プロローグ
「悪いけどぉ、しばらく泊めてもらうわぁ」
俺こと柊尽がドアを開けると、そこには変な人がいた。
「いきなり人んち来て泊めてもらうわってなんすか。完璧不審者じゃねぇっすか」
休日の昼ごろ、せっかく寝ていたのにインターホンで起きることを余儀なくされた機嫌の悪い俺は、皮肉を込めて言った。
「ケチケチするんじゃねぇよぉ人間」
高校一年生になる俺は、だいたい同じくらいの年であろうそいつにずかずかと上り込まれた。
「警察警察……」
「おい、通報したら食っちゃるかんなぁ?」
ご、強盗……。
「金ならないです」
俺は表情をこわばらせながら言った。俺と同じくらいで強盗をする人がいるとは、世も末だ。
「人間の金なんか要らねぇ。いいから食いもん出せ」
自分の顔や姿を隠すこともしないなんともおかしな強盗はどっかりとソファに座った。俺は言われるがままにとりあえず目玉焼きを焼いてみたのだった。
「……うまいとはいえねぇが食えねぇってほどでもないぜぇ?」
強盗は目玉焼きの黄身のふくらみにフォークを突き立て、気持ちのいいほど豪快に食べ始めた。
「おめぇ名前はねぇのか。まずあったら名乗ってみるのが男だろう」
「いや、男は関係ないと思」
「いいから名乗れってんだよ」
「柊尽です」
「ほえほえ」
力の抜ける返事だ。
「オレはルシファーつってぇ、魔王やってんだぁ」
ルシファー?外国人かな。その割には日本語がうまい。
「魔王……っすか」
「魔王……だァ」
俺たちは互いににやりと笑った。なかなかノリのいい強盗だ。
「実はさぁ……」
ルシファーが空っぽの皿を俺に押し付け、話し出す。俺はなんとなく、話を聞いていた。
「……要するに、魔王のルシファーさんはお城をリフォームする間、俺んちに住みたい、ってわけっすか」
「おう」
ルシファーは物珍しそうに家の中を見回し、その中でも特にテレビリモコンに興味を示したらしく、しきりにチャンネルをいじっていた。
「でもどうしてうちなんすか?近所に家なんていっぱいあるし」
「歩き疲れたところがこの家の前だったんだよぉ」
……猫みたいなやつだ。まぁ家族がいない時でよかった…のかな?
「でも、両親が」
「心配すんなよ。オレがうまく話つけてやらぁ」
いつの間にか泊めることになってしまっている。だが、ここでルシファーの機嫌を損ねたら何をされるかわからない。とりあえず話を合わせておこう。両親が帰ってきたら外に逃げて警察に連絡すればいい。
「お、来たようだなぁ」
ルシファーが不意に床を見つめた。そこには、落とし穴のような大きな穴がぽっかりと開いていた。床下は見えず、ただ黒い穴が、深く、どこまでも続いているように見える。一応言っておこう。うちの床にはこんな穴はあいていない。
「な、なんすかこれ……」
俺が聞くと、ルシファーは意味ありげな笑みを浮かべた。
なんだか変なことに巻き込まれてしまったようだ。この前雑誌で見た今月の占いの一文を思い出した。
『なんだか不思議なことに巻き込まれる予感』――その『予感』はまさに的中したのである。