【91】
【9】
「うう……」
モニカは、地面に突っ伏したまま、うめいた。
気持ちが悪い。頭がずきずきする。吐きそうだ。目の前も真っ暗。口の中がジャリジャリする。
一体、何が……?
モニカは、ようやく頭が動き出した。
口内の土を吐き出してから、上半身を起こした。立とうとするが、足に力が入らない。フラフラする。
「そうだ! 壁!」
モニカは、ガバッと顔を上げた。
〈地の壁〉は生きている。
まずは、ホッとした。
それから、周囲を見回す。
村人がそばに集まって来ていた。全員が心配そうにモニカの様子をうかがっている。
「姫様、ご無事ですか? 肩をお貸ししましょうか?」
ポニーテールの女性が前に出て、モニカの顔を覗き込んでいた。その顔は青白く、むしろ彼女の方が倒れそうだ。
……だから何でついてくるんだろう。
頭痛に耐えながらもそう思ったが、かろうじて言葉を飲み込んだ。
一人でも戦力は欲しいし、何より、どう言っても咎める口調になってしまうだろうから。
「大丈夫ですよ。少し、魔力を使いすぎたようです」
これは、魔力欠乏症という症状だ。
魔法を使いすぎた時、あるいは急激に大量の魔力を消費した時に、めまいや頭痛が起きる。気絶したのは初めてだが、そのような事もあるとは聞いていた。
しばらく、時間が経てば治るだろう。
「あ、敵はどうなりましたか!」
村人たちは、後方の〈地の精霊〉と戦闘中だったはすだ。今ここに全員が集まっている。
「ほとんどが土石流に巻き込まれて、流れされてしまいました。姫様がいなければ、私たちも流されていたでしょう」
ポニーテールの女性が説明してくれた。
モニカは足に力を入れて、ようやく立ち上がった。まだ足が震える。
「そうですか……良かった」
「あ、姫様、無理しないでください!」
彼女が駆け寄って来た。そして、腰に手を回し、肩を貸してくれた。
雪がちらつく山の中で、人肌の温もりがより感じられる。思ったより温かかい。
……ん、温かい?
その時、彼女が驚いたような顔を見せた。
「お体が、冷たくなっております! 今日はもう諦めましょう! 一日ぐらい遅れても平気ですよ!」
あ。
モニカは慌てた。
体温が下がるのも、魔力欠乏症の一種だ。じきに治る。
だが彼女は、冬の雪山で起きる低体温症を想像したらしい。それなら確かに危険な状態だが……。
ポニーテールの彼女は、頑固そうな顔をしている。村人たちの中で、彼女だけが、モニカの行動に意見してくる。
こういうのは、意外に厄介だ。どうやって説得しようか。
モニカは、頭を動かしながら口を開く。
「いえ、これは魔法の使いすぎによる一時的なものです。心配する必要はありません」
「いえいえ! 万が一ということもあります!」
「皆さんの生活の為にも、ここで退くわけにはいきません」
「数日ぐらいは大丈夫ですから! 姫様の身が心配です!」
「私は鍛えられてますので、これぐらいは大丈夫です」
「姫様、油断はいけません!」
これでは、話が進まない。
「分かりました。それではこうしましょう」
モニカは体を離し、彼女に向き直った。心なしか、彼女の耳が赤い。
割りとよく見る反応ではある。王家という立場上、過剰な反応を示す民は多い。
「貴女から、魔力を頂ければ治ります。それでどうでしょうか」
彼女は戸惑い、考える素振りを見せた。それから、怯えるように口を開く。
「あの、どのようにすればいいでしょうか……」
簡単なことだ。
魔力とは、誰にも体内に内包しているものだ。それを〈生命の精霊〉が管理している。
ただ〈生命の精霊〉は強力であるが極めて射程が短い。よって、魔力のやり取りをするには、濃密な接触をしなければならない。
だから、モニカは言った。
