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虐メ撲滅計画その3

【猪田里実:担任教師】


 木漏日小学校、5年4組は午後からの授業として図画工作の課題に取り組んでいる。生徒達が黙々と画用紙に目の前に並べられた野菜の輪郭を鉛筆で縁取り、用意した水彩絵の具でそれらを仕上げていく。

夜埜風雅と羽斑柵のグループはトウモロコシと南瓜と茄子が並べられている。

「風雅君さ、この中でどの野菜が好き?」

 羽斑が懲りずに眼帯を付けたまま必死に画面に線を重ねていく。成績優秀な彼女でも苦手なものが一つぐらい存在するようだ。

「んっ?とうもろこしかな。甘いし」

 素気なく答える少年の手元は慣れているのかスルスルと心地良く画用紙の上を炭芯が軽やかに滑っている。

「南瓜も甘いよ?私は茄子派だけど」

「茄子か……逆に僕は嫌いだな。南瓜もあんまり」

 少年がさっさと下書き工程を終えて着色の工程に入る。クラスでも美術クラブに入っている子供達と同等レベルの早さを誇っていた。

「えっ?もう下書き終わり?私なんてまだ南瓜の凸凹に奮闘してるのに!」

「羽斑は真面目だからなぁ。凸凹は絵の具で後から適当に表現すればいいよ。トウモロコシの髭も細い筆で後から付け加えればいいし」

「いや、なんか不安。しっかり描かないと完成するか心配なの」

 少年が返事の代わりに微笑みを返すと白いパレットに絵の具をチューブから絞り出していく。

「ここからは一気に攻めないといけなくなる。同じ水彩絵の具でもこれは不透明タイプで一度硬化すると水で溶くことが出来なくなるんだ。ただ、乾いたらその上から重ね塗りが出来るから仕上げのクオリティは自然と上がりやすい……」

いつもと違い饒舌な彼の言葉に口を開いたままの羽斑を他所に六号の面相筆一本で次々と画面に色を乗せていく一ツ目と呼ばれているいじれられっ子の少年。

明るく明度の高い色彩から順番に塗り重ねていき、パレットに多めに出している黄、紅、藍の色を絶妙なバランスで主となる色にブレンドし、色調を整えながら立体感を出していく。

先に背景が水を多く含んだ薄い色で全体に伸ばされた後、トウモロコシ、南瓜、茄子の順番で着色されていき、最後に最明度の光が反射している部分に白を乗せて完成させる。普通なら4時間の授業枠を使って完成させるそれを彼はその半分の2時間で完成させるに至る。

写実的でありながらどこか抽象的な味わいを多く残したその作風は彼の内面の暖かい部分を全面的に表しているように見える。

そんな夜埜風雅の絵画作業風景をじっと見つめていた羽斑柵が自分の筆を止めていた事に気付いたのは私が手を叩いて授業を終える合図を出した頃だった。

「あっ!描くの忘れてた!」

「おいおい。余所見ばかりしてるからだろ?」

「だって!風雅君、絵がこんなに描けるなんて知らなかったもん!惚れ直しちゃったよ!」

「惚れなくていいけど、知らない?これでも僕、何回かコンクールで賞貰ってるの」

「私の名前がまず出てくる事は無いからいつもそこはスルーしてた」

その言い訳を肯定するかのように彼女の画用紙には距離感のバラバラな野菜らしき物体が歪に描かれている。同じグループで絵を描いていたクラスメイトも心なしか彼の描いた野菜の絵に心を奪われている。そんな姿に気付いた羽斑は取り繕う様に両手を天に掲げてそれを宣言する。

「羽斑柵の虐メ撲滅計画その3:才能よ爆発せよっ!」

 夜埜風雅が注目を浴びるのを避けてそそくさと担任に完成した作品を提出しに席を立とうとする。そこに羽斑が担任にストップをかける。

「猪田先生!ダメです!彼の作品をみんなに見せてあげて下さい!」

猪田教員が改めて彼の差し出された作品を見下ろすとその暖かみのある作風と完成度の高さから感嘆の声を漏らす。そしてそれを手に掲げて生徒達にそれが見えるようにする。

「すごいよねぇ。みんなも夜埜君の作品をお手本に頑張ってね。でも芸術はあくまで創作活動。自己表現の一種だから自分の描きたいように描く事も忘れずにね?君達の手から生まれた作品も君達から発せられた声の一つなんだから」

掲げられた夜埜風雅の作品に生徒達も感心して感嘆の声を上げながら拍手のエールを送る。夜埜風雅が少し照れ臭そうに羽斑の待つ自分の席へと帰っていく。

「お帰り、ダーリン」

「ただいま。作品提出の僅かな時間の間で君とそんな関係性を持つようになった経緯を知りたい」

「風雅君に私が惚れ直したから」

「大したこと無いよ。ぼっちってさ、遊ぶ友達がほとんど居ないから自然とインドアになって、1人で出来る作業スキルがやたらと上がっていくんだよ。それにデッサンとか絵画作業って、人間が二つの目を使って立体的に物を捉えている特性が邪魔して形を捉え辛くなってるんだ。その点、僕は片目でわりかしフラットな面で物体を見慣れているから、2次元である紙媒体にその輪郭を写し取るのは意外と楽なんだよ」

 羽斑柵が涙目で自分の作品を指差す。

「嘘だぁぁぁぁっ!じゃあ片目の私ももっと上手く描けたはず!眼帯して悪化の一途を辿っているよぉ!」

夜埜風雅が遠慮がちに自分の作品への評価を下す。

「いや、絵画クラブに入ってる矢川には負け……」

そこで言葉を飲む夜埜風雅は、ただ一言ゴメンと言って椅子に腰を下す。羽斑柵の腕には包帯が巻かれている。それは先週、矢川雪と羽斑柵が学校からの帰り道、異様な姿をした通り魔に襲われた時に出来た切傷だからだ。羽斑が先程までの元気な声に陰りを混ぜながら呟く。


「私の左腕を持っていけば良かったのに……」


後日退院した斎藤雄介が廊下側の席で自身の失った鼻に自然と手が伸びる。その鼻は恐らく矢川雪の腕を切り落として持ち去った犯人と同一人物なのだろうと感じていた。生徒の半数近くは矢川雪の素朴で愛らしい彼女の姿はもう見られないと肌で敏感に感じ取っていた。そして次の被害者は自分である可能性が大いにある事も。彼等は心の何処かで感じていた、


 生徒達の噂は専ら三年前に起きたバラバラ人形殺人事件の犯人、傀儡師と呼ばれる殺人鬼に纏わる内容が大半を占めていた。

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