名乗り
2017年3月7日~22日の15日間、太陽が活動休止状態だったニュースをご存じでしょうか。
氷河期は周期的に到来する天体の四季のようなものですね。
◆第1部【名乗り】
◆第2部【アルン】
⇒加筆・修正中。
◆第3部【千夜一夜】
⇒未着手
「お前がそう思うんならそうなんだろ」
誰もが信じていることが違う。それは紛れも無い事実だ。
◆◇◇Step by 1◇◇◆
分かっているのは、自分の記憶が無いこと。
ここは人だかりの中に、いきなりぶちこまれたかのように五月蝿い。そして、だれもかれもが口うるさく話している。
「お前がそう思うんならそうなんだろ」
どこかで、かみ合っていない。
今度は、後ろの方でざわつく。
「おい! 見ろよ。後ろは海だぜ」
右も、左も、見知らぬ顔ばかりだ。
「ひやぁ断崖絶壁だぁ」
その声に驚き振り返ると、まず灯台が見え、その上の青が見え、白が見え、どこからともなく海の匂いがして風が吹く。
忘れていたかのように、大きく息を吸い込んだ。
僕だけじゃなく、周りの人もすべて命を吹き込まれたかのように誰もがしゃべることを忘れたかの様に―――。
僕は、ただ、呼吸をしたんだ―――。
間もなく、周りが歓喜に包まれる。
正確には、少数はそれをきょとんとして見ている。僕はどちらかと言うと、きょとんとしている側にいた。
「ねぇ。もうお外は危なくないの?」
「あぁもう大丈夫だ」
そんな親子を横目に、もとより人と会話することがあまり得意な方じゃなかったんだろう。会話に興味はあったものの、話しかけることは出来なかった。
―――大きく息を吐き出す。
また、しばし待ちぼうける。いつしか僕の居たところは後方になり、気付けば同じように後方に取り残された人ばかりになっていた。
「なぁお前覚えているか? ここに居る前までの自分を」
「いいや。お前もか」
前に集まって騒ぎが収まらない人達と、後ろで傍観する人達の温度差が異様な空気を作っていた。
そんな人達の会話に、僕の心は取り残されていた―――。
「あんたはどうして後ろにいるんだ? 前に行かなくていいのか?」
そんな僕に―――、声を掛けられた。勿論、心細い気持ちが外に現れていたことは否定するつもりもなかった。心細かった―――。
「同じじゃないのか?」
すぐ応えられず、間を置いて答えた。
しばしの沈黙と、青年がきょとんとしていることが印象的だ。黒髪で整えられてない感じの髪が、潮風でときおり重そうに揺れる。
「何を言ってるか分からない」
沈黙に、僕は前を指した。
「あぁ――彼らね」
とだけ、青年が口角を上げて答えてみせる。
僕を誘うように無邪気に笑ってくれた。わざとらしくて、それが安心した。
「低温睡眠で長く眠ってたんだ。
ここに俺らを集めているやつらの顔でも拝もうぜ」
きっとどんな言葉が返ってきても、僕は付いて行ったのだろう。『誰かに声をかけて貰える』そんなことをずっと待ってた気がする。
◆◇◇Step by 2◇◇◆
後方と打って変わり、多くの言葉が飛び交いだす。
人ごみをかきわける彼を、彼の言葉を反芻しながら付いていく。
未だに、後方で動かない人がいること。集まりの中には、スーツ姿の人物と警護する人がいること。家族連れも多いことから、何かのイベント会場なのではとも思えた。
そして最後に、何かの感謝を礼拝として祈りを捧げている集団に目が留まり、中央におそらく青年が指してたであろう人が―――伺える。青年が話したような、複数の人ではない。
騒ぎが明らかに一段落し、質疑応答をしているように見える。はっきりと言えないのは、人だかりで声がここまで聞こえないのだ。
―――しばらくして、移動が始まった。
状況がひとつも飲み込めないまま、大勢の人の後をぞろぞろと付いていく羽目になる。きっと僕は、そんな人間だったんだろう。帰れば温かい母さんの手料理が待っていて、いつでもおかえりと言って迎えてくれる。
歩みの速度は緩やかで、色々なものに目が留まる。
足元は、土ではなく砂利道に近くて、小さな石、砂ばかりで草一つ生えてない。先ほど聞こえた通り右手は少し行くと断崖絶壁の海だとすると、左にはおそらくこの土壌を作ったであろう石灰質の山が見える。
太陽を斜め右に、ふもとを迂回する形で北東に進んでいた。
どのぐらい歩いただろう。たぶん、二時間くらい経った。いつのまにか青年も隣から消えていた。道中誰かと話そうともしたが、どうも―――溶け込みにくかった。
記憶が無いのはまるで、あのとき後方にいた僕らだけかのように、家族連れ、スーツ姿の人と護衛の人―――。お互いを見知っていることが伺えたのだ。
前が騒がしくなったことが、目的地に着いたことを僕にさえ教えてくれた。先頭側ではなかったけれど、どこへ向かっているか人伝いの会話からすらも聞こえて来なかった。
僕が騒ぎを掻き分けるようにして見たのは、何の変哲も無い小川だった。
―――思わず息を付く。そして、休憩への歓喜であったこと噛み締めた。
すぐさま水を飲もうと、小川に少し近づいたところで気づいた。多くの人が手を入れ、飲みこぼしている水が戻っている。
でも本当は、人と関わりたくなくて少し離れたところの小川の分岐へ駆け出した。
どちらが上流かは分からないが、ただ独り占めしたかった。
(?)
