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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
88/106

【91】

【9】


「うう……」


 モニカは、地面に突っ伏したまま、うめいた。

 気持ちが悪い。頭がずきずきする。吐きそうだ。目の前も真っ暗。口の中がジャリジャリする。


 一体、何が……?


 モニカは、ようやく頭が動き出した。

 口内の土を吐き出してから、上半身を起こした。立とうとするが、足に力が入らない。フラフラする。


「そうだ! 壁!」


 モニカは、ガバッと顔を上げた。

 〈地の壁〉は生きている。

 まずは、ホッとした。

 それから、周囲を見回す。

 村人がそばに集まって来ていた。全員が心配そうにモニカの様子をうかがっている。


「姫様、ご無事ですか? 肩をお貸ししましょうか?」


 ポニーテールの女性が前に出て、モニカの顔を覗き込んでいた。その顔は青白く、むしろ彼女の方が倒れそうだ。

 ……だから何でついてくるんだろう。

 頭痛に耐えながらもそう思ったが、かろうじて言葉を飲み込んだ。

 一人でも戦力は欲しいし、何より、どう言っても咎める口調になってしまうだろうから。


「大丈夫ですよ。少し、魔力を使いすぎたようです」


 これは、魔力欠乏症という症状だ。

 魔法を使いすぎた時、あるいは急激に大量の魔力を消費した時に、めまいや頭痛が起きる。気絶したのは初めてだが、そのような事もあるとは聞いていた。

 しばらく、時間が経てば治るだろう。


「あ、敵はどうなりましたか!」


 村人たちは、後方の〈地の精霊〉と戦闘中だったはすだ。今ここに全員が集まっている。


「ほとんどが土石流に巻き込まれて、流れされてしまいました。姫様がいなければ、私たちも流されていたでしょう」


 ポニーテールの女性が説明してくれた。

 モニカは足に力を入れて、ようやく立ち上がった。まだ足が震える。


「そうですか……良かった」

「あ、姫様、無理しないでください!」


 彼女が駆け寄って来た。そして、腰に手を回し、肩を貸してくれた。

 雪がちらつく山の中で、人肌の温もりがより感じられる。思ったより温かかい。


 ……ん、温かい?


 その時、彼女が驚いたような顔を見せた。


「お体が、冷たくなっております! 今日はもう諦めましょう! 一日ぐらい遅れても平気ですよ!」


 あ。


 モニカは慌てた。

 体温が下がるのも、魔力欠乏症の一種だ。じきに治る。

 だが彼女は、冬の雪山で起きる低体温症を想像したらしい。それなら確かに危険な状態だが……。

 ポニーテールの彼女は、頑固そうな顔をしている。村人たちの中で、彼女だけが、モニカの行動に意見してくる。

 こういうのは、意外に厄介だ。どうやって説得しようか。

 モニカは、頭を動かしながら口を開く。


「いえ、これは魔法の使いすぎによる一時的なものです。心配する必要はありません」

「いえいえ! 万が一ということもあります!」

「皆さんの生活の為にも、ここで退くわけにはいきません」

「数日ぐらいは大丈夫ですから! 姫様の身が心配です!」

「私は鍛えられてますので、これぐらいは大丈夫です」

「姫様、油断はいけません!」


 これでは、話が進まない。


「分かりました。それではこうしましょう」


 モニカは体を離し、彼女に向き直った。心なしか、彼女の耳が赤い。

 割りとよく見る反応ではある。王家という立場上、過剰な反応を示す民は多い。


「貴女から、魔力を頂ければ治ります。それでどうでしょうか」


 彼女は戸惑い、考える素振りを見せた。それから、怯えるように口を開く。


「あの、どのようにすればいいでしょうか……」


 簡単なことだ。

 魔力とは、誰にも体内に内包しているものだ。それを〈生命の精霊(セフィロト)〉が管理している。

 ただ〈生命の精霊〉は強力であるが極めて射程が短い。よって、魔力のやり取りをするには、濃密な接触をしなければならない。

 だから、モニカは言った。


「キスをしましょう」


【10】


 ポニーテールの女性は、カチコチに固まった。目を見開いたまま、微動だにしない。また、顔も耳も真っ赤になっている。

 モニカは、聞いていなかったのかと思い、もう一度言った。


「キスをしましょう」

「……ええええええええええええ!」


 彼女だけでなく、周りの村人たちもどよめいた。

 モニカには思ってもみなかった反応に、首をかしげた。


「どうかしましたか?」


 幼い頃から、魔力の補充によくキスをしてきたものだ。一緒に修行をしていた義兄シャリオット王子とは、何度もキスをしている。手と手を握る方法もあるが、これが一番回復が速い。


