表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/52

月黄泉工房

【望月風雅:一ツ目】


叫び声が聞こえ、僕は羽斑をその場で待機させ、その離れに恐る恐る足を踏み入れる。そこはどうやら人形造形師であった父親の望月曳光もちづき えいこうの工房の様で何体もの人形の素体が吊り下げられて並べられていた。素体にも関わらず、まるで本物の手足が並べられている様で不気味極まりない。

薄暗い倉庫内、暗くなってきたので近くの壁に設置されていた電灯のスイッチをONにするが全く反応が無い。電球が切れているか、ブレーカーが落ちているのかも知れない。壁に掛けられたアウトドア用のランプに火を灯し、僕は大きな縦長の棟の奥へと進む。途中、工房の机や椅子、大きな図面台が行方を阻むがそれらを掻い潜って通り抜けた先、ランプの火が二人の女性を暗がりが浮かび上がらせていた。

「猪田先生?」

驚いた顔でこちらに振り向いた先生の手と顔には黒い返り血が点々と付着していた。手からまだ温かみを保っていそうな血が滴っている。その背中越しに分厚い鉄の扉の前でメイド服姿のあの女性がお腹に片刃の裁ち鋏が突き刺さって倒れている。

「先生が刺したの?」

僕の声に我に返った先生の手には何故か大きな輪っかに連ねられた鍵が握られていた。

「あぁ。風雅……もう安心していいのよ?殺人鬼傀儡師は死んだ……死んだの。もう居ない。君を傷付ける人間は誰も居なくなった」

「死んだんじゃない……先生が殺したんでしょ?」

僕の言葉に悲しそうな顔になり、言葉を失う先生。

「私が……殺した。二人の殺人鬼を」

「……僕の母さんと傀儡師に攫われた女の子……だよね?」

「うん。そうだけど……彼女達が5年4組の生徒達を次々と襲って更に無関係な人にまで危害を加えた。けど、もう安心していいの。傀儡師は死んだ。だから風雅が襲われる心配は無いの」

先生がこちらに足を踏み出そうとするのを僕は手を翳して静止させる。

「僕の母さんとメイドのお姉さんは恐らく傀儡師じゃないよ……」

僕の言葉に尻込みを見せた猪田先生が一歩退く。

「何を言ってるの?風雅?」

「その鉄の扉の奥、見せてほしいな」

僕は一歩ずつ、先生に近づいて行く。それに合わせてまるで反発するように扉へと後退する先生。足元で意識を失っているメイドさんにぶつかって床に座り込んでしまう。

「それなら僕が開くね?」

先生の悲痛な叫び声がその口から発せられる。

「ここは望月曳光の工房だよね?先生が錠付きの扉の向こう側を知る訳ないよね?」

涙目になって必死に首を降りながら僕を扉に近づけまいと手をブンブンと振り回す。その仕草はまるで子供のようだった。

「あるんでしょ?そこに。傀儡師が収集した5年4組の生徒達の切断された身体の部位が」

先生にもう一歩近付こうとして僕は背後から伸びてきた白い腕に羽交い締めにされる。この工房に漂う仄かな冷気とは真逆の熱気が背中を通して伝わってくる。

「先生!殺人鬼は死んでない。私がまだ生き残ってるわ。私が死なない限り、殺人鬼傀儡師は居なくならない!」

背中から凄みを帯びた声で叫ぶ女の子は右目を傀儡師に捧げて契約を交わした女の子、羽斑柵だ。

「傀儡師……まだ生きてる……の?」

「そう!貴方の大切な子供達を私に殺されたくなかったら貴女がそれを防いでみなさい!」

「殺さ……なきゃ……。私の大切な風雅が殺されちゃう。もう……誰にも奪われたくない」

虚ろな目をした猪田先生が丸腰でこちらにゆっくりと近付いてくる。その手は震え、言葉にも明朗さが失われている。体力、いや、精神の消耗が激しいのか?背中に感じる羽斑の柔らかい熱。猪田先生が近付く度に震えがましていく。首を左上に向けると半壊したもう片方の裁ち鋏が握られていた。大人と子供の体力差で、猪田先生が羽斑の鋏を奪うことなど恐らく容易い。しかも羽斑は背中に傷を負っていた。拘束している右手にもほとんど力が入っていない。羽斑は何を考えている?

「柵!このままじゃ、先生に殺されるぞ?」

ゆっくりとこちらに慎重に近付いてくる先生。あと十五M程の距離だ。

「その目を傷付けた人が憎い?」

僕にそっと囁いた羽斑のその言葉と声に既視感を感じる。昔どこかでその声を聞いた。どこだ?

