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第三怪 その5

 気絶した桃ノ瀬先輩がやっと目を覚ましたので本題に入ることにした。


 「それで室長、今回はどうやって解決するつもりなんですか?」


 いまだに青い顔をしている桃ノ瀬先輩の代わりに僕が質問する。


 流石に天井に蜘蛛みたいに人間(吸血鬼)が張り付いているのはショックだったようだ。


 ……実は笠酒寄のほうもけっこうひいていたように見えた。


 「そうだな。どう解決すると思う?」


 こういう物言いをする人物は速やかにくるぶしに謎の激痛が走って歩くことも走ることもできなくなってしまえばいいのにと思う。ついでに痛みでタバコも喫えなくなってしまえばいい。


 「はい! 天狗倒しの時みたいにお札を貼って封印したらいいと思います」


 いつもの調子に戻った笠酒寄がいつものように室長の反撃を恐れない発言をする。


 「うーん、単なる悪霊的なものならそれでもいいんだが、今回の『怪』は桃ノ瀬クンの御母堂に対しての認識汚染を行っているからな。単なる封印だとそれが解決できない」


 認識汚染。つまりはなんらかの精神的影響を与えているということだ。


 なるほど。封印してもただ単に与える影響が消えるというだけでそれまでの影響がなくなってしまうということではないということか。


 「それじゃあ、その認識汚染ごと消滅させてしまうようなアイテムでも使うんですか?」

 「アホかコダマ。そんな代物は統魔が厳重に管理しているに決まっているだろうが。少しは頭蓋骨の中身を使え。詰まっているのは綿じゃないんだろう?」


 笠酒寄には普通なのに僕に対しては辛辣な室長である。


 なんだこの差は。助手とその他の違いか?


 「そんなことを言ってもやばいアイテムかなり持ってるじゃないですか」

 「うまく隠し持っていたとしても、使ったら統魔の回収部隊がやってくるぞ。最悪キミも処罰の対象になってしまうな」


 それは勘弁してほしい。


 夏休み以来、統魔の回収部隊にはもう関わり合いになるものかと決めているのだ。


統魔が定める魔術師以外に対する指定は以外にはA、B、C、Dと四つあるが、B指定以上は持ち出されただけで容赦のない回収が行われ、不可能な場合は徹底的な破壊工作が行われる。


 例えば僕の住んでいる町ぐらいならなんのためらいもなく地図上から消してしまうだろう。初めからなかったかのように。


 それは困る。住んでいる町を消されてしまっては非常に困る。


 となると……。


 「精神汚染を取り除くものとあの人形自体をどうにかするものを併用するのかしら?」

 「そうだ。桃ノ瀬クン、いいカンをしているな」

 「ごめんなさい。解決していただける方に失礼な口のきき方でしたね」

 「気にするな。わたしは見てくれがこうだからな。慣れてるし、キミは依頼人だ」


 言おうとしたことを桃ノ瀬先輩に先を越されてしまった。しかし、室長もわかっているなら少しは年相応の格好をしてほしいものだ。事情を知らない人間が見たら中学生が拗らせているようにしか見えないだろう。


 「コダマ、なにか良からぬことを考えていないか?」

 「い、いえ。そんなことはありませんよ」


 エスパーか。


 僕が顔に出やすいだけなのかもしれないが。


 しょうもないことをやってないで話をとっとと進めよう。


 「結局何を使うんですか?」


 二つの品物がテーブルの上に置かれる。


 小さな陶製の人の形をしたものと、つまようじのようなものだ。


 「さっぱり意味が分からないんですけど。なんですか? これ」


 素直な感想が出てしまうぐらいに拍子抜けするようなものがでてきた。


 なんだこれ? はっきりいってゴミにしか見えない。


 「片方はマジックアイテムだ。精神汚染を解除するためのな。そのつまようじみたいなやつだ」


 やっぱりつまようじゃないか。


 しかし、片方? もう片方のこれは一体何なんだろうか?


