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じゆうちょう

【夜埜風雅:一ツ目】


 台所に立つ5年4組のクラスメイト羽斑柵はまだら しがらみの鼻歌が聞こえてくる。彼女は学校が終わった後、僕を尾行してまで自宅に上がり込んできた。兄の葬式の日に羽斑が言った「次の料理当番は私がする」という約束を頑なに守ろうとしての行動だと思う。大きめのフライパンでチキンライスを炒めている。その傍には卵が並んでいるのでオムライスを調理してくれるらしい。

 「食べ終わったら帰った方がいいよ?きっと家の人も……」

 そう言いかけて僕は思い出す。彼女の両親が行方不明になっている事を。

 卵を割り入れた彼女が視線をそのままにして答える。

 「大丈夫よ。両親はもう戻って来ないし、屋敷には家政婦の良子よしこおばさんがいるだけ。親戚の人も何人か声をかけてくれてるけど全部断っているの。それに良子さんには事件に巻き込まれない為にお休暇をだしているしね」

 「そっか。逆に1人で居る方が危ないのかも知れないな」

 「そうそう。だからしばらくは私と暮らすのがYesな選択だと思うの」

 「なんでそうなる」

 「運命かなっと?」

 ヒョイとフライパンをひっくり返すと形のいいオムライスが更に盛り付けられる。僕は溜息を付きながらTシャツに半パンの上にエプロンを羽織る彼女の後姿を眺める。本当にお嫁さんが来たみたいで少し落ち着かない。こんな情景はもっと大人になってからの話とばかり思っていた。それにしてもクラスメイトが殺人鬼傀儡師に狙われた際、必ず1人しか狙われて居ない。最初は犯行のし易さから1人ずつしか狙わないと思っていたけど、皆月が連れ去られた時は警察が2人に加え、矢川と羽斑まで現場に居た。

 矢川は兎も角羽斑が居て連れされたのに彼女をそのまま放置した。もしかしたら何か一定の法則や決まりごとがあるのかも知れない。本来ならこのアパートで1人暮らしを始めなければいけない事を思い出して周りを見渡して身震いする。1人で生活している限り殺人鬼は僕の事を狙い放題だからだ。

 「出来たわよ?」

 横から急に話しかけられて驚いて飛び上がってしまう。

 「あは、ごめんね?左からの声掛けは驚かせちゃうね」

 僕の左目は傷で塞がれて機能を果たしていない。だから必然的に左側の大半が僕の死角になる。そういう羽斑は逆でめばちこが出来た右目を黒い眼帯が覆っているので右側が死角になっている。食卓を見るとそこに湯気を立てたオムライスが二つと、細切れの野菜スープが並べられていた。夏とはいえ、今日は妙に冷え込むので嬉しい。

 「「いただきまーす!」」

 2人して羽斑に作ってもらった料理を食べ始める。

 多めに盛られたふわふわの卵をフォークで掻き分けると崩れて拡がり、卵にかけられたデミグラスソースが食欲を掻き立てる。そんなにお腹が空いている訳では無かったけど、僕はそれをぺろりと平らげてしまう。そんな僕をどこからか出してきたナイフとフォークで綺麗に切り分けて食事をとる羽斑が嬉しそうにニマニマした顔をしている。

 「フフフッ、合格点の様ね」

 「なんのだよ」

 僕は少し照れくさくなりながら残された野菜スープに口をつける。羽斑はやはり良家のお嬢様の様で食事風景そのものが絵になった。ついついその姿をしばらく眺めてしまう。今度は羽斑が顔を赤くする。

 「容姿も合格なのかな?」

 「うん。絵になると思う。多分、豪邸でドレス着て食事したらそのまま絵に出来そう」

 「あ、ありがと。じゃあ性格は?」

 「性格?悪くないよ。むしろ校内の虐めを無くそうとしてる模範生徒だろ?」

 少し眉を下げ、困った表情で俯く羽斑。

 「幾ら模範生徒でも、風雅君の基準を満たしてなきゃ意味無いよ」

 「……僕には勿体ないよ。きっとこの先、僕よりもっと素敵な人が現れるよ」

 今度は眉を顰めてこちらを強く見つめてくる。

 「絶対現れないよ!だって君は私の……」

 そう言いかけて彼女は再び元気を無くした様に俯く。しばらく静けさが辺りを包む。

 「あのさ、僕等のクラスメイトを狙う殺人鬼傀儡師が何を狙っているか見当付く?」

 羽斑が何かを言いあぐねた様に言葉を言い淀む。辺りを見渡して電話機の横に置かれている僕の使っている自由帳が目に入り、それを食卓に拡げて鉛筆傀儡師による被害状況を書いていく。