「キスをしましょう」
【10】
ポニーテールの女性は、カチコチに固まった。目を見開いたまま、微動だにしない。また、顔も耳も真っ赤になっている。
モニカは、聞いていなかったのかと思い、もう一度言った。
「キスをしましょう」
「……ええええええええええええ!」
彼女だけでなく、周りの村人たちもどよめいた。
モニカには思ってもみなかった反応に、首をかしげた。
「どうかしましたか?」
幼い頃から、魔力の補充によくキスをしてきたものだ。一緒に修行をしていた義兄シャリオット王子とは、何度もキスをしている。手と手を握る方法もあるが、これが一番回復が速い。
「魔力のやり取りには、最も効果的なのですよ。魔力を分けて頂けますか?」
「ほっ、ほっ、ほっ」
ポニーテールの女性が、口を引きつらせていた。
どうも、様子が変だ。
何か、自分には思いもつかない風習が、彼女たちにあるのかもしれない。
「ほっ、本当ですか!」
「あ、嫌というなら、他の方に……」
魔力を吸われすぎるとしばらく動けなくなるから、嫌がる人もいる。
彼女もそうなのかもしれない。
「い、い、いえいえいえいえ! そ、そういうわけでは」
「そうですか?」
彼女の顔が、青くなったり、赤くなったりと色々と忙しい。また、立ったり、座ったりと落ち着かない。
モニカは、口に人差し指を当てながら、その様子をじっと眺める。
「そ、そ、そ、そうデすヨね。そ、それナら、ゼヒ私が」
あ、ようやく我に返った。が、声の一部がひっくり返っている。
モニカは、段々と彼女たちの事が、うっすらと理解できてきた。ひょっとすると、キスをする習慣がないんだろう。だから、戸惑っている。
うん、きっと、そうだ。
「ひょっとして、初めてですか?」
「は、ひゃい。それはもう!」
「そうですか。少し困りましたね。初めてですと、どのくらい吸えばいいのか分かりません」
「す、す、吸うんデすか!」
「ええ、吸うんです」
「そ、そ、それが普通なんですか?」
うん?
彼女の言葉が少し理解できない。だが、キスで魔力を吸うのは定番だ。普通といえば、普通かもしれない。
「まあ、普通でしょう」
「そ、そ、そうなんですか!」
「じゃあ、肩の力を脱いてください」
モニカは、彼女の前に立った。顔と顔が徐々に近づけていく。
彼女の目は泳ぎっぱなしで、瞳孔が開いていた。相当、興奮している。
「落ち着いて。私を受け入れてください」
「は、はい、す、吸うんですね!」
「そうです。吸いますよ?」
モニカは、彼女の顔を両手でつかみ、顔を斜めにして口と口を近づけていく。
「んッ……」
唇と唇が触れる。
早速、彼女の〈生命の精霊〉に干渉した。そして魔力を分けてもらうよう要請する。既に受け入れてくれているので、簡単な手続きで済む。
「んんんんッ!」
その時、突然、彼女が思いっきり口を吸い始めた。
モニカの肺から空気が奪われ、急に息苦しくなっていく。たまらずに口を離し、顔を伏せて咳き込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「ひ、ひめさま! だ、大丈夫ですか!」
手の甲で口をぬぐいながら顔をあげると、彼女がオロオロとしていた。
「ちょ……ちょっと、びっくりしました」
ああ、やっと違和感の理由がわかった。どうも彼女は、勘違いしていたらしい。
「キ、キス自体は吸うものではないです。軽く唇を触れるだけでいいのです」
「そ、そうだったんですか!」
彼女は、ハッとして答えた。
良かった。理解してくれたらしい。
「では、もう一度」
「はい。今度こそ!」
モニカは気を取り直し、もう一度顔を近づけた。そして、口と口を触れさせる。
