怒ってないといいなが内心めっちゃ怒ってるアレ
キイイィィーーン!
甲高い音がやけに静かな部屋に響き渡った。
ありえない。王国一の鍛冶屋に作らせた宝剣にも匹敵する出来の一品が今目の前で真っ二つになっている。
その剣が突き刺さる予定だった場所はかすり傷すらついていない。嘘だ、こんなの全部嘘だ、幻覚などに騙されているに違いない!
その時やっと気づいた。周りがやけに静かなことに。
次の瞬間私の横を何かがとてつもないスピードで横切った。
「ら、ラックス!?」
「アアアァァァーーー___」
「ふん! 女性に手を出したらダメってパパとママに習わなかったの?」
ぐんぐんと空に向かって伸びていく人影。そして彼は星になった。
「きゃぁー!」
「マリーナ!?」
どんな仕掛けかは知らないが体の自由が奪われているマリーナをドレスの女が襲っている。
「そーれ、こちょこちょこちょこちょ~」
「きゃー! も、もうやめてくださいぃー!」
嫌な予感を感じナノの方を見る。そこには黒い球体があった。その球体が割れ、中から少年とナノが出てくるがナノの様子がおかしい。
「すいませんすいません、もうしませんだから許してくださいぃぃぃ!」
「あっはっはっはっは! お前ほんとサイコーだぜ!」
そして、その時ようやく気づいた。自分も同じ状況にいるのだと。
振り向くとそこには瞳を紅く光らせる化け物いた。
初めから違和感を感じていたのだ。話では魔王の瞳は紅いはずなのに魔王の瞳は銀だった、おそらく怒りなどで気持ちが高まると赤くなるという仕組みだろう。その瞳は明確な怒気を放っているのだから。
その手は私の肩をつかみ、世界を反転させた。
”____”
「離せ化け物! 私はどんな事をされようが口を割る事はない!」
「はー、君強情だねぇ、正直いっておくけど早めに言って楽になっておいた方がいいよ?」
「そんな脅し私には効かん! おのれ化け物め! 貴様など私の剣の錆にしてくれる!」
「それって縛られてる人がいうセリフじゃないよね? というかさっき剣折れてたし」
とりあえず鎧などの類は全員剥いでイケメン君を縛って転がしてある。他の塀の男性陣も同じようにしてまとめて転がされ米俵の様に一つにまとめられている。
「えーと、君の名前はと。ありあすいーけつ、え!? イーケツ!?」
その瞬間皆が一斉にこっちを向く。
「イクリース、お前まさか……」
「イクリース様、まさかあなたがそんな人だなんて……」
「い、いやいやいや、違うから! ほらここ、ここにアリアスイーケツって書いてあるじゃないか!」
「自分のものに名前を書くのは当然だろう!」
「君はとりあえず黙って!? ほら、ここ、よーく見て」
そう言って、イケメンくん改めアリアスくんのパンツを指さす。くねくねした棒が重なったような奇っ怪な文字が書いてあり、その文字にみんなが一言。
「字きたな!」
「おのれ貴様ら! 私を馬鹿にするとは全員まとめて切ってやる!」
「そんなこと言ってていいの? 処すよ?」
「イクリース様、この者たちの処分はどうしましょうか?」
ベスが鎖鎌を片手に駆け寄ってくる。向こうではアルヴァーナくんが興奮しすぎて首をはねようとしているのを周りの人が止めている。アルヴァーナくんの違う人格が出ちゃっているが、彼も仕事でストレスが溜まっているんだろう、今度彼にも休暇をあげよう。
「どうしようかね。何かいい案ある?」
「私たちを騙し、挙句の果てに私のイクリース様を討とうとした大罪、極刑がよろしいかと」
「今私のって言った? まぁいいや、極刑ねぇ。じゃああれにしようか」
「あれ、とは?」
「彼、いや一応彼女にしておこうか。彼女を呼んで来てくれるかな? そんなに情報が吐きたくないのなら吐きたくなるようにしてあげるさ」
「畏まりました」
「ふふふ早く喋っておけばよかったのに。今から始まることは正直言って死より辛く、おぞましい経験だろう。せいぜい頑張るがいいさ」
そう言いながらイケメンに向けて合掌する。何故かって? それは彼が来ればわかる。あ、彼女だった。
「どーもぉキャトル☆ミューテーションちゃんでぇす♡ あらやだ、イケメンがたぁくさぁん!」
そうやってきゃぴきゃぴしているのは、筋骨隆々の身長二メートルのマッチョマン、いやマッチョなオカマキャトル=ミューテーションである。頭からは一本の角が生えていて赤い皮膚のオーガと言われる種族の彼、いや彼女はこの城の侵入者から情報を得る係である。主に拷問などをして。と言ってもそこまで暴力的な事はしていないはずだ。多分。
