【101】
【18】
それからさらに、十日が経った。
村人たちの協力の元、水抜きは成功。地底湖は干上がり、底に沈んでいた人骨がとうとう姿を現した。
「皆さん、ありがとうございました」
モニカは台の上に立ち、村人たちを前にしてお礼をする。
「これから、地底湖の調査に入ります。これが成功すれば、フルスベルグ村からお礼が貰えることになっています。そうしたら、また皆で宴会しましょう」
どっと歓声が上がる。
彼らは宴会が好きなのだ。フルスベルグ村はブドウ酒の名産地。水害が収まって、より発展すれば、もっとお酒が手に入るはずだ。周り回って、ヴァスマイヤ村も発展できるはず。
「ひとまず、ここで皆さんの作業は終わりです。後は私たちの役目です。お疲れ様でした」
モニカは簡単な演説を終え、台から降りようとした。
「姫さまー! 少しだけここに残って、調査の様子を見学してもいいですかー?」
「そうだー」
村人たちの中から声がした。また、それに賛同する声も上がっている。
「危険かもしれませんよ?」
「ヘーキ! ヘーキ!」
「姫さまがいりゃあ、何が来たって問題ないですよ!」
そこまで頼られても困るのだが、拒絶する理由も見当たらない。彼らも自衛できる程度の護身術はあるし、簡単な魔法は使える。
「わかりました。でも危険だと思ったらすぐに退避してくださいね」
「はい!」
モニカは、ブローチを操作して〈転移門〉を開けた。そして近くにいる村人に渡す。
「姫様、ご無事で」
「ありがとう。でも皆さんがついていますので、きっと大丈夫でしょう」
それから号令をかけ、地底湖のあった穴に降りるロープを垂らす。底を探索するのは、元々旅に出た6人のメンバーだ。
クヴィラだけはいつものように、見えない階段を降りていく。
「では、行きます」
【19】
ようやく地底湖の底にたどり着いた。地底湖の底は、取りきれなかった水の上に、いくつかの骨の島が出来ている。
モニカはそのうちの一つに着地した。足場には、濡れた骨が積もっていた。歩くたびに足元の骨が、クシャリクシャリと音を立てる。
上を見上げれば、フチから村人達が覗いているのが見えた。
「ご主人様、観客付きの調査なんて、緊張しますね」
「そうですね」
侍女リュミエラが、弾むような声で話しかけて来た。しかし、楽しそうなのは声だけで、モニカから少しも離れようとはしない。完全に警戒体制だ。
先に降りて来ていたクヴィラは、遠くの島で、壁を調査していた。骨に見向きもせず、壁に興味を持つのは、彼らしいというか何というか。
一方、ルローとタンコは、近くの島でしゃがみ込んで骨を触っていた。どんな種類の骨かを、二人で話し合っているようだ。
シュティラは同じ島にいた。ポニーテールを左右に揺らしながら、特に何をするでもなく、こちらに視線を向けている。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
少し元気がないような気もする。
「気分が悪いのなら、休んだ方がいいですよ」
「すいません……」
とは言うが、その場から動こうとはせずに立ちすくんでいる。どうも要領を得ない。
モニカは、シュティラの気持ちを和らげようと、優しい笑顔で言った。
「では、一緒に調べましょうか」
「……はい、お願いします」
シュティラは、軽く頭を下げた。ポニーテールが揺れる。
「それでは、私達は壁に沿って歩いてみましょうか」
「はい」
モニカ達は〈魔法の行灯〉を掲げて歩き出した。左手に壁がつくように時計回りに進むことになった。
壁から水が染み出し、滑りやすくなっていた。転ばないように足元に気をつけつつ、島から島へと飛び移る。
こうして実際に下に降りて歩いてみると、上からは分からなかった事が見えてきた。
「横穴……でしょうか?」
上から見えない壁の所々に、真っ暗な穴が開いていた。幾つかの穴からは、わずかな水が岩壁に沿って流れ続けている。
骨島の下の方にも穴があるようだ。水が流れるポイントが、幾つか見受けられた。
「水の流れがありますね」
モニカが後ろを振り向くと、リュミエラが水の中に手を入れている。冷たいのか、すぐに顔をしかめて手を引っ込めた。