【鼻:斉藤雄介】

【左腕:矢川雪】

【右手:加藤智宏】

【顔:佐川彰人】

【舌:長谷川将太】

【頭:椚純】

【左肩:牧田公平】

【左耳:鏨新一】

【口:掵木健祐】

【上半身:及川光一】

【下半身:小谷沙耶】

【大腸:栂野慎也】

【背中:松島桐子】

【乳房:皆月紫苑】

【右肺:阿部美佳子】

【腎臓:赤彗堅】

【膵臓:東ミサリ】

【肝臓:西沢カナエ】

【左足:田辺純】

【右耳:音田静香】

 そして殺人鬼に持ち去られたとされる部分を描いていくと大凡の半身が出来上がる。

「牧田君は肩ごと左腕を持って行かれたけど、多分、左腕というよりも殺人鬼は左肩がほしかったんだと思う。そしてこれが一度殺人鬼に襲われた生徒は襲われないっていう結果に繋がってると思うんだ」


 羽斑が俯き気味に「さすが風雅君だね」と悲しそうに微笑む。


 「クラスの奴らはどこを差しだすかを相談していたけど、違うんだ。殺人鬼は誰のどの部分を持ち去るかは決めていないけど、どの部分が必要かは明らかなんだと思う。クラスメイトは僕と羽斑を入れて十三人。そして殺人鬼が狙うであろう部位は……」


 今の本棚に並べられた図鑑の中から人体に関する資料を引っ張り出して来てそれだと思わしき該当部位を選出していく。


「胃、小腸、右肩、右腕、右足、右臑、心臓、左肺、左腿、右腿、左腿、左手……あとなんだろ?」


 スッと羽斑が眼帯の覆われていない自分の左目を指差す。


「風雅君の描いた人体図に足りないのはあと左右の眼球」


僕は自分の眼が奪われる恐怖心から無意識にその選択肢を省いてしまっていたらしい。


「もし、僕の右目が奪われたら……」


両目を失う自分を想像して全身に寒気を覚える。光の全く刺さない世界。一生暗闇の中で過ごす自分を想像して身震いする。


「そうなったとしても私が君の光の代わりになるから。それが私の恩返しだから」


額に冷汗を搔く僕を優しくその笑顔が包み込み、その眼差しが僕の体を暖めてくれるような感覚にとらわれる。

「ありがとう。でも、僕は君にそれだけの事をしていない気が」

言葉の途中で普段は見せない優しい表情のまま、僕の左手を握る羽斑。

「ううん。君には返しても返しきれないものを貰っているから。あとね、風雅君のリストにまだ載って無い部分があるよ?」

 左手を握られたまま拡げた人体解剖図を眺めるがそれらしき部位は見当たらない。

「歯と爪だったら嫌だな……まるで拷問……?」

左手指先が何か柔かいものに触れて首を傾げながら触れた先を確認すると羽斑が僕の指先を自分の股の間にそれを軽く触れさせていた。暖かみが熱を帯びてこちらに伝わって来る。

「ここはまだ誰も取られて無いでしょ?」

「……そうだけ……ど」

 羽斑の熱がこちらに伝染した様に僕の心臓の鼓動は激しく跳ね上がる。

 眩暈を起こしそうになりながらも握られたその手を自分から振り払うのは難しかった。それは多分、まだ子供である僕達が開けてはいけない扉の一つなんだと思う。

 「私ね、風雅君の事を思うと嫌な事とか忘れられるんだ」

 羽斑の腿の間に挟まれている腕をそのままに、右腕を上げて、涙が溢れだしたその左目に宛がう。


 「私ね、汚れてるの。幾らどんなに綺麗な身なりをしても、体を洗ってもずっと汚れたままな気がして……自分が自分で許せない」


 羽斑の涙を拭い、左手を解放させると彼女の横に並んで座る。彼女が自分で語りだすのを待つ。

 「うちの両親は躾に厳しくて、高圧的で、私が失敗したり、両親の気にくわない事があると私を裸にして立たせるの。すごく嫌だったけど飢え付けられた恐怖心から逆らえなくて」