……今度は大丈夫だ。
その上で、改めて精霊と交渉した。そして少しずつ、彼女から魔力を吸い取っていく。じわりじわりと口を通して、魔力が回復していくのを感じる。
しばらくして、頃合いだと判断した頃にモニカは口を離す。
ツーと、唾液が二人の口の間に糸を引き、それからプツンと切れた。
「ごちそうさまです」
「ふぁぁああ……」
モニカが手を離すと、女性は、恍惚とした表情で崩れ落ちた。時々、ビクンと痙攣している。
「あ」
吸いすぎた。
……多分。
「あの、大丈夫ですか」
「ふにゃぁあい、だい、だい、だいじょーぶですぅ」
良かった。意識はある。
たた、酔っぱらったように呂律が回っていない。
魔力の吸いすぎによる副作用なのかもしれない。が、こんな現象は初めて見た。
「すいません、少し吸いすぎました。立ち上がれますか?」
「た、たち、たち、たちあがれそうにないですぅ。ひめさまぁ……」
彼女は甘えた声で、モニカの足に抱きついてきた。そのまま股の間に顔をうずめ、頬ずりしている。
「わ、わ、ちょっと、危ないです。離れてください」
「そんなぁ、私のこと、嫌いですかぁ?」
今度はうるんだ目で、見上げてきた。
モニカは少したじろいだ。
「そ、そんなことはありませんよ。ここにいる皆さんも、私にとって掛け替えのない大切な友達です」
「友達……ともだちかあ……えへへへへへ」
困った。
急に人格が変わって、子供のようになってしまった。原因はよく分からないが、このままでは連れていけない。
モニカは、村人たちに目で助けを求めた。
「あの。お願いが」
周りの村人たちは、目を丸くしていた。たじろいで、目をそらしたり、一歩後ずさった人もいた。
その中で、一番近くにいた男が反応した。
「な、なんです?」
モニカは、自分でも情けないなと思いつつ、言った。
「助けてください」
【11】
モニカ達は、少し休憩した。
また、ポニーテールの女性を含めた負傷者たちに、ベースキャンプに戻るように指示。山を登る集団、山を下る集団の二手に分かれて、その場を離れた。
モニカたちは、山を登る方だ。
今は、土石流によってなだらかになった斜面を登っている。
ふと背後を振り返る。
真夜中の山の斜面に、先ほどの戦闘の痕跡が、わずかに浮かび上がっている。
さらにその向こうでは、負傷者を運ぶ集団の明かりが動いているのが見える。今の所は無事のようだ。
「……こうして見ると、危なかったですね」
「魔法というのは、ここまでできるもんなんだな……」
モニカの隣では、粗野な言葉遣いの男が並んで歩いていた。他の村人たちも、黙々と後ろをついて歩いて来ている。
「そうですね……。でも、こんなものは破壊にしか使えません。腕力のある男性の方が、より人の為になれるでしょう」
モニカは、スラスラと思ったことを口にする。ただ、余りに滑らかに言ったので、男が疑ったようだ。
「……本当にそう思っているのか?」
「もちろんです」
歩みを止めずに、コクンと首を縦に振った。
「皆さんも見たでしょう。魔法の対価として、一人の女性が前後不詳になった様子を。彼女には悪いことをしました」
その時、男は苦笑した。
モニカは、思ってもみない反応に、彼の顔をマジマジと見つめてしまった。
「女どうしでキスをすりゃあ、あんなことにもなるだろうさ」
「ん? どうしてですか?」
モニカは、彼の言葉に引っかかった。
どうも、よく分からない。
「そりゃあ、どうしてって……」
彼は、モゴモゴと口ごもってしまった。モニカも、なんて言って良いか分からず、口を閉じたままだ。
再び、二人の間に沈黙が舞い降りる。風が強くなりはじめたのか、ビュービューという音が耳を叩く。
