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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
91/106

【94】

【1】


 宴会を催してから、一月が経った。

 季節は完全な冬となり、村は雪に閉ざされた。

 モニカは、部下たちの集めた情報を整理したり、村人たちとの交流を楽しんだり、拾った魔術師の世話をしていた。

 そんな折、侍女がノックも忘れて、モニカの部屋に駆け込んできた。


「ご主人様! 例の人が!」


 モニカは、突然の来訪に驚いた。しかし、それを咎めることはせず、優しい声で侍女に尋ねた。


「どうかしましたか?」

「例の人が、目覚めました!」

「まずは、落ち着いてください」


 読んでいた本を閉じながら、モニカは侍女の顔を見た。

 侍女は自分の無礼に気がつき、申し訳ありません、と謝罪した。


「それで何と言っていますか?」

「はい。それがどうも、この国の言葉ではないようです。隣の〈山向こうの国〉の言葉でした」


 〈山向こうの国〉とは、この〈精霊の国〉の西にある国だ。精霊魔法ではない、独自の文化で発展してきた。そして数百年前から文化交流が始まり、その過程で、魔法に長けた者たちが向こうに入植している。

 一方で、この国には精密な器具が輸入されるようになり、二つの文化が混ざり合って〈魔法具(マジックアイテム)〉なる物も生まれた。


「なるほど、確かにここから近いですね」


 モニカは、村人たちから聞いた周囲の地図を脳内に思い浮かべた。

 ヴァスマイヤ村は〈精霊の国〉の西寄りにある。

 ヴァスマイヤ村から南西に向かい、フルスベルグ村についた後、真っ直ぐ西に向かうと、山脈にぶつかる。その山脈の道無き道を突き進むと、〈山向こうの国〉にたどり着く。


「向こうでも、何かあったのでしょうか」


 〈奴隷の首輪〉をつけられていたので、奴隷が逃げたしただけと考えられなくもない。しかし、一介の奴隷が天変地異を起こすほどの能力を持ちながら、その状況に甘んじているとはどうも考えづらい。

 あれだけの能力や装備品となると、宮廷魔術師級であってもおかしくない。


「わかりません。色々と何かを言ってはいるようなんですが……」

「なるほど、では私が行きましょう」


 モニカは部屋を出た。


【2】


 魔術師の部屋の扉を開けると、男が壁際に背を向け、こちらに身構えていた。かなり強い敵意を持っている。

 モニカは、侍女に後ろに下がるように目で指示を飛ばした。


「お前は、誰だ」


 男は〈山向こうの国〉の言葉で短く尋ねてきた。

 モニカは王宮での教育で、かの国の言葉を履修している。単純な日常会話ならなんとか意思疎通ができそうだ。


「私はこの屋敷の主、モニカと申します。貴方の名は?」


 魔術師の男は無表情で、モニカの頭からつま先まで見回した。そしてまた、低く短い言葉を発した。


「ここは、どこだ」


 モニカの一挙一動を、油断なく警戒している。


「ここは、ヴァスマイヤ村の外れにある屋敷です。〈精霊の国〉にようこそ。お客人」


 わずかに男の顔が歪んだ。そして、再び、警戒の姿勢を構え直した。


「貴方は、山奥で倒れてましたので、私が保護しました。目覚められて良かったです」


 男は、全く反応はなかった。

 何か小さな声でブツブツと呟いてはいるようだが、モニカには聞き取れない。


「今は雪に閉ざされた村ですし、ここには貴方の害する人はいません。まずは体を休めてくださいな」


 やはり、返事はない。

 モニカは、自分がこの部屋にいると男が休まらないだろうと思い、外に出ようとした。


「待て」


 男に呼び止められた。

 モニカは振り向く。


「何を知っている?」

「いえ、何も。ただ、貴方の〈奴隷の首輪〉は外しておきました」


 その途端、魔力の渦が男の周囲に出現した。そして〈風の精霊〉が出現し、モニカの体に干渉してきた。

 モニカは、その直前まで魔力の変化を感知できなかった。かなり高度な〈沈黙詠唱〉だと驚いた。


「もう一度、聞く。何を知っている?」


 モニカの体がふわりと浮く。足が地につかずに滑り、転びそうになった。

 普通ならば、攻撃魔法は相手の体に直接干渉できない。なのに今、モニカ

に直接作用させて、体を浮かせている。


「ご主人様!」


 背後から、侍女の叫びが聞こえた。

 モニカは、すぐに仕組みに気がついた。

 魔法操作に敵意が全くないのだ。だから、体内の〈生命の精霊〉が反応できていない。しかも、丁寧にも精霊の属性を偽装している。


「〈風の精霊〉よ。汝の真の属性を示せ」


 モニカは、自分の体に干渉している〈風の精霊〉に呼びかけ、偽装を強制解除した。その途端、何かが弾ける音がして、モニカの足は地面についた。

 そして、背後にいるはずの侍女を手で制し、何事もなかったかのように答える。


「いえ。今言ったことが、私の知る全てです」


 男は、すぐに見破られるとは思ってなかったらしく、驚きの表情を見せていた。


「ご主人様、大丈夫ですか!」

「これぐらい、何でもありません。お客人がお休みになれるよう、今は退室しましょう」


 モニカは、興奮する侍女の背中を押しながら、部屋から退室した。


【3】


 それ以来、モニカ本人が男の食事や水を持っていくことになった。

 いきなり、相手に足止めの魔法をかけるような好戦的かつ取っ付きにくい性格であること。また〈山向こうの国〉の言葉を話せる部下がいないことを考えると、部下には任せられないと判断した為だ。

