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第八話【渡り人の頭】

不定期状態ですが、なるべく更新頑張ります(^_^;)

 キトの術によって生まれた暗闇を通過し、レイリはやっとキトの予定を理解した。

 目の前にそびえ立つのは地上と地下を合わせてフロア三十以上から成り立つ超高層ビル。一般的な大企業のオフィスビルディングとデザインはあまり変わらず、鉄筋コンクリートにアスファルトというありふれた建物と言える。

 ただ、一見して決定的に「普通」ではない。

『この建物 なんですか?』

 初めてキトの術を使って世界を渡るのに少しも臆した様子を見せなかったイフの第一声がこれだ。眠そうなイフの表情と音声のないメモ帳からは読みとれないが、内心驚いているのだろう。

 今にも砕け散りそうなガラス窓に、コケやツタに覆われたアスファルト部分。挙げ句に、舗装されているはずの道路には地面の隙間から雑草が生い茂っており、人のいる気配はない。

 一言でいえば、そのビルは荒廃していた。

「渡り人達の本拠地<ホーム>。バイオスクラウド連合本部っていうのが正式名称だっけな。普通は連合とか略称で呼ぶ」

 レイリは建物の名前を簡潔に告げ、イフに説明した。

「渡り人が異世界をどんどん開拓して以降、すぐに建てられた建物だよ。この外見は、わざとらしいね」

 実をいえば、連合本部の建物はその古さから、渡り人が渡り人と呼称される以前から使用されていたのではないかという噂もあるが、その辺の真相はキトのほうがよく知っている。

 何しろキト自身もトップと一緒に異世界を開拓してきた一人だ。知らないはずがないが、この話を始めると、キトの年齢は一体何歳で、本当に人間なのかどうか疑わしくなってくるので、レイリは自分からこの類の話を切り出さないようにしている。

「・・・・・・一人増えただけでこれか。キャパシティが問題だな。補助を付けるべきか」

 後ろを振り返ると、件<くだん>のキトはレイリに次いで余計に一人分追加されるようになったことに早くも悩み始めていた。

『異世界を渡る というのはやはり難しいですか?』

「・・・・・・渡り人ならそれぞれの得意分野で異世界を渡れる能力を持っている。問題は技術的に可能かどうかではなく、安全性や機能性だろう。何も耐性を付与しないまま渡って、四肢の一本が無くなるような真似は勘弁したい」

 イフはキトの言葉にギョッとした。

 次元的に隔てられている壁を越えるリスクが、外国に旅行するのとはまるで違うことに驚きを隠す様子はない。

「別におじさまの術がそうなるわけじゃないんでしょ?」

 レイリの挑発的ともとれる発言に、キトは肩を竦めた。無知なイフには脅して見せただけで、それほど深刻な問題は発生していないという意味だ。最高の信用を表すブラックカード持ちは伊達ではない。

 ただし一方で、一人の力で三人運ぶのに無理があるのも本当のことだろう。キトは無表情を装っているつもりかもしれないが、消耗している身体のことまではレイリに隠せない。

「・・・・・・一々、気にするな。予約の刻限がある。今日何しに来たかわかってるか?」

「イフの登録?」

「・・・・・・と、お前の検査だ」

 検査の一言に、嫌だ!と絶叫するレイリに向けられたキトの視線は白けたものだ。

『登録? 検査?』

「・・・・・・異界迷子用の申請は全部俺が終わらせたが、渡り人の下で働くのは別口の登録が必要だ。簡単な書類と口答審査、身体検査をされる。よほどのことが無い限り文句は付けられないが、こればかりは本人が出て行かないと登録できない。検査はレイリだけの話だな。特級《法の因子》の影響調査を義務づけられている」

 レイリは、奇々怪々の現象に対するスペシャリストである渡り人達から見ても特殊な人間だ。人格はともかく、その身体が魔弾の影響を直接受けて何の拒否反応を示さないのは、もはや存在が神秘だとさえ称される。

 「死」ほど大きな概念の力に、一体どんな抵抗力を持っていれば人間は平気でいられ、操ることが出来るのか。

 キトによる力の大幅な制限がかけられている中、検査という名の実験が行われるのだ。もちろん倫理は保たれているが、毎度渡り人の医者や研究者達に玩具として遊ばれるので、レイリは嫌っている。

「くそぅ・・・・・・おじさまが黙ってたのはこういうことか。意地汚い」

 レイリはキトの背中を恨みがましく睨みつけるが、知ってか知らずかキトはすたすたとホールに向かって歩いていった。


 連合本部ビルは、外見の大きさそのままではなく、内部面積は空間の圧縮によって実際の十倍近く、ほとんど限界まで引き延ばされている。フロアは相当に広く、レイリはほとんどの部屋がどういう役割を果たしているのか知らない。