モニカは、しばらく待ってみるが、何も話してこない。
仕方ないので、もう話は終わりかと思い、前に向き直った時、彼の声が聞こえてきた。
「……王族では、あれぐらいの事は誰にでもやるのか?」
「ええ。お互いの事が少し分かりますし、とても良いあいさつだと思います」
男の動きが一瞬だけ止まった。そして再び歩き出し、ポツリと小さな声で言った。
「……あいさつ代わりかよ」
「皆さんは違うんですか?」
「そりゃあ、もっと大切な人とやるべきもんだ」
「私は、皆さんを大切な人だと思ってますよ?」
男は目を見開いてから、軽く嘆く。
「……ダメだこりゃ」
モニカは首を軽くかしげた。
男は軽くため息をつく。それから、やや大きな声で語り出した。
「そうだなあ。あいつのことなんだがなあ」
あいつとは、ポニーテールの女性のことだろう。
前から、村人たちのことを知りたかったモニカは、注意深く耳を立てた。
風が強くなってきている。注意深く聞かないと、お互いの声が聞こえなくなってきた。
「あいつには、仲の良かった姉貴がいたんだ。んで、その姉貴ってのがな、姫さんと少し面影が似てるんだよ……」
「そうだったんですか……」
「ここまで付いてきたのは、それが理由かもなあ」
モニカには、少し彼女の事が理解できた。無理して付いてきたのも、やたらモニカに関わろうとするのも、それが原因かもしれない。
魔力を吸うのも半分程度に抑えようと思っていたが、あまりに抵抗がなかったのは、少し変だと思っていた。
「彼女の旦那さんは、何と言っているんですか?」
「あいつは、誰とも結婚しようとはしない」
「え?」
男は渋々と言った表情で言葉を続ける。
「その姉貴ってのはな、子供を産む時に亡くなってしまったんだ」
本格的に風が強くなってきた。山頂に近いかもしれない。
周りの木々が焼けて倒れてしまったためか、風が直接吹き下ろしてくる。
風に混じる雪が、モニカ達の体温を容赦なく奪っていく。
「そんなことが……」
「よくある話だ。子供を産むのも命がけだからな。だが、あいつは割り切れなかったようだ。男の真似事をするようになった」
王宮では〈生命の精霊〉に詳しい専門家が出産に立ち会う。だから、命の危険性はそんなに多くない。
各々の村にも専門家か、あるいは教育施設ぐらいあれば……。
「そんな、知りませんでした……」
「姫さんが気にすることじゃないさ。第一、姫さんはもっと追い詰められてるじゃないか」
そうだった。
モニカは、師匠アルヴィスの説得と魔法で、一方的に争いの外に飛ばされた。それ以来、何の情報もない。
一族が生きていると良いが、ひょっとしたら、ダメかもしれないと薄々感じている。
しかし、それでもたまに胸が張り裂けそうになるだけで、普段はあまり感じない。
自分たちのことになると、途端に心が冷えていく。何故だろう?
「そうでしたね、自分でも不思議です」
男があきれた様子だった。
「王族ってのは、皆そうなのか?」
「さあ、どうでしょう? 私は王族と言っても、末席ですからね。あまり一族の繁栄というものに、興味がないかもしれません」
「姫さん、なかなかどうして、面白いよな」
「そうなんですか?」
「ああ」
男は笑った。モニカもつられて笑った。
それから、口を開こうとした時、後方から叫び声が聞こえた。
「あれは何だ!」
モニカはとっさに前を向いた。気がつけば、爆心地の中心の目の前まで来ていた。
そして、その中心の上空に何かが浮かび上がっている。それを見たモニカは、驚きのあまり、開いた口が閉じられなかった。
それは精霊だった。
ただ、人より遥かに巨大だった。背中から真っ白な羽が4枚生えている。古来より「神」と称されることもある上位の精霊だ。