違和感を感じたのは、手を水に入れた後だった。水面は静かに波打っているのに、水の流れは感じない。勾配のない平坦に感じられる場所であるが故にはっきりしない。よどんでいるわけでもないのに―――。
左手の石灰質の山の印象が強く、山から離れているこちら側が明らかに下流のようにも感じられる。そんな風に、僕は見上げて思った。
また、右手側が海であることからより近いこちら側が下流であるようにも思える。でも、海側と言っても海に流れているわけでない。小川の延長線には小高い丘とその奥に険しい山があって、小高い丘を挟む形で小川は二分された後一つになっている。
小川は、奥の険しい山まで続いていることが伺える。
ここまで考えたところで水が流れている感覚が戻った。どうやらこちらが上流だったようだ。いろいろと思い出せないことと言い、感覚までもどうやら鈍っているのかもしれない。
水分補給を終えぼんやりしていた。過去を思い出せないことがこんなにも心を空虚にするのかと、心の底から穏やかな雰囲気を堪能した。きっと、いたら口煩い親もここには居ない。
親も無く、家族も無く、友達もいない。今からこうして、ここから新しい人生を送るのであれば名前も思い出す気にならないほどどうでもよかった。
そんなことを思いながら下流を見ると、やけにがやがやしていることに気付いた。また移動なのだろうと急いだ――。
「だれか医者はいないのか?」
聞き取れた声はそれだった。
「上着を持っている人は貸してください、寝かせるところを作ります」
人だかりで前は伺うことが出来ない。
程なくして、先導していた人物が突然倒れたことを知った。
知らない場所に来ていろいろなことが、そうでなくても自分のことにさえ他人事のようになっている僕に僕は気付いている。人が倒れたことにさえ、どうしても興味が持てない。傷であれば、傷を見て僕も痛みを感じたであろうに―――。
いつしか騒ぎにまったく関心がなくなり、まわりの景色を見ていた。目に映る石灰質の岩の数々はどれも綺麗で、ここはどこなんだろうと気持ちを掻き立てた。
そして、僕と同じように一歩離れた場所に人だかりを見つめるあの青年が映った。表情が読み取ることが出来た。青年があんなにも、人だかりをみて驚嘆している。
―――印象的だった。
心の中で、他人事に思った自分を情けなく思った。こんな状況の中でも他人を思いやることが出来ることを、素直に尊敬した。こんな…自分に耐えられなくなって彼に近づく―――。
―――なお、彼は真剣な眼差しで人だかりを見ている。
「俺は何を見ていたんだ…」
僕が、彼に答える―――。
「言っている意味が解らない」
最初のお返しとばかりに口を尖らせて―――。
きょとんとしていた彼も今は笑っている。
「それを言うなら『何を言ってるか分からない。』じゃないか?」
と彼は言って、僕らは、笑った。親しくなりたかった―――。僕は、ずっと…友達が欲しかった。そんな哀愁に駆られた。きっと僕は、そんな人間だったんだろう。
「あの―――、君は…」
―――名前を聞こう。
「教えて欲しいことがある」
彼が唐突にこう切り返すと、質問の答えがさも今必要とばかりに僕に迫ってくる。
「君はあの広場でどのくらい座っていた?」
一緒に居たのに、おかしなことを聞くと思った。
◆◇◇Step by 3◇◇◆
先導していた人が倒れたことで、今日は野宿になることが決まったようだ。気候は暖かく、天気はからりとしていることが幸いだ。川辺を挟んで上着を枕に横たわる人々が天の川になり、見上げる空は、夜が下りてきたように近い星の光。彼もまた、この夜に溶け黙ったままだ。
次第に―――考えることがうっとおしくなっていき、いつしか眠りに落ちていた。
「これからどうするんだよ」
「ここはどこなの」
騒然とした朝に、起きずにはいられなかった。
昨日にはなかったざわつき方だ。
「遅かったな。
昨夜遅く先導していた人が亡くなったらしい。」
まぶたをこすり起きようと懸命になるが、すぐにまた睡魔が誘う。
「ちなみに今の今まで寝てるのは、お前と子ども達くらいのもんだ」
彼がわざとらしい嫌味な顔を作って、僕を見ている。
