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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
87/106

【90】

【7】


 〈狂える火の精霊〉の戦闘が始まってから、かなりの時間が経った。

 モニカは敵の攻撃を弾き、村人たちが、火の元を破壊して行く。魔法を使える者や武器を持つ者は〈火の精霊〉を切り裂く。ヤケドを負った者は〈水の中位精霊〉の力を借りて、治してから、再び戦闘に参加する。

 気がつけば、敵の数がほとんどいなくなっていた。


「これで最後だ!」


 村人たちが、最後の倒木を叩き潰す。彼らの服には、所々に焦げ跡や、ススがついていた。


「皆さん、御苦労さまでした。これで終わりです」


 モニカは精霊を送還しながら、村人たちを労った。村人たちは、歓声をあげる。

 既に日は沈みかけ、周囲に〈光の精霊(イルリヒト)〉による光球が漂っていた。村人が召喚したのだろう。

 青白い光に照らされて、互いに手当をしていた。


「少しの休憩の後、出発しましょう。今夜は休みなしです」

「あの」


 背後から、声がした。

 モニカが振り向くと、気の弱そうなポニーテールの女性がいた。初めから長期戦を経験した事で、少し怯えてしまったかもしれない。

 とりあえず、勇気を鼓舞しておくべきだろう。

 モニカは冷静な顔で、姿勢を正してから女性に尋ねた。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ。大したことではないのです。ただどうして、そんなに急ぐのでしょう? 姫様もお疲れではないでしょうか」


 確かに今の戦闘で、自分の魔法が一番目立ったかもしれない。

 しかし、自然の理を理解していれば、無駄のない最小限の力で、最大限の力を発揮できる。それほど、魔力は使っていない。

 だから、まだまだやれる。それよりも、村人たちの消耗の方が心配だ。

 モニカは、軽く微笑んでから答えた。


「私は大丈夫です。そうですね、確かに、貴女の言葉は一理あります。ただ、無理を押してでも強行しなければならない理由があります」


 モニカは言葉を切り、女性の様子を見た。彼女は、モニカの言葉を注意深く聞いてくれている。


「一つは、延焼が広がっているということです。火を完全に消し止めたわけではありません。このまま山が丸裸になっては、越冬用の薪がなくなってしまいます。ですから、一刻も早く原因を取り除かなければなりません」


 しばらくの沈黙の間を経て、女性が口を開いた。


「……わかりました」


 どうやら納得してくれたようだ。大げさかもしれないが、来年の村を考えると、今は真夜中でも強行しなければならない。


「すいませんでした、失礼します」


 質問してきた女性は、礼をしてから立ち去った。後ろに縛られたポニーテールの髪が、左右に揺れていた。

 モニカは、漠然と彼女の後ろ髪を見ながら、今後の事を考え始める。

 想像より、大変なことになりそうだ。即席の集団であるが、みんな付いてきてくれるだろうか。連携を取るためにも、彼らのことをできるだけ知っておきたい。


「姫さん、さっさと出発しましょうや」


 粗野な男が、話しかけてきた。

 気がつけば、村人たちは既に出発の準備は済ませていた。無傷、軽傷の者はそのまま残り、大怪我した者は既に帰る用意を終え、モニカの指示を待っていた。

 

「えーと、じゃあ怪我した人は、ベースキャンプに戻って連絡を。そのまま村に帰って、養生してくださいね」


 村人たちは子供ではない。危ないと思えば、帰るだけの分別はある。それでもあえて指示を飛ばすのは、モニカに全ての責任があることを確認する為の儀式のようなものだ。


「了解です」


 モニカは、黙って首を縦に振った。

 いつの間にか、集団のリーダーのようになっているが、それは生まれ持った身分の宿命だろう。ごく普通に受け入れるべきもので、特におかしい所はない。


「じゃあ、行きましょう」


 モニカは、ヴァスマイヤ村の有志たちを引き連れ、再び山を登り始めた。


【8】


 モニカ達はようやく、道程の半ば過ぎまでたどり着いた。周囲は完全に闇に落ち、魔法の光が行く手を照らし出している。

 薄明るい光の中に、異様な景色が目に入ってきた。


「なんだあ……こりゃ」


 村人たちも唖然とした様子で、足を止めた。

 モニカも驚きを隠しつつ、歩みを止めて周囲をよく観察する。

 一見すると、木が乱立しているかのように見える。しかしよく見ると、木でない。木の形をした土くれだ。暗いので、近くに来るまで気がつかなかった。


「姫様、これは一体何でしょうか?」


 気の弱そうなポニーテールの女性が、尋ねてきた。顔がやや青白い。

 ……どうして、わざわざついて来たのだろうか?

