flowersー嫁の花ー
「すっごーいっ! 空も海も、全部綺麗だよっ蓮っ」
早々と荷物を放り出して砂浜へと駆けてしまった私を見て、私の恋人は微笑んでいる。
少したれた優しい目。風に吹かれる少し茶色い髪。ハスの花のように白い肌。あの肌はこの旅行で少しでも焼けるのだろうか。
昔はただ見つめるだけの存在だった彼が私の恋人としてそばにいる。こんなに幸せなことはない。
「有那、とりあえず宿へ行こう?」
少し困った顔でそう諭す彼に私は頷いた。
今日は楽しみにしていた沖縄旅行。二人の仕事の都合が合わなくて、夏休みじゃなくて秋になってしまったし、2日しかいられないけど、それでも楽しみにしていた旅行だ。
明日の昼過ぎには発たなきゃならない。それまでたくさん楽しまなきゃ。
「あらぁ、新婚さんかいね?」
「そうなりたいですね」
宿の奥から現れた女将さんに、帳面に名前を書き込んでいる蓮が微笑む。
蓮と出会ったのは今私が働いている花屋さんでバイトを始めたときだからもう何年も前。
都会の隅にある小さな花屋さんの常連さんだった彼とそこで働く私は1年前、付き合い始めた。
好きなひとに告白する、と薔薇を買っていったり。ずっと一緒にいたいひとに思いを伝えるためにハナミズキを買っていったり。
でもしばらくして、苦笑いしながら振られたんですよねと漏らした彼。
心から応援していたはずなのに、自分の思いに気づいて、押さえきれなくなった。
今まではお花の話しかしなかったのが、世間話もするようになって。
だんだん彼の口数も増えて、3つ年上だってことを知って。営業担当のサラリーマンだと知って、実は自分のことを僕じゃなくて俺って呼ぶことを知って。
去年の秋、告白したのは私だった。彼はすごく嬉しそうに頷いてくれたことを覚えている。実は告白したかったらしいけど、勇気が出なかったらしい。
たくさんのお花の力を借りた恋が破れたあとだったら、そりゃ勇気も出ないよねと私たちは笑いあった。
「あの、今からちょっと出るので荷物お願いしてもいいですか」
もちろんと白い歯を見せて笑う女将さんに少し頭をさげて散歩に出た。
季節は秋のはずだが、沖縄ではまだまだ暑い。二人で歩くだけでも汗がにじむ。繋いでる手、汗かいてないかな。
蓮は私と喋りながらもずっと辺りを見回している。なにか探してるのかな。
あ、と声をもらして少し大きな木についたオレンジ色の花を指差した。
「有那、この花の名前知ってる?」
「オオハマ、ボウ……?」
だったかな。
少し首を傾げながら口にする。この花を探してたのかな?
蓮は私の返事にさすがだね、と笑う。
「俺、沖縄といえばハイビスカスだって思ってたんだけど、沖縄の人にとってはこの花も馴染み深いものなんだって」
「へえ……あ、この葉っぱ、ハートの形してるね」
「本当だ」
ぎゅっと抱き寄せられ、そのままキスを交わす。甘い甘いキス。
「俺、この花を嫁にするんだ」
「……なにそれ」
あ、私が好きなあの横顔。うちの店で花を買ってくれるときの目だ。
そんなにこの花好きなんだ。今度蓮が来たときのために家に飾っておこうかな。
冗談だと思って軽く笑うと、蓮は私の目をじっと見つめた。
「知らない?この花の別名」
たまたま知っていただけだから別名までは知らない。そういえば、この花の花言葉はなんなのだろう……
「花言葉はね、楽しい思い出」
絶妙なタイミングで蓮が口を開く。考えていること、どんどん伝わるようになってるんだ。
そう思うと出会ってから今までの楽しい思い出が脳裏によみがえる。
今この時間も将来こんな風に思い出すんだと考えると、胸がとくんと優しい音をたてる。
「……だったかな、たぶん」
そっと語尾に付け足す蓮がおかしくて、私は思わず吹き出す。
「調べたの?」
「うん。……有那の好きなもの、俺も好きになりたいから」
はにかむ蓮を心から愛しく思う。こんなことを自分より年上の蓮に思うのはどうなんだって感じだけど、すごくかわいい。
「それじゃあ、べ……」
「別名はね、ゆうな」
蓮、さっきこの花を……って。それって、つまり……
「俺と、結婚して」
少し見上げた先にある優しい茶色の瞳を見上げる。
「……ください」
急にお願い口調になる蓮がおかしくてまた私は笑う。
私は笑顔で頷いた。