「魔力のやり取りには、最も効果的なのですよ。魔力を分けて頂けますか?」

「ほっ、ほっ、ほっ」


 ポニーテールの女性が、口を引きつらせていた。

 どうも、様子が変だ。

 何か、自分には思いもつかない風習が、彼女たちにあるのかもしれない。


「ほっ、本当ですか!」

「あ、嫌というなら、他の方に……」


 魔力を吸われすぎるとしばらく動けなくなるから、嫌がる人もいる。

 彼女もそうなのかもしれない。


「い、い、いえいえいえいえ! そ、そういうわけでは」

「そうですか?」


 彼女の顔が、青くなったり、赤くなったりと色々と忙しい。また、立ったり、座ったりと落ち着かない。

 モニカは、口に人差し指を当てながら、その様子をじっと眺める。


「そ、そ、そ、そうデすヨね。そ、それナら、ゼヒ私が」


 あ、ようやく我に返った。が、声の一部がひっくり返っている。

 モニカは、段々と彼女たちの事が、うっすらと理解できてきた。ひょっとすると、キスをする習慣がないんだろう。だから、戸惑っている。

 うん、きっと、そうだ。


「ひょっとして、初めてですか?」

「は、ひゃい。それはもう!」

「そうですか。少し困りましたね。初めてですと、どのくらい吸えばいいのか分かりません」

「す、す、吸うんデすか!」

「ええ、吸うんです」

「そ、そ、それが普通なんですか?」


 うん?

 彼女の言葉が少し理解できない。だが、キスで魔力を吸うのは定番だ。普通といえば、普通かもしれない。


「まあ、普通でしょう」

「そ、そ、そうなんですか!」

「じゃあ、肩の力を脱いてください」


 モニカは、彼女の前に立った。顔と顔が徐々に近づけていく。

 彼女の目は泳ぎっぱなしで、瞳孔が開いていた。相当、興奮している。


「落ち着いて。私を受け入れてください」

「は、はい、す、吸うんですね!」

「そうです。吸いますよ?」


 モニカは、彼女の顔を両手でつかみ、顔を斜めにして口と口を近づけていく。


「んッ……」


 唇と唇が触れる。

 早速、彼女の〈生命の精霊〉に干渉した。そして魔力を分けてもらうよう要請する。既に受け入れてくれているので、簡単な手続きで済む。


「んんんんッ!」


 その時、突然、彼女が思いっきり口を吸い始めた。

 モニカの肺から空気が奪われ、急に息苦しくなっていく。たまらずに口を離し、顔を伏せて咳き込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ!」

