光あれ
【殺人鬼?】
6年4組の教壇にこっそり立って教室の後ろの方で集まるみんなの事をそっと眺める。その騒ぎの中心は隻眼の男の子と左腕が義手の女の子。それともう一人、その二人の間に立って騒いでいる右目に眼帯をした少女。
「風雅君!浮気はダメだよ!」
顔を真っ赤にした風雅が席から立ち上がって抗議する。
「う、浮気って!僕と柵とは付き合って無いだろ?」
横で同じく顔だけを赤くしている矢川雪はそれでもその手を風雅の腕から離そうとはしない。
「えっ!?だって私の事大好きだって言ったし、一目惚れだって!」
「そうだけど、僕等はまだ小学生だし、付き合うとかまだ早いかと」
「えぇ!?あんなに頑張ったのに!」
「それは認めるけど……それを言うなら……」
ガタリと席を立ち上がる矢川雪。
「嫌ね……38点の落第自称殺人鬼の嫉妬は」
「ゆ、雪ちゃん!風雅君の横は私の席……」
「元々名前の順でこうなった私の席よ!虐めが無くなった今、この席は譲らない。6年に上がった貴女の席は前よ、前!」
「ううぅ、そんなぁ!あと38点てなんなの?!教えてよ?!」
「分からないわ。貴女に望月里実が残した最後の言葉よ……今回のテストの点数は38点と」
口元を押さえながら羽斑柵が考えを巡らせる。
「38点……あの状況下でその点数。私はあの時、何を成そうとした?それは私が殺人鬼となって罪を背負い、風雅君と里実先生の生活を守ろうとした。殺人鬼としての点数?38点は取れている、今回という事は次回も?ある?」
風雅が咳払いをしてそれに答える。
「ほ、本人に聞けばいいんじゃないかな?」
「先生はメイドのお姉さんと共に焼け死んだ。聞ける訳ないよ。雪ちゃんも最後を見たって……」
「えぇ。私は建物が崩れ、炎に巻かれる二人の姿を見た……けど焼けていく姿を見たわけじゃない……!?」
矢川雪が素早くを後方にステップを踏みながら手にしたシャーペンを教壇に立つ私に向かって投げ放つ。
「風雅君、キミの言う通りだね。本人に聞けばいいのね。傀儡師になり切れなかった私は38点。そして、見事に傀儡師として死んだ嘉村悠里は100点ってこと?」
「そういう事ね……望月里実に出来た全身の傷跡……嘉村悠里と同じ施術が施されて……私は、私は模造品を掴まされた!」
6年4組に上がった生徒達の視線が教壇の前に立つ私に向けられる。
「まずは皆さん、お元気そうで何よりです」
投げつけられた矢川雪のシャーペンをクルクルと回転させながら弄ぶ。
「そして何より、ごめんなさい」
深く頭を下げる私に騒めく教室。矢川雪さんが歯軋りを伴いながら私の名前を叫ぶ。
「猪田里実っ!お前は無実の女の子を私に殺させたっ!」
私の脳裏に嘉村悠里の姿が思い浮かび、涙が自然と溢れ出す。
「私にとってはどちらも可愛い教え子達。私は貴女達の意思を尊重したまでです……少し心配しましたが羽斑さんも6年に無事上がれて良かったですね……」
「あ、ありがとうございます」
私はそっと風雅の右目を見つめる。
「ゴメンね、風雅。やっぱり私……待てない。行きましょ?私と一緒に」
「母……さん……」
風雅が手を伸ばして近づく私と手を繋ぐ。
「ダメだよ。母さん、罪は償わないと」
私はその手の温もりを深く感じながら目を閉じる。あぁ、このまま連れ去ってしまいたい。空を斬る刃の音に私は素早く身を翻す。続け様に放たれるナイフを避けながら私は教壇の上に飛び乗るとヒラリと私の青いコートが揺れる。
教室の窓から現れたのは烏を模したマスクを被ったあの時の暗殺者。その黒いコートを靡かせながら教室に着地する。
「傀儡師!今度は逃がさない!黒豹!動けるか?!」
「もちろん!烏先生!挟み撃ちに!」