 それに、室内で監視していた近衛兵は、むやみに刺激しないように部屋の外で監視するようになった。

 幸い、食事については、初めにモニカが口にするのを見せれば、食べてくれた。水は〈水の精霊〉を使って、問題ないことを確認した後に、飲んでいた。


 そんな生活が何日か続いた頃。

 ある日突然、食事中に男の方からモニカに訪ねてきた。


「お前は、何者なのだ」


 男はスープをすすり終え、ポツリと呟いた。

 モニカは一瞬首を傾げたが、自己紹介が聞き取れなかったのかと思い、もう一度言おうとした。


「そうではない。俺の魔法に抵抗できるやつは、そうは居ないはずだ。お前は何者だ」


 本当の身分を言うかどうか、少しためらいが生じた。

 村人たちはモニカが王族であることは知っている。それは保護してもらっていることへの礼儀として。だが、この人物は、いわばよそ者だ。むやみに自分の身分を名乗れば名乗るほど、王宮の反乱貴族たちに見つかる可能性が高くなっていく。


「お前には、俺と同じ臭いを感じる」


 男はポツリと言った。

 何のことか分からないが、どうやら親近感を持ってもらえたようだ。

 モニカは、やはりここは言うべきだろうと判断した。味方になってくれそうな気がするから。

 それにこの男は、何か重要な情報を持っている、はずだ。


「そうですね、失礼しました。それでは申し上げます。私は〈精霊の国〉のモニカと申します。〈族名〉はありません。何故なら、この国の民全てが我が一族ですから」


 言外に、自分は王族であることを示す。

 というのも、王家の人間は〈族名〉を持たない。モニカは血筋こそヴァスマイヤ系ではあるが、ヴァスマイヤ族の名を名乗ることは許されていない。


「そうか……お前がか……いや……だが……」


 モニカが思っていたより、男は衝撃を受けていた。思考内容が口から漏れ出ていた。

 考えがまとまったらしく、しばらくしてから口を開いた。


「それを示す証拠でもあるのか?」

「はい、ありますよ」


 モニカは、いつも持ち歩いている護身用の短剣を取り出した。柄に王家の紋章が入っているものだ。そして、鞘を抜いて、刃で自分の手に傷をつけ、紋章に血を垂らす。

 すると、紋章がわずかに輝き出した。


「これは、王家の血に反応するように出来ています」

「それを見せろ」

「はい」


 モニカは鞘を元に戻してから、護身用の短剣を手渡した。

 男は、短剣を慎重に鑑定しはじめた。しばらくすると、納得がいったのか、突き返してきた。


「返す」


 モニカは短剣を受け取り、再び懐に仕舞う。


「……俺はクヴィラ。お前たちの言う〈山向こうの国〉の宮廷魔術師、だった」

「……だった、ですか?」


 信用してくれたらしい。

 クヴィラと名乗った男は、無表情のまま、ポツリポツリと語り始めた。


「裏切りに、あったのだ」

「まあ、そうでしたか……」


 先ほどから妙に疑り深いのは、そんな経験があったからなのだろう。だが、わずかながらにも、心を開き始めてくれているようだ。


「殺されそうになったので、逃げてきた」

「なるほど」


 クヴィラは、それから淡々と身上を語り出した。

 数百年前、先祖が〈山向こうの国〉に移住したこと。そして、クヴィラには、魔法の才能があったこと。頭角を示し、仲間たちと共に国中の問題を解決していったこと。そして、国に認められ、宮廷魔術師として招聘されたこと。そこで、国に言われるがままに様々な独創的な〈魔法具(マジックアイテム)〉を作り出していったこと。しかし、いつの間にか、周りから疎ましく思われるようになったこと。言いがかりに近い罪をなすりつけられ、殺されそうになったこと。

 そこで、共に歩んできたはずの仲間すら殺して、国から脱出しようとしたこと。しかも、教えてきた弟子たちにすら裏切られ、不意を打たれて〈奴隷の首輪〉をつけられたこと。

 しかしクヴィラは、それにすら抵抗し、身の回りの人間を全て殺して回りながら、国を脱出したのだという。

 モニカは優しい顔で、ただただ聞き入った。嫌な顔をしないように訓練されていた、というのもあるが、この男の心は、今にも崩壊寸前だ。治すためにも癒しが必要だと思われた。


「そうでしたか。それは辛い経験をされましたね。ですが、安心してください。ここは〈精霊の国〉で、貴方の故郷です。貴方を傷つけたり、強制をする者はいません。体と心を休めてください」


 クヴィラは、驚いたような顔をした。


「……お前は、俺が怖くないのか?」

「いえ。それに、私も同じような経験をしています。確かに私たちは、似た者どうしですね」

「……そうか」


 それから、クヴィラは沈黙してしまった。これで会話は終わりだ、という合図のように思われた。

 モニカは、クヴィラの邪魔をしないように、そっと立ち上がって部屋を出た。

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