 とは、流石に口にはできない。

 だからモニカは、再び木の形をした土くれに視線を戻した。何か異質な物がちらりと見えた気がする。


「これは……」


 よく見ると、地の属性を示す緑色のオーラに混じって、土人形のような小人が顔を出した。

 これは……まさか。

 モニカはハッと我に返り、鋭い声を飛ばした。


「〈狂える地の精霊(マッドノーム)〉です! 皆さん、私の後ろに隠れて!」


 土くれの小人がニタァと笑ったような気がした。そして、木の影に隠れる。

 地面が揺れ始める。

 土の木が上からボロボロと崩れていく。

 土や小石が跳ね、頬に当たる。

 土特有の匂いが、鼻をくすぐる。

 今にも襲いかかってきそうだ。

 まずい。

 まずい。

 この状況はまずい。

 間に合うか?


「〈地の精霊(ノーム)〉よ! 我らを守れ!」


 モニカの求めに応じて、目の前の土が盛り上がる。そして、顔の高さまで積み上がった。

 間も無くモニカの〈地の壁(アースウォール)〉が完成した。と同時に、壁にドスッ、ドスッと鈍い音が響く。

 徐々にその頻度は増し、ついには雨のようにビシバシと土壁を激しく叩きつける。


「皆さん、絶対に私の後ろから出ないでください!」


 〈狂える地の精霊〉の放つ〈石弾(ストーンバレット)〉は、体に直接当たれば致命傷だ。まずは、敵の弾を消耗させなければならない。

 跳ね返しれなかった〈石弾〉が、上方へ弾かれ、はるか後方に落ちる。


「姫様! 後ろからも!」


 村人の悲鳴が、モニカの耳に届く。

 予想はしていた。この場は、地の属性場が強い。〈狂える地の精霊〉が背後でも発生したのだろう。


「後ろなら大丈夫! たいした事はできないはずです!」


 〈地の精霊〉の属性の一つに〈平坦化〉という物がある。高い所から低い所へ撃ち下ろすのは得意だが、低い所から高い所へ持ち上げるのは苦手だ。

 だから自分達より低い位置にいる〈狂える地の精霊〉には、まともな攻撃が行えない、はずだ。


「それよりも、迂闊に攻撃しに行かないで下さい! 遠くから攻撃するのです!」


 村人たちに指示を飛ばす間にも、前方の〈狂える地の精霊〉達は、石の雨を降らしてくる。

 自然の摂理に沿った攻撃は、威力が倍増する。今はまだ良いが、このままでは、より強力な攻撃に耐えられそうにない。


「姫さん、これでいいか!」


 モニカは、一瞬だけ背後に目を向ける。

 背後では、村人たちが地面の石を拾って、眼下の精霊達に投げつけていた。

 モニカは軽く笑った。

 こうして見ると、地の初級魔法の〈石弾〉は、ただの投石と大差がない。

 それでも、同じ地の属性である以上、単純な攻撃といえども効果がありそうだ。


「ええ、それで撃退できるはずです!」


 背後は問題なさそうだ。

 後は、目の前の〈石弾〉に注意を払うだけでいい。

 モニカは〈地の壁(アースウォール)〉を強化するべく、魔法の操作に専念し始める。

 その時、違和感を覚えた。


「うん……?」


 どうも、敵の弾の頻度が減っているような気がする。

 弾丸の石が尽きたのだろうか?

 いや。

 モニカは頭を振って、その考えを否定した。そんな都合良い事を想定しても意味がない。

 とにかく、やれる事をやるだけだ。思念を飛ばして〈地の精霊〉に綿密な設計図を提示し、壁を強化していく。

 ついに〈石弾〉の雨が止まった。代わりに、遠くから鈍い地響きが聞こえてくる。


「姫さん!」


 緊迫した声を反応して、モニカは顔を上げる。地響きの理由が、ようやく分かった。


「来る……!」


 莫大な量の土砂がモニカを目掛けて、山の斜面を下ってきた。物凄い速さだ。

 巨大な石が木をなぎ倒す。

 木が次々と飲み込まれて行く。

 土砂の音が激しい耳を叩く。

 ついに目の前に土石流が迫って来る。

 それは天まで届く壁のよう。


「〈地の精霊〉よ!」


 モニカはありったけの魔力を込め、壁を強化する。



 その時、土石流が〈地の壁〉を直撃した。

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