矢川雪が暗殺者烏の投げたナイフを拾いながら私に斬りかかると同時に烏も動く。体を回転させながらながらそれぞれのナイフを捌き、シャーペンを烏の腕に突き立て、矢川雪目掛けて軽く蹴りを放つ。弧を描き、浮き上がる矢川雪の体を風雅が受け止める。これじゃあ風雅は無理ね。なら。
「羽斑さん、行きましょう?」
「でも……でも私!」
「追試よ、私が貴女を完全な殺人鬼にしてあげる。貴女は立派な殺人鬼。自分の両親とクラスメイトを風雅と天秤に掛けた。私情で人を殺すは殺人鬼。貴女は私と同じよ」
何かに取り憑かれた様に私へとその一歩を踏み出す。
「私は……私は殺人鬼……もうみんなとは居られない……」
「さぁ、来……て?」
体に違和感を感じて見下ろすと脇腹に鉄製の鋏が突き立てられていた。血が口から溢れ出す。
「風雅……?」
「母親としては15点。若くて可愛くて惜しみない愛情を僕に注いでくれる点は評価対象になりますが、クラスメイトを殺しちゃ落第点だよね?」
「フフッ……母親に鋏を突き立てるなんて悪い子ね?あっ、私は父親の首を切り落としたんだったわ。風雅の子供点数は99点ね」
「ほぼ満点だね」
鋏を突き立てた手で私の事を抱き締めてくれる風雅。その目にたくさんの涙が溢れ出している。私も子供だけには勝てない。
「素っ気ないところがマイナス一点かな?」
「教えて?本当に母さんがやったの?」
「それは……秘密よ」
ズルリと鋏を抜くとそれを右手に構える。刺された箇所からヒタヒタと血が床に流れていく。
「必ず……迎えに来るからね?風雅?」
「母さん?」
私は呆然としている羽斑さんを左手で抱えるとそのまま廊下を駆け出した。背後から烏の仮面を被った暗殺者が追い掛けてくるがここの教師だった私に地の利はある。
「先生、刺された箇所平気ですか?!」
「えぇ。まさか刺すとは思わなかったけど、これぐらいの傷で傀儡師は死なないわ?」
「これから何処に?私はどうなるんですか?」
「貴女が選びなさい。私は一度姿を消すけど、貴女はどうしたい?」
抱える羽斑さんが私の腕から降りて立ち止まる。遠くから足音は二つ。恐らく暗殺者烏と黒豹の二人。
「私は……私は!」
この選択は彼女にとって重要な岐路となる。彼女の奪ったはずの眼帯の奥底にその右目がまるで息衝いている様に私を強く見つめる。彼女は賢い。その選択のどちらもが悲劇を呼び寄せることを充分理解しているはずだ。
私の手からゆっくりと鉄鋏を奪い取った彼女がその刃先を見つめる。前方には殺人鬼傀儡師である私。背後には暗殺者の二人。彼女は誰より愛情に飢えていた。それを私は与えられる。貴女に愛情を与えられるのは背後の暗殺者烏?それとも左腕を失った矢川雪?もしくは素っ気ない態度を取り続ける私の風雅かしら?答えはもう既に彼女の中で出ている。彼女にとって両親を殺した私は、嘉村悠里にとっての望月里実だった。
「ごめんね、雪ちゃん。それでも私を絶望の淵から救ってくれたのは……ネズミの王様……殺人鬼傀儡師だから」
彼女が背後を振り返り、後ずさる。その刃先は背後には迫る暗殺者達に向けられている。私は青いコートを翻し、そっと彼女の体を優しく包み込んだ。
風雅と雪さん……貴方達の行動一つ一つが彼女のこの選択肢に影響を与えた。何処かで変えられたかも知れないこの結末……貴方達は嘉村悠里や羽斑柵の心を理解出来ない。絶望の闇の淵で見出した一筋の光。その輝きの強さは深淵を覗いた者にしか到底解り得ないものなのだ。
「いいのね?羽斑さん」
近くで必死に叫び声をあげ、呼び止める矢川雪。そんな中、迷いの無い笑顔で羽斑柵は口を開く。
「眼帯少女は殺人鬼ですから」
私は微笑みながら彼女を抱きかかえる。この彼女の選択により私の命も永らえた。彼女が人質となり私への攻撃を暗殺者が躊躇う。その隙を突いて私は駆け出した。その先が永遠と続く暗い道だと分かっていたとしても。この世の深淵を覗いた者達よ、その暗い闇の中にこそ光よあれ。
END
……?




