虐メ撲滅計画その2
【猪田里実:担任教師】
「ねっ?風雅君、どうしたら虐めって無くなるのかな?」
朝の穏やかな陽射しが5年4組の教室を淡く温めていく。春の風、生徒達は心地良さそうに校舎側の開けた窓からそれを心地良く感じている。校舎側の窓際の最後尾の席で薄めの文庫本を片手に右目だけで読書に勤しむ夜埜風雅の姿がそこにある。その横にはクラス委員長の羽斑柵がいつもの調子で話しかけている。彼女の両親は先週から行方不明になっているというのに。
「それを僕に聞く?こっちが知りたいよ」
「日本ではね、いじめ対策防止法や児童虐待防止法という絶対的な法律が制定されているにも関わらず、それらは一向に無くならない。むしろ増加の一途を辿っているの」
本から片目を離した夜埜風雅が視線を前に向け、何かを思索した後その視線を隣の席の少女に向ける。
「やっとこっち向いてくれた」
「まぁ、話しかけられれば向くよ。今読んでる小説、いいところで授業中も読む気でいた。別に羽斑の方を向きたくない訳じゃない。ぼっち上級者だからどう対応していいか分からなくて」
長めの前髪から片方しか開かない右目がぐるりと少女の左目を覗き込む。彼の左目は過去に事故で塞がれ、少女の右目は片目の彼の不自由さを知る為に眼帯で隠されているからだ。
「風雅君、じっとしてて?」
首を傾げて戸惑う少年に少女はブラウスの胸ポケットに差し込んでいたヘアピンを彼の前髪が右目にかからない様にそれを留める。顔に触れられた夜埜風雅の頬が微かに朱を帯びるが、それは彼の細やかな感動に消えてしまう。
「おっ、見えやすい」
手を伸ばしたままの態勢で止まっていた少女がついでと言わんばかりにその両手で少年を抱擁する。
「これできっと読書もしやすくなるよ。見返りとして抱き締めていいよね?」
「相手の了承を得てからにしろ」
複雑な表情を見せながらも風雅はそのヘアピンを気に入ったのかそれをしばらく受け入れていた。
「全く、現金な奴だな。女子って色々便利なアイテム持ってるんだなぁ」
「フフッ、風雅君の匂い落ち着く。あと心臓の音すごいね」
「お前が抱き着くからだろ?そういう羽斑の方こそ。それより、両親は消えてお前の方は大丈夫なのか?それに前……殺されたって……」
その質問には答えないまま、じっとしている。
「羽斑?」
「ねぇ、さっきの質問に答えて?どうしたら虐めは無くなるのかな?私ね、出来る限り手は尽くしてきたの。私のクラスで虐めは起こさせたく無いから必死に……」
一呼吸間を置き、それ以上の詮索を止めた夜埜風雅が呆れながら隣の席の彼女を褒める。
「羽斑はよく頑張ってるよ。お前のクラスでは虐めが起きにくいって噂になってたし、内心尊敬してた。同じクラスに5年からなってまさか僕のことまで救おうとするとは思わなかったよ」
羽斑が左目を赤くしながら少年の右目を覗き込む。
「ううん、私が本当に無くしたいのは君への虐め」
風雅がその日初めて見せる優しい笑顔で少女の灰黄色の髪を優しく撫でる。
「虐めは無くならない。出来るとしたらその対象を特定の誰かに集中させる事さ。それが一番手っ取り早い。だからお前が僕の為にやってくれてる事はあながち間違いじゃないよ」
名残惜しそうに顔を離した羽斑が改めて彼の方に向き直る。
「羽斑柵の虐メ僕滅計画その2、相手の苦しみを知ろう……」
「それ、この前も聞いたよ。僕はそうは思わないよ、辛い苦しみを他の奴に更に広げるのは無益だよ。誰かが誰かの身代わりになってやれるなら……」
「痛みはね、分かち合えるんだよ。そしてその痛みを知ればきっと平和な世界が訪れるんだもん」
私は教室に入るなり5年4組の生徒に簡潔的に昨日の出来事を述べる。
「先日、斉藤君が通り魔に襲われ、今入院している状態です……」
騒めく教室の喧騒を切り裂く様に担任の声が響き渡る。
「もう一言付け加えると、斉藤君の鼻がその通り魔によって削がれ持ち去られました……」
その内容を聞いて息を飲む生徒達を他所に、羽斑柵が夜埜風雅に妖しく囁く。
「痛みは分かち合えるの……」




