テレビっていいよね
初めてこれを見た時、オレは驚嘆せざるを得なかった。
箱の中で、たくさんの人間が話している。その世界は文字が形になるらしい。リモコンというもので一瞬にして部屋……というか世界ごと変わってしまう。人間とは見上げたものだ。何せ、こんな狭いところに住めるのだから。
「ルーシー、遊ぼうよ」
オレの名前はルシファー。かつて神の座を狙い、「調子のってんじゃねぇよ!」と天から落とされた地獄屈指のエリートだ。今は七つの大罪のうち、傲慢にあてられている。
ルーシーというのは略称で、なんとなく女っぽいので好いていない。やめろと言っているのにやめないから、もうどうでもよくなった。
ソファという柔らかい長椅子に座り込んでいたオレの下腹に、ロリータファッションの少女……レヴィアタンが横からダイブしてきた。
「おべふっ!」
オレは変なうめき声をあげ、レヴィのごちゃごちゃと飾ったロリータドレスの上から腹を抑えた。
「ロリコン!」
レヴィがオレの右の頬にこぶしを打ち込む。……おいおい、オレはロリコンじゃないぞ。レヴィはいつも俺のイメージダウンにつながる発言をする。その失言とパンチだけは控えてほしいものだ。
「……」
オレは首を垂れた。――疲れた。オレはテレビという薄い世界に住む奴らを眺めていたいのに。
「どうした、元気なさそうだな!」
視界の下からにゅっと顔が突き出す。人間を真似て染めた金の頭髪の毛先をワックスというわけのわからないもので遊ばせ、いくつもピアスを開けた尻の軽そうな男。オレのよき理解者であり、親友のアスモデウス、略してアス。こいつはいつもつるんでいる七人の中でも特に人間界について詳しい。何度も遊びに来ているのだそうだ。
「遊んでやれよルーシー。ついでに俺っちともあそぼーぜ!」
初めにルーシーと呼び出したのはまぎれもないこいつだ。
「へっ、一人で神経衰弱でもしてろよぉ」
オレが言うと、アスが立ち上がる。長身痩躯を具現化したベルとは違うものの、アスも十分に背がある。おかげで、オレが年下にみられるのだ。そういわれるたびに、奴は笑って否定する。
「つめてーな。じゃあ一人でババ抜きしてるよ」
「そっちの方が暗ぇよ」
「ちょっと!」
レヴィが叫んだ。二人でレヴィの顔を見下ろす。レヴィは目を吊り上がらせ、頬を膨らましていた。
「レヴィともお話ししようよ!」
オレは肩をすくめるのをあえて我慢した。レヴィアタンは『嫉妬』だ。つまり、自分が会話に入っていないと気が済まないタイプなのである。
「はいはい、お姫様」
アスがいたずらっぽく笑い、レヴィの頭を撫でる。口調に嫌味は混じっていない。
「遊ぶんなら二人で遊んでてくれぃ。オレぁテレビの人間を観察してるんだよ」
オレは会話を区切るようにきっぱりと言うと、テレビに向き直った。相変わらず、箱の枠からはみ出して頭や体が切れているというのにへらへら笑っている奴ら。……マゾなのか?それにしても、箱の中のやつらは生命力が強い。
「俺っちとお前のよしみだろ?トランプしようぜ!」
「嫌じゃ」
「なんだと!?」
レヴィとアスの声がきれいにそろう。
「うるせぇなァ……。ちったぁ休ませろぃ」
「ルーシーいっつもゴロゴロしてるじゃん。……デブるよ」
レヴィが語尾のトーンを下げて囁く。
「オレは太らねぇ体質なんだよ。悪魔だし」
オレがふいっと顔をそむけると、二人がいぶかしげな顔をする。
「おい、疑うのか?数百年生きたオレを人間だと思うのかぁ?」
言っても、二人の顔は変わらない。オレはため息をついてテレビを見つめた。黒いスーツの男がいいフォルムで走っている。
横でぼそぼそと声が聞こえるが、オレは無視した。そのうち、オレが応じないとわかると、二人はトランプを始める。
「よっし、そっちバランスとれよー」
「うん」
……そんな不安定なところでトランプのピラミッドは無理だと思うのはオレだけか……?
「テレビに住んでいる奴らは顔や体の端だけを別の次元に持っていけるのか?」
オレは独り言をつぶやいた。アスとレヴィのトランプを挟んでいる手が止まる。
「まさかルーシー、テレビの中に人が住んでるなんてファンタジー思想持ってないよね?」
「え?」
「テレビのことを小難しく考えてるわけじゃないよな?」
「……」
オレはごまかすように口をつぐんだ。そして、何も言わずにテレビを眺める。レヴィとアスの視線が冷気を帯びた気がした。テレビっていったいなんなんだ……?今更聞けないその疑問だけが頭の中で渦巻いていた。