「重たいって、重たい....」
リゲルは、部屋で紅茶を飲み、待っていた。
すると、窓の外に動くものを見つけた。
紅茶を持ってきた使用人は気づいていなかったが、視力の良いリゲルには、それがロゼッタであることが見てとれた。
リゲルはため息をつくと、窓から庭へと降りた。
ロゼッタは、手を思い切り伸ばし、雛を巣へ戻そうとした。
巣はそれほど高くなく、簡単にできると思っていたが、ロゼッタの身体はロゼッタが思うより重たく、動き辛かった。
お腹のお肉が邪魔をして、これ以上足を上げられなくなった。
手も、プルプルと震えている。
(も、もう無理...)
「なにをしているのですか?」
あっ、と聞き覚えのある声に気を取られ、ロゼッタの集中力が切れた。
ロゼッタの身体が宙に浮く。
(落ちる...!)
ロゼッタは落ちることを覚悟し、身を固くした。
トスッーー
ロゼッタの身体への衝撃はなかった。
ロゼッタは顔をあげた。
「り、リゲル様ーー」
至近距離にリゲルの顔があり、ロゼッタは固まった。
背に回された腕。
近くで自分を映す瞳。
ロゼッタはそれに気づいた途端、身体を熱くした。
「危ないでしょう。」
リゲルはすぐに、ロゼッタを腕の中から下ろした。
ロゼッタは芝生の上に座り込んだ。
リゲルは落ちるロゼッタを受け止めに走るのでハラハラしていた。
ロゼッタを助ける、ということに違和感を覚えながらも、体は勝手にロゼッタを助けていた。
「あ、雛はーー?」
落ちる瞬間、雛を思わず離してしまっていた。
「雛は無事ですよ。」
落ちてくるロゼッタを受けとめるのと同時に、雛もキャッチしていた。
「ハンカチはお返ししておきますね。」
リゲルは雛の敷いているハンカチを返そうとした。
「ま、待って!触っちゃダメ!」
リゲルは驚き、苦笑した。
「あなたは触りたくないようですが、私は大丈夫ですよ。」
(獣には触りたくないと言うのか...こんなに可愛い雛でさえーー)
鳥の雛さえ触ろうとしないロゼッタを、非難するような目で見た。
「いえ、そうではなく。人が触った雛は、人の匂いが付いて、親鳥に嫌われてしまうことがあると聞いたことがあって...」
リゲルは目を見張った。
「そうなのですか?」
「いえ、聞いた話なので、念のためです。」
リゲルは驚いた。
獣人とはいえ、動物とは関係のない自分だが、それでもご令嬢方よりは断絶動物の扱いに詳しいと自負していた。
それが、リゲルの知らない話をロゼッタがしていた。
(前世でそんな話聞いたことあるんだけど、どうなんだろ?)
リゲルはハンカチごと雛を持った。
リゲルはそのままスルスルと、片手で木を器用に登り、簡単に雛を返した。
(しなやかで素敵な身のこなしーー)
ロゼッタは見とれていた。
「ロゼッタ様、」
「あ、はい。なんでしょうか?」
座ったロゼッタと立つリゲル。
必然的かつ偶発的に、ロゼッタの上目遣いによる攻撃を受けていた。
(可愛いーーいや、)
「ーーいえ、屋敷に戻りましょう。」
リゲルは何かを振り払うようにし、紳士的に手を差しのべた。
ロゼッタは頬を赤くして、リゲルの手を取った。
が、ロゼッタは立ちあがらない。
「どうしたのですか?」
リゲルは、自分の手を取ることが嫌なのではないか、とはっとした。
しかし、ロゼッタの手はリゲルの手の上に置かれたままだった。
「き、筋肉の限界がーー」
ロゼッタは羞恥心で顔が真っ赤になっていた。
「ククッ、」
リゲルから思わず笑みがこぼれた。
「わ、笑わないでください!」
「いえ、笑ってなど、ふふっ、」
笑いを抑えきれなかった。
リゲルは心を落ちつけ、ロゼッタを抱き上げた。
(あれほど遠く感じた彼女が、すごく近くに感じるーー)
気さくに飾らないロゼッタを見て、リゲルは心が温かくなった。
復讐心など、どこへやら。
(ああ、私のお肉にリゲル様の腕が!く、食い込んでるよね?お腹にも肉付いてるのばれたよね!?)
「お、重たいですよね....」
「?はい。」
ヒイッ、とロゼッタは悲鳴をあげた。
「や、やっぱりおろしてください!」
リゲルはきょとん、とした。
「だ、ダイエットもしたんですよ?でも、痩せなくて...」
「え?」
リゲルは驚きを隠せなかった。
「ダイエット?や、痩せようとしたのですか!?」
ダイエットという言葉はこの国にはなかった。
太ろうとしても太れない、と少女たちが嘆く中、痩せようとする人は誰もいなかった。
「私、その、」
ドサッーーー
物音がして、ロゼッタとリゲルは後ろを振り向いた。