「顔、洗ってくるよ」
立ち上がってそう告げると、昨日の小川で目を覚ますことにした。魚が近くを泳いでいる。みんながヒステリックなのは、空腹のせいではないかと思えてくる。僕は顔を洗って、水を飲み干してから彼のところへ戻る。
「それで僕らはどこに向かっていたんだ?」
昨日から疑問だったことを彼にぶつける。
「街だ」
「街?」
ようやく空腹が満たされそうで、思わず聞き返してしまう。
「期待しすぎだ。それがそもそもの落とし穴なんだ」
ここまで会話を続けたところで、何か思考の不純物のようなものが浮かんできた。僕達は左手は石灰質の山、右手には断崖絶壁の海を見て北東に移動して来た。
その先には―――、険しい山しか―――無い。
もう一度見上げたときには、彼があのにやりと口角を上げた表情でこちらを見ていた。
「そもそも、案内はしていない。
街の話こそ都度出てはいたが、飲める水があると言われて俺たちは向かっていたんだ」
ここまで聞いたところで、彼の二つの言葉が引っかかった。
(案内はしていない)
彼と自分は、同じ道を辿り、同じものを見たと言っても良いくらいだった。
(いや、本当に同じなのだろうか?)
記憶がない僕には、低温睡眠の有無が疑問ではあるが、道中何度もこの言葉を聞いているので否定することも適わない。百歩譲って事実だったとして―――。
(ほんとに同時に目覚めたのだろうか?)
ずっと引っ掛かってはいた。でも今の気持ちは、先導していた人が亡くなって行き場を無くしている集団を見ていたから思えた感情なのかもしれない。
(もし僕に記憶があったのなら、どうしたのだろう。僕はどんな人だったのだろう。)
そんな取り止めの無いことまで思考が向いていく――
「覚悟はあるか?」
幻聴だと思った。
肩を揺らされて、ようやく現実なんだと気付く。
昨日から水しか飲んでないことも現実で、
生きていかなければいけなくて、
それでも集団から外れると言う矛盾した行為の選択を考えている僕がいる。
彼が意図していたことも、同じなのかは分からない。しかし、確認が無意味であることをよく知っている。自分の目で確かめないと、自分で歩こうとしないと、欲しいものなんて手に入らない。
そして、この問いかけが先ほどの答えに起因しているならば答えることは決まっている。
ようやく彼を見上げた。
「どこまでも着いていくよ」
答えてから向き合うまでの時間で、全てを悟られたことを疑わなかかった。あの時の立ち位置が、僕らの状況を表しているにほかならない事を疑わなかったから。そして、僕らはそのあたりまえの確認をしに行くのだから。
僕達が置かれている状況は、突発的災害と似ている。もし火災が起こったとき、僕ら子どもは窓を割って逃げる様なことは出来ずに助からないことがある。
置かれている環境は、出来すぎているのだ。突発的災害が起こっているにもかかわらず、先導者の先導によって(割られている窓を通り)水場まで来てしまった。
僕達が集団を離れるとき、集団はまだ今後どうするかで揉めていた。それを横目に、僕と彼は来た道を引き返す。
みんながどう判断しているか、考え方や捉え方に違いがあるのは仕方の無いことだ。しかし、誰にも置かれている確かな状況は解らない。もし彼がみんなにどんな話をしても、余計な混乱を招くだけであったろう。
僕らは、僕らの手で窓を割る。
「君は目は悪くないようだから、眼鏡はかけたことないと思う。眼鏡をかけ忘れるって良くあるんだ」
会話は、彼の唐突な言葉から始まった。
彼の見えている世界なんて、僕には分からない。同じように見えているのかなんて想像もしない。
どう答えていいのか解らず時間だけが過ぎていく。
「俺は、子どもの時からずっと眼鏡だった。
それでもやっぱり眼鏡をかけ忘れる。
あとで何かしようとしてから、見えないことを気付かされる。
俺ですらこれなんだ。君はもっとよく見えているんだろうな」
何か違和感のようなものがこみ上げてきて―――。
眼鏡をかけ忘れていることに気付かないのは、見えないことを気付くまでであること。
(彼は視力が悪い。そして僕は、よく見えている?)
