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第三怪 その4

 「……」

 「……」

 「……」


 三人とも喋らない。


 というか僕は喋れない。下を向いたまま黙っている。


 下手に口を開こうものなら人狼パンチが飛んできそうな雰囲気だ。


 何でこんなことになっているのだろう。


 くそ、室長め。いつか仕返ししてやる。いつになるかはわからないけど。


 「……」


 しかし、沈黙がこんなにも攻撃的なものだとは思っていなかった。


 沈黙という行為は防御的な行動だと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。今の僕にはこの上なく効いている。じわじわと首を絞められるような感じだ。


 耐えきれなくなって僕は桃ノ瀬先輩のほうをちらりと見る。


 桃ノ瀬先輩は白目をむいていた。


 「うおぁ! ちょっと! しっかりしてください!」


 慌てて先輩の肩を揺さぶる。もちろん手加減してだ。


 「……ぅ……ん」


 なんかとか目を覚ましてくれた。


 危なく百怪対策室の中で死者を出すところだった。


 これはいけない。


 このままいつ帰ってくるかもわからない室長を待っているというのは非常にまずい。


 意を決してぼくは笠酒寄に質問する。


 「なあ、笠酒寄。なんでそんなに不機嫌なんだよ? 気に入らないことがあるならいえよ。できうる限りの改善はするから」

 「……知らない」


 なんだかわからないが、すさまじくご機嫌斜めのようである。


 一体僕が何をした? そして、僕だけならいいが、桃ノ瀬先輩まで巻き込むな。僕もお前も普通の人間ではないが、先輩は一般人だ。


 正直いって人の懐柔は得意ではない。


 僕はあまり人と仲良くするということが苦手ではあるし、女性との接点もあまりない。


 妹と母親は女性というカテゴリよりも先に家族というカテゴリに入ってしまう。


 困難なミッションだが、やらないと僕自身だけではなく、桃ノ瀬先輩も危うい。


 「知らないってことはないだろう? 明らかに普段と違うじゃないか」


なるべく刺激しないように問いかける。できているかどうかはわからない。


気分は爆破物解体班だ。


 「言ってくれよ。そんなに僕とお前は信頼できない関係なのか?」


 しばらく笠酒寄は黙っていた。


 桃ノ瀬先輩はなぜか笠酒寄のほうやけにまっすぐ見ていた。相変わらず幽霊っぽい感じだったが。


 「……空木君が桃ノ瀬先輩と抱き合っていたのはなんでなの?」


 しばしの沈黙後に笠酒寄は静かに、しかし、しっかりとした意思をもって僕に告げた。


 お前見てたのかよ。


 っていうかどこにいたんだ。


 扉は閉めていたはずだぞ。


 「わかるよ。だって桃ノ瀬先輩の匂いが空木君からするもん。何やってたの?」


 くそ、人狼の嗅覚はそんなことまでわかるのかよ。


 しかし、誤解は解いておきたい。


「抱き合ってなんかいないよ、それは本当だ。桃ノ瀬先輩に聞いてもらってもいい」

 「それならなにしてたの?」


 正確に言うと縋りつかれて涙と鼻水をくっつけられていたのだが、それは桃ノ瀬先輩の名誉にかかわることなので言いたくはない。


 しかし、言わないと笠酒寄の機嫌は直ってくれないだろう。直ってくれる保証もないが。


 どうしたものか。


 そんな風に僕が言葉に詰まっていると、救いの手は意外な場所からやってきた。


 「笠酒寄さん、空木君はわたしに縋りつかれて、困惑していただけよ。きっとその時に匂いが移ってしまったのね。責められるべきは空木君じゃなくて、初対面の人にそんなことをしたわたしなのよ」


 いままで存在感が希薄だった桃ノ瀬先輩だった。


 「先輩……」

 「いいの。このまま笠酒寄さんと空木君がぎくしゃくするぐらいならわたしの醜態ぐらいはいくらでも晒して構わないわ。あなたたちが険悪になっているのは嫌だもの。それにわたしも遠慮したい状態だったしね」