 震える羽斑の肩に手を軽く添える。

 「何かひどい事されたのか?」

 それに首を振る羽斑。

 「直接は無いけど、まだ若い両親達は面白がって、いや、自分達の背徳感を高めさせる為に私の目の前で……」

 「そういうのよく分からないけど、ひどいな」

 「獣に変わり果てた様に叫ぶ姿はとても怖くて……私にもその獣の血が流れていて、私もあんな風になるのかなって考えたら死にたくなる」

 「羽斑は違うよ。親がそうだからってその子供がそうだとは限らないよ。僕が保証する。大丈夫だ」

 「あ……りがと」

 「その事は誰かに相談した?」

首を強く振る羽斑。

「恥ずかしくて出来ない。それが嫌で一回小さい頃に家出して保護されたんだけど、その時も児童相談所の人には恥ずかしくて言えなかったんだ。この事言ったの風雅君が初めて……」

「あのさ、羽斑が虐めを無くしたい理由って何?」

「それは……全部君の為」

「僕の?」

「君はその左目の所為でどの学年でも除け者扱いされてた」

小学校に上がってからの5年間を思い返してろくな記憶が無い。もし僕にこの目の傷が無ければマシになっていたのかも知れない。

「羽斑もそんな僕を情けないと思う?」

怒ったようにそれを強く否定する羽斑。

「そんなのおかしいよ!だって君は何一つ悪く無いのに虐められるなんておかしいもん!」

僕はこの境遇に置かれて気付いた事実を羽斑に告げる。

「弱者や異質な存在を群れから排除して秩序を保とうとする行動は遺伝子的に刻まれた自然因子ファクターなんだ。だから理性的に未熟で成長を遂げていない子供達がそれを客観的に認識するのは難しいよ」

「う、うん。何だか風雅君も色々考えてるんだね」

「ぼっちだからね。調べたり考えたり試行錯誤する時間は他の子よりもあるし。結局、誰かがその因子を引き受けてやるのが零にするよりも手取り早いんだよ…….それにこの目はもう治らないしね」

「そっか。でも、私は私のやり方で虐めに向き合うよ?私の……羽斑柵の虐メ撲滅計画はそんなことで潰されないよ?君の住み易い世界を私が作るの」

「それなら……もう叶ってるよ」

キョトンとした顔でこちらの顔を覗き込む羽斑。

「だってさ、うちのクラスは殺人鬼の被害者ばっかりで人によったら僕の潰れた左目よりも酷い状態の子もいるし、実質、クラス内では虐めは無くなってるんだよ。気付いて無かった?」

羽斑が恥ずかしそうに首をコクリと上下に振る。

「ここの所、皆んなの所を行ったり来たりしててそんな余裕無かった」

「皆んなの所?」

「うん。クラスメイトが狙われない為に毎日一人一人順番に監視を放課後や休日にずっと続けてたの。結局現場に遭遇しても止められなかったけど」

「それってつまり…….」

校内に流れている噂の一つ、羽斑が殺人鬼を連れてくるっていうのは……たんなる偶然で……警察が羽斑をマークしていた行為自体が無駄だという事になる。確かに、羽斑が居ない場所で多くの生徒が犠牲になり、否犠牲者の数は残すところ13人にまでなってしまっている。

「どうしたの?風雅君?」

「いや、こんな時に兄が何か情報を残してくれていたらなって……全部警察に持って行かれて……」

羽斑が周囲を見渡して疑問点を口にする。

「風雅君の勉強道具とかって全部自分の部屋?」

「うん」

「さっき風雅君が記入してた自由帳なんだけど、少し可愛いデザインだったね」

そういえばメモ帳代わりに使われていた自由帳は僕が三年生の時の使い古しだ。ふと気になって自由帳の表紙を見ると僕の名前が消され、そこに兄の名が上書きされていた。メモ帳に使うのにわざわざ氏名を書き換え使い古しの自由帳を電話口に置くだろうか。しかも、僕の記憶が正しければ近くの百円ショップで購入したコンパクトなものを置いていた気がする。いつからこれはそこにあったんだろう?考えあぐねていると、羽斑がその自由帳の中身を確認していく。その中のあるページに目が吸いつけられた様に食い入る様に目を見開く羽斑。

「風雅君……これお兄さんの字じゃ無い?しかもこれ……過去に起きた傀儡師事件について書かれているみたい……」

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