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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
90/106

【93】

【1】


 山奥で謎の男を拾ってから、半月。男は、命の危機は脱したものの、今だに目覚めてはいない。


 そのうちに、各地に派遣していた部下達が情報を得て、全員無事に帰ってきた。そして、モニカが部下たちの話を統合すると、漠然とだが事態が分かってきた。


 貴族たちの反乱が起きたのだ。


 王族を精神異常者と決めつけ、処刑して回っているのだという。

 報告を聞くにつれて、モニカは胸が詰まる思いを感じた。


「ヴァルドベルド叔父様まで……」


 王家の人間は、あちこちに潜伏しているという。だが見つかったが最後、見せ物として、王宮前の広場で火炙りにされるということらしい。

 話を聞いた限りでは、モニカの血縁者もかなり、殺されてしまった。

 モニカの父親は行方不明。母親は懺悔を請いながら、火炙りにされてしまった。弟は、捕まる際に負った傷が元で死亡。姉は、ズタボロにされてから首を刎ねられたのだという。叔父は、近くの村に潜伏したものの、我慢出来ず、一人で兵士の中に突撃していったらしい。何人かを道連れにするものの、矢で胸を射られて絶命したそうだ。

 誰も彼も、モニカより魔法の扱いに長けた者たちばかりだ。仲間がいれば、普通ならやられないはずなのだ。それだけ、貴族側についた者が多かったとしか考えられない。


 報告の途中で、ついにモニカは倒れてしまった。


「ご主人様!」


【2】


 モニカは目覚めた。


 周りには誰もいなかった。外を見ると深夜だった。強い風に窓がガタガタと揺れ、雪が窓の格子の枠に降り積もっていた。

 〈魔法の行灯〉の淡い光が部屋を薄く照らしている。


「つ……」


 モニカはベッドから起き上がった。頭が締め付けられるように痛い。


 覚悟はしていた。


 が、実際の話と、予想の話とでは、精神に与える影響は全く違う。それに現実は、予想よりはるかに最悪だった。

 モニカは、自分が頭と体が思い通りに動かせないことに驚いた。それでも自分の足で立ち上がるべく、無理やり足を奮い立たせた。


「あ……」


 気絶してから、それほど時間は経っていないはずなのに、口が乾き、しゃがれた声しか出なかった。


「み、水を……」


 大きな声が出せない。そしてこの時刻帯では、配下の侍女や近衛兵も寝ていると思われる。自分で動くしかない。


「〈魔法の行灯〉を持って……それから、台所で井戸水を……」


 モニカは、おぼつかない足取りで行灯を手に取った。そして、部屋の扉を開け、廊下に出た。


「ここは、王宮じゃない……台所は……こっち……」


 記憶が混乱していた。

 かつての王宮と、同じ感覚で歩いたら、すぐに壁にぶつかってしまった。


「痛い……違う……確か、あっち……」


 何回か道を間違えるものの、なんとか台所にたどり着いた。

 洗面台のそばに、井戸から汲み出しておいた水桶が足元に置いてあった。


「良かった……外に出なくて済みますね……」


 そして、水桶の前で立ちすくんだ。

 ここから、どうやって水を飲めば良いのか分からない。


「え……と、そうだ。水差し。水差しが必要でした」


 次は、食器棚の方に目を向けた。木製のコップや皿などが、丁寧に鎮座している。


「水差し……はどこでしょうか?」


 台所の管理は、ほとんど侍女に任せきりだった。侍女がいない日も、予め作っておいた保存食を食べていた。


「これは……違う。これは、コップだ……」


 モニカは、暗い台所で一人ブツブツ呟きながら、食器棚を引っかき回した。

 その時、手が滑った。


「あっ!」


 カランカランと大きな音を立てて、食器棚の下に木皿やコップが散らばってしまった。


「あ……しまった……片付けないと……」


 モニカは、床にしゃがみ込んで皿を拾いはじめた。少しずつ、食器棚に戻していく。


「ああ、あんな所にまで……」


 木のコップが、水桶の所まで転がってしまっていた。慌てて拾いに行った。

 そしてコップを片付けようとした時、背後から声がした。


「ご主人様?」

「……ミュリエル?」


 モニカお付きの侍女だった。さっきの音に反応して、起きてきたのだろう。


「ご主人様、何をしていらっしゃるのですか?」

「あ、いや水を飲もうとしたのですが、水差しが……」


 彼女は悲しそうな顔をして、近づいてきた。そして、モニカの手からコップを取り上げ、水桶の方へ歩いていく。

 コップで水をすくってから、モニカに手渡した。


「まずは、これをお飲みになって下さい」


 モニカは、言われた通りに一息で水を飲み干す。ようやく、少しずつ頭が動き出した。


「ご主人様、まずはご自分のお部屋にお戻り下さい」

「あ、はい……」


 そのまま、侍女に連れていかれる形で、自分の部屋に戻っていく。

 記憶は、そこで途切れた。


【3】


 モニカは目覚めた。

 外は明るく、雪は止んでいる。昨日よりは、気分が良い。ただ、代わりに今度は、ベッドから起き上がる気になれなかった。

 そのまま、しばらく外を眺めていた。

 今は、何も考えたくない。

 全てを忘れたい。

 自分も何処かに消えてしまいたい。


「ご主人様」


 部屋の外から、侍女の声が聞こえる。

 返事をすることすら億劫だ。モニカは少々の労力を費やして、言葉を返した。


「どうぞ。起きています」

「失礼します」


 侍女は部屋の中に入ってきた。朝食の乗った盆を、手に持っていた。


「あまり、食べたくありません……」


 気がつけば、昨日の昼から何も食べていなかった気がする。それでも、盆に乗せられたパンを見て、嫌そうな顔をしてしまった。


「ご主人様。食べないと元気が出ませんよ」


 そう言いながら、彼女は盆をベットサイドの机に置いた。

 モニカは、億劫そうに手を伸ばし、もそもそとパンを食べはじめる。だが、とても美味しいという気がしない。


「そう言えば、今朝、例の男が目覚めました。会われますか?」


 そう言えば、すっかり忘れていた。山奥で倒れていた男。上位精霊すら、操り、暴走させることができる魔術師。少し話をすれば、気が紛れるかもしれない。それには、身だしなみを整えなくてはならない。

