第二怪 その4
府明道神社は百怪対策室からは大分歩かないといけない。
午後六時。
九月ゆえにまだまだ明るいのだが、真夏ほどの熱気は感じられなくなってきている。
……今年の秋は長いといいな。
年々短くなっていく気がする秋の長期化を願う僕であった。
「ねえねえ空木君、御神木って大きいのかな?」
笠酒寄は能天気そうに僕に訊いてくる。
「さあな、行ったことないから知らないよ。でも、樹齢数百年の樹なんだったら大きいだろ」
「それもそっかー」
「……なあ笠酒寄、さっきの獣化だけど、どのくらい制御できてるんだ?」
気になっていたことを訊いてみる。
天狗倒しに遭遇していた時に笠酒寄が披露した能力はかなりのものだ。部分的に変身なんてことはそうそうできるような技じゃないだろう。
「んー、数はそんなにやってないから断言はできないけど、今のところは完全に制御できてるよ。空木君のおかげだよね」
きらりと指輪の嵌まった左手をこちらに向けてくる。
中指にはしっかりと服従の指輪が嵌まっていた。
「その指輪、生徒指導とかには注意されないのか?」
「見えてないみたいだよ。他の人には」
隠蔽の魔術を組み込んであるらしい。
『つまらんことしいのナブレス・オルガ』。作ったものは今一つだが、魔術の腕前は本物らしい。
その割には二つ名がひどいことになっているが。
能力と世間の評価は必ずしも一致しないということだろう。
「外せるのか? それ」
「外せないよー。たまに困っちゃうよね。飛行機乗るときに金属探知機とかに引っかからないかな?」
二朔高校の修学旅行は基本的には飛行機に乗る。その時のことを心配しているのだろう。
「その時はその時でどうにかしたらいいだろ。室長もアフターケアの概念ぐらいはあるだろ」
「アフターケアも有料っぽいけどね」
確かに。毟られそうだ。
がめついというわけではないが、タダでは動いてくれない人物だ。何かしらの代償は必要になってくるだろう。
代償。そういえば笠酒寄の人狼を解決した代償はなんなのだろうか?
「なあ、笠酒寄、人狼の解決の対価はなんだったんだ?」
僕は笠酒寄にそれを訊いていなかった。
僕の場合は助手として百怪対策室で働くことであり、今回の警察へ求める対価は金銭だろう。
対して笠酒寄はどうだろうか?
金銭という線は考えづらい。一高校生女子がそんなに大金をつめるはずがない。
となると僕のように室長に協力するという方向性だろうか?
「ひ・み・つ」
殴りてえ。ちょっとかわいい感じの仕草をしているのが特に殴りたいポイントだ。
殴ったところで人狼の能力を開放すればすぐに再生するだろうし、反撃でそのまま僕が吹っ飛ばされるだろう。直接的な格闘戦では勝てない。奇襲を成功させないと全開の笠酒寄には僕は勝てない。
あくまで副次的に吸血鬼である僕と純粋に人狼である笠酒寄とではそのぐらいには差がある。
とはいうものの、笠酒寄の方は特殊な能力とかはないようなのでその辺は僕のほうに軍配が上がるだろう。
張り合っても仕方のないことではあるが。
「わかったよ。まったく、室長の悪影響ばっかり受けやがって」
「ヴィクトリアさんは素敵な人だと思うんだけどなあ」
どこがだ?
あれを素敵と言える奴は脳みそか感性か、もしくは両方が腐っているに違いない。
現に僕は室長にいじられている回数がそろそろ三桁の中盤を超えそうな気がする。たびたび助手をマジックアイテムの実験台にしようとするのは間違いなくマッドサイエンティストだろう(この場合はマッドマジシャンか?)。
「でもさー。ヴィクトリアさんが言ってた『確認』ってなんだろうね?」
それはわからない。
僕ではなく、笠酒寄をわざわざ連れていくということはなにかしら僕にはできなくて、笠酒寄にはできることがあるということなのだろう。
それは一体なんだ?
人狼と変則的吸血鬼兼超能力者の違い。
前者にはできて後者にはできないこと。
「わからないな」
結論はそれだ。
室長のことだから訊いても教えてはくれなかっただろう。
行ってみればわかる。
そんな返答がくるだろう。
確かに、行ってみればわかることなのだろう。室長がその辺を間違えたことはない。
この札を貼りに府明道神社に行く。それしかないのだろう。
「笠酒寄の時みたいに血みどろバトルは勘弁だけどな。札を貼ろうとしたら御神木が暴れだすとかないだろうな。そうなったら僕は真っ先に逃げるから笠酒寄頼む」
「いいよー。そんなこと言っててもどうせ空木君は逃げないだろうし」
なんだその見透かしたような言い方は。僕を勝手に見通すな。
「なんだか誤解があるようだから今のうちに解消しておくけど、僕は自分の命が一番大事なんだ。危なくなったら速攻逃げるからな」
「じゃあなんで私の時には逃げなかったの」
「そりゃあ、室長が楽勝だって言ったからだよ。ほど遠かったけどさ」
「なんだかんだでヴィクトリアさんのこと信頼してるんだね」
「ぬぅ……」
論点がすり替わっているが、反論できない。
女子に口喧嘩を挑むのは愚かなことだと友人は言っていたが本当だったらしい。
はぁ、とため息を一つ。
夏休み以来、ため息が指数関数的に増えている。
夏休み以前のため息の数と夏休み以後のため息の数は拮抗しているんじゃないだろうか? そのぐらいには毎回ため息をつく羽目になっている。
平穏が欲しい。
「あ、もうすぐ神社みたいだよ」
何かに気づいた笠酒寄が前方を指さす。
ぼろぼろの小さな看板が塀に張り付いていた。
〈府明道神社。この先五百メートル〉
『怪』は近いらしい。
なんだかテンションが上昇している笠酒寄の後を追って僕も続いた。
六時三十分。流石に多少は暗くなってきた。黄昏時も近い。
さっさと終わらせるために僕たちは少しだけ早足になった。




