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捥がれた鼻:斉藤雄介


「斉藤くん、こんばんわ」


 塾から家への帰り道、右目に眼帯をした女子に声をかけられる。元気をどこかに置いてきたような声質に戸惑いながら言葉を返す。


「おぉ。羽斑も塾帰りか?」


 この子は木漏日小学校5年4組の同じクラスの女の子で学級委員長を務める羽斑 柵という責任感、正義感の強すぎる女の子だ。最近、両親が行方不明とかで色々と大変らしい。


「ん……違うよ。犯人探し」


羽斑がゆらりと手にしていた銀色の異物を俺の前に掲げる。その華奢な体と不釣合な大きな「裁ちバサミ」の刃が薄暗い闇から浮かび俺は思わず身を引いて一歩後ずさる。犯人探し?羽斑の両親は先日、担任の猪田から行方不明だと説明された。


「犯人?両親探しじゃ無いのかよ?」


 自ら掲げたハサミの刃を避けながら彼女の左目が俺の顔を見つめてくる。眼鏡をかけて地味な格好をしていた委員長。ある日クラスで唯一ハブられて虐められている夜埜風雅への虐め解決の為に自ら異端児となるべくその髪をベージュ色に染めて登校してきた。

ただ本人の意図とは別にすっかり垢抜けたその姿に脚光を浴びてしまう。片目しか確認出来ないが、睫毛の長い綺麗な瞳は魅力的でクラスで一番可愛いと思う。だけどハサミを持って彷徨く姿を見てしまった今は不気味に感じる。辺りを警戒するように裁ちバサミを構えたまま行き交う人々の様子を伺っている。海賊がしていそうな眼帯を右目に装着している為、見え辛いのか必死に目を凝らしているようにも見えなくない。確か黒縁眼鏡をかけていた為、目はよくないのかも知れない。俺の言葉をスルーして辺りを見渡す羽斑に再び声をかける。俺だって少しぐらい可愛い女子とお話したい。学校では夜埜風雅ばかりに構って他の男子は眼中に無いといったところだ。

「両親が行方不明になって大変だよな。俺も羽斑の両親を街でみかけたら必ず警察に連絡するからな」

 彼女は少し間を置き一言残してゆっくりと立ち止まる俺の元から離れていく。

「親は探さなくていいよ。死んでる……私が探してるのは殺した奴」

 今にも風に掻き消えそうな小さな声でその言葉を残して夜の街並みに消えていく彼女。

白いワンピースのスカートを夜風に靡かせながらその華奢な後ろ姿と銀色に鈍く輝く大きな裁ちバサミを見送る。

空腹と共に我に返った俺は帰路につく。今日は確かカレーの日だ。はらへったなぁ。

 走り出そうとした瞬間、再び「斉藤くん」と声をかけられ、振り向いた瞬間、顔を削るような痛みと共に鼻頭が一気に燃え上がった様な感覚に襲われる。その熱さに反射的に顔を抑えながら地面に尻餅をつく。

 何かが止めどなく顔から流れ落ちていく。それは僕の顔面から溢れ出ていく血だと分かったのは、すっかりその存在を消してしまった俺の鼻が切り落とされた事を悟った後だった。俺の呻き声と顔から流れていく血と共に人集りが大きくなっていく。霞む意識の中で、地面に自分の鼻が落ちていないかを必死に手を伸ばして探ろうとするが、俺の鼻だった部分は何処にも見当たらなかった。

その日俺の世界から匂いは消え去った。俺の鼻を持ち去ったのは一体誰だ?


 次に目を覚ましたのは病院だった。

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