ここまで聞いたところで思った。
(果たしてありえるのだろうか?)
(記憶が無いことで、眼鏡をかけていたことさえ忘れているのかもしれない?)
―――目の前の景色はよく見えている。
そう―――、灯台が見えた。
まだ日は高く、こんなに遠くまで見えるのにそれしか見えない。だけど、それは人がいて生活を送っている証である。
「うわぁ」
白い海鳥が灯台を、その後ろの青を白へ塗り替えて太陽に昇っていく。きっと崖には、海鳥の巣があるに違いない。僕達は、もうすぐ最初の開けた場所へもどる。
僕は、同じようにため息を付いている彼を小突く―――。
僕達はしばらく会話も無く立ち尽くして、白が青くなるのを待った。
ただ―――、見つめていた。
「戻ってきても還れない」
そんな中、彼がぽつりと呟いた。きっと、僕のために言ってくれたそんな気がした。
遠くに見える灯台は石造りで簡素な作りで、勿論塗装もされていない。彼の立つ横で同じように立ち、同じように見る。
言葉を返すことも忘れて―――。
沈黙を破ったのもまた彼だった。
「付いて来て欲しい」
ここまで戻れば、何か思い出すと思っていた。でも、何も思い出せなかった。
彼が言うように、僕が最初に座り込んでいた場所まで戻っても同じなんだろうと思った。そして―――、誰に聞くことも今は叶わない。
ただ、彼の後ろを無言で歩く。
数十分経った頃合、(ぐぐっ)靴が土を踏む感触。思わず足元を見た。そして、目の前に広がる光景に初めて意識を向けた。初めて見ようとした。
「どうして?」
思わず聞いてしまう。分かるはずなんてないのに――
「さぁなぁ。
おそらく鳥たちの巣だ」
それがこの景色と、どう関係があるのだろうと思った。何より土を見て答えるにしても、彼の言葉は不可解だった。石灰質の山とその山から成る土壌には、ここを除けば草だって生えそうに無い。
彼の突飛な返答も、餌は海からであると考えれば的を射てない気がした。それは僕がカモメなどの一部を除く海鳥が、海岸の絶壁などに巣を作ることを知っていたからかもしれない。
「もう少し行ったところだ」
彼が促すままに、進み、段差を下る。いくつもの小さな土の隆起が見える。
目指した場所に―――、ますます混乱する。
「いつから?」
何を聞けばいいのか分からなくて、もはや会話にさえなっていなかった。
「さぁなぁ。
俺が見たときからこうだった」
彼は遠い先に見える泉を指しながらこう答えると、足元から何かを拾い上げる。
―――何年も使われていないような鳥の巣だった。
◆◇◇Step by 4◇◇◆
一日の食事は、鳥の卵を食べることによって凌ぎ、小さな泉の水で潤した。
それでも僕は、彼に付いていった。何日―――、こんな生活をしただろう。雑草すら口にした。鳥の巣の多くは、使われておらず。中には、最近まで使われていた巣も多く見られたことから、遠くない最近、何かがあってここを移らなくてはいけなくなったのだろうと僕らは推測した。
『僕らは―――』
灯台から、北にある比較的なだらかな岩場に足を運んでいた。
「低温睡眠って何?」
岩に手を掛けながら登る。
僕にとっては、やっと聞けた質問だった。
「理由はみんないろんなことがあると思うよ。記憶はまだ?」
頷いてみせる。
「俺の場合は、転移した癌のせい。
ここに転移した癌が治せなくてね」
そう言うと彼は、こめかみを右人差し指で数回タッチする。
彼の街に対する想いの強さが分かった気がする。
(生きていることは奇跡だ)
(解っているから探すんだ。そこにしか拠り所が無いから)
彼の心の声が聞こえた気がした。
そして、彼がつぶやく。
「Another Link a Nation.」
僕が彼を見て、さらにこう付け足す。
「現時点では街を指す」
(本当に在るのかもしれないし、無いのかもしれない)
だから僕はこの時、生きていく自分の希望を重ねてRoaと名乗ろうと思ったんだ。
読んでくださってありがとう。がんばります。
上手く描けなくて最初ばかり繰り返して最初の1年以上が過ぎました(笑