勇者は辛いよ
私は勇者である。名前はアリアス=イー=ケツ。名前についてのツッコミはやめていただきたい,
なんせ酔った両親がふざけ半分でつけた名前なのだから。私だってこんな名前は人に言いたくないので私のことはアリアスと呼んでもらおう。
私には王国の使者の中に混ざり魔王の首を取るという使命がある。そして今、この巨大な扉の向こうにその魔王がいる。扉越しでもとてつもない威圧感だ。だが、私が魔王を倒す。倒さねばならない。
しかし、かの強大な魔王をたった1人のちっぽけな人間が適うのだろうか。答えは、否だ。扉越しでも思わず足がすくみそうな恐怖を感じているのに。
いつの間にか震えていた手を聖女のマリーナがそっと握る。
ふと顔を上げると、戦士のラックスと魔法使いのナノもこちらを見ていた。
そうだ。私は一人ではない。私達が、魔王を、倒すのだ。
私が気持ちを落ち着かせると、扉が重々しく開いた。
そこには魔王がいた。
肘掛に腕を載せ、頬ずえをしながら興味がなさそうにこちらを見ている。黒いコートと黒い髪。ただし対象的に色白な肌に輝く白銀の瞳をしていて、その白と黒のコントラストが不気味な青年のように見える。しかし、彼は確か百年ほど前から魔王として活動していたはずだ。おそらく見た目と歳は全く違うのだろう。そして、目と目があった瞬間ぞっとするような威圧を感じた。
そしてその両脇には赤い甲冑に身を包んだ戦士と白ずくめの少年、ドレス姿の女性がいた。彼らは魔王の右腕、三柱。魔王に次ぐ戦闘能力を持っている。
あれが魔王か。私達は、あれらを倒すのだ。
「合図をしたら、ラックスは戦士、ナノは白ずくめの少年、マリーナは司祭風の女をやるんだ。私が魔王を倒す」
そう小声で仲間達に囁くと同時に魔王が口を開いた。
「よく来たな王国の使者よ。僕がレンヴィナント魔道国の魔王、イクリース=ジル=ミザリクスだ」
「ミザリクス殿、私は王国が使者アーヴィス=ラーキィである!」
「ラーキィ殿、安心してくれ。そんなに大きな声を出さなくてもちゃんと聞こえる。耳は昔からいいのでね」
魔王はゆっくりとこちらを見ながら言った。先程の言葉、聞こえているぞとでも言うように。
「さて、ラーキィ殿。こんなところで話すのもなんだ。ベス、案内して差し上げなさい」
「畏まりました。皆様、どうぞこちらへ」
メイドが近くにあった扉を開き、周りが移動し始める。そして魔王が玉座から立ち上がり向こうを向いた。今しかない!
「今だ!!」
その合図と共にラックスが雄叫びを上げながら戦士に向かって戦斧を振り下ろし、ナノのがすでに術式の構築を終え、放った魔法がすべてを凍らせながら少年に突き進みマリーナの召喚した天使が女に攻撃を開始する。
そして私も地面を蹴り、風を切りながら魔王に接近し魔王の首に向かって突きを放つ。
私たちはみなシックスセンスという能力を持っている。ラックスは堅牢体を硬質化させることができる。その硬さはオリハルコンに次ぐ硬さを持つと言われるミスリルにまで匹敵する。
ナノは氷魔。氷魔法の威力や構築速度が圧倒的に早くなる。今この短期間に魔法を放てたのもそのおかげだ。
マリーナは天童。天使との結びつきが強く、より強力なものを召喚できる。第一級から第十級まである天使の中で一度、エルフと人間との大戦争が起き人間が窮地に追い込まれた際に召喚した第六級天使が一夜にしてエルフの軍を壊滅させたと言われている。そんな強大な第六級天使を召喚できる数少ない一人だ。
そして、私の力は神速。ただ速く、なによりも速く、圧倒的なスピードを得る。そんな私の全体重と速度、私のすべてを込めた突きは光をも超えるとうたわれる。
そして、剣の先が魔王の首に吸い込まれるように近づいていく。
「これで、終わりだ!!」