「上の方の穴からは水が出てきて、下の方の穴からは水が抜けているようです。ということは、この下に川があって、そちらに流れ込んでいるのかもしれません」
モニカは、頭の中で洞窟の構造を想像する。この足元にある骨の山が、下に行く水の流れを塞いでいるように思える。
背後から、シュティラの声が聞こえてきた。
「〈水の精霊〉が弱いように思えます……」
モニカも目に魔力を込めてみた。周囲の精霊の様子を探ると、確かに水の属性の色が薄い。
「確かにそのようです。これでは、精霊に話は聞けそうにないですね」
「はい……」
精霊とは、その名の通り霊の一種で、人の魂と同質のモノである。しかし、一般的な精霊は自我を持たず本能によって流される存在、とされる。これを〈下位精霊〉と名付けている。
その同質の魂が集まって一定以上に達すると、自我を持つことがある。すると、会話が出来るようになり、そのような精霊を〈中位精霊〉と呼ぶ。
そして〈水の精霊〉が薄いということは、ここは水が本能的に避ける〈属性場〉だということだ。そんな場所で〈中位精霊〉を呼ぶのは、かなりの危険を伴う。話ができないばかりか、狂って襲いかかってくることがあるからだ。
「仕方がありません。〈音波探信〉をやります」
「はい、ご主人様」
モニカは〈水の精霊〉と〈音の精霊〉を召喚した。
自我がない下位精霊は、強制的に召喚しても問題はほとんどない。火の中に飛び込ませることすらできる。
「〈音の精霊〉よ。水の中に忍び、我が命に応じた音を出せ」
モニカは、多数召喚した〈音球〉のうちの一つを、ゆっくりと沈めて行く。そして耳をすませ、コーンと高い音を出していることを確認する。
「あの、〈音波探信〉とは何でしょうか……?」
やや元気がない声で、シュティラが尋ねてきた。
モニカには、その質問に答える余裕があまりない。事情が分かっているリュミエラが、代わりに答えてくれた。
「シュティラさん。〈音波探信〉とは、音と水の合成魔法なのですよ。まず〈音の精霊〉によって音を出します。そして、波紋を感知する属性がある〈水の精霊〉によって、それを感知します」
「……意味がよくわかりません」
モニカは二人の話を聞き流しながら、今度は多数の〈水球〉を水の中に沈めていった。
「うーん、話が長くなりますので……ただ、私たちは、音を出さないように静かにしていなければなりません」
リュミエラは首をかしげながら、人差し指を口に当てた。シュティラも何となく分かったのか、口を閉じた。
「行きます」
モニカは一言だけ言って、目を閉じた。
辺りには水の流れる音が聞こえる。それらに〈音球〉をぶつけ、音をかき消す。そばにいる二人の心臓の音が聞こえる。これも〈音球〉をぶつけて音をかき消した。さらには、穴の奥から聞こえてくる風の音も消す。
これで邪魔な音が聞こえなくなった。
今度は、水の中の〈音球〉を鳴らすように命じた。その音を〈水球〉が感知し、モニカに知らせてくる。
コーン……。
……コーン……。
…………コーン……。
高い音が、遅れて聞こえてくる。
遅れる時間によって、だいたいの距離が分かる。さらに複数の水球から伝わってくる音の時間差によって、地下水流の形が分かってくる。
それを元に頭の中に地下水流の地図を作りあげていく。
その地図によると、まだ先があるらしい。〈音球〉と〈水球〉を水流に沿って、進めていく。
道が分かれている。
球を右に進めていく。
行き止まり。
引き返す。
今度は左へ。
再び分かれ道。
モニカは、音の反射を聞き取って、岩の中の水の流れを追って行く。
何回かの分かれ道を突き進んだ結果、操作できる距離の限界まで達した。
「ふう」
モニカは魔法を解除して、大きなため息をつく。
「ご主人様、どうでしたか?」
「やはり、予想はあっていました。この骨の山が蓋となって、川の流れをかき乱しています」
岩と岩の裂け目に細かい水流が、上に向かって縦横無尽に走っていた。
この骨を取り除いて埋葬すれば、問題は解決するだろう。
「皆の所に戻りましょう」
モニカは、元来た道を戻り始めた。




