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炭化した倒木の割れ目が、火を吹いた。そして、トカゲの形をした〈火の精霊〉が、何匹も這いずり出てきた。数はたくさん。数える余裕もない。
その体は火そのもので、怒りで明滅している。口からは、火の舌がチロチロと見え隠れする。目は正気を失っていた。
会話も支配もできそうにない。完全に暴走している。
「皆さん、〈狂える火の精霊〉です。構えてください!」
モニカは、警告を飛ばしながら〈沈黙詠唱〉を始める。
風、水、火、地の精霊よ。我に力を貸したまえ。〈狂える火の精霊〉を、あるべき姿に戻すよう協力せよ。
間も無く、精霊たちと思念が繋がった。すぐに、体内の〈魔力〉を対価に召喚の手続きに入る。
すると、周囲に〈四大精霊〉の精霊球が現れた。四色の球が、モニカの身を守るように激しく動き回る。
魔法を使える村人も、同じように精霊を召喚した。腕に自信のある村人は、木の棒や斧を構えてモニカの前に立つ。
「〈水の精霊〉よ! 斧に宿り、直接に〈火の精霊〉怒りを収めよ!」
モニカは、村人たちの武器に対して、水の属性付与をかけていく。
水は、火に対して抑制する属性を持つ。すなわち、水と火が交わると互いに浄化、消滅し、水は風に、火は地に属性変換されるのだという。
「木の武器の方は、魔法付与できませんので、〈火の精霊〉の依り代である倒木を叩き潰してください! 精霊そのものに効果はありません!」
自然の精神体たる精霊には、直接攻撃はあまり有効ではない。むしろ、その根元を断ち切ることが有効だ。ただし、場自体に火属性の偏りが見られる。
キリがないかもしれない。
「どぅりぁあー!」
掛け声と共に、斧を持った村人たちが精霊に襲いかかっていった。
対する〈狂える火の精霊〉は、反撃として〈火の息〉を村人たちに吹きかけていく。
「〈火の精霊〉よ! 火の息を反らせ!」
モニカは〈火の息〉をかすらせるように、火の精霊球を飛ばした。すると、二つの火は融合し、渦を巻いて消え去っていった。
火に限らず、基本的に同属性の精霊は混ざる。つまり二つの火は、一つとなって大きくなる。そこで、火に二つの相反する命令を混ぜ、自己消滅させた。
「貴方たちの身は、私が守ります!」
モニカの言葉を聞いた村人たちは、戦いの雄叫びをあげる。そして、恐れずに〈狂える火の精霊〉に水の属性の武器を叩きつけた。
精霊たちは苦悶の表情を見せながら、その姿形を消滅させていった。
その様子に反応して〈狂える火の精霊〉が、次々と物陰から現れていく。前からだけでなく、横から、後ろからも出現した。
「姫!」
誰かがモニカを呼んだ。囲まれて、気が動転したような声色だった。彼らは特に戦闘訓練を受けたわけでもない。当たり前のことだろう。
「恐れることはありません! 一つずつ、確実に潰していきましょう!」
モニカは、男たちを鼓舞する。ここは、自分が彼らの精神の支柱にならねばならない。
敵の〈火の息〉を打ち消しながら、作戦を考える。
この場所は火の属性が強く、水の属性が弱い。よって、水の魔法を大規模に消費できそうにない。しかも、ほんの少しの波動で、新たな〈狂える火の精霊〉が自然に発生する。
「周りの倒木を叩き崩すことを優先してください!」
モニカは、村人たちに指示を飛ばす。
本来なら、ここから逃げることも可能だ。しかし、このまま放置していては、山火事が広がっていく。
ベースキャンプに残った、モジャモジャ頭の木こりの言葉を思い出した。
この山は村人にとって、薪を拾ってくる重要な生活圏でもある。事態は収束させないと、今後困ったことになるだろう。
これはかなり長い戦闘になりそうだ。
幸い、雪どけ水がある。かき集めれば、水の魔法を一回は使えるかもしれない。
「〈水の精霊〉よ。互いに融合し、自我を持て」
精霊の本体は、自然に峻別され、自然と融合した魂だ。
同属性であれば、魂は容易に融合する。そして一定の塊になれば、自我を持つ。そうなれば〈中位精霊〉として、従来の精霊と異なる存在となる。
「〈水の中位精霊〉よ、我らの皮膚に水の膜を貼れ!」
自我を持てば、複雑な挙動も自動的にやってくれるようになる。
モニカの頭上に具現化した〈水の中位精霊〉は、自分の体内から水を取り出し、モニカたちの身の表面に薄い水の膜を貼った。
「おお」
村人たちの一部が、中位魔法を始めて見たらしく、わずかにどよめいた。
「これで、多少の火を浴びても平気なはずです!」
「ありがてえ!」
村人たちの動きが、より機敏なモノとなっていく。
村人への説明は省いたが、この〈水の皮膚〉は火を防ぐだけが目的ではない。
〈火の精霊〉の一部は〈光の精霊〉の性質をもつ。火に炙られなくとも、火の光に長時間当てられるだけでヤケドを負ってしまう。
長時間の戦闘には、必要な防御魔法だ。
「姫さん! これでいいのか!」
先ほどの粗野な言葉使いの村人の声が聞こえた。
その声に反応して振り向くと、彼らの足元には、グズグズに崩れ落ちた倒木の残骸が転がっていた。所々に赤い光が灯って、火がくすぶっている。
「ええ、それで結構です! 次の木もお願いします!」
村人たちが、次の木に向かって行く。
しかし、横から〈狂える火の精霊〉の〈火の息〉が、彼らを狙って撒き散らされた。
「危ない!」
モニカはとっさに火を束ね、ねじり、鞭のようにして〈火の息〉をすくい上げた。
火の勢いが殺しきれず、何人かの村人が火に炙られる。
「あっちぃ!」
一人の村人が転げ回った。よく見ると〈水の皮膚〉で防御しきれていなかった右足に、火がついていた。
「〈地の精霊〉よ!」
モニカは、慌てて命令を飛ばす。
周囲に待機させていた地の精霊球を彼の右足に飛ばし、土で右足を固めた。火は瞬く間に消え去った。
「ふー! ふー!」
火は消えたが、興奮が今だ収まらない男が、荒い息をつく。この状態では、戦闘を続けるのは困難だろう。
まだ、他にも怪我人が出るかもしれない。モニカは、全員に聞こえるように大声をあげた。
「怪我をした者は、私のそばに来てください! 私のそばなら、安全ですから!」