「ひ、ひめさま! だ、大丈夫ですか!」


 手の甲で口をぬぐいながら顔をあげると、彼女がオロオロとしていた。


「ちょ……ちょっと、びっくりしました」


 ああ、やっと違和感の理由がわかった。どうも彼女は、勘違いしていたらしい。


「キ、キス自体は吸うものではないです。軽く唇を触れるだけでいいのです」

「そ、そうだったんですか!」


 彼女は、ハッとして答えた。

 良かった。理解してくれたらしい。


「では、もう一度」

「はい。今度こそ!」


 モニカは気を取り直し、もう一度顔を近づけた。そして、口と口を触れさせる。

 ……今度は大丈夫だ。

 その上で、改めて精霊と交渉した。そして少しずつ、彼女から魔力を吸い取っていく。じわりじわりと口を通して、魔力が回復していくのを感じる。

 しばらくして、頃合いだと判断した頃にモニカは口を離す。

 ツーと、唾液が二人の口の間に糸を引き、それからプツンと切れた。


「ごちそうさまです」

「ふぁぁああ……」


 モニカが手を離すと、女性は、恍惚とした表情で崩れ落ちた。時々、ビクンと痙攣している。


「あ」


 吸いすぎた。

 ……多分。


「あの、大丈夫ですか」

「ふにゃぁあい、だい、だい、だいじょーぶですぅ」


 良かった。意識はある。

 たた、酔っぱらったように呂律が回っていない。

 魔力の吸いすぎによる副作用なのかもしれない。が、こんな現象は初めて見た。


「すいません、少し吸いすぎました。立ち上がれますか?」

「た、たち、たち、たちあがれそうにないですぅ。ひめさまぁ……」


 彼女は甘えた声で、モニカの足に抱きついてきた。そのまま股の間に顔をうずめ、頬ずりしている。


「わ、わ、ちょっと、危ないです。離れてください」

「そんなぁ、私のこと、嫌いですかぁ?」


 今度はうるんだ目で、見上げてきた。

 モニカは少したじろいだ。


「そ、そんなことはありませんよ。ここにいる皆さんも、私にとって掛け替えのない大切な友達です」

「友達……ともだちかあ……えへへへへへ」


 困った。

 急に人格が変わって、子供のようになってしまった。原因はよく分からないが、このままでは連れていけない。

 モニカは、村人たちに目で助けを求めた。


「あの。お願いが」


 周りの村人たちは、目を丸くしていた。たじろいで、目をそらしたり、一歩後ずさった人もいた。

 その中で、一番近くにいた男が反応した。


「な、なんです?」


 モニカは、自分でも情けないなと思いつつ、言った。


「助けてください」


【11】


 モニカ達は、少し休憩した。

 また、ポニーテールの女性を含めた負傷者たちに、ベースキャンプに戻るように指示。山を登る集団、山を下る集団の二手に分かれて、その場を離れた。

 モニカたちは、山を登る方だ。

 今は、土石流によってなだらかになった斜面を登っている。

 ふと背後を振り返る。

 真夜中の山の斜面に、先ほどの戦闘の痕跡が、わずかに浮かび上がっている。

 さらにその向こうでは、負傷者を運ぶ集団の明かりが動いているのが見える。今の所は無事のようだ。


「……こうして見ると、危なかったですね」

「魔法というのは、ここまでできるもんなんだな……」


 モニカの隣では、粗野な言葉遣いの男が並んで歩いていた。他の村人たちも、黙々と後ろをついて歩いて来ている。


「そうですね……。でも、こんなものは破壊にしか使えません。腕力のある男性の方が、より人の為になれるでしょう」


 モニカは、スラスラと思ったことを口にする。ただ、余りに滑らかに言ったので、男が疑ったようだ。


「……本当にそう思っているのか?」

「もちろんです」


