


 「人形を破壊したんですが、再生しました。元通りになってしまいましたよ」

 『どうやって破壊した?』

 「僕の能力でバラバラに引き裂きました。間違いなく一度は破壊してます」

 『桃ノ瀬クンの御母堂はどうした?』

 「まだ精神汚染は解除してませんし、変化もありません」


 僕や笠酒寄に手芸品の説明をしているときにも時折人形のほうに『ねぇ、伊里花ちゃん』と呼び掛けていた。あれは演技でできるようなものではなかった。そもそもそんな演技をする必要もないだろう。つまり、まだ人形の精神汚染は続いている。解除さえしてないから当然だが。


 しばらくの沈黙。


 『なるほどな。その可能性は見落としていたな。手がかりはあったのに見落とすとは私らしくもないな』


 唐突に室長はそんなことを言った。


 手がかり? そんなものはあったのだろうか? 少なくとも僕はなぜ人形が再生したのかはわからない。


 「どうしたらいいんですか? というかどうにかできますか?」


 この状況を打開できるならかなりの無理ぐらいはしてやる。


 『キミ達だけでは無理だな。私が直接行く。死なずに待ってろ』


 それを最後に通話は切られた。


 一応は希望が見えてきた。


 流石に室長が来てもどうにもならないような事態なら逃げの一手を打つしかないが、とりあえずは待つという選択肢ができたのはありがたい。


 『怪』相手に籠城戦というのはぞっとする話だが今はそれしかない。


 そんな甘い考えを打ち砕くように下から声が聞こえた。


 「あら、伊里花。お姉ちゃんのとこにいくの? 心配だから一緒に行くわ。ちょうど飲み物でも持っていこうと思っていたから」


 どうやらあの人形はこちらにやってくるつもりらしい。


 目的が家族を得るということならば、桃ノ瀬先輩はなんとか命はとりとめるかもしれないが、僕と笠酒寄は適用範囲外だろう。特に僕は直接手を下した、いわば実行犯だ。情状酌量の余地はないだろう。


 「お母さん、飲み物なんていいわ」


 桃ノ瀬先輩がドアを開けて下に向かって大きめの声で宣言する。


 「大丈夫よ、持ってくるだけだから。伊里花も見るだけって言ってるわ」


 返ってきたのはそんな無情な言葉だった。


 いや、僕たちにとっては無情なだけで、向こうからしてみたら好意のあらわれなだけなのかもしれないのだが。


 室長が到着するまでにはまだまだ時間がかかるだろう。百怪対策室からここまでは三十分はかかる。


 桃ノ瀬先輩のお母さんを守りながら応戦するということはかなり困難なことだろうが、やるしかない。とにかく、能力を全開にして破壊し続ければ向こうは再生で手一杯になってしまうことを期待する。……こういうときの僕の期待は必ず裏切られてきたのだが。


 焼け石に水だろうが部屋の奥の方に先輩と笠酒寄を退避させる。少しでも人形から遠ざけてターゲットにされないようにだ。


 「笠酒寄、人狼の能力は僕がやられるまでは絶対に使うな。お前は先輩を守る最後の砦だからな」

 「……うん」


 笠酒寄も緊張しているのか表情が固い。


 トン、トン、トン。


 階段を上る音が聞こえる。


 覚悟を決めなければならないらしい。


 「先輩、すみません。ちょっと室内に嵐が吹き荒れるかもしれないので先に謝っておきます。すいません」

 「気にしないで。それよりも空木君が無事なことのほうが重要だわ」


 ありがたい。


 これで部屋をぶっ壊すかもしれないという僕自身の懸念に対して多少の言い訳は通る。


 それで後悔の念に囚われることがなくなるかというと、そんなことはないだろうが。


 現状を切り抜けることが先決。後悔は後のことだ。


 足音がやむ。


 部屋の前に着いたのだろう。


 ノブが捻られ、ドアが開く。


 先輩のお母さんが柔らかな笑みを浮かべて入ってくる。


 持ったお盆の上には四つの液体の入ったグラス。恐らくは僕と笠酒寄と先輩、そして、自分の娘だと認識させられている人形の分だろう。


 そして、そのあとからふわふわと宙に浮きながらリビングにいた人形が入ってくる。


 やはり自立行動もできるか。


 危険度は高い。自我を持っている『怪』は非常に危険だ。


 ぶわりと僕の髪が浮く。


 力を人形に対して行使しようとした瞬間、部屋の窓ガラスが破られた。


 バッシャーン! というすさまじい音にそれは部屋の中央に着地した。


 金髪。白衣。派手な色彩のジャージ。


間違いなく百怪対策室の室長、『怪』の専門家、ヴィクトリア・L・ラングナーだった。

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