 「こっちの形容しがたい物品はただのインテリアだな。魔力は一切宿っていないが、だからこそ役に立つ」

 「ちょっと待ってください。精神汚染を解除するほうはわかりますけど、もう一つのほうは何に使うんですか? まさかこれをぶつけて人形を退治するとかいうわけじゃないですよね」

 「そんなわけないだろう。対峙して退治するのはキミの役目だ、コダマ」

 「悪霊退治の経験なんてないんですけど」

 「正確に言うと退治じゃないな。追い出すだけだ。依り代からな」


 何をすればいいのかがさっぱりわからない。


 「室長、いい加減に遠回しな言い方はやめて説明してくれませんか? 桃ノ瀬先輩が不安になってしまいますよ」

 「やれやれ、最近の若い者はすぐに結論結論だ。そういったことだと物事の本質をとらえる力というものが培われないということがわからないのかねえ」

 「伊勢堂の限定ケーキ」

 「しょうがない、説明してやろう」


 こういうところは単純である。


 日中は全身に走る僕以上のかゆみに耐えながら外出しなければならない室長にとって開店から十五分で売り切れてしまう伊勢堂の限定ケーキは滅多に手に入らない逸品なのだ。


 「まずはコダマが依り代になっている人形を破壊する。すると人形に憑りついている霊は容れ物を探すことになる。人型でないと入りづらいので近くにあるこいつに入ることになる」


 そう言って室長は人っぽい形の変なのをつまみ上げる。


 「霊魂が定着するまでにはしばらく時間がかかるからな。精神汚染を行う余裕はない。あとはその間に私が知り合いのところに持って行って浄霊してもらう。一日もあれば充分だな」


 なるほど。追い出してわざと入り込ませるというわけだ。


 「そして精神汚染のほうについてはこっちのつまようじを使う。対象の肌に刺すと精神汚染を解除してくれるありがたいアイテムだ。私はこれしか持ってない上に使い捨てだから大事に使え」


 そんな貴重なアイテムなのにつまようじ呼ばわりされるのはひどい。


 というか製作者のことを考えると悲しくなってくる。


「ああ、そうそう。注意事項だが、このつまようじは一回刺したら他の生物を絶対に刺すな」

 「なんでですか? 使い捨てなんでしょう? なにも起こらないんじゃないですか?」


 僕が不思議に思ってそう訊くと室長は珍しく嘆息して答えた。


 「使い捨てなのはたしかなんだが、これの用途は精神汚染の解除じゃない。精神汚染を他に移すことだ。二回目に刺された生物は一回目に刺した生物から吸い取った精神汚染を全部移される」


 なんという嫌がらせ。


 前言撤回。このアイテムの製作者は相当に歪んでいたらしい。


 「二回刺さなければただの便利なつまようじだ。慎重に使え」


 それはそうだが、確実にこれは一般人が所持していてもいいモノではない。


 となると僕が持っていくしかないだろう。


 依り代の破壊に、桃ノ瀬先輩のお母さんの精神汚染の解除、そして終わったら容れ物に入った悪霊を持ち帰る。それが今回の僕のミッションのようだ。


 ……血みどろ生臭バトル展開よりもましか。


 「了解です。それじゃあ桃ノ瀬先輩、お家に案内してくれますか? 解決は早い方がいいでしょう?」

 「わかったわ。大体三十分ぐらいはかかるけどいいかしら?」

 「問題ありませんね」


 となると到着するのは七時過ぎになるか。


 解決して百怪対策室に戻って自宅に戻るまで、となるとかなり遅くなるかもしれない。


 家にはこっそり戻ればいいか。


 うちには門限はないし、割と自由にやれているからその辺は助かる。


 じゃあ行きましょう、と先輩に声をかけると桃ノ瀬先輩と一緒に笠酒寄も立ち上がった。


 「わたしもいく」

 「なんでだよ。お前の家はそこそこ厳しいんだろ? 怒られる前に帰ったほうがいいんじゃないか?」

 「空木君がさっき約束してくれたこと守ってくれるまで帰らない」

 「……今度やってやるから」

 「だめ」


 頭痛がしてきた。


 やっつけ仕事でやっても笠酒寄は納得しないだろう。


 押し問答をしているのも無駄だ。


 「わかったよ。三人でいこう」

 「うん!」


 はぁ。ため息もつきたくなる。


 「それじゃあ室長、行ってきます」


 一応は声をかけておく。


 「ん、容れ物だけ持って帰ってくればいいからな。あとは好きに青春していてくれ」


 限定ケーキに唐辛子でも仕込んでやろうか。


 その場合はかなりの怒りを買うだろうからやめておいた方が得策か。


 とっとと悪霊捕獲に行くとしよう。


 フラフラと危なっかしい足取りの桃ノ瀬先輩をひやひやしながら見つつ、僕はそう思った。

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