根暗世にはばかる
僕はベルゼブブ。七つの大罪のうちの一角、『暴食』を象徴している悪魔だ。はっきり言って、食事の量や回数は大して大きな罪につながらない気がするのだが。『傲慢』や『怠惰』もその人の個性であり、決して否定されるべきではない。『強欲』や『色欲』も他人に干渉されるところではないし、『嫉妬』『憤怒』は制限される筋合いは無い。『暴食』については、さっき述べたとおりだ。
――まぁ今更どうこう述べたって変わるものではない。付き合わされる僕らもやれやれだ。
僕は常に傍観者の立場に当たる。会話に入れないわけではない。食べてる最中で話したくないだけだ。
切るのが面倒で伸ばしっぱなしの前髪やあまり表に出ない表情、極端に無口な僕は、負のオーラ半端ねぇ!とよく言われる。背丈は幼児とそれほど差もないが、年齢的には尋常ではない時を生きている。
「あんた、そんなに食べてると夕飯食えなくなるよ。……食べてないの見たことないけど」
そういいながら仁王立ちしている彼女は、サタン。『憤怒』を象徴している悪魔で、喧嘩っ早く、男勝りでおおざっぱ。からかう相手には即制裁を下す。そのせいで生傷が絶えないのも言うまでもない。しかし、そんなサタンにも女らしいところがないわけでもない。ほかにもあるが、一つあげるとすれば、料理がうまいことだ。
「……」
僕はポテトチップスの袋をあさる手を止めず、サタンを見つめた。
「そうやって下から見つめるのやめてくれよ。キモい」
キモいとはほめ言葉じゃない人間の言葉だそうだが、僕はそんな言葉じゃ傷つかない。
「……」
僕はじっと黙っていた。彼女が舌打ちと一緒にため息をつく。
「なんかしゃべったらどう?ここ何年かお前の声聞いてないよ」
きっとみんな、僕がしゃべらない理由なんか知らないのだろう。この文面を読んでいるキミは、みんなが知らない僕のことを知っている特別な一人なのかもしれない。
「……」
「……まぁ期待してないけどね」
しゃべる気がないということを悟ったのか、サタンは吐き捨てるように言うと、正方形に近いリビングの中心に鎮座しているソファに腰を下ろした。僕がどこにいるかというと、ソファの肘置きの上。ここは僕の固定ポジションだ。玉座の名残か、みんなはソファに座ることが多い。僕もきっと一様なのだろうが、少し硬い方がいいのだ。ただ一人の例外、ベルさんは座ることも面倒なのか、いつもフローリングの陽だまりで寝そべっている。それはそれでよさそうに見える。
サタンは外見で唯一女らしいと言える、頭の上で結っている腰まで伸ばした長い真紅の髪をほどいた。そしてまた手でまとめ、ゴムでくくる。シャンプーのいい匂いがした。僕にとっていいにおいとは食べ物のためにある言葉なので、そこでサタンは女なんだと改めて自覚することはありえない。
「あいつら遅いな」
おもむろにサタンが口を開く。まだ出て行ってから十五分もたっていないのだが。こういう短気なところが男っぽくみられる原因の一つなのかもしれない。
「……」
相変わらず、僕はしゃべらなかった。ただポテトチップスを口に運ぶ。別段腹が減っているわけではない。暇だから食べる。暇なときにチェスをするのと何ら変わりはない。
サタンは僕がしゃべらないからつまらないのか、テレビのリモコンを手に取り、電源を入れた。テレビの騒がしさが静けさをさらに目立たせる。
「今日何が食べたいわけ?」
そこで思い出した。今日はサタンの料理当番なのだ。
「オムライス」
僕はぼそっとつぶやいた。
「しゃべった……」
口にしていることは大したことではないが、サタンは驚愕の表情を浮かべている。サタンほどの年を経たら感傷することも少なくなってくるが、あれほど驚くとは僕がしゃべるということはきっとすごいことなのだろう。
「もう一回しゃべれよ」
サタンがビデオカメラをかまえ、僕に向ける。人間は次々と魔法のような道具を生み出している。いつか魔術を越えるだろう。と思惑をめぐらす僕をよそに、期待した表情を崩さない彼女。
「……」
「しゃべれって!」
「……」
探っていたポテトチップスの袋は空になっていた。
これで大体の登場人物が登場しました!
ここまでははっきり言ってコメディとは言えないただのざっとした人物紹介なので、次回からコメディにします←