 歩みを止めずに、コクンと首を縦に振った。


「皆さんも見たでしょう。魔法の対価として、一人の女性が前後不詳になった様子を。彼女には悪いことをしました」


 その時、男は苦笑した。

 モニカは、思ってもみない反応に、彼の顔をマジマジと見つめてしまった。


「女どうしでキスをすりゃあ、あんなことにもなるだろうさ」

「ん? どうしてですか?」


 モニカは、彼の言葉に引っかかった。

 どうも、よく分からない。


「そりゃあ、どうしてって……」


 彼は、モゴモゴと口ごもってしまった。モニカも、なんて言って良いか分からず、口を閉じたままだ。

 再び、二人の間に沈黙が舞い降りる。風が強くなりはじめたのか、ビュービューという音が耳を叩く。

 モニカは、しばらく待ってみるが、何も話してこない。

 仕方ないので、もう話は終わりかと思い、前に向き直った時、彼の声が聞こえてきた。


「……王族では、あれぐらいの事は誰にでもやるのか?」

「ええ。お互いの事が少し分かりますし、とても良いあいさつだと思います」


 男の動きが一瞬だけ止まった。そして再び歩き出し、ポツリと小さな声で言った。


「……あいさつ代わりかよ」

「皆さんは違うんですか?」

「そりゃあ、もっと大切な人とやるべきもんだ」

「私は、皆さんを大切な人だと思ってますよ?」


 男は目を見開いてから、軽く嘆く。


「……ダメだこりゃ」


 モニカは首を軽くかしげた。

 男は軽くため息をつく。それから、やや大きな声で語り出した。


「そうだなあ。あいつのことなんだがなあ」


 あいつとは、ポニーテールの女性のことだろう。

 前から、村人たちのことを知りたかったモニカは、注意深く耳を立てた。

 風が強くなってきている。注意深く聞かないと、お互いの声が聞こえなくなってきた。


「あいつには、仲の良かった姉貴がいたんだ。んで、その姉貴ってのがな、姫さんと少し面影が似てるんだよ……」

「そうだったんですか……」

「ここまで付いてきたのは、それが理由かもなあ」


 モニカには、少し彼女の事が理解できた。無理して付いてきたのも、やたらモニカに関わろうとするのも、それが原因かもしれない。

 魔力を吸うのも半分程度に抑えようと思っていたが、あまりに抵抗がなかったのは、少し変だと思っていた。


「彼女の旦那さんは、何と言っているんですか?」

「あいつは、誰とも結婚しようとはしない」

「え?」


 男は渋々と言った表情で言葉を続ける。


「その姉貴ってのはな、子供を産む時に亡くなってしまったんだ」


 本格的に風が強くなってきた。山頂に近いかもしれない。

 周りの木々が焼けて倒れてしまったためか、風が直接吹き下ろしてくる。

 風に混じる雪が、モニカ達の体温を容赦なく奪っていく。


「そんなことが……」

「よくある話だ。子供を産むのも命がけだからな。だが、あいつは割り切れなかったようだ。男の真似事をするようになった」


 王宮では〈生命の精霊〉に詳しい専門家が出産に立ち会う。だから、命の危険性はそんなに多くない。

 各々の村にも専門家か、あるいは教育施設ぐらいあれば……。


「そんな、知りませんでした……」

「姫さんが気にすることじゃないさ。第一、姫さんはもっと追い詰められてるじゃないか」


 そうだった。

 モニカは、師匠アルヴィスの説得と魔法で、一方的に争いの外に飛ばされた。それ以来、何の情報もない。

 一族が生きていると良いが、ひょっとしたら、ダメかもしれないと薄々感じている。

 しかし、それでもたまに胸が張り裂けそうになるだけで、普段はあまり感じない。

 自分たちのことになると、途端に心が冷えていく。何故だろう?