「大丈夫、君は殺させないし、死なない……私が君の、いや、やっと手に入れた不運な親子の幸福を守る」

どこだ?どこでこの声を聞いた?

「君と同じめに遭った。これで許してくれると嬉しいな。それだけが私の心残り……」

羽斑はここで自ら死のうとしている。僕が小学校に入って間も無い頃、廊下で他の生徒に罵声を浴びせられ、躓きかけた時に助けてくれた女の子の声を思い出す。顔も見せずに姿を消した女の子。その白く細い腕とひどく怯えた声がフラッシュバックする。そうか、全部、僕が原因だったんだ。

「柵、ありがとな……廊下で躓いた僕を支えてくれて」

僕を拘束する細い腕の震えが止まり、驚いた様に声を上げる。

「覚えてたの?」

「片目で辛い思いもしてきたけど、それと同じぐらい僕は周りの人に助けられて生きてきた。その優しさ一つ一つ、僕は忘れてないよ。そして、僕が同じ目に合わせてやりたいと言った相手は、僕が庇った女の子じゃない。ナイフで僕の左目を傷付けた男の方だよ」

羽斑が再び震えながら嗚咽を殺して泣き出す。

「よかった……私、私は君に恨まれていると思ってた。私が君の歩むべき本来の人生を狂わせた。その左眼さえ無事なら君が虐められることなんて無かったから!」

「そうよ!その子さえ居なければ、君の左目は傷付かず、学校で孤立する事も無かった。許さない、その子だけは!それに君を傷つけたその男なら、とっくの昔に私が処分したから安心して?」

先生が優しく笑みを僕に向ける。僕はそれに微笑みを返しながら羽斑の右腕を握り締め、優しく左手に握られている鋏をその手から絡め取る。普通、利き腕を使うのは大事な方を掴む時だ。僕を刺そうとするのに利き腕で鋏を握らないのはおかしい。僕が鋏を奪い取り、向かい合わせた二人の殺人鬼が硬直する。

「風雅?」

「風雅君?」

「猪田先生……いや、望月里実……傀儡師望月曳光の実の娘であり……また……望月風雅……僕の生みの親。だよね?」

それは一番考えたく無かった可能性の一つ。傀儡師である父に犯され続けた12歳の実娘は僕を身籠り、そして二度と子供の産めない体になってしまった。その不幸の因果は僕の所為でもある。多分、父は僕の存在を母に知らせて無かったんだと思う。言葉を失った先生が怯え、一歩下がる。

「そして、僕のクラスメイト達の体を切り刻んで収集した……仮面男、殺人鬼傀儡師」

右手に握り直した片刃の鋏を僕は眼前に構え直す。

「ダメ!風雅君!違うの!猪田先生は殺人鬼なんかじゃない!私が殺人鬼なの!」

「そうよ、風雅。私は殺人鬼なんかじゃない!その子から離れてまた私と暮らしましょ?帰ったらうんとごちそう作るから」

僕は母である望月里実と一緒に食事をとる場面を想像する。けど、それは、おそらくもう叶うことは無い。僕の右目から一筋の涙が流れる。

「柵……君が何より守りたかったのは……僕と先生の幸せな生活だった。先生が本当の母親だっていつその事に気付いた?」

「私が君の家に押し掛けた日、夜道で月明かりに照らされた二人の顔……そっくりだもん。本当の親子にしか見えなかった」

「だから君は……あの夜から殺人鬼として蒼いコートを羽織り。生徒達を自分の屋敷に誘拐していった」

「うん……。私の予想通り君の事を手に入れた先生はそれ以降、動かなくなった。すぐに匿ってる事はバレると思ったんだけど……何故か気付かれなかった」

先生が青い顔をして顎を震わせながら質問する。

「どういうこと?匿うって……おかしい。生徒達の身体の一部はその後も鮮度が保たれた状態で送られてきた……じゃあ!あの子供の身体は一体誰のだっていうの?!」

望月里実がネックレスの様に身に付けていた錠を取り出すとメイドのお姉さんの身体を横にずらし、慌てて鉄の扉を開く。こちらからは暗がりでその中はよく分からないが、先生が安堵した溜息をつく。

「ほら、きちんとここにあるじゃない。いや、まさか、別の子供の身体?一体誰が?分からない……なんでそんな事が」

「それなら……本人に聞いてみるのが一番なんじゃないかな?」

僕は携帯電話を取り出してある人物を呼び出す。

「うん。いいよ、もう安全だから入ってきて?」

携帯の通話を左手で切るとそれを再びポケットにしまう。もしもの為の最後の手段。危険を伴うそれを僕は最後まで使うつもりは無かったけど、もう僕の母さんを止める手立てはこれしか思いつかない。

「さぁ、先生……5年4組、最後の道徳の授業を始めようか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