表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
94/106

【97】

【1】


「え、お願いですか?」

「そうなんだよ、助けてやってくれよ。どうにも断りきれなくてよ」


 春が来て、陽気も良くなった頃。

 ある日突然、ヴァスマイヤ村長の次男であるルローがやってきて、頼み事をしてきた。


「姫さんの力なら、ちょちょいのちょい、と解決できるだろ」

「ええ、まあ……」


 モニカは少し戸惑った。

 彼の頼み事とは、フルスベルグの事だ。

 フルスベルグは、山からの水や川が集まるような地形をしている。なので水源が豊富で、少し地面を掘れば、直ぐに水が吹き出るほどだ。

 その代わり、ひとたび川が氾濫すれば、多数の村人たちが濁流に飲み込まれ、溺れ死んでしまうらしい。

 今年も雪が大量に降った。

 すなわち春になれば、雪解け水となってフルスベルグへ流れて行き、ひどい水害が起きることが予想できる。

 つまりこの水害に対して、なんとかして欲しいとモニカに頼み込んでいるのだ。


「それにしても、どうして私の事を、フルスベルグの方々が知っているのでしょうか?」


 王宮からの追っ手をかわす為に、モニカの存在は隠されていなければならない。従って、村人たち以外は、モニカの事を知らないはずなのだ。それは、村人たちとの約束だ。


「……」


 急に、ルローが挙動不審になった。

 何気ない一言だったが、彼に何か思うところがあったようだ。


「ルローさん?」

「……」


 彼は冷や汗を垂らして、黙っている。

 モニカは、ジト目で彼の顔を見つめた。

 見つめた。

 見つめた。

 見つめた。

 穴が開くほど、見つめた。


「すまん、俺がばらした」

「……」


 ルローは耐えきれなくなったのか、目をそらした。あははと笑って、ごまかしている。

 モニカは軽く溜め息をついた。そして、事情を説明するよう、目で促す。


「いや、ちゃんとした理由があるんだ」

「そうですか」

「だから、本当だってば」

「そうですか」

「いや、だから、聞いてくれよ」

「聞いてますよ」


 ルローは、それなりに罪悪感があるらしい。このままでは話が進まないので、モニカははっきりと、口で言った。


「分かりましたから、まずその事情というものを教えてください」

「わかったわかった。だけど姫さんよ?」

「……何でしょうか」

「その微笑が怖いから、マジでやめてくれ」


【2】


 ルローの話はこうだった。

 ヴァスマイヤ村と、フルスベルグ村はそれなりに交流が深く、仲が良い。

 ヴァスマイヤ村にとって、フルスベルグは流通の中継地点だ。つまり、ほとんどの物資は、川の名を冠したこの村を通して、運ばれてくる。

 また、フルスベルグ村にしてみれば、山からの薪など、生活に欠かせない物を持っていてくれるのがヴァスマイヤ村だ。だから、商売の相手としては、持ちつ持たれつの関係が構築されていた。