「そうでしたね、自分でも不思議です」


 男があきれた様子だった。


「王族ってのは、皆そうなのか?」

「さあ、どうでしょう? 私は王族と言っても、末席ですからね。あまり一族の繁栄というものに、興味がないかもしれません」

「姫さん、なかなかどうして、面白いよな」

「そうなんですか?」

「ああ」


 男は笑った。モニカもつられて笑った。

 それから、口を開こうとした時、後方から叫び声が聞こえた。


「あれは何だ!」


 モニカはとっさに前を向いた。気がつけば、爆心地の中心の目の前まで来ていた。

 そして、その中心の上空に何かが浮かび上がっている。それを見たモニカは、驚きのあまり、開いた口が閉じられなかった。

 それは精霊だった。

 ただ、人より遥かに巨大だった。背中から真っ白な羽が4枚生えている。古来より「神」と称されることもある上位の精霊だ。

 人より強大な精神性と自我を持ち、支配されることはまず無い。

 魔法として使用する際も、使役するというより、術者がしもべとして伺いを立てる形となる。

 なのに、下級精霊のように暴走している。

 ……ありえない。


「バカな……そんな……こんな事、ありえません……」


 モニカはかろうじて、喉の奥から絞り出すように、つぶやいた。

 その瞬間、強風が吹き荒れた。

 もはや、立っているのがやっと。目もまともに開けていられない。気を抜くと吹き飛ばされそう。

 隣では、男が強風に目を細めながら、声をかけてきた。


「姫さん、あれは何だ!」


 呆然自失から我に返ったモニカは、風の音に負けずに言い返す。それでも声がわずかに震える。


「あれは……あれは……上位精霊……つまり〈狂える風の上位精霊〉ということになります!」


 モニカの焦りが伝染したのか、男の声にも余裕がないようにみえる。


「それは強いのか!」

「強いなんてものじゃありません! 大きな町一つ潰せるぐらいの能力はあります!」

「……冗談だろ!」

「冗談ではありません! 防風壕を作ります! 下がって下さい!」


 モニカは、村人たちが後ろに下がったことを確認してから〈地の中位精霊〉を呼び出した。


「〈地の中位精霊〉よ! 我の要請に応じ、風から守る盾を作れ!」


 目の前の大地がゆがむ。土が盛り上がり、空洞が空く。

 そして、半地下の洞窟が完成した。


「さあ! 中へ!」


 モニカは村人たちを誘導し、最後に飛び込んだ。


【11】


 防空壕の中は、外と比べると静かだ。急ぎの魔法だったので、それほど広くできなかった。お互いの肩が触れ合い、息づかいが肌で感じられる。

 遅れて飛び込んできた魔法の光で、村人たちの顔がぼんやりと見える。

 こうして見ると、初めに村を出発した時より、人数が四分の一以下になっている。数えると、一、二……八人しかいない。


「それで、これからどうすりゃあいいんだ」


 粗野な言葉遣いの男が、モニカの顔を見ながら言った。


「それは……」


 モニカは思わず目をそらし、口ごもってしまった。

 ……しまった。

 これでは、手だてはないと言っているようなものだ。自分も余裕がなくなってきている。

 ただ実際、まともに戦っても勝ち目はないと思える。

 どうしよう。

 どうするべきか。


「このままそっとしておけば、自然と治まるのではないでしょうか」


 今まで、会話に参加してこなかった赤髪の青年が、ポソリと提案した。優しげな風貌の青年だ。気を利かせてくれたのだろう。

 ただ彼の提案は、根拠のない、都合の良い予想だ。少々受け入れがたい。

 モニカが返答に悩んでいると、粗野な言葉遣いの男が、彼に言い返した。


「だけどよ、あんなのが村近くまで来たら、滅ぼされっちまうぞ。放っておけるかよ!」


 最悪、考えられる事ではある。

 ただ、それも可能性としては低そうだ。なぜなら暴走しているとはいえ、風の精霊はここから離れる様子はないからだ。

 風の精霊の属性の一つに〈自由〉がある。本来は束縛を嫌うはずなのに、一カ所に留まっているのには、何か理由があるはずだ。


「では、どうすればいいんですか! 近づくことすら困難じゃないですか!」


 赤髪の青年の言葉を皮切りに、村人たちの口論が始まってしまった。

 彼らの感情が、交差する。

