分断された左足:田辺純一
先週、皆月紫苑と学級代表の羽斑が俺達の事を狙っているらしい殺人鬼に襲われた。その場に駆けつけた警官は頭を割られて死亡している。
羽斑は体を浅く傷付けられてはいたが殺されることは無く、皆月紫苑がその場から連れ去られた。
数日後、現場近くの公園で意識を失っていた彼女は体の一部を切断された状態で見つかった。男子から密かに注目の的だった皆月の胸。それが消え失せた。幸いな事に切除された胸部には手術が行われた跡があり、命に別状は無かった。クラスの奴らはひきりなしに仮面男に襲われた際、どこを差し出すかを相談し合っている。そしてもう一つ、仮面男に襲われる前には必ず学級代表の羽斑が目の前に現れるらしい。もしかしたらあいつは何か知っているのかも知れない。
という事はだ、入院して欠席しているあいつが不在の今は怪人に狙われる事は無いということになる。これまで被害にあったクラスメイトの欠損部分をクラスの奴がリストアップしたメモを見せてもらうが、どの部位も真っ平ごめんでお断りだ。膵臓や肝臓ってどこにあるんだ?だから俺は震える唇で仮面男のリクエストには分かりやすい《《左足》》と答えた。
それが間違いだった。意識を失わされ麻酔をかけられた上で切断されるのかと思いきや、抵抗の意思を削ぐ為に中途半端に殴られただけで、そのまま鋸でゴリゴリと削られる膝から下。その部分への痛みが全身を駆け抜けて行く。
「俺が何したっていうんだよっ!奪うな俺の左足!もうサッカーできねぇじゃんか!」
パキリという音と共に意識が白みかけ、一旦仮面男の鋸が俺の足からどけられる。とめどなく溢れだす血の海の中、辛うじて繋がりを見せている足に仮面男がその蒼いコートの懐から真っ直ぐな鉈を取り出し、それを振り降ろす。ダンッという音と共に遂に分断される足。口を開ききり、大きく叫び声をあげる。頭の中で早く意識の方が飛ばないか期待するが継続する痛みに体の方が慣れてしまい、意識は保たれたままだった。蒼いコートの男が降りだした雨に構う事無くゆっくりと大事そうに俺の左足、膝から下の部位を布切れに包むとそれを脇に抱えて立ち上がる。光の刺さない路地裏を一瞬稲光が突き抜ける。
「なんで、なんで俺達5年4組ばかり狙うんだよ……」
立ち去ろうとする仮面男が一度こちらに振り返り、その仮面の下から掠れた声を漏らす。
「あのコをイジメタから」
誰の事だ?
俺達が狙われているのはそいつを虐めた事が原因だったのか?
「いつまでこんな事」
「スベテがソロウまで」
全てが揃う?まで?つまりそれは、この凶行はクラス全員が被害者になるまで終わらないという事か?俺の悲鳴を聞きつけたのか、近くを通りかかった中年のおじさんが声をかけてくる。
「どうしたんだい?君達……って、すごい血じゃないか!事故かい?ってまさか!仮面男!?」
慌てて背中を向けて逃げ出そうとするおじさんに仮面男が鉈で背中を切りつける。血を撒き散らしながら雨で濡れた路地に転がり、必死に背中を抑えている。
素早い動作で脇に置いていた鋸を拾うと背中からおじさんの首を狙い、一気に引き抜くと夥しい血の雨が路地裏の建物の壁面を紅く染めて行く。おじさんはその目を見開いたまま動かなくなった。
「なんで殺した!?そのおじさんは俺達を心配して駆け寄ってくれた。そんな人をお前は殺すのか!」
殺人鬼にそんな質問をしても無駄な事は分かっている。案の定、無言のままその場を立ち去る仮面男。激しくなってきた雨の中、暗がりがその姿を闇に眩ませる。俺達を襲おうとしているのは確かだ。だけどなんで俺達を殺せる状況下でも殺そうとしないのだろうか。