 百怪対策室に到着してから十分に醜態は晒していたと思うのだが、なんだかいいことをいってる感じなので黙っておく。


 静かに、まるで諭すように先輩は続ける。


 「笠酒寄さん、あなたがどんな思いでいるのかはわたしにはわからないわ。でも、空木君だって人間なのよ。あなたにそんな態度を取られ続けるのは辛いんじゃないかしら?」


 僕と笠酒寄、あとついでに室長は人間ではないが、ここでいっているのはそういうことではないだろう。


 きっと精神の在り方だ。


 「ほんの少しだけあなたより生きているだけのわたしだけど、だからこそあなたの気持ちも少しはわかるつもりだわ」


 笠酒寄は何も言わない。


 黙って聞いているだけだ。


 「言いたくないのかしら? それとも言ってしまうことで自分の中の嫌な部分を見たくないのかしら? でもね、それもあなたなのよ」


 ぎゅっと口を引き結んで笠酒寄は先輩の言葉を聞いている。


 その心情は僕にはわからない。


 「わたしは今、空木君や室長さんに助けを求めている弱い人間なのよ。それは事実。認めるしかないわ。私一人ではどうにもならなかったもの。わたしはわたしにはできないことを期待しているけど、それは責められるばかりのことではないと思っているの。そうやってお互いに助け合うのが人間じゃないかしら?」

 「……先輩になにがわかるんですか?」


 笠酒寄が初めて桃ノ瀬先輩の発言に返した。


 弱々しくだったが、それはたしかに桃ノ瀬先輩の言葉に対してのものだった。


 対して先輩は涼しい顔で返す。


 「わからないわ。だってあなたは何も言ってくれないもの。空木君に伝えたいことがあるなら言わないとだめよ。彼、鈍いみたいだから」


 イイカンジのことを言いながら僕をけなすのはやめてほしい。そういうのは室長だけで十分だ。


 再び、笠酒寄は黙ってしまった。


 ついでに僕も何も言えない。いや、正確には桃ノ瀬先輩のほうには反論したい部分もあったのだが、ここは何も言わない方がいいだろうという判断を下したのだった。


 笠酒寄はしばらく逡巡していたようだが、やがて、小さな声で言った。


 「空木君、あとで頭撫でて」


 「ああ、わかったよ。いくらでも撫でてやるからそれで機嫌直してくれよな」

 「……うん」


 まったく、なんともよくわからない結果だ。


 だが、これでなんとか機嫌は直りそうだからいいだろう。


 それもしても室長が遅い。倉庫になにかを取りに行くだけでこんなに時間がかかるものだろうか?


 嫌な予感がして僕はドアの方を見る。


 ドアは閉まったままだった。


 室長もいない。


 杞憂だったか。


 「ふふふ、甘いなコダマ。言ったはずだろう、壁に耳あり障子に目あり、天井にヴィクトリアあり、とな」


 声は天井から降ってきた。


 上を見上げる僕の動作はきっとギシギシと音がしていたことだろう。


 見上げた応接室の天井には室長が張り付いていた。


 さもそこにそうやって存在していることが当然である言わんばかりの態度で。


 ぶわりと僕の髪が持ち上がる。


 ひらりと僕の必殺の視線をかわして室長は床に降り立つ。


 いたんならさっさと登場しろこの野郎。


 「ふう、やはり若人の青春というモノは観察しているに限るな。こっちが身もだえしそうになる」


 ニヤリ、と僕のほうに嫌な笑顔を向けることも忘れない。


 めちゃくちゃ腹立つ。


 一旦、保留しよう。仕返しは後日考えることにする。こめかみがぴくぴくしているのがわかるが、どうにか抑えよう。


 「それで、解決するためのアイテムはあるんですか? 全部嘘っぱちで、ずっと天井に張り付いていたとかだったら流石に怒りますよ」

 「安心しろ。きちんと持ってきたうえで空間転移術式を使って張り付いていただけだからな」


 そういうところに尽力するよりも僕の心労を慮ることに尽力してほしい。


 「ところで、桃ノ瀬クンのほうはいいのか?」

 「はい?」


 桃ノ瀬先輩のほうを見るとまた白目をむいていた。


 「先輩!? ちょっと! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」

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