人より強大な精神性と自我を持ち、支配されることはまず無い。
魔法として使用する際も、使役するというより、術者がしもべとして伺いを立てる形となる。
なのに、下級精霊のように暴走している。
……ありえない。
「バカな……そんな……こんな事、ありえません……」
モニカはかろうじて、喉の奥から絞り出すように、つぶやいた。
その瞬間、強風が吹き荒れた。
もはや、立っているのがやっと。目もまともに開けていられない。気を抜くと吹き飛ばされそう。
隣では、男が強風に目を細めながら、声をかけてきた。
「姫さん、あれは何だ!」
呆然自失から我に返ったモニカは、風の音に負けずに言い返す。それでも声がわずかに震える。
「あれは……あれは……上位精霊……つまり〈狂える風の上位精霊〉ということになります!」
モニカの焦りが伝染したのか、男の声にも余裕がないようにみえる。
「それは強いのか!」
「強いなんてものじゃありません! 大きな町一つ潰せるぐらいの能力はあります!」
「……冗談だろ!」
「冗談ではありません! 防風壕を作ります! 下がって下さい!」
モニカは、村人たちが後ろに下がったことを確認してから〈地の中位精霊〉を呼び出した。
「〈地の中位精霊〉よ! 我の要請に応じ、風から守る盾を作れ!」
目の前の大地がゆがむ。土が盛り上がり、空洞が空く。
そして、半地下の洞窟が完成した。
「さあ! 中へ!」
モニカは村人たちを誘導し、最後に飛び込んだ。
【11】
防空壕の中は、外と比べると静かだ。急ぎの魔法だったので、それほど広くできなかった。お互いの肩が触れ合い、息づかいが肌で感じられる。
遅れて飛び込んできた魔法の光で、村人たちの顔がぼんやりと見える。
こうして見ると、初めに村を出発した時より、人数が四分の一以下になっている。数えると、一、二……八人しかいない。
「それで、これからどうすりゃあいいんだ」
粗野な言葉遣いの男が、モニカの顔を見ながら言った。
「それは……」
モニカは思わず目をそらし、口ごもってしまった。
……しまった。
これでは、手だてはないと言っているようなものだ。自分も余裕がなくなってきている。
ただ実際、まともに戦っても勝ち目はないと思える。
どうしよう。
どうするべきか。
「このままそっとしておけば、自然と治まるのではないでしょうか」
今まで、会話に参加してこなかった赤髪の青年が、ポソリと提案した。優しげな風貌の青年だ。気を利かせてくれたのだろう。
ただ彼の提案は、根拠のない、都合の良い予想だ。少々受け入れがたい。
モニカが返答に悩んでいると、粗野な言葉遣いの男が、彼に言い返した。
「だけどよ、あんなのが村近くまで来たら、滅ぼされっちまうぞ。放っておけるかよ!」
最悪、考えられる事ではある。
ただ、それも可能性としては低そうだ。なぜなら暴走しているとはいえ、風の精霊はここから離れる様子はないからだ。
風の精霊の属性の一つに〈自由〉がある。本来は束縛を嫌うはずなのに、一カ所に留まっているのには、何か理由があるはずだ。
「では、どうすればいいんですか! 近づくことすら困難じゃないですか!」
赤髪の青年の言葉を皮切りに、村人たちの口論が始まってしまった。
彼らの感情が、交差する。
しかも議論は堂々巡りで、結論が出そうにはない。段々と雰囲気が剣呑になってきた。
モニカは、彼らの主張を黙って聞きながら、悔しい思いを感じた。
私が、不甲斐ないからだ。
私が、不甲斐ないから、村人たちが言い合っている。
私が、不甲斐ないから、ここにいる。
私が、不甲斐ないから、師匠に逃がされた。
それでは、いけない。
私が、みんなを率いなくては。
モニカは、口をゆっくりと開いた。
