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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
93/106

【96】

【1】


 春が来た。

 雪が溶け、村が開かれた。もはや、雪除けのフードを被らなくても、外を出歩けるようになった。

 元宮廷魔術師クヴィラは、間もなく栄養不足と凍傷から完全に立ち直った。ベッドから起き上がり、屋敷の中を歩けるほどになっている。

 その痩せ細った体とは対照的に、目はギラギラと輝かせていた。その根元が復讐であるとはいえ、生きる気力に満ちているようだ。

 そのクヴィラが、アクセサリが欲しいと言ってきた。用途を尋ねると〈魔法付与〉をしたいのだという。

 それぐらいなら問題ないだろうと、モニカは手持ちのブローチを手渡した。それから彼は部屋に閉じこもって、何かを作り始めた。

 そして一月が立った今日、部屋から飛び出してきた。そしてモニカを見るなり、ブローチを投げ返してきたのである。


「これは……?」


 モニカは手に持っているブローチを、ただただ眺めている。〈魔法具〉とのことなので、モニカは〈魔力感知(マジックセンス)〉を使ってみた。すると、綺麗な正二十面体の魔法陣が積層している様子が見えた。


「〈転移門(ワープポータル)〉だ」

「……転移系の魔法ですか?」


 転移系の魔法は扱いが難しい。何より、完全に理解されているものではない。

 というのも魔法陣自体は〈時空の精霊〉と呼ばれる存在を仮定して、作られている。しかし今だに、直接意思疎通できた魔術師はいない。

 それゆえか〈時空の精霊〉は、本当にいるのかとよく議題に上ることが多い存在だ。


「そうだ、説明するより見た方が速い。貸せ」


 モニカは、言われるままにブローチを再び彼に手渡した。

 クヴィラがブローチを操作すると、空中に人が二人入れるほどの黒い穴が出現した。穴の中には、岩壁で囲まれた通路が見える。


「これは、どこに繋がっているんですか?」

「どこにも繋がっていない」

「どういうことですか?」


 クヴィラは質問には答えず、穴の中に飛び込んで行った。振り向きもせずに通路の中を歩いて行く。


「ついてこい」


 モニカは、渋々と彼の後を追って、穴の中に入っていった。


【2】


 クヴィラは迷うことなく、通路を歩いていく。

 モニカは、黙って彼の後ろについていった。そして幾つかの分かれ道を通り過ぎた後、ついに行き止まりに到達した。


「まあ、ここが良かろう」


 入り口から随分遠くまで来た。

 もしも、ここで彼に襲われたら助けを呼べないだろう、と一瞬だけ頭をかすめた。だがまさか、そんなことをするはずがない。

 モニカは、頭を振って邪念を追い出した。


「えっと?」

「お前の話を聞いて、思いついた」


 クヴィラは、モニカの方を見向きもせずに、魔法を唱え始める。

 モニカは一瞬身構えた。だが、すぐに人を害する魔法ではないと感じ取り、構えを解いた。

 そんな行動に全く気にも止めずに、詠唱を続けると、岩壁が呼応しはじめた。何もなかったはずの行き止まりに、魔法陣が淡く浮かび上がっていく。

 空間が歪み、岩壁に穴が空く。穴から昼の明かりが射し込んでくる。向こうには、クヴィラの部屋が見えた。


「この洞窟は中継地点だ。ここから登録した地点へと自由に移動できる」


 クヴィラはそう言いながら、穴から出て行く。

 モニカは、彼の言葉を理解するのに少しだけ時間がかかった。そして、魔法の知識を駆使して、彼が何をしたのかを理解した。


「つ、つまり……一度行ったことのある場所なら、自由に行き来できる、ということですか?」

「そうだ」


 我に返ったモニカは、慌ててクヴィラの後を追って、穴から出た。

 するとクヴィラがブローチを操作したらしい。モニカの背後にあった洞窟の穴が消えさった。


「転移の魔法陣の応用だ。これから役立つだろう。持ってろ」