 その上で血筋の関係もそれなりに深い。

 国の規律によって、ヴァスマイヤ村の婚姻に制約がかかる前は、お互いの村に嫁いだり嫁がれたりしていた。

 ゆえに、族名は違えど、遠い親戚と言えなくもなかった。


「つまり、あそこの人々は信頼できるわけだ」

「そういえば、前に頂いたワインは、フルスベルグ産でしたね。おかげさまで、体が温まりました」

「そうだとも、そうだとも」


 ルローは、うんうんと頷いている。

 モニカは納得した。

 元々、モニカが匿ってもらえているのは、王家の人間であるという理由からだ。しかし、村人たちの好意があるのも事実。

 なぜなら、最悪、ヴァスマイヤ村が戦場になることもありえる。ましてや、不穏な人物も養っているのだ。理由をつけて追い出すことも、不可能ではない。

 不満を言えるはずもなかった。


「それにだな、味方は多い方がいい。だろ?」


 ルローの言う通りだ。

 まだ彼には言ってないが、生き残った王家の人間や、仲間を集め、王宮を攻める計画がある。クヴィラが主軸となって練っている。


「そうですね。貴方の言う通りです」

「よし、そうと決まったら、近いうちに出発だ」

「はい、よろしくお願いします」


【3】


 出発の日となった。

 旅の参加者は、早朝の日の光が登る頃、村の入り口に集まる事になっている。

 モニカたちは参加する者を率いて、村の入り口にまでやってきた。すると、旅に出る村人たちが既に集まっていた。


「お待たせしました」

「よし、じゃあ行こうか」


 一緒に行動するのは、村人からは三人だった。

 村長の次男坊ルローの他には、気の弱い木こりのタンコ、モニカに心酔しているポニーテールの娘、シュティラだ。今回は人里に出るため、それほど人数を増やせない。

 一方、モニカの屋敷から参加するのは、モニカと、その右腕の侍女であるリュミエラ。

 そして、狂気の魔術師クヴィラだった。


「事前に話しておきましたが、今回は、このクヴィラさんが作った〈転移門(ワープポータル)〉を使って、フルスベルグに移動します」


 村人の三人が、一斉に疑いの目を向ける。

 その視線を浴びたクヴィラは、引きつったような笑いをあげた。


「ク、クククク」


 その笑いがより一層、周りを不快にさせる。

 モニカは、彼を守るかのようにクヴィラの前に立ちはだかった。


「彼は、悪い人ではありません。私が保証します」


 村人たちは何も言わない。

 ただ、剣呑な雰囲気は回避されたようだった。モニカは溜め息をついて、侍女に向き直る。


「リュミエラ。今から開けますので、先導を頼みます」

「はい」


 モニカは、ブローチを操作して〈転移門〉を開けた。

 クヴィラが言うには、このブローチには鍵を掛けた、とのこと。モニカの血に反応して、初めて効果を発揮する。従って、モニカ以外には使いこなすことはできない。どうしても他人に使わせたい場合は、モニカの血を飲ませれば良いのだという。

 モニカの短剣についていた王家の紋章を、応用したものらしい。彼の〈付与魔術〉のセンスには、感心せざるを得ない。


「おお」


 村人たちのどよめきが上がる。


「では皆さん、ついて来てください」


 侍女リュミエラが先頭となって、一行は〈転移門〉をくぐった。


【4】


 一行は何事もなく、フルスベルグにたどり着いた。

 問題があったといえば、クヴィラが列から大きく外れて後ろを歩いていたぐらいか。嫌われているのを自覚しているのか、ただただ沈黙していた。


「早ぇーな」


 村長の次男であるルローが、仕切りに感動を口にしていた。

 本来なら、徒歩で一週間はかかる道のりを、半日で踏破したのだ。半日もかかったのは、リュミエラが気をきかせて、フルスベルグ近くにある東の小山に設置してくれていたからだ。これなら、周りにバレることなく、山から来た旅人のように振る舞える。


「じゃあ、タンコ。行こうぜ」

「うん」

「姫さん。少し待っててくれ。野暮用を済ませてくる」

「はい」


 木こりのタンコが背中にマキを背負い、ルローと共にフルスベルグ村に入っていく。彼が言うには、来たついでにマキを売っぱらう、ということらしい。

 ちゃっかりしている。

 モニカは、遠目で二人の様子を眺めていた。

 ふらふらと雑貨屋らしき建物に入っていく。そのまましばらく待っていると、手ぶらで出てきた。うまく売買が成立したのか、二人の顔がにこやかだった。


「どうでしたか?」

「ふっふっふ」


 ルローが自慢げな笑いを浮かべて、親指を天に向けた。


「今季の冬のお陰でマキの需要が上がってたってよ。結構良い値段で売れたぜ」

「そうですか、それは良かったですね」

「お、おいらじゃあ、うまく交渉できなかったから。アニキのおかげで、もごもご」


 タンコは、もじゃもじゃ頭を掻きながら、仕切りにルローを褒め称えていた。というか、いつの間にか、ルローへの呼び名がアニキになっている。

 いや、元からだったか?

 とにかく、仲が良さそうで何よりだ。


「うむ、それでだな。一応、村長に顔出しに行こうと思うのだが……」


 ルローが言葉を濁らせて、クヴィラの方に目を向けた。何かしでかすのではないか、と危惧しているようだ。彼が何をやってきたのかは漠然としか教えてはいないが、なんとなく狂気のオーラは分かるらしい。

 その様子を感じ取ったのか、クヴィラは笑いながら、両手を上げた。


「ク、ク、ククク。何もせんよ」


 ルローはその様子を一瞥してから、モニカの方を見る。


「大丈夫です。私たちのやることは、水害を鎮めることですから」

「だと、いいけどな」


 ルローは村長の次男といえ、ここではヴァスマイヤ村の代表だ。二村間のトラブルは、極力避けたいはずだ。気持ちは、痛いほどよくわかる。


「じゃあ、行こうか」


【5】


 一行は、ルローの案内で、フルスベルグ村長の家にたどり着いた。

 村長の家は、幾つかの密集している住宅街の中央にあった。その周辺は広大な農地が広がっている。見渡す限りの、狩り終わったブドウの木が立ち並んでいる。


「村長、ヴァスマイヤのルローです。約束通り、水害を鎮めに来ました」

「おーおー、小僧。よく来たな」


 家の中から現れたのは、でかい体をした老人だった。

 ルローと再開のあいさつを交わしてから、モニカの方を向く。

 モニカは既に体が染み付きつつある、王族のみに許された挨拶の仕草をする。


「どうも、私は王家の末席に所属しております、モニカと申します。以後、お見知り置きをお願い致します」

「そうですか、貴女が噂の姫さまですか。儂は村長イングベルド=フルスベルグ。この度はわざわざ、儂の村にようこそおいで頂き、光栄の至りです」


 噂の……?

