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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
86/106

【89】

【6】


 炭化した倒木の割れ目が、火を吹いた。そして、トカゲの形をした〈火の精霊(サラマンデル)〉が、何匹も這いずり出てきた。数はたくさん。数える余裕もない。

 その体は火そのもので、怒りで明滅している。口からは、火の舌がチロチロと見え隠れする。目は正気を失っていた。

 会話も支配もできそうにない。完全に暴走している。


「皆さん、〈狂える火の精霊マッドネスサラマンデル〉です。構えてください!」


 モニカは、警告を飛ばしながら〈沈黙詠唱(サイレントキャスト)〉を始める。

 風、水、火、地の精霊よ。我に力を貸したまえ。〈狂える火の精霊〉を、あるべき姿に戻すよう協力せよ。

 間も無く、精霊たちと思念が繋がった。すぐに、体内の〈魔力(マナ)〉を対価に召喚の手続きに入る。

 すると、周囲に〈四大精霊(メジャースピリッツ)〉の精霊球が現れた。四色の球が、モニカの身を守るように激しく動き回る。

 魔法を使える村人も、同じように精霊を召喚した。腕に自信のある村人は、木の棒や斧を構えてモニカの前に立つ。


「〈水の精霊(ウンディーネ)〉よ! 斧に宿り、直接に〈火の精霊(サラマンデル)〉怒りを収めよ!」


 モニカは、村人たちの武器に対して、水の属性付与をかけていく。

 水は、火に対して抑制する属性を持つ。すなわち、水と火が交わると互いに浄化、消滅し、水は風に、火は地に属性変換されるのだという。


「木の武器の方は、魔法付与できませんので、〈火の精霊(サラマンデル)〉の依り代である倒木を叩き潰してください! 精霊そのものに効果はありません!」


 自然の精神体たる精霊には、直接攻撃はあまり有効ではない。むしろ、その根元を断ち切ることが有効だ。ただし、場自体に火属性の偏りが見られる。

 キリがないかもしれない。


「どぅりぁあー!」


 掛け声と共に、斧を持った村人たちが精霊に襲いかかっていった。

 対する〈狂える火の精霊〉は、反撃として〈火の息(ファイアブレス)〉を村人たちに吹きかけていく。


「〈火の精霊〉よ! 火の息を反らせ!」


 モニカは〈火の息〉をかすらせるように、火の精霊球を飛ばした。すると、二つの火は融合し、渦を巻いて消え去っていった。

 火に限らず、基本的に同属性の精霊は混ざる。つまり二つの火は、一つとなって大きくなる。そこで、火に二つの相反する命令を混ぜ、自己消滅させた。


「貴方たちの身は、私が守ります!」


 モニカの言葉を聞いた村人たちは、戦いの雄叫びをあげる。そして、恐れずに〈狂える火の精霊〉に水の属性の武器を叩きつけた。

 精霊たちは苦悶の表情を見せながら、その姿形を消滅させていった。

 その様子に反応して〈狂える火の精霊〉が、次々と物陰から現れていく。前からだけでなく、横から、後ろからも出現した。


「姫!」


 誰かがモニカを呼んだ。囲まれて、気が動転したような声色だった。彼らは特に戦闘訓練を受けたわけでもない。当たり前のことだろう。


「恐れることはありません! 一つずつ、確実に潰していきましょう!」


 モニカは、男たちを鼓舞する。ここは、自分が彼らの精神の支柱にならねばならない。

 敵の〈火の息〉を打ち消しながら、作戦を考える。

 この場所は火の属性が強く、水の属性が弱い。よって、水の魔法を大規模に消費できそうにない。しかも、ほんの少しの波動で、新たな〈狂える火の精霊〉が自然に発生する。


「周りの倒木を叩き崩すことを優先してください!」


 モニカは、村人たちに指示を飛ばす。

 本来なら、ここから逃げることも可能だ。しかし、このまま放置していては、山火事が広がっていく。

 ベースキャンプに残った、モジャモジャ頭の木こりの言葉を思い出した。

 この山は村人にとって、薪を拾ってくる重要な生活圏でもある。事態は収束させないと、今後困ったことになるだろう。

 これはかなり長い戦闘になりそうだ。

 幸い、雪どけ水がある。かき集めれば、水の魔法を一回は使えるかもしれない。


「〈水の精霊(ウンディーネ)〉よ。互いに融合し、自我を持て」


 精霊の本体は、自然に峻別され、自然と融合した魂だ。

 同属性であれば、魂は容易に融合する。そして一定の塊になれば、自我を持つ。そうなれば〈中位精霊〉として、従来の精霊と異なる存在となる。


「〈水の中位精霊〉よ、我らの皮膚に水の膜を貼れ!」


 自我を持てば、複雑な挙動も自動的にやってくれるようになる。

 モニカの頭上に具現化した〈水の中位精霊〉は、自分の体内から水を取り出し、モニカたちの身の表面に薄い水の膜を貼った。


「おお」


 村人たちの一部が、中位魔法を始めて見たらしく、わずかにどよめいた。


「これで、多少の火を浴びても平気なはずです!」

「ありがてえ!」


 村人たちの動きが、より機敏なモノとなっていく。

 村人への説明は省いたが、この〈水の皮膚(ウォータースキン)〉は火を防ぐだけが目的ではない。

 〈火の精霊〉の一部は〈光の精霊〉の性質をもつ。火に炙られなくとも、火の光に長時間当てられるだけでヤケドを負ってしまう。

 長時間の戦闘には、必要な防御魔法だ。


「姫さん! これでいいのか!」


 先ほどの粗野な言葉使いの村人の声が聞こえた。

 その声に反応して振り向くと、彼らの足元には、グズグズに崩れ落ちた倒木の残骸が転がっていた。所々に赤い光が灯って、火がくすぶっている。


「ええ、それで結構です! 次の木もお願いします!」


 村人たちが、次の木に向かって行く。

 しかし、横から〈狂える火の精霊〉の〈火の息〉が、彼らを狙って撒き散らされた。


「危ない!」


 モニカはとっさに火を束ね、ねじり、鞭のようにして〈火の息〉をすくい上げた。

 火の勢いが殺しきれず、何人かの村人が火に炙られる。


「あっちぃ!」


 一人の村人が転げ回った。よく見ると〈水の皮膚(ウォータースキン)〉で防御しきれていなかった右足に、火がついていた。


「〈地の精霊(ノーム)〉よ!」


 モニカは、慌てて命令を飛ばす。

 周囲に待機させていた地の精霊球を彼の右足に飛ばし、土で右足を固めた。火は瞬く間に消え去った。


「ふー! ふー!」


 火は消えたが、興奮が今だ収まらない男が、荒い息をつく。この状態では、戦闘を続けるのは困難だろう。

 まだ、他にも怪我人が出るかもしれない。モニカは、全員に聞こえるように大声をあげた。


「怪我をした者は、私のそばに来てください! 私のそばなら、安全ですから!」

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