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子供達の遺体

【???:監察医】


「模造人体展覧会って知ってます

か?」

八ツ森市にある霧島大学附属病院医学部の解剖室にて昨夜警察から運ばれてきた年端もいかない少年と少女の遺体を前に、小柄で若い監察医の女性が解剖室を訪れた新米の刑事に質問する。

「模造人体……どこかで聞いたフレーズですね……それより早く書類を頂いて署に戻りたいのですが……」

その新米の刑事は今日、その監察医に一連の事件に関連性が認められた検死報告書をここに取りに来ただけだった。それ故に目の前の検死台の上に並べられた無残な状態の少年少女の遺体をなるべく視界に入れない様にしている。両手にはめられた血塗れのゴム手袋とマスクを外した監察医の女が迷惑そうに事務机に乱雑に並べられた検死報告書の一つをその新米刑事に渡す。露わになったその素顔は少女と呼んでも差し支えない驚くほど童顔で新米刑事は少々面食らってしまう。手術着越しでもその体型に幼さが強く残っているのも伺える。その女が呆気にとられている刑事に首を傾げながらくりくりと丸く大きな瞳が形を変え、不審げな目を若い刑事に向ける。

「安心して?中学生じゃないし、これでも24歳よ。模造人体展覧会。三年前に世間で騒がれた未解決猟奇事件の一つ、バラバラ人形事件の犯人が被害者達をわざわざ招いて開かれる展覧会の事よ。体の一部を切り落とされても生きていた人間は本人を。死んでしまった場合はその遺族の1人が青いサーカス小屋に招待されるらしいの」

バラバラ人形事件という名称を聞いてピンときたのか若い刑事は青ざめた顔で解剖台にそれぞれ並べられた少年と少女の体の状態を確認する。

男の子の方はまるでくりぬかれた様に腰から上、胸部の部分だけが無くなり、女の子の方は逆に腰から下、お腹周りの下半身が喪失した様に肉体から消え失せていた。胴体から離れた手や足、まだ幼い少年の生殖器や少女の膨らみかけた胸部が静かに佇んでいる。

「その犯人が再び現れたんですかね……」

「そう断定するのは早いわ。関連性があるとされる通り魔事件の被害者はこれで12人。今回も確かにバラバラにされていたり、体の一部を持ち去られた人物は居る。けど少し三年前とは違うのよね……」

中学生の様に見える監察医が考え込みながら眉をひそめる。

「模倣犯ですか?」

「いや、通り魔の様に見せかけて犯行は行われているけど、現場に残された物的証拠は限りなく少なかったり、目撃情報もほとんど無い。しかも殺せたのに殺さずに被害者の特定の部位だけを選んで持ち去っている可能性も高い。しかも……いや……まぁこれはまだ推測の域を出ないか。ね、お願いがあるんだけど」

「なんですか?」

幼い遺体達を前に顔色一つ変えずに犯人像を構築プロファイリングしてゆく監察医に得体の知れないものをこの新米刑事は感じていた。

「三年前のバラバラ人形事件と、類似する過去の事件の資料を集めてくれないかしら?」

新人刑事は増えた仕事に辟易しながらもそれをよしとする。

「あともう一つ、そのかき集めた資料のコピーを一つは私に。そしてもう一つはここに書かれている人物の宛先に送ってほしいの。私の名前を出せばきっと助けてくれるはず」

若い刑事は呆れながらその申し入れを拒否する。

「ここへは忙しい先輩に言われて資料を受け取りにきただけです。そんな約束……出来ませんよ」

「15年前かな?あなた達警察の手に負えなかった事件を被害者でもある11歳の女の子が捜査協力して事件の進展に貢献した事知ってるかしら?確かメディアにも一時的に出ていたはず。訳あって姿を消さざるを得なかったけどね」

「15年前って言ったらまだ俺小学生ですよ。そんな子いましたっけ?」

監察医の女が左右のおさげを振りほどきながら近く机に腰掛け、思い出した様にメモ帳を捲り始める。その小柄な女性の中ではすでに答えは出ているようで刑事の否定の声を聞き入れるまでも無かった。

「八ツ森市連続少女殺害事件。一般的には北白事件とか生贄ゲーム事件って呼ばれてるわ。その犯行が世間的に晒されたのは同事件の3件目の被害者。事件のショックで髪は総白髪で猫目がちな瞳とそのルックスで世間を賑わせた美少女……その人に事件関連のデータを渡せば恐らくまるっと解決するはず」