 そのままブローチを投げ返してきた。

 モニカは、ただ驚くばかりだった。


「何故ですか? 貴方がお持ちしていればよいのではないでしょうか? ブローチの一つぐらいは差し上げましょう」

「いや」


 クヴィラは、首を横に振って拒絶した。


「俺の柄じゃない」


 そして、モニカから視線を外して、外を見る。


「さあ、出てってくれ。一人になりたい」


【3】


 クヴィラは歩けるようになってからも、部屋に篭ることを好んだ。食事の時間ですら、部屋で食べていた。

 食事を運ぶのは、モニカの役目だった。というのもクヴィラは警戒心が強く、モニカ以外の人間には威嚇してくるからだ。モニカの部下も、村人たちも、彼に対して疎ましそうに対応していた。


「ご主人様、あれをまだここに置くのですか?」


 ついに、モニカの腹心である侍女ですら、ためらうことなく言い出し始めた。その度にモニカは、クヴィラを擁護する。


「彼は、今の私にとって必要な存在です。このブローチを見たでしょう。きっと心強い味方になってくれますよ」

「そうだといいのですが……」


 確かに、彼から受け取ったブローチの効果は劇的だった。

 春になって、モニカは再び近衛兵たちを派遣したのだが、ブローチのおかげで情報収集能力が格段に上昇したのだ。より多くの状況が分かってきたばかりか、近衛兵たちがモニカの身辺警護をする余裕すら出てきた。


「それで、今の状況を説明して頂けますか?」

「あ、はい」


 侍女は気を取り直して、集めた情報の分析結果の報告を始めた。

 その話によると、王宮の状況はかなり変化していた。王家に連なる者で、人間はほとんど殺されるか、幽閉されたようだ。

 そして、反乱者たちが国の運営を行っているらしい。その中で、ついに首謀者らしき名前が浮かび上がってきた。


「王族狩りの先頭に立っていた者は、ウダルフリート=レンツ公爵」

「あの人ですか……」


 モニカは、信じられないという気持ちと、さもありなんという気持ちの両方を、同時に味わった。

 ウダルフリート公爵は元々、王家の人間だった。しかし数年前に〈臣籍降下〉により、レンツの姓を得て、王家から離れた。そして五つある騎士団のうちの、第二騎士団長に収まったのだ。

 王家の身分を離れたのは、気性が荒い本人の性質と、結婚の相手が非王族だったからである。ただ、その気性の荒さは、軍人としては非常に適していた。〈精霊の国〉の第二騎士団と言えば、周辺国にとって恐れられている存在だった。

 

「どうして彼が、身内であるはずの王家に刃を向けたのかわかりますか?」

「そこまでは……。ただ可能性としては、彼の奥様が関係しているのではないか、と考えられます」

「何か、気になることでも?」


 ウダルフリートの妻は、ナーシムと言った。肌がやや黒く、異国の娘だったと記憶している。直接は話したことはないが、何度か交流会で見かけたことがある。

 確か、ウダルフリートが東の国に遠征した際に、連れ帰ってきた少女だったはずだ。つまり異国の人間だ。ウダルフリートが、彼女と結婚すると告白した時には、王族の皆はこぞって反対したものだ。

 自国の血ですら、混ざることに良い顔をしないのに、異国の血となったら、なおさらだ。それでもウダルフリートは結婚すると言い張った。結局、それが王権剥奪の大きな要因となった。


「いえ……どうも消息がつかめないのです」

「理由は推測できますか?」

「分かりません、ただ……」

「ただ?」

「消息が分からなくなる前に、得体の知れない者たちが、彼らに付きまとっていたようです」

「なるほど、それは興味深いですね」


 モニカは大きく頷いて見せた。

 少なくともウダルフリートの行動には、外部からの干渉があったことは間違いなさそうだ。


「では、引き続き分析の続行をお願いします」

「もちろんです、ご主人様」

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