彼の拷問対象もとい生贄の選び方は情報を持っているかではない。自分の好みかどうかだ。
「あらぁこの子すごいタイプだわぁ! よし、この子とぉ、あとこの子とこの子と……」
そう言って自分の好みの者を数名選んで鼻歌を歌いながら引きずって行く。嗚呼、引きずられていく者たちに神の加護があらんことを。
「い嫌だ! 死にたくない!」
「だぁいじょおぶ、とって食いやしないわ、ちょおっとかわいがるだけよぉ」
そういいながら舌なめずりをし一人づつ頬にキスをしていく。やられる側はもっとおぞましいだろうが、見ているこっちにも十分すぎるおぞけを感じさせる。
「では魔王様、成果があり次第報告しまぁす! さあみんな、イクわよぉ!」
バチンとウィンクし自分の部屋に向かっていったキャトル。おそらく今のは僕の人生の中で二番目にカオスな瞬間だろう。ちなみに一番は今さっきのキスだ。
「イクリース様、残った者達はどうしましょうか?」
アルヴァーナくんの暴走を止め終わったべスやらフィールやらが戻ってきて、さっそく捕虜をどうしようかという話し合いになった。
捕虜のほうを見ると、先ほどの一件を見てか残った者達は全員顔を真っ青にしている。今にも失神しそうなものもいる。主に男子。
「あんなのどーせいらねぇだろ? 処分しちゃおうぜ」
ランデュートがニヤニヤしながらわざと響くようにそうぼやくと捕虜たちの顔の血の気がより一層なくなっていく。
「あんたほんとに性格悪いねこのゲス野郎」
「ほんと最低だね、いくら僕でも引くよ」
「あのさ、最低なランデュートはほっといてほかの案を出そうよ。あらべスちゃん? どうしたの?」
「ひでぇ言われようだな全く、ん? どうしたウサギっ娘なんかあるのか? 耳がピクピクなってるぞ?」
「実は私、このようなこともあろうかと考えて参りました! 今この国は重大な問題を抱えています。それは……」
「「それは?」」
「食糧問題並びに労働者の枯渇です!」
「なるほど、確かにね」
自信満々にそう言い切るべスに同意したように見せたが、実をいうと僕はそんなの知らない。きっとあれだ、目を通す前に紙飛行機にして飛ばしている書類の中の一枚にそんなことが書いてあるんだろう。
「近年増える人口、しかしこの国はお世辞にも貿易が盛んとは言えません。しかしいくら増えているといってもまだ子供。畑仕事ができるわけじゃありません。食料は当然足りなくなり国はやがて破滅に……」
「え、でも今は大丈夫だよね? そんなことはないんじゃ……」
「いや、あながち間違っているとは言えないぜ? 数十年前に、西の方の国でも同じようなことがあったそうだ。だがその国の王は無能でな、まだ大丈夫とたかをくくっていたら、五年でその国は滅んだらしい」
ランデュートが急に真剣な顔をして話に入ってくる。おい! 誰だ貴様!?
「ですが、今ここにいる数百人の人間を使い畑を耕し食料を得て、並びに数十名を城で働かせればみんな負担が消えてチョーハッピーになるわけです!」
「えぇ、さっきまでこっちに剣を向けていた奴らを、急にこっちで働かせてもうまくいかないと思うんだけど、そこはどう思う? さっきからだんまりしちゃってる魔王様」
ぼ、僕ですか!? なんで急に僕に話を振ってくるのさ! そこはこの件の当事者であるべスに聞かないと何ともないんじゃないか!?
と危うく言いそうになるのを何とかこらえ、顔をキリッとさせる。
「僕は構わないけど、そこんところはちゃんと考えているのかな? べス?」
「その件に関しては、まず武器を奪い鎧を引っぺがし首輪をつけ鎖でつないで鞭を__」
「ちょっと待ったぁ! それ、本気ですか!?」
「はい! 名付けて侵略者奴隷化計画です!」
「いやいやいや、奴隷なんて絶対ダメ!」
「何でですか!? イクリース様を騙し挙句の果てに手にかけようとした大罪殺すのでは生ぬるい。孫のそのまた孫の代まで使い古してやります!」
「と、とりあえず! 大方その案は採用するけど、奴隷は却下! 絶対ダメぇ!」
えー、と困った顔をし真剣に悩み始めるべスや、べスに同意したように頷くイリートをフィールとランデュートに任せて歩き出す。目をぎらつかせ、鼻息荒く大鎌を振り下ろそうとしているアルヴァーナくんの顎に一発入れ、くたっとなった首根っこをつかみ話し合いのために部屋に連れていく。
ああ、忙しくなりそうだ。