 しかも議論は堂々巡りで、結論が出そうにはない。段々と雰囲気が剣呑になってきた。

 モニカは、彼らの主張を黙って聞きながら、悔しい思いを感じた。

 私が、不甲斐ないからだ。

 私が、不甲斐ないから、村人たちが言い合っている。

 私が、不甲斐ないから、ここにいる。

 私が、不甲斐ないから、師匠に逃がされた。

 それでは、いけない。

 私が、みんなを率いなくては。

 モニカは、口をゆっくりと開いた。


「……逃げるのは無しです」


 村人たちは議論をやめ、いっせいにモニカの方を向いた。幸い、皆はまだ聞く耳を持ってくれている。


「今年の初雪は例年より早い。違いますか?」


 村人たちは、互いに顔を見合わせた。彼らの顔には、その通りだと書かれていた。


「……そう言われてみれば、そうだな。いつもは、もうちょっと後のはずなんだが」

「そうですね、確かに。冬の準備が間に合っていない家もあるようです」

「それは……多分、あの〈狂える風の上位精霊〉がやったのだと思います。悪意はないとは思いますが……」


 村人たちは、何かを考えている様子だった。辺りは沈黙に包まれた。


「……ということは?」

「皆さんの考えている通りです。このまま放置しても、雪に村が埋まってしまうでしょう。だから、今ここで対決しなければなりません」

「何か、策は?」


 優しげな赤髪の青年が、おずおずと質問してくる。モニカは、彼の目を真っ直ぐ見つめながら答えた。


「正直に言います。まともにぶつかれば、勝ち目はないでしょう」


 青年の目に動揺が走った。

 モニカは間髪を入れずに、言葉を続ける。


「ですから、会話で精霊を鎮めます」

「……そんな事ができるのですか?」

「分かりません。ですが、村が生き残る手段は、これ以外に思いつきません」


 再び、村人たちは黙考を始める。モニカも頭の中で、少しずつ作戦を形にし始めていく。

 しばらくは外の山風の音だけが、聞こえてきた。

 そんな中、一番初めに沈黙を破ったのは、粗野な男の言葉だった。


「んじゃあ、それで行こうぜ。それしか方法はないんだろ、姫さんよ」

「はい」

「姫さんの判断力と魔法で、ここまで来れたんだ。今更、失敗しても文句言わねえよ。だよな、みんな?」


 そうだそうだと、村人たちは頷いてくれた。

 良かった。

 さっきまでの雰囲気は吹き飛んでしまった。モニカは、ほっと胸を撫で下ろした。


「んで、俺たちゃどうすりゃいいんだ。盾でも何でもやってやるぜ?」

「まず、あの上位精霊の気をそらさなければなりません。皆さんに精霊を操作して頂きます」


 誰かがゴクリと息を飲んだ。

 彼らは何の教育もなしに、魔法を駆使できる天才たちだ。きっとできるはず。


「私が〈地の上位精霊〉を呼び出したます。それを皆さんに維持してもらいます」


 どよめいた。


「ちょっと待ってください。僕たちに、そんなことできません」


 最初に反応したのは、火と光の精霊を使いこなしていた青年だ。彼が、この中で一番魔法に精通していると思われる。


「いえ、維持するだけなら、そんなに難しい知識は要りません。ただ、上級精霊は、維持するのにかなりの魔力を消費します。ですから……」


 男たちが、一斉に仰け反った。

 モニカは、びっくりして言葉を止める。


「お、おい……マジか……」

「そ、それだけは……」

「む、無理……」


 男たちは、口々に拒絶の言葉を口にする。恐らく、さっきのキスシーンが脳裏に浮かんでいるのだろう。

 ただ、どうして彼らがそこまで拒絶するのか、不思議に思う。

 男性同士のキスは、見てるとこう、胸がドキドキ! して、素敵だと思うのに。


「ひ、ひい……」

「あ、いえ……今回はキスでなくて、全員で輪になって手を繋ぎあって頂きます」


 まだ、村人たちは目が泳いでいる。


「いや、それも……」

「だが、これしか……」

「これなら、何とか……」


 あ、ひょっとして。

 上位精霊の扱いが初めてだから、それでためらっているのかもしれない。

 きっとそうだ。

 だったら、ここは勇気づけなくては!


「大丈夫ですよ、皆さん! 地の精霊には〈不動〉の属性があります。理を知らなくても、無心でさえいれば安定します! 皆さんの力だけが頼りです!」


 ……。

 ……。

 あ、あれ?

