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第三怪 その2

 「ごめんなさい。取り乱したわ」


 泣きつかれたまま数分。やっと少しは落ち着いたのか幽霊みたいな少女は僕から離れてくれた。シャツに涙と一緒に少しばかりの鼻水までくっつけてくれたが、寛大な心で勘弁してやろうと思う。できると思う。できたらいいな。


 彼女は相変わらず存在自体が儚い感じだったが、目が赤くなっている分、先ほどよりも人間味は増していた。


 「自己紹介するわ。わたしは桃ノ(もものせ)癒結花(ゆゆか)、三年生だけと気にしないで」


 どうやら年上だったらしい。


 まあ、全体的に大人びた佇まいだし、それは予想できたことではある。


 「それで、桃ノ瀬先輩、あなたの用件はなんですか? こんな僕なんかに『助けて』だなんてよほどに追い詰められているみたいですけど」


 『怪』への関わり方は様々だが、泣きながら懇願されるというのは初めてだ。


 大抵は『なんだかよくわからんし、納得できない』程度の認識なのだが。


 彼女の場合はどんな関わり方をしてしまったのだろうか?


 いや、おそらくは、彼女の母親は、だ。


 「ええ、そうね。わたしはもう、頼れるものはあなたぐらいしかいないの。『あれ』はきっと貴方のような人にしか処理できないモノだわ」


 人のことを産業廃棄物処理業者みたいな言い方をしないでほしい。


 そう捉えられても仕方のない部分もあるかもしれないが、僕や室長は少しばかり普通の人は認識していないことを認識しているというだけの話なのだから。


 しかし、『あれ』か。


 名前を言いたくないぐらいに嫌いなのか、それとも表現できないぐらいに珍妙なものなのか。


 どっちにしても、僕がえらい目にあうことは確定なのだが、できればソフトな感じのやつを希望したい。どうせ叶わぬ願いだろうけど。


 「『あれ』というのは一体なんですか?」


 とっとと核心を尋ねるに限る。


 室長ならあーだこーだ言いながら与太話を展開させるところだったろうが、彼女はそうではなかった。


 「人形よ」

 「はい?」

 「人形。それがわたしのお母さんに憑りついているの。もう、わたしにはなにもできないわ」


 人形ときたか。


 室長にも話は聞いたことがあるし、専門家から話も聞いたことがある。とはいうものの、彼らは正確に言うとゴーレムだが。


 だが、憑りついている、という表現。つまりは霊的な『なにか』が根本にはあるということだろうか?


 まさか幽霊退治まですることになるとは思わなかった。まあ、まだ幽霊と決定したわけではないが。


 「あんなものがあるなんて想像もしてなかったわ。このままじゃお母さんもわたしも養分にされるだけ」


 自分の身体を抱くようにしながら彼女は声を震わせながら呟く。


 大分参っているようだ。


 とはいうものの、一応確認しておくことはある。


 「その人形はどうやって手に入れたんですか?」

 「わからないわ。お母さんは骨董市で一目ぼれして買ってきたらしいんだけど、詳しいことはわからないの」


 出自不明。 


 となるとなかなかに厄介かもしれない。


 マジックアイテムや呪いの品がなにかの拍子で一般市場に出回ってしまうことはわりとあることらしい。

そういったものの回収を専門にしている統魔の部門もあるとは聞いたが、よほどの被害がでるか、予想される場合でないとなかなか動かないらしい。


 つまり、精々数人が犠牲になるぐらいの今回は動きそうにないということだ。


 向こうも向こうで事情があるのだろうが、こう言いたくもなる。


 もっと仕事しろ!


 さて、そんなことは横に置いて、直面している問題に取り組んだ方が建設的だろう。


 「ええと、桃ノ瀬先輩。その人形とやらがどんな事態を引き起こしているのかということを教えてくれますか?」


 とりあえずは現状の確認だ。


 何が起こっているのか? それは本当に『怪』なのか? そういうことの確認も大事だ。


 夏休みに『怪』でもなんでもないものの相談にいったら室長にこっぴどく馬鹿にされたことはまだ覚えている。あの時の二の舞は御免だ。


 「『あれ』はうちの家族になろうとしているわ」

 「はい?」

 「もうお母さんは完全に騙されてしまったし、わたしも時間も問題だと思うわ」

 「え?」

 「わたしも騙されてしまったらもう異常に気付ける人はいないわ。うちには滅多に人が来ないからきっとわたしもお母さんも『あれ』をずっと家族だと思い続けるしかないわ。そんなの考えただけで悪寒が走るわ……」

 「あの、すません、先輩。よくわかりません」


 僕の言葉で若干トリップしていた桃ノ瀬先輩は我に返ったのか少し恥ずかしそうにしながら髪をかき上げた。


 「そうね、いきなり過ぎたわね」


 そういう問題ではないと思う。


 そうは思ったが言葉には出さない。信頼が大事だ。


 「お母さんはあの人形をわたしの妹だと思っているの」


 死んだような眼をして桃ノ瀬先輩は事情を説明しだした。


 「買ってきたときには普通の人形だったわ。ちょっとサイズは大きめだったのだけど、昔からお母さんは大きめのぬいぐるみとかが好きだったから特に気にしてなかったの。でも、だんだんと、お母さんは『あれ』を人間のように扱い始めた。少しずつ少しずつ、でも確実に。初めはわたしもちょっと演技過剰なんじゃないかって思ってたぐらいだったわ。でも、ある日、人形に対してお母さんが怒っていたの。『お片付けできないんだから伊里花(いりか)ちゃんは! お姉ちゃんはちゃんとできるのよ!』って。それで確信したわ。これは異常だってね」


 なるほど。起きている現象はわかった。


 だが、問題が一つある。


 「失礼な質問になってしまうと思うんですが、お母様が精神疾患を発症してる可能性は?」


 僕の質問に桃ノ瀬先輩は自嘲気味に笑った。


 「そう思うわよね。わたしもそう思ったわ。だから人形を捨ててきたの。お母さんの隙を見てね。電車で数駅いった先のゴミ捨て場に捨ててきたの。これで少しはマシになる。そう思って帰ってきたわたしを迎えたのは人形の前におやつを並べているお母さんだったわ」

 「人形が複数あったという可能性は?」

 「もう四回もやったわ。まったく同じ人形が骨董市に五体以上も並んでいて、それをいくつも買うかしら? それに、家中を探したけど、他に人形はなかったのよ」


 どうやらこれは百怪対策室に持ち込まれるべき案件のようだ。


 なによりも早く解決しないと先輩は無理心中でも図りそうだ。


 「わかりました、桃ノ瀬先輩。専門家のところにお連れしますよ」


 時刻は午後五時三十分。


 そういえば依頼人は笠酒寄の予想通りに女子だったな、なんてことを僕は考えた。


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