「……逃げるのは無しです」
村人たちは議論をやめ、いっせいにモニカの方を向いた。幸い、皆はまだ聞く耳を持ってくれている。
「今年の初雪は例年より早い。違いますか?」
村人たちは、互いに顔を見合わせた。彼らの顔には、その通りだと書かれていた。
「……そう言われてみれば、そうだな。いつもは、もうちょっと後のはずなんだが」
「そうですね、確かに。冬の準備が間に合っていない家もあるようです」
「それは……多分、あの〈狂える風の上位精霊〉がやったのだと思います。悪意はないとは思いますが……」
村人たちは、何かを考えている様子だった。辺りは沈黙に包まれた。
「……ということは?」
「皆さんの考えている通りです。このまま放置しても、雪に村が埋まってしまうでしょう。だから、今ここで対決しなければなりません」
「何か、策は?」
優しげな赤髪の青年が、おずおずと質問してくる。モニカは、彼の目を真っ直ぐ見つめながら答えた。
「正直に言います。まともにぶつかれば、勝ち目はないでしょう」
青年の目に動揺が走った。
モニカは間髪を入れずに、言葉を続ける。
「ですから、会話で精霊を鎮めます」
「……そんな事ができるのですか?」
「分かりません。ですが、村が生き残る手段は、これ以外に思いつきません」
再び、村人たちは黙考を始める。モニカも頭の中で、少しずつ作戦を形にし始めていく。
しばらくは外の山風の音だけが、聞こえてきた。
そんな中、一番初めに沈黙を破ったのは、粗野な男の言葉だった。
「んじゃあ、それで行こうぜ。それしか方法はないんだろ、姫さんよ」
「はい」
「姫さんの判断力と魔法で、ここまで来れたんだ。今更、失敗しても文句言わねえよ。だよな、みんな?」
そうだそうだと、村人たちは頷いてくれた。
良かった。
さっきまでの雰囲気は吹き飛んでしまった。モニカは、ほっと胸を撫で下ろした。
「んで、俺たちゃどうすりゃいいんだ。盾でも何でもやってやるぜ?」
「まず、あの上位精霊の気をそらさなければなりません。皆さんに精霊を操作して頂きます」
誰かがゴクリと息を飲んだ。
彼らは何の教育もなしに、魔法を駆使できる天才たちだ。きっとできるはず。
「私が〈地の上位精霊〉を呼び出したます。それを皆さんに維持してもらいます」
どよめいた。
「ちょっと待ってください。僕たちに、そんなことできません」
最初に反応したのは、火と光の精霊を使いこなしていた青年だ。彼が、この中で一番魔法に精通していると思われる。
「いえ、維持するだけなら、そんなに難しい知識は要りません。ただ、上級精霊は、維持するのにかなりの魔力を消費します。ですから……」
男たちが、一斉に仰け反った。
モニカは、びっくりして言葉を止める。
「お、おい……マジか……」
「そ、それだけは……」
「む、無理……」
男たちは、口々に拒絶の言葉を口にする。恐らく、さっきのキスシーンが脳裏に浮かんでいるのだろう。
ただ、どうして彼らがそこまで拒絶するのか、不思議に思う。
男性同士のキスは、見てるとこう、胸がドキドキ! して、素敵だと思うのに。
「ひ、ひい……」
「あ、いえ……今回はキスでなくて、全員で輪になって手を繋ぎあって頂きます」
まだ、村人たちは目が泳いでいる。
「いや、それも……」
「だが、これしか……」
「これなら、何とか……」
あ、ひょっとして。
上位精霊の扱いが初めてだから、それでためらっているのかもしれない。
きっとそうだ。
だったら、ここは勇気づけなくては!
「大丈夫ですよ、皆さん! 地の精霊には〈不動〉の属性があります。理を知らなくても、無心でさえいれば安定します! 皆さんの力だけが頼りです!」
……。
……。
あ、あれ?
