表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/52

月のワルツ

【望月風雅:一ツ目】


 炎がジワジワと建物を端から焦がして行く中、欠席していた最後の事件被害者、矢川雪がまるで黒翼の翼を広げた悪魔の様に炎の渦の中心に舞い降りた。


 中型の鉈を構えたメイドに真鍮色をした義手を掲げ、恭しくお辞儀をする。


 礼節を弁えたその振る舞いは仮面男への憎しみに囚われた復讐者の影は何処にもない。ゴシック調の裾の拡がったドレスに頭には黒猫の耳を模した様な装飾過多なヘッドドレスが装着されている。鈍い黄金色を放つ義手と相まってそれは悪魔の様な姿だった。唖然とする僕らクラスメイトを他所に彼女が宣言する。


「私は暗殺者「黒豹パンサー」貴女を殺しに参りました」


 クラスメイトの舌を切り取られた長谷川君がぼそりと「矢川だろ?」と呟くと彼女のボリュームのあるスカートから引き抜かれた十字架のスティレットが空を裂き、壁際に避難していた長谷川君の顔の横に突き刺さる。

「黒豹よ」

「豹っていうより黒猫じゃ」

 2本目が長谷川君の反対側の頬の傍に突き立てられる。

「ひぇ!ひょ、豹です」

「宜しい」

「矢川……あんなキャラだったっけ?」

 斎藤君が義手を掲げる彼女を困惑しながら見つめている。

「クラスの癒し系……天使の笑顔が……まるで悪魔の微笑みに……」

 胃を抑えながら古井君ががっかりとした表情になる。

「あれはあれで……魅惑的らよ……ね?」独特の価値観を持ち始めている長谷川君がグッドサインを出しながら僕に同意を求めてくる。何故だ。それより時間が無い。かと言って建物から逃げる事も出来ない。白衣を羽織っている猪田里実……僕の母さんが僕を引き寄せ、リングに繋がれた鍵を僕に手渡す。そっと、僕にその鍵が合う扉を指差す。

「風雅、皆をあそこに非難させて?ここに居るより数倍は安全なはず。造りは別になっているし、あそこなら火は回ってこない」

「母さんは?」

 目を丸くしてその言葉を飲み込んだ望月里実は今日の朝、僕に見せた涙を再び溢れさせる。

「こんな私をまだ母さんって……」

「だって、何処で何をどんな事している人でも僕の母さんである事実は揺らがないし、それが消える事は無いでしょ?」

 僕をしっかりと抱き締める傷跡だらけの柔らかくて白い体は炎の中に居てどこかひんやりとしていた。

「私は監察医さん達をあっちの倉庫へ避難させるわ。みんな、君の弟の事は多分気に入らないと思うから」

 僕の弟とはクラスメイトの体の一部を繋げられた肉塊人形の事だと思う。確かに見たくは無い。

「皆んな!僕についてきて!?」

 鍵を掲げ、火の手を逃れる様にもう一方の鉄扉へとクラスメイトを誘導しようとするが欠損部位を抱える子達は上手く動けずに四苦八苦している。僕では役不足のようだ。離れた所で母さんが監察医さんを抱えているのが見えた。適材適所、こういうのはまとめ役に任せるのが一番。クラスメイトから1人離れるように項垂れている羽斑に鍵を渡すと、その肩に手を置く。

「風雅君……どうしたの?」

「皆んな混乱している。欠損した部位の所為で上手く動けないんだ。こういう時こそ……君の出番だろ?」

「私の?こんな自称殺人鬼に何が出来るっていうの?私はこのまま焼け死にたい。皆に合わせる顔なんて無い」

「5年4組、学級代表羽斑柵!」

「ひゃい!?」

「みんなを頼んだぞ?」

「風雅君……もちろん!!」

 僕の言葉に彼女の残された左目に光が強く宿る。

「私にも……まだできる事がある……」

 するりと立ち上がるとクラスメイト全体の動きを把握するように卓上に登り、声を上げる。

「みんな!最後でいい、最後でいいから!私の指示通りに避難して!松島さん!この鍵を使ってもう一つの鉄扉の鍵を開けて!皆んなは四人一組を作って助け合って松島さんに続いて!絶対に走ったり慌てたりしないで!大丈夫!そこまで火の回りは早く無い!」

羽斑が放り投げた鍵を片手で受取った松島桐子が厳しい顔になる。

「貴女はどうするのよ?!」

「鋏!私に放り投げて!」

 松島が母さんに手渡されていた鋏を手にしていた事を思い出し、それが回転しながら放物線状を描く。それを何の狂いも無く、見事にキャッチするとクラスメイト達が居る方向とは反対の方向を向く。つまり、入口の前に立つ殺人メイドの方向だ。

「貴女達の背後は私が命に代えても守る!それが学級代表の務め!誰も殺させない!風雅君が最後に入ったら扉を閉めて成るべく部屋の奥でじっとしてて!」

 僕はいつもの調子に戻った羽斑に一安心して、辺りを見渡すと、メイドのお姉さんに突き刺さっていた片刃の鋏が転がっているのを見つける。血の付着したそれを拾うと、羽斑の右側に立つ。