若い刑事はその言葉の途中でその心当たりがあるのか目を輝かせる。

「あっ!あの銀髪の美少女と監察医はお知り合いで?」

メモ帳を捲り、その日のスケジュールを確認して溜息をつく監察医。正確には見習いなのだが、この監察医は既に200体を超える死体の声なき叫びを暴き続けてきた。

「もう……あいつら同じ大学附属病院で働いてるからって……気安く予定組みすぎ。こっちは小学生の変死体で手一杯だって言うのに……」

その女が思い出した様に時計を見上げると叫び声をあげる。

「五分前だし!と、とにかく!その人に宜しくね?」

刑事が部屋を追い出されそうになり、この監察医の名を知らない事を思い出す。それとほぼ同じタイミングで本来許可なく開けられるはずの無い解剖室の扉が開く。

深緋こきひ!ランチの約束してたわよね?有難く思いなさい。こちらから2人で出向いてあげたわよ?あら?お仕事中?」

若い刑事の前に現れたのは長い黒髪を垂らす看護師姿の少女と白衣を地味なTシャツとジーパンというラフな格好の上に羽織るどこかのんびりとした雰囲気が纏う男が解剖室に乗り込んできた。その男の目元は優しげだが、左目の上に出来た切傷が場違いなように目立っていた。この人間の醸し出す雰囲気にそういった血生臭い傷は似合わない。気さくに刑事に声をかける男性はその名前を石竹緑青と名乗った。この附属病院の精神科医見習いらしい。その横で彼に寄り添う様に立っている細身で小柄な美女は天野樹理という女性らしい。胸元に光るネームプレートが刑事の目にとまる。刑事の頭の中でその名前は聞き覚えがあったが思い出すには至らない。寝起きの様なぼさぼさで長めの髪を掻きながら白衣の男の方が刑事に声をかける。

「あっ、仕事中でしたか?僕達は外で待っていた方がよさそうですね」

監察医が少しイライラした様子でその二人を解剖室から追い払う。

「すぐに行くから待ってなさい!私はもう誰にも聞いてもらえないこの子達の最後の声を聞かなければならないのっ!」

その二人連れの男女と一緒に解剖室を追い出される若い刑事。お互いに顔を見合って苦笑いを浮かべる。

「ははっ、怒られちゃいましたね」

「そのようですね」

長い黒髪を垂らす少女が刑事の顔を覗き込みながら答える。

「彼女、少し性格はきついけど……誰よりも被害者の事を考えてるの。きっと今も私達の見てないところで泣いて、そして、誰よりも犯人の事を憎んでる。だから助けてあげて?鉄と火薬の匂い。貴方刑事さんでしょ?」

新米刑事が独特の雰囲気を持つ黒髪の少女にたじろぎながらもそれを了承する。

「まっ、だからこうして私達がサポートしてあげるのよね?心理士さん?」

白衣の男の方を見ると照れ臭そうに鼻をかいている。

「そうですね。だからこそ僕らみたいな心のお医者さんがまだまだ必要なんです。刑事さんも凄惨な事件で消耗してしまったら僕らを訪ねて下さい。もっとすごい臨床心理士の方も紹介出来ますしね」

刑事の持たされている携帯が震え、呼び出しの合図を送る。

「ありがとうございます。あ、私は八ツ森署に戻らないといけませんのでこれにて失礼します……」

親しげに彼に腕を絡ませていた黒髪の少女の顔が陰り、囁く。まるで深淵から聞こえてきたような音色を響かせながら。

「血の匂い……」

確かに解剖室を出たばかりだが、衣服に血の匂いがつくほど長居はしていなかったはずだと、紺色の背広の袖口に鼻を近づける刑事。その携帯に業務メールが届く。その手紙の内容は木漏日小学校、5年4組のクラスメイトがまた一人変わり果てた姿で発見されたという報らせだった。今度の児童はどうやら内臓をくり抜かれた状態で発見されていたらしい……。若い刑事「夜埜大樹よるの たいき」はそのクラスに在籍する弟の身を案じて厳しい顔つきになる。自分の弟はクラス単位で猟奇殺人犯に狙われているからだ。犯人は昼夜、場所を厭わず出会い頭に子供の体の一部を持ち去るのだ。

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