【102】
【20】
モニカ達は皆と合流した。そして輪になって、各々の調査や考察を報告しあった。
「ということで、この骨の山が流れを遮って、周囲に水が抜けているようなんです」
「なるほど」
モニカの言葉に、ルローたちが相槌をうつ。
「それで、岩盤の硬いところに無理やり水が流れているので、あちこちに水が染み出しているようです。そう遠くない将来、ここの地層はグズグズに脆くなる可能性があります」
「と、いうことは入り口の縦穴にあった泉は……」
「はい、その泉に通ずる地下路もありました。今のうちになんとかしないと、フルスベルグは水没してしまうかもしれません」
「それはなんとかしないとな」
モニカはわかった事を一通り話した。他の人の話を知りたいと思い、目でルローの方に話を振る。
「ああ、俺たちも面白い事が分かってきたぞ」
ルローはそう言うとタンコと目配せした。
タンコは気恥ずかしいのか、顔を伏せてしまった。上がり症の癖はそう抜けないようだ。
「ここにある骨は、人間のものとそうでない物が混じってる」
ルローは、手振りを交えて話を続けていく
「その動物もな、犬、羊、猫、馬といった、昔から家畜として馴染み深いのが大半だった」
人とその家畜。
ということは、この骨山は何らかの人の営みによって生じたということだろう。とすると、これだけの尋常ならざる量を集めることは、可能なのだろうか。
モニカが顔を曇らせていると、ルローは鼻を鳴らした。
「姫さん、考えてることは分かる。それでな、実は一つ思い当たることがあってな」
「はい」
「この地方に昔から伝わる処刑法にな、流河刑というモノがある」
「るか……けい?」
モニカは、今まで様々な帝王学を学んできたが、そんな言葉は聞いたことがない。
「罪を犯した者の手足を縛り、川の上流から流す、というものだ。場合によっては、家畜と共に流されたようだな」
「それは……ひどいですね」
モニカの呟きに、ルローは肩をすくめつつ答えた。
「まあな。水には〈浄化〉の属性があるから、それで罪を浄化しようと考えたのだろう。そのせいか、仮に生きて川下まで戻ってきたら、罪を免除されたようだ」
「ということは……」
「ここは帰ってこれなかった罪人たちの墓場ということだ」
その時、さっきまで大人しく聞いていたクヴィラが横から口出ししてきた。
「クククククク。面白い話だな」
場違いな感想に、モニカ以外の全員が顔をしかめた。この中ではクヴィラだけがこの国の人間ではない。
「どこが面白い話なんだ?」
ルローは珍しく怒りを露わにして、クヴィラに詰め寄った。あっという間に雰囲気が剣呑になっていく。
「あ? どこが面白い話ってんだよ!」
「面白いとも。無知が無知故に自分たちの首を絞める様子がな」
「なんだと……」
ぎりぎりとルローの歯ぎしりが聞こえた。言ってみれば、ルロー達の先祖の話だ。先祖を侮辱されて黙っていられるわけがない。
そして、ルロー達の先祖はすなわちモニカの先祖でもある。
「止めなさい」
モニカは静かに落ち着いた声で制した。努めて感情を排して、クヴィラに尋ねた。
「クヴィラさん言葉が過ぎますよ。まずはどの辺が無知だったのか教えて頂けますか?」
モニカの雰囲気が変わったのが分かったのか、クヴィラも神妙に答えた。
出会った当初、クヴィラの放った妨害魔法をモニカは跳ね返している。それ以来、モニカに対する一定の尊敬というべきものをクヴィラは持っているようだった。
「……〈水の精霊〉の属性と言われる〈浄化〉は正確ではない。正しくは〈吸着〉なのだ。不浄なモノを取り込む、と言った方が正確なのだ。そして、ここの不浄は今にも溢れそうだ。まだ、海に捨てればまだ良かったものを……。これでは、近いうちにフルスベルグは滅ぶぞ」
「……何ですって」
モニカは驚いて、冷たい感情が一気に吹き飛んでしまった。
「話を詳しくお願いできますか?」
「よかろう……俺がここを初めて見た時に、一つ気になった事があった」
そう言いながら、見えない床の魔法を駆使して、岩壁の方に歩いていく。
「見て分かると思うが、ここは水が豊富にありながらも〈水の精霊〉の量が少ない。何故だか分かるか?」
モニカもそれが気になっていた。無言で、クヴィラの続きを促した。
「それは〈精神の精霊〉が濃密にここにいるからだ」
モニカが使いこなせるのは〈四大精霊〉の火、水、風、地。それに音や光といったマイナーではあるが生活に便利な精霊も把握している。残りは少々の〈精神の精霊〉ぐらい。といっても使いこなせるわけでもなく、精神の魔法に対する抵抗を少しでもつけるためだ。
一般的に、知らない精霊は視ることができない。つまりモニカの知らない〈精神の精霊〉が充満している、ということになる。
