第三怪 その3
ハイツまねくね二百一号室。
いつもの百怪対策室の扉の前。
なぜか桃ノ瀬先輩はやたらに怯えていた。
ガタガタと、ぶるぶると。
「桃ノ瀬先輩、確かに表札からは異常なまでのうさん臭さを醸し出してますが、入っただけでとって食われるわけじゃないですよ」
入った後は保証しないとは言わない。
事実でも伏せておいた方がいいこともある、ということだ。
「ご、ごめんなさい。もしかしてこの中にあの人形がいるかもしれないと思ったら急に震えてきちゃったの」
怯えすぎだ。っていうかなんで何の関係もない百怪対策室にまで人形がいるとおもっているのだろうか?
それだけ精神的に弱っているということでもあるのか。
「大丈夫ですよ。ここには一流の結界が張ってあって室長の許可がないとどんなものでも侵入できなくなってる、そうですよ」
「そ、そうなの?」
「そうらしいですよ」
一応は納得してくれたのか桃ノ瀬先輩は震えるのはやめてくれた。
アパートの扉の前でぶるぶる震える女子を連れているというのは絵的にもまずい気がするので、先手を打っておいた。
インターホンを押す。
キン、コーンといういつもの音。
ザ、という音がしてノイズ交じりの室長の声が迎えてくれる。
「だれだ? 放課後に女子とイチャイチャして青春を謳歌してしまっているポニテ少年か?」
訂正。いきなり迎撃された。
あと笠酒寄はあとで説教だ。
「違います。いや、コダマなのは確かなんですけど、イチャイチャなんかはしてませんし、依頼人に会って事情を聞いていただけですから青春も謳歌してません」
「本当か? 思春期真っ只中の少年がそうそう事務的になれるとは思わんな」
「本当ですって。あとで本人に聞いてもらってもいいですよ」
「ふーん。まあ、しかし女子と一緒だったのは否定しなかったな」
「確かに依頼人は女子ですよ。でも話を聞いただけですよ」
「いいだろう。その辺は中でゆっくり聞いてやる。空いてる、入れ」
もはや恒例になってしまったやりとりもやはり疲れる。
「さ、桃ノ瀬先輩、入りますよ。あんまりここにいると遭難しますよ」
「ひ、遭難……?」
しまった。怯えさせてしまった。
どうにも僕はなにかやり遂げたら、なにかやらかさないといけない呪いにでもかかっているのだろうか?
「……僕と一緒に入ったら大丈夫ですから。安心してください」
「う、嘘じゃないわよね?」
青い顔をして悲壮感溢れる顔で訊くのはやめてほしい。なにも悪いことをしていないのに罪悪感が襲ってくる。
入るだけでこんなにも苦労するとは思わなかった。
入ってからもだいぶ苦労した。
桃ノ瀬先輩はいきなり逃げ出そうとするし(室内が広すぎることに驚いたらしい)、靴を脱ごうとしないし(すぐに逃げ出せるようにらしい)、とにかく普段の何十倍もの時間がかかってしまった。
やっと応接室の扉を開けると、そこにはにやにやしている室長と機嫌の悪そうな笠酒寄がいた。
「ようコダマ。女子連れとは良いご身分だな。まったく羨ましいな」
室長は開口一番これである。
頭痛をこらえながら僕は反論する。
「依頼人なんですから連れてこないことには始まらないでしょう? 室長が直接話をしなくても解決できるっていうのなら別ですけど」
「コダマが解決できるようになればいいだろう?」
「もうそれ助手じゃないですよ……」
もはや室長の競合他社になってしまっている。本末転倒にもほどがある。
というかこんな事態になっている元凶を先にどうにかしよう。対症療法ではらちがあかない。
「笠酒寄、僕はお前に遅れてくるって伝えてくれっていったよな? そしてお前はわかったって言ったよな?」
「……知らない」
ぷいっとそっぽを向く笠酒寄だった。
なんでこんなに不機嫌なんだ? 生理か?
勘弁してほしい。
「なんだ? 痴話喧嘩か? 男女の仲をどうこう言うつもりはないが仕事には持ち込むんじゃないぞ」
心底楽しそうに室長は言う。
煽っている本人が言うんじゃない、と主張したい。
「とにかく話を聞いてください。かなり桃ノ瀬先輩は参ってるみたいなんですよ」
室長にさえ怯えている桃ノ瀬先輩をなんとかなだめてソファに座ってもらう。
笠酒寄は室長と向かい合うように座っていたので自然に僕が室長の隣、桃ノ瀬先輩が笠酒寄の隣に座る形になった。
なんか向こう側がピリピリしている気がするが、もう気にしないことにする。というか完全に笠酒寄が僕に向ける視線が痛い。僕が何をした。
「さて、ではキミの話を聞かせてもらおうかな。たぶんコダマに話した内容と同じことになるだろうが、一応私が直接聞いてみないとな」
いつものリラックスした姿勢で今日は黄色いどこかで見た覚えのあるパイプを咥えながら室長は言った。
今日は煙草の葉が入っていないらしく、煙は出ていない。
そうして、桃ノ瀬先輩の話が始まったが、僕が聞いた時と内容は変わらなかった。
しいていえば何度も言葉に詰まっていたことぐらいだ。これは百怪対策室の雰囲気に気後れしていたものだと思いたい。決して隣の笠酒寄から僕に放たれる視線に引いていたわけではないと信じたい。
「話はわかった。どうやら人形を媒介に霊が憑りついているようだな」
桃ノ瀬先輩が語り終わると室長は迷わずにそう宣言した。
「今のでわかるですか?」
あんなものでわかるのか疑わしい。
「ああ、わかる。何度か私も解決したことがあるしな。典型的な子供の霊だな」
「子供なんてことまでわかるんですか?」
そんな情報は含まれていなかったと思うが。
「そうだな、人形っていうのは依り代になりやすいんだが、子供の魂というものはまだ確固たる自分を形成していないんだ。ゆえに自分の肉体が変わってしまっても受け入れやすい。魂っていうのは媒介に疑問を抱くと離れやすくなってしまうからな。大人の魂は定着しづらい」
「はあ……」
いままでの『怪』で子どもの霊を扱ったことはないので今一つピンとこない。
「それと、『家族』として振る舞おうとしていることだな」
たしかに桃ノ瀬先輩のお母さんは人形を娘と認識しているということだった。
「寂しいのさ。霊もな」
死んだ後の方が寂しがる。不思議なものだな。
述懐するように室長は言葉を漏らした。
「さて、私は使うものを取ってくるから待ってろ」
「あ、僕も行きます」
「倉庫は立ち入り禁止だといったはずだぞ」
「……はい」
こうして室長は倉庫に行ってしまい、僕と笠酒寄と桃ノ瀬先輩が残されるという僕にとっての地獄が始まった。