 彼らの反応は鈍かった。なんか思っていたのと違う。

 モニカは、少し目が泳いだ。

 村人たちは、キョトンとした顔で、モニカの顔を見つめている。そんな中、粗野な男だけが生暖かい目で見つめてきた。


「姫さん、まあ、そのなんだ。姫さんの世界がどんなものか、ちょっとわかったよ。だがな、無理すんな」


 ぽんぽんと肩を叩かれた。

 なんか慰められたらしい。

 そして、男たちがお互いに目配せをする。何やら情報交換しているらしいが、モニカには理解できなかった。


「あ、あの?」

「わかってる、わかってる。手を繋いで、円陣を組めばいいんだな」

「は、はい……そうですけど……」


 こう、何かモヤモヤするものを感じる。が、まあ納得してくれたらしいから良しとしよう。


「で、では、今からこの場に魔法陣を描きます。その線に沿って、陣を組んでください」

「おうよ」


 村人たちが、言われた通りに円陣を組んだ。

 そしてモニカは魔法の詠唱を始める。


「〈地の精霊〉よ。我は命ずる。ここに大地の神を降臨させよ。シンボルとなる大地の理をここに示す」


 詠唱と共に、足元から淡い緑色の光が広がっていった。そして、複雑な文様を大地に刻みつけていく。

 モニカは、さらに詠唱を続けていく。


「大地よ。万物の土台となる大地よ。汝の名は〈地の上位精霊(ガンダールヴ)〉。創世期に生まれ、今日まで万物のゆりかごとして、あり続けてきた。今ここに、汝のしもべが降臨を希望す。その理は不変、不動。我はその理を望む。今こそ大地の理を具現化し、現出したまえ」


 詠唱の終わりと共に、魔方陣が強く明滅し始めた。

 地面が揺れる。パラパラと土が降ってくる。


「おお……」


 村人たちが感嘆の声をあげる。

 大地が盛り上がり、防風壕ごと空へと持ち上げられていく。周りの景色が、上から下へと流れて行くのが見える。


「落ち着いて下さい。〈地の上位精霊〉の依り代として、土でできた大巨人を作り出しただけです」


 地響きが止まった。

 モニカたちの防風壕は、はるか上空に持ち上げられ、ちょうど、巨人の肩の辺りに収まった。

 

「なん……だ……これ……!」


 村人たちが、歯を食いしばっている。彼らの体表面から、白色の魔力が漏れ出しているのが見える。


「それは、魔方陣上にいる生命体から、強制的に魔力を吸い取る魔方陣です。吸い取った魔力は、全て〈地の上位精霊〉に流れるようになっています」

「そ、そうか……で、できれば、速く何とか……してほしいものだ……な」

「はい、それでは今から、あの精霊を鎮めに行ってきます!」

「た、頼んだ……」

「急いで終わらせてきます!」


 モニカは、駆け足で防風壕の外へと飛び出した。


【12】


 遥か上空に持ち上げられた大地に、モニカは一人で立っていた。土の巨人の首筋に体を預け、風の上位精霊を見つめている。

 本来であれば、強風が吹き荒れているのだが〈地の上位精霊〉の力により、その風は弱められている。

 さらにモニカの周囲にまとわりつかせている〈風の精霊〉によって、服が軽くはためく程度にまで抑えられていた。


「〈風の上位精霊〉よ! 我が声を聞きたまえ!」


 モニカは〈風の上位精霊〉に思念を飛ばした。だが、まともな返事は返って来ない。

 代わりに返ってきたのは、強烈な負の感情だった。


「ぐっ!」


 モニカは、精霊の負の感情に翻弄された。ここまで、精霊が感情的になるのは滅多にない。

 と同時に、自分の仮説が間違っていたことを認めざるを得なかった。


「この精霊は、誰かに召喚されたものだ……!」


 精霊を使役する場合、使役者の思念が直接精霊に伝わる。だから、使役者が強烈な感情を抱いていると、直接精霊たちに伝わっていく。

 ただ、かなり原始的な感情だ。今までの原始的な下位精霊では、精霊自体の原始的な感情と混ざり、気がつけなかった。

 モニカは精霊の感情を読み取り、単語に変換していく。


「これは……悲しい……怯え……寂しい……?」


 上位精霊が抱いている感情は、すなわち使役者の感情だ。これらの感情を解き放ってやれば、収まるかもしれない。


「〈風の上位精霊〉よ! 偉大なる貴方がなぜ、怯えているのですか!」


 これは、精霊との命がけの対話だ。

 嘘はつけない。失敗すれば、モニカも同じ感情に捕らわれ、発狂してしまうかもしれない。

 さらには、時間制限もある。村人たちの命がかかっている。

 モニカは改めて、身を引き締めた。


「貴方が怯える必要など、どこにもありません! 私に貴方の寂しさを教えてください! 全てを受け入れますから!」

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