【93】
【1】
山奥で謎の男を拾ってから、半月。男は、命の危機は脱したものの、今だに目覚めてはいない。
そのうちに、各地に派遣していた部下達が情報を得て、全員無事に帰ってきた。そして、モニカが部下たちの話を統合すると、漠然とだが事態が分かってきた。
貴族たちの反乱が起きたのだ。
王族を精神異常者と決めつけ、処刑して回っているのだという。
報告を聞くにつれて、モニカは胸が詰まる思いを感じた。
「ヴァルドベルド叔父様まで……」
王家の人間は、あちこちに潜伏しているという。だが見つかったが最後、見せ物として、王宮前の広場で火炙りにされるということらしい。
話を聞いた限りでは、モニカの血縁者もかなり、殺されてしまった。
モニカの父親は行方不明。母親は懺悔を請いながら、火炙りにされてしまった。弟は、捕まる際に負った傷が元で死亡。姉は、ズタボロにされてから首を刎ねられたのだという。叔父は、近くの村に潜伏したものの、我慢出来ず、一人で兵士の中に突撃していったらしい。何人かを道連れにするものの、矢で胸を射られて絶命したそうだ。
誰も彼も、モニカより魔法の扱いに長けた者たちばかりだ。仲間がいれば、普通ならやられないはずなのだ。それだけ、貴族側についた者が多かったとしか考えられない。
報告の途中で、ついにモニカは倒れてしまった。
「ご主人様!」
【2】
モニカは目覚めた。
周りには誰もいなかった。外を見ると深夜だった。強い風に窓がガタガタと揺れ、雪が窓の格子の枠に降り積もっていた。
〈魔法の行灯〉の淡い光が部屋を薄く照らしている。
「つ……」
モニカはベッドから起き上がった。頭が締め付けられるように痛い。
覚悟はしていた。
が、実際の話と、予想の話とでは、精神に与える影響は全く違う。それに現実は、予想よりはるかに最悪だった。
モニカは、自分が頭と体が思い通りに動かせないことに驚いた。それでも自分の足で立ち上がるべく、無理やり足を奮い立たせた。
「あ……」
気絶してから、それほど時間は経っていないはずなのに、口が乾き、しゃがれた声しか出なかった。
「み、水を……」
大きな声が出せない。そしてこの時刻帯では、配下の侍女や近衛兵も寝ていると思われる。自分で動くしかない。
「〈魔法の行灯〉を持って……それから、台所で井戸水を……」
モニカは、おぼつかない足取りで行灯を手に取った。そして、部屋の扉を開け、廊下に出た。
「ここは、王宮じゃない……台所は……こっち……」
記憶が混乱していた。
かつての王宮と、同じ感覚で歩いたら、すぐに壁にぶつかってしまった。
「痛い……違う……確か、あっち……」
何回か道を間違えるものの、なんとか台所にたどり着いた。
洗面台のそばに、井戸から汲み出しておいた水桶が足元に置いてあった。
「良かった……外に出なくて済みますね……」
そして、水桶の前で立ちすくんだ。
ここから、どうやって水を飲めば良いのか分からない。
「え……と、そうだ。水差し。水差しが必要でした」
次は、食器棚の方に目を向けた。木製のコップや皿などが、丁寧に鎮座している。
「水差し……はどこでしょうか?」
台所の管理は、ほとんど侍女に任せきりだった。侍女がいない日も、予め作っておいた保存食を食べていた。
「これは……違う。これは、コップだ……」
モニカは、暗い台所で一人ブツブツ呟きながら、食器棚を引っかき回した。
その時、手が滑った。
「あっ!」
カランカランと大きな音を立てて、食器棚の下に木皿やコップが散らばってしまった。
「あ……しまった……片付けないと……」
モニカは、床にしゃがみ込んで皿を拾いはじめた。少しずつ、食器棚に戻していく。
「ああ、あんな所にまで……」
木のコップが、水桶の所まで転がってしまっていた。慌てて拾いに行った。
そしてコップを片付けようとした時、背後から声がした。
「ご主人様?」
「……ミュリエル?」
モニカお付きの侍女だった。さっきの音に反応して、起きてきたのだろう。
「ご主人様、何をしていらっしゃるのですか?」
「あ、いや水を飲もうとしたのですが、水差しが……」
彼女は悲しそうな顔をして、近づいてきた。そして、モニカの手からコップを取り上げ、水桶の方へ歩いていく。
コップで水をすくってから、モニカに手渡した。
「まずは、これをお飲みになって下さい」
モニカは、言われた通りに一息で水を飲み干す。ようやく、少しずつ頭が動き出した。
「ご主人様、まずはご自分のお部屋にお戻り下さい」
「あ、はい……」
そのまま、侍女に連れていかれる形で、自分の部屋に戻っていく。
記憶は、そこで途切れた。
【3】
モニカは目覚めた。
外は明るく、雪は止んでいる。昨日よりは、気分が良い。ただ、代わりに今度は、ベッドから起き上がる気になれなかった。
そのまま、しばらく外を眺めていた。
今は、何も考えたくない。
全てを忘れたい。
自分も何処かに消えてしまいたい。
「ご主人様」
部屋の外から、侍女の声が聞こえる。
返事をすることすら億劫だ。モニカは少々の労力を費やして、言葉を返した。
「どうぞ。起きています」
「失礼します」
侍女は部屋の中に入ってきた。朝食の乗った盆を、手に持っていた。
「あまり、食べたくありません……」
気がつけば、昨日の昼から何も食べていなかった気がする。それでも、盆に乗せられたパンを見て、嫌そうな顔をしてしまった。
「ご主人様。食べないと元気が出ませんよ」