 そう思うと少し元気が出てきた。やるべきことができれば、余計なことを考えないで済む。


「はい……会ってみます。色々聞きたいことがありますので……」


 不思議と足に力が入るようになり、ベッドから起き上がれるようになった。そして、残りのパンを手で掴み、口の中に放り込む。


【4】


 例の男は、客間に泊めてある。

 モニカが部屋の中に入ると、男は窓の外を見ていた。体全体に包帯が巻かれ、見るからに痛々しい。

 その横でモニカの近衛兵が座っている。監視も兼ねていたのだろう。モニカの姿を見て、少し驚いていた。


「彼と話がしたいので、席を外してもらえますか?」

「大丈夫だとは思いますが、何も話をしようとしないのです」

「それでも構いません」

「分かりました。では席を外します」


 彼は、そのまま部屋から出て行った。後には、モニカと包帯の魔術師だけが残された。

 モニカはベッドの横に座り、男に話しかけてみた。


「私がここの主で、モニカと申します」

「……」


 反応はない。ただ、窓の外をじっと眺めている。


「貴方が、山奥で倒れていたのはビックリしました。どうしてあそこにいたのですか?」

「……」


 ピクリとも動かない。まるでそこに誰もいないかのような振る舞いだった。

 モニカは、そのまま男を観察した。

 男の精神の動きを、精霊の観点から観察してみた。すると、面白いことが分かった。心の動きが、完全に消えている。〈生命の精霊〉が全ての魔力を独占している為、感情を呼び覚ましようがないのだ。逆を言えば、この男は生きようとしている。

 つまり無反応であるのは、体を治すのに全力を尽くしているからだ。そう言えば、上位精霊と相対している時も、根底から生きようという意思が見られた。

 不思議な人だ。

 モニカは、魔術師の男を見ているだけで楽しくなってきた。ベッドサイドに座り、男と共に同じものを見続けた。


【5】


 それから、数日が立った。


 今日の天気は珍しく快晴だった。さらに珍しいことに、村人たちが屋敷を訪ねてきた。

 侍女に呼ばれたモニカは、玄関で対応した。


「よう、姫さん。元気しているかい?」

「珍しいですね。何かありましたか?」


 粗野な男の背後を見れば、ポニーテールの女性や、モジャモジャ頭の青年まで居た。前回の戦いで最後まで共に戦った村人たちも、何人か居る。


「いやな、姫さんと話がしたいな、と思ってさ」


 そう言って、男はクイッと飲む動作をした。

 モニカは、クスと笑った。

 何という根回し。

 背後に何人かいるということは、かなりの人達も巻き込んでいるのだろう。

 確かに冬は、やる事があまり無い。だから、宴会を開こうという事らしい。


「構いませんよ。それでどうすれば良いのですか?」

「いやな。そこで、ちぃーっとばかしお願いがあるんだけどな」


 男は、言いにくそうに口ごもった。やたらと視線をそらし、何かを迷っているかのようだ。


「何でしょうか?」


 突然、男が頭を下げ、頭上で両手を合わせた。


「屋敷で宴会を開かせてくれ!」


 モニカは一瞬、目を見開いて止まった。完全に、想像の外だった。


「ぷ、くっくっ」


 モニカは、涙が出るくらい笑った。必死に笑いを堪えて、涙を拭う。

 と、男の背後から、ポニーテールの女性が顔を出した。


「姫様! こいつの言う事を間に受けてはいけません! ちゃんと村にだって、宴会を開く集会場はあるのです! 断ってください! 第一、失礼です!」


 彼女は、モニカに口を吸われてから、少し性格が変わったらしい。だが、人の行為にあれこれと口を出そうとする所は変わっていない。


「んー、まあ大丈夫でしょう。お寒いでしょうから、後ろの皆さんも屋敷の中に入って下さい」

「さっすが、姫さん! 話がわかるっ!」


 粗野な男は、快哉を上げて喜んだ。

 モニカは、村人たちを屋敷の中に迎い入れた。


【4】


 宴会を開くなら、食堂が適当だろう。

 モニカはそう思いながら、村人たちを食堂へと案内した。それから、侍女や近衛騎士たちにあれこれと指示を飛ばし、宴会の準備を始める。


「お酒はありませんけど、宜しかったですか?」


 モニカは、宴会計画の主犯に問いかける。犯人は得意げな顔で、頭をかいた。


「それがなあ、村にワインの備蓄があるんだ」

「へえ、珍しいですね」

「ん、ああ。南西の方に水が豊富な村があってな。今年は豊作という話だったので、結構な本数のワインをもらえたんだよ」

「そうなんですか」

「あそこは、例年水害が酷くてな、たまにうちの者が手伝いに行くので、交流があるのさ」

「水害ですか……」


 モニカは興味が湧いてきた。水害と言えば〈水の精霊〉が原因な事が多い。ひょっとしたら、モニカにできる事があるのかもしれない。


「どんな村なんですか?」

「村の中心部に大きな川が流れていてな。その周囲は、大きな農地が広がってるんだ」

「へえ」


 話を聞く限りでは、かなり大きな穀倉地帯らしい。


「村の名前はフルスベルグ。文字通り、川が中心となっている村さ」

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