第三怪 その6
桃ノ瀬先輩の言ったとおりにちょうど三十分で到着した。
外観は思ったよりも普通だな。
それが僕の感想だった。
『怪』に侵食されてしまっている家ならもっとおどろおどろしい見た目を想像していたのだが、外から見た様子ではとても普通の家だった。壁一面にびっしりとツタが這っているということもないし、窓ガラスが割れているわけでもない。重々しい雰囲気などもなく、庭が荒れ放題になっているということもない。平凡さという意味では僕の家とどっこいどっこいのような気がする。
しかし、ここは『怪』に乗っ取られそうになっている家だ。
いわば、向こうの縄張りだ。
そう考えると少しばかりは気を引き締めていかないといけないという気持ちにもなる。
「上がって頂戴。そしてあとはお願いするわ」
門扉を押し開けながら桃ノ瀬先輩はそういった。
無論、そのつもりだ。そのために僕は笠酒寄の視線にも室長の毒舌にも負けずにやってきたのだ。誰かほめてくれ。
「笠酒寄、中はどうなってる?」
一応、中に入る前に確認しておく。
「……テレビを観てるみたい。二人いるみたいな内容だけど一人しか喋ってないよ」
「サンキュ」
礼を言うと笠酒寄の頭の上に形成されていた耳が解けて髪に戻る。
人狼の能力が便利過ぎてなんだかずるい気もするが、『怪』に対して用心しすぎるということはないのでここは慎重になっておく。やることは単純だが、油断すると何が起こるのかわからない。人狼の時のように油断した結果死にかけるなんてことは勘弁だ。
「行くか」
先導している桃ノ瀬先輩はすでに玄関のドアを開けていた。
すでに中に入っている桃ノ瀬先輩に続いて僕が。それに続いて笠酒寄が入る。
中もいたって普通の家庭だった。
正直な話、乱雑にモノが散らかっているような状態を勝手に想像していたのだが、予想に反して桃ノ瀬家はきれいに片付いていた。
「お母さん『あれ』を自分の娘だと思っていることは全く問題がないのよ」
僕の疑問に答えるように先輩が呟いた。
自分を家族だと思わせること自体が目的なのだろうか?
『怪』の目的というものは大事だ。原因があるためには目的がなければならない。つまりは目的が分かれば解決方法も見えてくるというわけだ。
とはいうものの、今回の『怪』はすでに半ば終わっているようなものだ。
淡々とした作業の結果終わる。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
因果関係に説明がついてしまえばそこまで恐れることはない。よほどの規格外でもない限りは。
玄関で靴を脱ぎ、廊下を進む。
リビングと思しき部屋の前で桃ノ瀬先輩が足を止めた。
「たぶん、お母さんも、『あれ』もこの中よ」
これで中にいるのが知らないおっさんとかだったら確かに困る。そうなってくると泥棒退治になってくる。余計なことはしたくない。
「お母さん、学校の後輩が遊びに来たわ」
こんこん、とノックをして先輩は中に呼びかける。
「あらそうなの? いらっしゃい。どうぞ」
中からは柔らかな女性の声が返ってきた。
ドアが開けられ、僕たち三人は部屋の中に入った。
ごくごく普通のリビング。
ただ一つ異様なのは中央にあるテーブルの上にはお菓子があり、それが椅子の上に置かれた人形の前に並べてあるということだ。
人形、とはいうものの、僕が創造していたよりも大分大きい。
全長六十センチはあるだろうか。いわゆるドールというやつなのかもしれない。
小作りの顔は人には不可能な静止した美を作っていた。着ている服は豪奢なドレスなどではなく、一般的な少女が着るようなごくごく普通の服を合うように小さくしたものを着せられている。
生き人形。そんな言葉が僕の脳裏をよぎった。
とはいうものの、ここで怖気づいているようでは室長の助手は務まらない。
「先輩、さっき打ち合わせしたとおりにお母さんをここから連れ出してください」
小声で桃ノ瀬先輩のお母さんには聞こえないように呟く。
先輩は何も言わずに立ち上がって僕と笠酒寄に挨拶をしているお母さんに声をかけた。
「お母さん、二人ともお母さんの手芸作品を見たくてきたの。ちょっとみせてくれないかしら? 伊里花はわたしが見ておくから」
あらそうなの? めずらしいわねえ、と桃ノ瀬先輩のお母さんはニコニコしながら部屋から出ていった。恐らくは自室にでも手芸作品とやらを取りに行ったのだろう。
出ていったと同時に桃ノ瀬先輩が僕の方を振り向く。
「今よ。どのくらいかかるかはわからないけど、そのうちには帰ってくると思うわ」
もちろん僕も時間をかけるつもりはない。
物言わぬ人形に視線を集中する。
まとめている髪が浮き上がる感覚。能力が発動する。
ふわりと人形が浮き上がり、そのまま歪に変形する。
耳障りな音を立てて人形がバラバラになる。
第一段階はクリア。あとは桃ノ瀬先輩のお母さんの精神汚染を解除するだけだ。
思ったよりも楽な仕事だった。ふぅ、と息を吐きながら、帰ってきたらとっとと第二段階を済ませようと僕はドアのほうを向いた。
だがしかし、まだ『怪』は終わっていなかった。
「空木君! あれ!」
笠酒寄が何かに気づいたのか声を上げる。明らかに焦っている声音だった。
慌てて人形のほうに振り返る。
ねじれて、ひしゃげて、ちぎられてバラバラになった人形のパーツが元の状態に戻ろうとしていた。
逆再生を見ているかのようにねじれが戻り、ひしゃげが戻り、ちぎれたものがくっついていった。
なんだこれは?
室長はこんなことが起こるなんてことは一切言っていなかった。人形を破壊するだけで霊は笠酒寄に持ってもらっている人の形をしたなにかに入るははずだ。
つまりは室長にも予想外なことなのだ。何が起こっている?
わからない。頭の中が混乱する。今にもパニックを起こしそうだ。
おそらくそれは笠酒寄や桃ノ瀬先輩も同じだったのだろう。僕たちは一様に硬直して人形が直っていくのを見ているしかなかった。
ものの数十秒で人形は元に戻ってしまった。かけら一つ床には落ちていない。
何事もなかったかのように人形は椅子の上に存在している。
バラバラになどなっていないかのように。なにも起こらなかったかのように。
これは、まずい。僕の手には負えない『怪』だ。
手持ちのカードは精神汚染を解除するつまようじと笠酒寄の人狼、そして僕の能力だ。
破壊しても再生するようなものに対しては決定打に欠ける。
先に精神汚染を解除しても大本をどうにかしないと意味がない。
流石に、これは室長に一回連絡しないといけないだろう。できる保証もないかもしれないが。
じっとりと嫌な汗が出てくる。
「とりあえず、このぐらいでいいかしらねぇ?」
この場には似つかわしくない嬉しそうな声は桃ノ瀬先輩のお母さんのものだった。
戻ってきたらしい。
どうにか抜けだして、室長に連絡を取らなくてはならない。
『怪』を刺激してしまった以上はかなり危険な状態だ。
一応は平静を装いながらも、僕たちは先輩のお母さんの手芸作品を見ることになった。