そう言いながら、彼女は盆をベットサイドの机に置いた。
モニカは、億劫そうに手を伸ばし、もそもそとパンを食べはじめる。だが、とても美味しいという気がしない。
「そう言えば、今朝、例の男が目覚めました。会われますか?」
そう言えば、すっかり忘れていた。山奥で倒れていた男。上位精霊すら、操り、暴走させることができる魔術師。少し話をすれば、気が紛れるかもしれない。それには、身だしなみを整えなくてはならない。
そう思うと少し元気が出てきた。やるべきことができれば、余計なことを考えないで済む。
「はい……会ってみます。色々聞きたいことがありますので……」
不思議と足に力が入るようになり、ベッドから起き上がれるようになった。そして、残りのパンを手で掴み、口の中に放り込む。
【4】
例の男は、客間に泊めてある。
モニカが部屋の中に入ると、男は窓の外を見ていた。体全体に包帯が巻かれ、見るからに痛々しい。
その横でモニカの近衛兵が座っている。監視も兼ねていたのだろう。モニカの姿を見て、少し驚いていた。
「彼と話がしたいので、席を外してもらえますか?」
「大丈夫だとは思いますが、何も話をしようとしないのです」
「それでも構いません」
「分かりました。では席を外します」
彼は、そのまま部屋から出て行った。後には、モニカと包帯の魔術師だけが残された。
モニカはベッドの横に座り、男に話しかけてみた。
「私がここの主で、モニカと申します」
「……」
反応はない。ただ、窓の外をじっと眺めている。
「貴方が、山奥で倒れていたのはビックリしました。どうしてあそこにいたのですか?」
「……」
ピクリとも動かない。まるでそこに誰もいないかのような振る舞いだった。
モニカは、そのまま男を観察した。
男の精神の動きを、精霊の観点から観察してみた。すると、面白いことが分かった。心の動きが、完全に消えている。〈生命の精霊〉が全ての魔力を独占している為、感情を呼び覚ましようがないのだ。逆を言えば、この男は生きようとしている。
つまり無反応であるのは、体を治すのに全力を尽くしているからだ。そう言えば、上位精霊と相対している時も、根底から生きようという意思が見られた。
不思議な人だ。
モニカは、魔術師の男を見ているだけで楽しくなってきた。ベッドサイドに座り、男と共に同じものを見続けた。
【5】
それから、数日が立った。
今日の天気は珍しく快晴だった。さらに珍しいことに、村人たちが屋敷を訪ねてきた。
侍女に呼ばれたモニカは、玄関で対応した。
「よう、姫さん。元気しているかい?」
「珍しいですね。何かありましたか?」
粗野な男の背後を見れば、ポニーテールの女性や、モジャモジャ頭の青年まで居た。前回の戦いで最後まで共に戦った村人たちも、何人か居る。
「いやな、姫さんと話がしたいな、と思ってさ」
そう言って、男はクイッと飲む動作をした。
モニカは、クスと笑った。
何という根回し。
背後に何人かいるということは、かなりの人達も巻き込んでいるのだろう。
確かに冬は、やる事があまり無い。だから、宴会を開こうという事らしい。
「構いませんよ。それでどうすれば良いのですか?」
「いやな。そこで、ちぃーっとばかしお願いがあるんだけどな」
男は、言いにくそうに口ごもった。やたらと視線をそらし、何かを迷っているかのようだ。
「何でしょうか?」
突然、男が頭を下げ、頭上で両手を合わせた。
「屋敷で宴会を開かせてくれ!」
モニカは一瞬、目を見開いて止まった。完全に、想像の外だった。
「ぷ、くっくっ」
モニカは、涙が出るくらい笑った。必死に笑いを堪えて、涙を拭う。
と、男の背後から、ポニーテールの女性が顔を出した。
「姫様! こいつの言う事を間に受けてはいけません! ちゃんと村にだって、宴会を開く集会場はあるのです! 断ってください! 第一、失礼です!」
彼女は、モニカに口を吸われてから、少し性格が変わったらしい。だが、人の行為にあれこれと口を出そうとする所は変わっていない。
「んー、まあ大丈夫でしょう。お寒いでしょうから、後ろの皆さんも屋敷の中に入って下さい」
「さっすが、姫さん! 話がわかるっ!」
粗野な男は、快哉を上げて喜んだ。
モニカは、村人たちを屋敷の中に迎い入れた。
【4】
宴会を開くなら、食堂が適当だろう。
モニカはそう思いながら、村人たちを食堂へと案内した。それから、侍女や近衛騎士たちにあれこれと指示を飛ばし、宴会の準備を始める。
「お酒はありませんけど、宜しかったですか?」
モニカは、宴会計画の主犯に問いかける。犯人は得意げな顔で、頭をかいた。
「それがなあ、村にワインの備蓄があるんだ」
「へえ、珍しいですね」
「ん、ああ。南西の方に水が豊富な村があってな。今年は豊作という話だったので、結構な本数のワインをもらえたんだよ」
「そうなんですか」
「あそこは、例年水害が酷くてな、たまにうちの者が手伝いに行くので、交流があるのさ」
「水害ですか……」
モニカは興味が湧いてきた。水害と言えば〈水の精霊〉が原因な事が多い。ひょっとしたら、モニカにできる事があるのかもしれない。
「どんな村なんですか?」
「村の中心部に大きな川が流れていてな。その周囲は、大きな農地が広がってるんだ」
「へえ」
話を聞く限りでは、かなり大きな穀倉地帯らしい。
「村の名前はフルスベルグ。文字通り、川が中心となっている村さ」




