電話に……出ないわけにはいかない
……しばらく会ってないなぁ……。
ふとそんなことを思い、なんとなく寂しくなるオレ。もちろん、周りは相変わらず騒がしい。しかし、そんな時にもふと親を思うときがあるものだ。……天から落っこちたけどね。
そして、こちらでも――。
「しばらく坊やに会ってないなぁ」
尽の父、柊 卿は、窓から覗く絶景を眺めながら、唐突に呟いた。
「そもそも、買い物帰りのかあさんに旅行券をくれたっていう人はいったい誰なんだろう」
頭をポリポリと掻き、独り言をつぶやく。遠く、鳥のさえずりが聞こえた。
「人間ってぇのは忙しいもんだな」
何をするわけでもなく、天井の一点を見つめていた。顔に似ているようなシミがあるわけでも移動する汚れがあるわけでもない。あったら多少は面白いのかもしれないが。そういえば、万魔殿の天井もすごかったっけ。まぁあそこは天上を張って移動する行儀の悪い奴がいるから気にならないのだが。
「だれかぁ~早く帰って来いよぉ~」
オレは誰に聞かれるわけでもない叫びをあげた。なんだか知らんが、個々の書置きがテーブルに残されていた。食事を済ませ、家の中もいろいろあさったり観察したりもしてみたが、別にベルのような趣味があるわけでもない。興味を引く品々はすべて調査済みだ。話す相手もいない家の中でただ一人、テレビを眺めているというのにも飽きた。
しばらく弱音を吐いていると、言葉の間にある音が聞こえた。
「……電話……」
出ていいのか?出るべきなのか?出たいけど出たら尽が怒らないか?だが――。
「はい、オレですぅ」
あ、出ちゃった。
呼び出し音の誘惑に勝てず、気がついたときには受話器を耳にあてていた。
「オレって言われてもねぇ。君の顔が見えないからわかんないんだわぁ、すまんね」
男の少しとぼけた声が耳に飛び込んでくる。
「ルシファー、ルシフェル、ルーシー、ルキフェル、ヘレル・ベン・サハル。どれでも好きな名で呼びやがれ。……で、おめぇ何?」
「うん、じゃあルシファー君。うちの尽は?」
そういわれた時、オレはすべてを察した。こいつ、尽の親じゃ?
「……尽ですけど?」
とっさに鼻をつまみ、少し上ずった声を出す。
「おう、坊やか。久しぶりだな」
男の声が明るくなる。どうしよう。オレは自分の行動を後悔した。
「さっきの人は誰だ?」
くっ、なんと返せば……。返答に少し頭を悩ませ、眉を寄せる。
「え~と、なんというか。と、友達……らしきものだ……よ」
たどたどしかったが、演技の下手なオレにしては上出来だ。まったく、嘘をつくのが難しいというのは天使時代の名残か。……あれ、今普通に『お宅の尽君を預からせてもらってる悪魔です』って言えばよかったんじゃね?
「らしきもの?ペットか?」
「そうそう。それそれ」
自分の立ち位置をペットにするのは屈辱というものだったが、やむを得ないだろう。
「何の用?」
ここは変に話を矛盾させる前に電話を切ろう。
「いや、いとしい坊やの声が聴きたかっただけ」
”いとしい坊や”ね……。オレの親は神様なんですけど。
「もう切っていい?」
「今切ったら帰るぞ」
この男……。
「しばらく帰ってないが、うまくやってるのか」
旅行券渡された悪魔にガキを預けたくせに何をぬかしやがる。
「目玉焼きはうまくやってる」
「なるほど。つまり目玉焼きだけはうまいってことね。はいはい」
え、なんかあきれられたっぽいんだけど。
「ルシファー君、と言ったかな」
「もう忘れたのかよ」
「あの人……いや、やっぱりいいや」
言えよ!気になるだろうが、言えぇ!と言いたいところをすんでのところで飲み込み、笑顔で対応する。
「好きな子はできたかい?」
えぇー……。何でいきなり好きな人聞くのー……?と言いたいところをまた飲み込む。
「自分、一人を優先させようという気はないんで。人類みんな家族」
なんか悪魔なのにいいこと言っちゃった気がしたのだが。
「ふっ……」
まさか名言を鼻で笑われるとは思わなかった。なんとなくショックを受けた。
「人間っていうものは自分を一番愛しているものさ」
さっき、仮に好きな人を言ったとしてもこれ言われたんだろうな。こいつ結局何が言いたいんだ。というか発言がシビアすぎてデカい夢のあるオレにはついていけないのだが。
「はぁ」
とりあえず受け流してみる。本当は『オレは人一倍傲慢だと言える自信がある』とわけのわからないことを言ってみたかったけど。
「言いたかったことはこれだけ」
お前なんなの、現実見せるために電話かけてきたの……?尽はそんなに現実を無視してるやつじゃないぞ。
「じゃあな、ルシファー君」
一方的に電話が切れる。オレはツー、ツーという音を聞きながら、しばらくそこに立ち尽くしていた。――バレてた。
受話器を置くと、少しの間そこに正座したまま前を向いていた。
「変わってないなぁ」
名を聞いてすぐにわかった。――電話で話すのはこれで二度目か。
学生の頃の話だ。僕が住んでいた実家の電話が鳴らされた。
「もしもし、柊です」
「あぁ?柊だぁ?……すまねぇ、かけ間違えた」
なんだ。それにしても失礼な人だ。僕が子供だからって軽く見ているのか。
「オレぁルシファー。悪魔だ」
なぜか名乗られた。僕は今度は間違えないようにと念を押し、受話器を置いた。
さっきは無理に声を変えていたようだが……昼間に学生が家にいるなんてありえない話だ。――僕も先ほど気づいたが。
「悪魔なら大丈夫か」
僕は今しばらく尽を心配しないことにした。
地獄ってどんなところなんだろうね(´・ω・`)
電話はあるのにテレビはないという寂しさ