ぐっともぉにんぐ
うっすらと目を開け、窓の外をちらりと見る。窓の外には透き通るような青い空が広がっていた。なんだ、もう朝か。
僕はイクリース=ジル=ミザリクス。一応だけど、ここレンヴィナント魔道国の魔王である。一応がついてしまうのは僕の仕事のできなさが原因だ。会議中におなかを壊し途中で抜けること数知れず計算などは九九すら五以上の段はわからない。仕舞には重要書類を真っ二つに引き裂いた結果、文官のにもうやめてくださいと泣きながら止められてから仕事という仕事が全くと言っていいほど回ってこなくなった。
そうして、僕の仕事量は大幅に減ったのである。
ただ、今日ばかりは仕事がないので寝ていますではすまされないのだ。
冬の寒さが薄れ花が咲き乱れるこの季節に、長きにわたる人と我らが魔族の戦いに終止符をうつ時が来たのだ。王国の使節団と対談しお互い土地や物資などを分け和平を結ぶこんな大事な時に王である僕が出ないわけにはいかないのだ。出ないわけには___
だめだ、意識が遠くなる___
「きゅーん」
「うぅ、あと五時間……」
かわいらしい鳴き声に王らしからぬ返事をする。
すると体に乗っていた重さが急に重くなり僕の上でぼんぼん跳ね始めた。
「ご主人! もう朝なのだぞ? 起きるのだ!」
声の主が顔を近づけ、吐息のかかる距離まで接近する。そして目をつむり唇を尖らせ顔をさらに近づけようとする。
「ストップ! ダーシュ! 動物の時ならまだしも人の姿でそんなことしたらだめだよ!」
「むう、何をするのだご主人!」
そういいながら上に乗っかっていた女の子を押しのける。彼女はダーシュ。赤い目で輝く銀色の髪を短く切った女の子だ。頭からは猫にも犬にも見える耳が、腰あたりからはふさふさした尻尾が生えている。さらにその体はとてもスタイルがよく、強いて言えば上半身の一部分が強調されている。
だが一番の問題が……
「なんでまた裸になってるの!?」
彼女はふわふわした黒い首巻以外何も身に纏っていなかったのだ。
「しょうがないのだ、猫の時に服を着ていないんだから人型になっても服を着ていないのは当たり前なのだ」
「その原理はわからなくもないけどさ、恥ずかしさとかはないのかい?」
「だーはご主人のためならなんだって……」
「失礼しますイクリース様……」
そこにノックをしてメイド長のべスが入ってきた。綺麗な長い黒髪を後ろで一つに縛り、眼尻が少し垂れているおっとりとした印象の彼女の頭からはウサギのような耳が生えている。が、その耳は動揺しているのか絶え間なくぴくぴくと動いている。
「ああよかった。べス、ダーシュに早く服を……」
「私のイクリース様に何してるんですかこの変態! 襲おうとしてたんですか!? そうなんですね!? おのれ痴女! 死になさい!」
「うぎゅ、ご主人はだーのご主人なのだ!」
「二人とも! やめなさーい!」
べスが目をギラつかせ手にした鎖鎌を構え、ダーシュが闇のオーラを身に纏い一種触発の空気になり慌てて止める。
「なんですか!? イクリース様は着てないほうがお好きなのですか? だったら!」
「やめなさい!」
「むー! ご主人は着ているほうが好きなのか!?」
「好き嫌いの問題じゃないよ! 女の子が男の前で気やすく裸になったりするもんじゃないって言ってるの!」
「だーはご主人になら見られてもいいのだ」
「むぅ、だったら私も!」
べスが再度ボタンを引きちぎろうとするのを止める。おやめなさい
「というか、こんなことしている場合なのかい!? べスは用があってここに来たんじゃないの?」
「あ、そうでした! 実はですね、ランデュート様があと五日とふざけたことを言いながら部屋に結界を張られて全く起きる気配がないのです」
頭の中にだらしない顔をしてよだれを垂らしながらしながら、あと五日と言う友の顔が浮かぶ。あいつ……
「じゃあ僕が起こしに行ってくるよ」
「お供します!」
「だーもいくのだ!」
「べスはダーシュに服を着せておいて。ランデュートの部屋には僕一人で行くさ」
「大丈夫なのですか?」
「心配なんていらないよ! 僕だってやる時はやるってことを見せてやるさ!」
意気揚々と部屋を出る。が、綺麗に磨かれた窓に映った自分の姿を見て急いで私室へ戻った。
「む、どうしたのだご主人まだだーの裸が見足りなかったのだ?」
「やっぱりイクリース様は裸の方が……」
「いや、そうじゃなくて服、寝間着のままだった……」
「あ、えーと、服はこちらに……」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ……」
先ほどとは打って変わって重い足取りで部屋を出た。