「ここにいる精霊は……名前がつけられない精霊もいるが……怠惰、嫉妬、傲慢、強欲……まあ、およそ負の感情が渦巻いてる。そして、面白いことにそれらは骨からでなく、周囲の岩壁から出てきているのだ」
その時、背後からうめき声が聞こえた。振り向くと、シュティラが苦しそうにうずくまっていた。
モニカは慌てて駆け寄った。
「シュティラ、大丈夫ですか!」
「……いえ、大丈夫です。降りる時に、少しかすり傷を負っただけですから……」
「どう見ても、大丈夫ではありません! シュティラ、上に戻って村で養生しなさい、これは命令です」
「嫌です……私は、モニカお姉様の侍女ではないので、その命令には従えません……」
この後に及んで、シュティラはこの場にいようとする。困ったモニカは、どうすれば彼女が言うことを聞いてくれるか考えた。
「分かりました。では、今だけ貴女は私の侍女です。いいですか?」
シュティラはピクンと反応した。そして顔を上げ、額に汗をかきながら微笑む。
「ふふふ、とても嬉しいです……できれば、ずっと侍女になりたいです」
「分かりました。シュティラ、今から貴女は私の侍女です。従って貴女の生殺与奪は私が預かります。今すぐ村に戻りなさい」
「……はい、喜んで」
モニカは、シュティラに肩を貸して立ち上がらせた。この状態では、ロープを使って登らせることは難しい。
一瞬、空を飛ぶ魔法〈飛翔〉が頭をよぎった。が、あれは自分専用な上に広い空間でしか使えない。となると。
「クヴィラさん。申し訳ありませんが、彼女を上まで運んで頂けませんか?」
「クククククク……いいとも。だが、本当にいいのか?」
「もちろんです」
「そうか、その言葉を忘れるな。ではそいつを預かるぞ」
モニカは、言われた通りにシュティラの体をクヴィラに預ける。シュティラが強張ったのを感じたが、何も言わなかった。
「では、少し待ってろ。こいつを運んでやる」
【21】
それから少しだけ時間が経った。
クヴィラがいない間、誰も話をしようとしなかった。ただ暗い闇に灯る〈魔法の行灯〉の光の中、沈黙だけが辺りを支配していた。
「運んできてやったぞ」
頭上から声が聞こえた。クヴィラだ。
「ありがとうございます」
クヴィラはゆっくりと骨の島に降りた。降りると、無言でジャラジャラと足元の骨をかき混ぜている。
何か意味のある行為かと思ったが、全くなかったようだ。小さな骨片を蹴り飛ばしてから、モニカの方に向き直った。
「で、どこまで言ったか?」
「えと、負の感情が岩壁にこびりついてるとか」
「そうだ。既に骨は浄化されている。代わりに大地が汚染されているのだ」
クヴィラは骨島の中でウロウロし始めた。講釈モードに入ったようだ。彼は人に何かを教える時は落ち着かなくなる傾向がある。
「では、もはや大地を浄化するのは不可能なのですか?」
「いいや、そんなことはない。一つだけ方法がある」
クヴィラはそこで一度言葉を区切った。
「負の感情を骨に戻す。その上で仮の命を与える」
モニカは理解が追いつかなかった。というのも〈精神の精霊〉の理を把握しきれてないからだ。
一方のクヴィラは分かっているようだ。
「それをすると、どうなるのですか?」
「負の感情に応じて骨が動き出す。それを叩き潰す事で、負の感情は霧散消滅していく」
つまり〈精神の精霊〉の魔法の一つに〈死霊生成〉があるのだろう。〈生きる屍〉を作って精霊を消耗させ、少しずつ減らしていくのだと。
「……本当にそれしか無いのですか」
「ない」
短い言葉による断言だ。そうなのだろう。
それに彼はこの件に関して、モニカの知識を遥かに超えている。信じるしか無い。
「分かりました」
「そうだな、完全に浄化するには、二百年……いや三百年は必要になるだろう。この場では解決しない。何も知らずにのうのうと暮らしている連中にやらせろ」
彼の言っているのはフルスベルグ村の人たちのことだ。
一体、なんて説明すればいいのだろう。モニカには村に帰った際に、全てを話せる自信がなかった。
「では、戦闘の準備に入れ。今から〈死霊生成〉の詠唱に入る」
その言葉とともに、周囲にキュポンキュポンと奇妙な破裂音が発生した。よく見ると、黄色い板が空中に浮いている。それが何枚も重なって、階段のような形になっていた。
「〈風の精霊〉による〈空気固化〉だ。特別に可視化してやった。全員〈魔法感知〉は使えるな? 戦闘に入ったら飛び乗れ」
モニカは恐る恐る黄色い板の上に足を乗せる。意外にガッチリしているが、何と無く不安だ。周りを見れば、他の三人もおっかなびっくりしつつも板に乗っていた。
「では始めるぞ」