 モニカは、村長の言葉に引っかかった。

 横目で一瞬だけルローの方を見る。彼はあらぬ方向を見て、知らんぷりをしていた。この様子だと、随分と言いふらしまくっていたらしい。

 おい。

 この男、一体どうしてくれよう?

 ……いや、終わったことだ。

 彼のことで引きずっても、仕方ない。


「ええ。彼の話を聞きますと、フルスベルグは毎年、水害に悩まされているとの事。この私が微力ながらも、お手伝いできれば、と思います」

「姫さまにそこまで言って頂けるとは、大変心強い」


 イングベルド=フルスベルグ村長は、神話の巨人からつけられた名に恥じぬ巨体を揺らした。


「もし、今回の件で必要な物があれば、できる範囲で用意させましょう」

「いえ、大丈夫でしょう。必要な物は自前で用意してあります」

「それならば、成功した場合の報酬をですな……」

「いえ、それも結構です。それに、私たちが成功したとして、一体誰がそれを確かめられるのでしょうか? 結果が出るのは、今年の春を過ぎてからでしょう?」

「なるほど。いや、しかし……」


 村長が口ごもった時、背後から声が聞こえた。


「ならば、ブドウ酒を寄越せ」


 クヴィラだった。

 モニカは慌てて、口を挟んでフォローをする。


「そうですね。確かに、前回頂いたブドウ酒が大変、美味で、村人全員で楽しく飲ませて頂きました。もし報酬を頂けるのならば、それで充分です」

「なるほど。それは、それは、儂たちも望外の喜びです。ではそのようにしましょう」


 イングベルド村長は気を悪くした様子もなく、受け答えた。モニカは内心ヒヤヒヤとしたが、無事に会話を繋ぐことができたようだ。

 すぐさま、ルローが横から割って入った。


「村長、川に関する話が聞きたいんだが」

「小僧、少しは儂に遠慮せんか! もう少し、姫さまと話がしたかったのに!」


 モニカは微苦笑を浮かべた。そして一歩下がり、話を聞く側に回る、という意思を示した。

 村長は、少し残念そうな顔をしながらも、ルローの方に向き直った。そしてルローと村長とで、今回の依頼に関する情報交換をすることになる。

 フルスベルグ村には、中央に走る巨大なフルスベルグ川の他、中小様々な支流がある。しかし、上流に遡って行けば、全ては一本に通ずるのだという。

 従って、モニカたちはまず、フルスベルグ川に沿って、南下していく。そして、全ての支流の合流した地点に到着した時点で、細工をしていくことになる。


「分かりました。これだけ情報があれば、この〈依頼(クエスト)〉も完遂できるでしょう」

「ああ、小僧。よろしく頼んだぞ」


 モニカ一行は、丁重に村長に礼を言いつつ、その場を離れた。


【6】


 左手には、ゆっくりと流れるフルスベルグ川が見える。太陽の光に照らされて、キラキラと輝いて見えた。川辺の両端には、取水器が取り付けられ、そのまま畑や農地へと水を引き寄せている。

 もうすぐ、この水かさが増して村に大災害を及ぼすとは、にわかには信じられない。


「ということでだ、このままこの川に沿って登っていくことになる」


 ヴァスマイヤ村長の次男坊であるルローは、先頭に立って、全員に向かって宣言した。

 その考えに反対するものはいない。各々が各々の仕草で同意した。


「ええ、構いません。それより、さっきの……」


 モニカは、気になった事をぶつけてみた。

 ルローは、とぼけた感じで肩をすくめる。


「姫さん、何だ?」

「いえ、その〈依頼(クエスト)〉という表現が気になったので……」


 〈依頼(クエスト)〉には、頼まれ事という意味の他、新しい事に挑戦するという意味合いも含まれる。確かに、この場面では的確な表現のように思えた。


「ん、気に入らなかったか?」

「いえ、逆です。何か新しいことをするって凄くワクワクするのですが」

「はは、そうか。気に入ってもらえて良かった」


 モニカは、無邪気に笑っていた彼の姿が、妙に印象に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