彼らの反応は鈍かった。なんか思っていたのと違う。
モニカは、少し目が泳いだ。
村人たちは、キョトンとした顔で、モニカの顔を見つめている。そんな中、粗野な男だけが生暖かい目で見つめてきた。
「姫さん、まあ、そのなんだ。姫さんの世界がどんなものか、ちょっとわかったよ。だがな、無理すんな」
ぽんぽんと肩を叩かれた。
なんか慰められたらしい。
そして、男たちがお互いに目配せをする。何やら情報交換しているらしいが、モニカには理解できなかった。
「あ、あの?」
「わかってる、わかってる。手を繋いで、円陣を組めばいいんだな」
「は、はい……そうですけど……」
こう、何かモヤモヤするものを感じる。が、まあ納得してくれたらしいから良しとしよう。
「で、では、今からこの場に魔法陣を描きます。その線に沿って、陣を組んでください」
「おうよ」
村人たちが、言われた通りに円陣を組んだ。
そしてモニカは魔法の詠唱を始める。
「〈地の精霊〉よ。我は命ずる。ここに大地の神を降臨させよ。シンボルとなる大地の理をここに示す」
詠唱と共に、足元から淡い緑色の光が広がっていった。そして、複雑な文様を大地に刻みつけていく。
モニカは、さらに詠唱を続けていく。
「大地よ。万物の土台となる大地よ。汝の名は〈地の上位精霊〉。創世期に生まれ、今日まで万物のゆりかごとして、あり続けてきた。今ここに、汝のしもべが降臨を希望す。その理は不変、不動。我はその理を望む。今こそ大地の理を具現化し、現出したまえ」
詠唱の終わりと共に、魔方陣が強く明滅し始めた。
地面が揺れる。パラパラと土が降ってくる。
「おお……」
村人たちが感嘆の声をあげる。
大地が盛り上がり、防風壕ごと空へと持ち上げられていく。周りの景色が、上から下へと流れて行くのが見える。
「落ち着いて下さい。〈地の上位精霊〉の依り代として、土でできた大巨人を作り出しただけです」
地響きが止まった。
モニカたちの防風壕は、はるか上空に持ち上げられ、ちょうど、巨人の肩の辺りに収まった。
「なん……だ……これ……!」
村人たちが、歯を食いしばっている。彼らの体表面から、白色の魔力が漏れ出しているのが見える。
「それは、魔方陣上にいる生命体から、強制的に魔力を吸い取る魔方陣です。吸い取った魔力は、全て〈地の上位精霊〉に流れるようになっています」
「そ、そうか……で、できれば、速く何とか……してほしいものだ……な」
「はい、それでは今から、あの精霊を鎮めに行ってきます!」
「た、頼んだ……」
「急いで終わらせてきます!」
モニカは、駆け足で防風壕の外へと飛び出した。
【12】
遥か上空に持ち上げられた大地に、モニカは一人で立っていた。土の巨人の首筋に体を預け、風の上位精霊を見つめている。
本来であれば、強風が吹き荒れているのだが〈地の上位精霊〉の力により、その風は弱められている。
さらにモニカの周囲にまとわりつかせている〈風の精霊〉によって、服が軽くはためく程度にまで抑えられていた。
「〈風の上位精霊〉よ! 我が声を聞きたまえ!」
モニカは〈風の上位精霊〉に思念を飛ばした。だが、まともな返事は返って来ない。
代わりに返ってきたのは、強烈な負の感情だった。
「ぐっ!」
モニカは、精霊の負の感情に翻弄された。ここまで、精霊が感情的になるのは滅多にない。
と同時に、自分の仮説が間違っていたことを認めざるを得なかった。
「この精霊は、誰かに召喚されたものだ……!」
精霊を使役する場合、使役者の思念が直接精霊に伝わる。だから、使役者が強烈な感情を抱いていると、直接精霊たちに伝わっていく。
ただ、かなり原始的な感情だ。今までの原始的な下位精霊では、精霊自体の原始的な感情と混ざり、気がつけなかった。
モニカは精霊の感情を読み取り、単語に変換していく。
「これは……悲しい……怯え……寂しい……?」
上位精霊が抱いている感情は、すなわち使役者の感情だ。これらの感情を解き放ってやれば、収まるかもしれない。
「〈風の上位精霊〉よ! 偉大なる貴方がなぜ、怯えているのですか!」
これは、精霊との命がけの対話だ。
嘘はつけない。失敗すれば、モニカも同じ感情に捕らわれ、発狂してしまうかもしれない。
さらには、時間制限もある。村人たちの命がかかっている。
モニカは改めて、身を引き締めた。
「貴方が怯える必要など、どこにもありません! 私に貴方の寂しさを教えてください! 全てを受け入れますから!」




