第二怪 その3
天狗倒しという『怪』がある。
山の中に踏み入ると、どこからともなく樹の倒れる音だけが聞こえてくるという怪現象だ。
音のほうに行ってみても倒れている樹なんてものはなく、ただ音だけの現象だ。
日本全国に広がっており、様々なバリエーションを持つ。
やはりというか山地に多く、古い言い伝えとしても見られることが多いという。
「それで、室長。それが今回の件になんの関係があるんですか? それも神社に」
室長が指した一点は神社だった。
府明道神社。
町中に存在している神社だ。
とはいっても小さな神社で、神主も他の神社との兼業らしい。いわれがあるわけでもなく、なにかの強力な存在を祀っているということも聞いたことがない。
ここを指さした後に室長はさっきの天狗倒しの説明をしてくれた。
なるほど、確かに今回の件は天狗倒しに似ている。しかし、違う部分もある。
「室長、ここは町中ですよ。妖怪変化が跋扈する山の中じゃありません」
「そうだ。だからこそ、この『怪』の原因はここなんだ」
確信を持って室長は告げる。
しかし、よりによって神聖な神社という場所が『怪』の原因だというのはちょっと、そぐわない。
ふさわしくないというか、どうにも納得できない感じだ。
「はいはーい、しつもん」
能天気な調子で笠酒寄が先生に質問する生徒のように手を挙げる。
「はい、笠酒寄クン」
室長まで小学校の先生みたいな調子で返す。なんだこのコント。
「神社自体が原因なんですか? それとも神社にあるモノが原因なんですか?」
「そうだな、笠酒寄クンはいい線いっている。もう少し考えたら真相にたどり着くかもしれないな。しかし、もう答え合わせの時間だ」
いい線いっているのか。
笠酒寄の質問はわかる。
神社そのものが原因だったとしたら、そのものすべてを壊すでもしないと解決はしないだろう。
しかし、原因が神社の中にある『なにか』だったとしたら?
解決は数段容易になるだろう。その原因のモノをどうにかしてしまえばいいだけの話だ。
「笠酒寄クンに先を越されて傷心気味のコダマは放っておいて、今回の犯人というか原因を教えよう。限定された範囲、樹木の倒れる音、『怪』を起こすような力、となると収束点は御神木だ。恐らくは府明道神社の御神木は限界だ。樹木というモノは長命な種ではあるんだが、いかんせん限界はある。今回の天狗倒しの正体は御神木の悲鳴だな。最後の力で放っているだけのただの断末魔だ」
「室長、だとしたらおかしいですよ。断末魔の悲鳴だとしたら少なくとも一週間も続いているっていうのはおかしいんじゃないですか?」
間髪いれずに僕は質問する。
室長は涼しい顔でそれに返答する。
「人間の尺度で測ろうとするんじゃない。数百年は生きたであろう樹木だ。悲鳴も長かろう」
そんなものなのだろうか。
十数年しか生きていない僕にはわからないが、約四百歳だという室長にはわかる部分もあるのかもしれない。わかりたい領域ではないけれど。
「では、天狗倒し現象に関しては地域住民に対しては無害という認識でよろしいのでしょうか?」
職務を忘れない鍵成警部だった。
「そうだな。音を聞いて不安に思う者もいるかもしれないが、直接的な干渉力はない」
「それを聞いてほっとしました」
本当に表情が緩むあたり、鍵成警部も今回の件は結構参っていたのかもしれない。
つくづく警察官の鑑のような人だ。室長に爪の垢を煎じて飲ませたい。自分は魔術師だと反論してくるかもしれないが、知ったことではない。
ん? まて。いまちょっと変じゃなかったか?
「……室長、直接的な干渉力はないっていうことは間接的な干渉力はあるってことですか?」
気になったワードについて問いかける。
「そうだ。以前にも言ったように例え偽物の『怪』であっても本物になることもある。ましてや、今回は『怪』そのものは本物なんだ。噂に尾ひれがついてとんでもない『怪』が産まれる可能性もある。最悪、大悪魔クラスが降臨する可能性だってある。そうなったら私の出番ではなくて統魔の出番だろうな」
それは私の望むところではないがな、と室長は付け加えた。
統魔。
統一魔術研究機関の略称。
魔術について学ぼうとするならば避けては通れない存在。
世界中の魔術を管理する存在。
魔術の継承と発展、そして保護のためには手段を選ばない存在。
出張ってきたらこの町は監視対象になるか最悪抹消されてしまうような、そんな存在だ。
冗談じゃない。
「ラングナーさん。これは警察からの依頼として受けてほしいのですが、今回の天狗倒しを解決し、そのような事態を招くことを防いでください」
どうにかできないんですか! と僕が食って掛かる前に鍵成警部がそう切り出した。
室長はタダでは他人のためには動いてくれない。依頼という形をとるしかない。
僕よりも付き合いの長い警部のほうがそれがわかっていたということだったらしい。
「ふむ、依頼という形ならしょうがないな。わかった。今回の『怪』はどうにかしてやろう。報酬は後で
口座に振り込んでおいてくれ。一週間以内にな」
ひらひらと手を振りながら室長は何でもないように言う。ついでにいつの間にかタバコを咥えて火を点けている。濃厚なチョコレートの香りが部屋の中に充満する。
「わかりました。それでは私はこれで失礼します」
鍵成警部はそういって立ち上がると一礼して応接室から出ていった。
大人だ。
さて、僕にとっての問題はここからだ。
「じゃあコダマ。やってもらうことがある」
ほらきた。
「神社に行って御神木にこれを貼ってこい」
ぴらり、と差し出されたのは一枚の札だった。
短冊状に切られたやや厚めの和紙に複雑な図形と達筆な文字が記されている。室長が作ったものではないということはこれでわかる。
「なんですか、これ?」
「ちょっとした札だ。いいからつべこべ言わずに貼ってこい。ああ、そうだ。笠酒寄クンも一緒に行ってくれ。コダマだけだと確認できないからな」
? なんだろう。札を貼ってくるだけのことに笠酒寄が必要になってくるとは思えない。
「わかりました! 空木君、行こ」
元気よく返事をして笠酒寄は札を受け取った僕の腕を引っ張って出ていこうとする。
部屋からでるときに室長がこっちを見ずにいった。
「それとコダマ、頼みが一つある」
「なんですか?」
「タバコ、買ってきてくれ」
「未成年です」




