監禁
【???:殺人鬼?】
私の両親は二人共腕の良い世間的に有名な人形造形師だった。彼らの造る人形はどれも精巧に創られ、体の各部を可動させる為に設けられた球体部を除けばそれは人体となんら遜色の無い、むしろ人体の持つ美しさを超えた形で表現されていた。彼らの造る造形物のモチーフはその大半が少女をモチーフとしたもので、両親の工房にこっそり忍び込んだ際には肢体をバラバラに吊り下げられている女の子がいるのだと驚いて泣き喚いた事がある。そんな私を両親はあやす傍ら、二度とこの工房に入ることを許さなかった。
子供心に恐怖を抱いた私はその後、離れにある工房を覗いた事は無かったがその夜は小さな子供の啜り泣く声が一晩中その工房から聞こえてきて怖くて寝付けなかった。頭には昔工房で見た本物そっくりの少女の肢体がぶら下がる光景が脳裏に焼き付いている。
声は私にしか聞こえないのか少女の声を両親に話しても一向に取り合って貰えなかった。仕方なく私は両親が人形の材料を買いに都心に出掛けた合間を見計らって再び工房へと忍び込んだ。重い扉を開け、中を見渡すと相変わらず気味の悪い幼い少女達の肢体が並んでいた。こんな気味の悪いモノを世間では美しいと評価されている。私にはさっぱりだ。工房の更に奥、人形保管庫らしき扉前にやって来た私は床に尾を引いている血痕を見つける。それはこの扉の向こうに続いているようだ。小さな女の子の声は昨日から聞こえていない。嫌な予感が頭に過る。両親は無警戒に保管倉庫の扉に鍵は掛けて居なかった。そこから先は光が全く差し込まない場所で、近くに置かれていた大きな懐中電灯を手に一歩ずつ闇の中を進む。暗闇に浸食されたコンクリートの床を足裏で確かめながら進んでいく。冷んやりとした感触の合間にぬるりとする血の感触がその足の裏から伝わってくる。叫びだしそうになる悲鳴を必死に抑えながら小さな声で呼びかける。
「ねぇ、助けに来たよ?大丈夫?」
懐中電灯で辺りを見渡しても大量の人形の素体が並べられているだけだった。
世間で騒がれていた至高の美しい人形達の少女の体や顔付き、その目や唇、まだ幼い胸の膨らみを現した胸部が懐中電灯の明かりを照り返し艶かしく輝く。こんなものに世間の人が熱狂するなんてどうかしていると思った。幼い模った人形の体に込められた大人達の思い描く理想のエロス。純粋さと狂気が綯い交ぜに歪に形を成しているようだ。何体もの少女の人形が並ぶ倉庫内。その突き当たりの一番奥に少しだけ扉が開いている部屋を見つける。そこから吹き出してくる風が私の鼻に届くと、その濃い血の匂いにむせかえってしまう。幼い少女の声は止んでいる。私はその扉の奥に足を踏み入れると何か柔らかいものを踏みつけ、転倒してしまう。手放した懐中電灯がくるくる回転して床を転がり、ある一点を照らし出す。青い光に濃い影を宿した少女の首。私は小さな悲鳴を上げて起き上がったそばから尻餅をつく。これは人形だと思いこもうとした時、私が踏みつけたものがその幼い子供の腹から飛び出た腸である事に気付いた。血で汚れた私の手を掲げながら叫び声を上げる。この顔は知っている。最近ニュースでも流れていた行方不明の女の子だ。なんで、なんでこんなところに解体されて転がっているの?!
慌ててそこから逃れようとしたけど僅かな光が射し込んでいた隙間が閉じられてしまう。扉の向こうからパパの静かな低い声が響く。
「入っちゃダメだと言わなかったかい?」
私は必死に何度も鉄の扉に拳を叩きつけるがビクともしない。私はその瞬間に全てを諦めて絶望していた。私が解放されたのは幼い少女が腐臭を放ち始めたその数日後だった。私はその数日間の間、解体されたばかりの女の子の肉体を食べて生きながらえていた。私もパパやママと同じ悪い人間だ。口にした女の子の体は部位によって歯応えが違ったけど近くに転がっていた刃物類を駆使して食べやすい大きさにすれば食べられない事は無かった。内蔵関係はさすがに食べられなかったけど二の腕や太腿の肉は柔らかかった。私は理科の実験と家庭科の調理実習の授業を受けている様な気がして笑い声を上げる。近くに転がる少女の頭蓋骨を弄びながら、私の頭の中の空想と頭の外に在り続ける現実の境目が曖昧になってきていた。監禁されてから数日後、扉は突然開かれた。パパの優しい声がおかしく成り掛けている私の耳に届く。
「ダメじゃないか。小さな女の子を食べちゃ。お仕置きが必要だね?」
パパが倉庫の明かりを付けると私の衣服は血塗れになって髪も体もボロボロで匂いも最悪だった。開け放たれた扉の向こうに解体されたママの体が転がっている。これは夢?それは現実?恐怖に怯えた瞳が私の方をしばらく見つめた後、ゆっくりと閉じていく。きっと私の泣き叫ぶ声に気付いて私を助け出そうとしてくれたのだ。そうしてパパの真相に気付いて生きたまま解体された。きっとママは私が最近頻発している女児誘拐事件の犯人に連れ去られたと思って心配していたに違いない。悪いのはパパだ。パパは女の子を殺して、一番愛しているはずのママも殺した。なら私も殺されるの?
パパがゆっくりと私に近づいてくる。
血に染まるパパの手が私の手を引いてそのまま抱きしめる。私は訳が分からなかったけど、心が何も感じなくなって体も言うことを効かない。辺りに並べられている等身大のお人形さん達の様になっていて、パパに汚れた衣服を脱がされるがままになっていた。
裸になった私の幼い体は他の人形達と比べて洗練さが足りてない気がする。その足りない輪郭をなぞるようにパパの繊細な指先が私の体の形を確かめるように肌を這う。
「うん。なかなかいいよ。私は人形の様な子供が大好きだ」
パパが一番好きなのは生きた人間じゃない。パパが愛しているのは死んだ人形の様な子供だ。私は人形である事を許諾し、その後も父の愚行を受け入れ続けた。その心の奥深くに仕舞い込んだ憎しみを忘れないように。そっと割れない様に大事に。いつかその憎しみが父を殺すに至る成長を遂げるまで今は心の奥深くにそっと。その心に気付かれない為に私は父に自分の肉体の奥深くを許した。父は恐らく連続殺人鬼。殺人鬼を殺すにはまた自分も対等に殺人鬼に成らなければならない。時折聞こえてくる少女達の声を幻聴と思いこむ事にして私は日常生活を送った。ある日の事、警察の人が沢山やってきて行方不明になった私の両親の事をたくさん尋ねられるが、私は何も答えるつもりは無い。私が殺人鬼を殺す鬼となったからだ。