「風雅君?」

「守ろうな、皆を。兄ちゃんの遣り残した事、僕が引き継ぐ」

「うん!お兄さんね、私に風雅君の事をお願いって言ってくれた!だから風雅君の事も私が守る」

「兄ちゃん公認か……」

 首を傾げる羽斑。

「風雅君?」

「柵……」

「なにかな?」

「柵が僕の助けた女の子って分かった時……」

「ごめん、私怖くて言い出せなくて。だって、只でさえ素っ気ない風雅君に嫌われちゃうって思ってて……」

「違うんだ。心の何処かでずっとその子に会いたかった。僕が助けたっていう勲章でもあるけど……何より」

「何より?」

「可愛いなぁって思って、一目惚れだったんだと思う。だからどうしても助けたかった。その子の為なら傷付いても構わない……てね」

 顔を赤くする僕の顔をキョトンとした表情で見つめた後、驚きの声を上げる。

「ふえぇ〜〜〜〜っ!!」

 その声に入口の方で向かい合っているメイドさんと矢川、烏の仮面を被った黒コートの女性までこちらを向く。

「それってそれってそれって!私と両想いだったって事!!」

「お、落ち着け、そう……なるかも。いや、昔の話だし……」

 羽斑の顔に生気が蘇り、力強く鋏を右手で構え直す。

「私、嬉しすぎて燃え尽きちゃいそう」

「大丈夫、そうじゃなくても丸焦げになる確率の方が高いから」

「風雅君、素っ気ない。けど、そういう所も大好き!もうこれは婚約するしかないね」

「僕も柵のそういう少し厚かましい所、好きだよ」

 僕は羽斑の無くなった右目の死角を補うようにして鋏を構える。

「ハッキリ言って欲しいな」

「そういう君も」

「私は」

「僕は」

「「キミが大好きだよ!」」

じとりとこちらを不機嫌そうな表情で見つめるゴシックドレス姿の矢川。

「……そのまま愛の炎で焼け焦げてしまえばいいのに」

 羽斑が顔を赤くしながら抗議する。

「そ、そんなぁ、見捨てないでよ雪ちゃん!」

「今なら貴女を亡き者にして、風雅君を奪えるわね……証拠も残らない、でしょ?メイドのお姉さん」

「はい……お坊ちゃんに自称殺人鬼のイタイ小娘が寄り付くのは解せないですし」

 鉈とスティレットを互いに構える二人。殺人鬼と暗殺者、似て非なるもの。仲が良いのかも知れない。

「風雅君、どうしよ。私、殺される」

「アハハッ、それは最高に笑えないね」

「風雅君笑ってるし!」

 矢川の肩をポンと叩き、烏を模したマスクを被った女性が忠告する。

「その気持ちは痛いほど分かるが……今は目の前の殺人鬼に集中しろ。いくぞ?教えた事、守れるな?」

 矢川が殺人メイドに向き直ると右足を一歩引いて体勢を変える。それはまるでダンスを始めるような体の構えだった。

「はい、先生。殺しは舞踊ダンス。ただ踊る事だけに集中する。復讐の業火にも失恋の痛みにもそこに介入させてはいけない。心を乱せば、足踏ステップみは崩れ、相手に隙を与えてしまう」

「宜しい。間違っても一人で頑張ろうとするな。君は怪我人だし、相手は特級クラスの暗殺者傀儡師の名に恥じない殺人鬼だ。もしもの時は私が加勢する」

黒コートの女性がその場から数M距離を素早く取る。その動きに合わせて黒いフードから垂れる蜂蜜の様な優しい色合いの髪がフワリとそれに合わせて揺らぐ。一体何者なのだろうか。僕ら二人の前に看護師姿のお姉さんが立つ。その手には黒刃の短いナイフが握られていた。

「貴方達も倉庫に避難しなさい」

「看護師のお姉さんは?!」

「私はいわば保険よ」

「保険?」

「さぁ、早く行きなさい。君のお母さんが君の弟と待ってるわよ。蜂蜜!貴女が来たから大丈夫だと思うけど、その暗殺者見習いちゃんには無茶させないでよね?」

蜂蜜と呼ばれた烏口の仮面を付けた黒コートの女性が力強く「無論だ」と答える。蜂蜜?そういうコードネームなのだろうか。矢川も黒豹と名乗っていたし。

「看護師のお姉さんとあの黒いコートの人は知り合い?」

 クスリと少女の様な童顔で微笑みながら彼女が嬉しそうに答える。

「前に話したと思うけど、閉鎖病棟に閉じ込められていた私をマグナム銃片手に救い出してくれた子達。その一人があの金髪の女性よ」

「あっ、そうだったんですね!じゃあもう一人は?」

「貴方達も病院で会ったと思うけど、あの精神科医のお兄さんよ」

僕が犯人に復讐しようと憎しみに包まれた時に止めてくれたあのお兄さんの事だったのか。

「そしてあの猫耳の女の子があそこまで強くなれたのも……君達のおかげ。彼女は今、殺す為に戦っていない。守る為に戦っている」

 黒コートのお姉さんが急に手を叩き、拍を刻み出す。

 三拍子のそれはまるでワルツの様に。

「月のワルツ……」

「はい。先生……参ります」

 まるで踊る様にステップを踏み出した矢川が音もなくするりと殺人メイドとの距離を詰めていく。慌てて振り下ろした中型の鉈をするりと上半身の向きを変えて避けると二撃、相手の体に拳と肘を見舞う。それは殺す為の一手では無く、相手との呼吸を合わせる為の打撃なのかも知れない。まるでワルツを踊る様に優雅に可変していく相手との距離。着いては離れ、その繰り返しの中でリズムは刻まれていく。火の粉が舞う灼風の中、時間が止まった様に二人は殺しあう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