 そもそもレイリがこのビルを訪れたのは三回目だ。

 一回目はキトに拾われた直後の時。

 二回目は半ばだまし討ちの検査と登録の時。

 キトはお目付役のようにレイリに付いてきて、必要最低限のことが終われば「帰る」と言い、ほかの場所を見る暇さえ与えてくれなかった。

 だが、今は違う。一階の入り口ホールで別れたキトはイフに付いていってしまい、レイリは八階にある検査室に赴くまでは自由だ。

 監視の目がないことを理由に、堂々と怠けることにした。

 亜人もたくさんいる人混みの中、持ち前の運動感覚でするすると抜けていく。ほとんどは役所のような受付窓口と関係者以外立ち入り禁止の部屋で、特に何か目新しいものはない。

「?」

 と、ふらふらと歩いていると、不意に視線を感じた。

 敵意や悪意のある類の物ではない。気配のある方に目をやると、前方数メートル先の大きなシャンデリアの下にいる青年が見えた。

 レイリには全く見覚えはなかったが、間違いなくこちらを見つめている。

 内心警戒しながら横を通り過ぎようとすると、声をかけられた。

「やぁ、レイリ。この辺に来ると思ってたよ」

「・・・・・・、」

 主人であるキトに、知らない人に付いていくな、返事さえするなと厳命されているが、それ以前にレイリは言葉だけはフレンドリーな青年に対して何か話す気になれなかった。

 人間の姿をしているが、明らかに亜人の類だ。緻密に作られヒューマノイドロボットを見ているような違和感がある。

 無視を決めようと瞬時に判断し、レイリは青年から目を離した。

「機嫌が悪いね。前より体重増えたみたいだから心の余裕はあるのかなと思ったけど」

「・・・・・・い、な!?」

 二言目がまさか自身の体重についてとは予想の斜め上だ。それも、見た目だけで言えばレイリやイフの少し上の年齢の異性から言われたという事実は、怒りよりもショックの方が圧倒的に大きく、いきなり何を言い出すんだとも怒鳴り返せない。

 それでも、声を荒げずにはいられなかった。

「初めて会ったんだよね?」

「いや、二回目だよ」

「喧嘩売ってる? 買うよ?」

 腰元に忍ばせていた魔弾に手をかけるが、青年はストップをかけた。

「物騒というか、短気だね。僕の目には半年前より肉が付いたように見えたからそう聞いたんだ。おかしなことは言っていない」

 失礼極まりない発言をおかしなことではないと断定する青年に、レイリは半ば本気で魔弾をぶっ放したい気分だったが、そもそもキトから私的な理由で魔弾を使うことは許されていない。

 それに、青年の言葉が気になった。

「半年前・・・・・?」

 一回目にここを訪れたとき、確かにレイリは今よりずっと痩せていた。

 それもそのはず、故郷が滅んでからキトに拾われるまでの空白期間、レイリは独りぼっちで生き長らえていた。肉を食べようにもほとんどの生き物が死滅していたような世界で、携行食糧と水だけを頼りにずっと。

「だけど、あなたなんて知らない。私のことを知ってるのは・・・・・・」

「キトとあと現検査スタッフ。そう思ってるなら、僕のことは思い浮かぶことすらしないかもしれないね」

 どうやら青年はなるべくレイリに推理してほしかったようだが、思いつかない様子を見て薄い笑みを浮かべた。

「挨拶し損ねた。バイオスクラウド連合本部会頭のFだよ。嘘だと思うなら、キトに直接聞いてもらっても構わない」

 チェック模様が入ったカッターシャツに、ジーンズという平凡極まりない服装の青年は落ち着き払って言った。

 対して、Fの自己紹介を聞いたレイリは顔をしかめた。

 勝手気ままな渡り人達のトップであり、異世界を拓いてきた第一人者。その功績だけを明かせばエリート中のエリートだが、素性は欲望などとはまるで無縁と言われている。その気になれば、開拓地の政治経済に割り込むことも難しくないのに、開拓史の黎明期に行った大きな改革と言えば、世界間の大きな交渉や交易には必ずこの連合本部の承認を得ること、という内容の取り締まり条約のみだ。

 ほかに、渡り人に関する取り決めもあるにはあるが、それらの内容を総じて見れば国家連合ならぬ「世界連合」として渡り人が仕切る、というのみに相違ない。

 面倒事をわざわざ買って、支配や侵略にはまるで興味がないという体<てい>のFに、各首脳陣は裏があるのではないかと常に目を光らせているが、未だ不祥事さえほとんど無いというのが実体だ。

「本当に・・・・・・」

「僕は渡り人に起きる全ての報告を受けている。一方的に知っているのはそのせいかもしれない」

 そう言って、見せたのはキトと同じブラックカードだ。

 装飾などの細部は違うが、キトと同格以上の人間を示すことは間違いない。

 疑問が解けて、レイリは納得したと頷いて見せた。

 それに、Fもゆっくりと頷き返し、何を考えているのか読めない表情のまま真上を指さした。

「こんなところでゆっくりしているのも邪魔かもれない。屋上に行こうか」

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