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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
85/106

【88】過去の邂逅(3)

【4】


 モニカは、雪除けの外套をまとい、降り積もる雪山を歩いている。村で募った力自慢の男たちがその後ろに続く。村長は、村で待機している。

 ふと、来た道を振り返れば、地面にうっすら積もった雪が、モニカたちの足跡によって乱されていた。


「どうかしましたか?」


 モニカのすぐ後ろにいた男が顔を上げた。


「あ、いえ、後どのくらいなのかと思いまして」

「そうですね、次の峰を越えれば、見えてくるはずです」


 先頭を歩くモジャモジャ頭の木こりが、代わりに返答してきた。

 モニカは思わず、ため息をついてつぶやいてしまった。


「思ったより、遠い……」

「……すいません」


 モジャモジャ頭は、肩をすくめて縮こまってしまった。どうも、咎めるような物言いになってしまったようだ。

 モニカは、慌てて口を閉じ、失言を訂正する。


「あ、謝らないでください。貴方と私で、少し感覚がずれていただけのことです。それだけ、貴方に体力があるということは、素晴らしいのですよ」

「……ハイ」


 また、やってしまった。

 王族や権力者の言葉は、常に大きく受け止められる。確かに、王宮では権力の末席に属するモニカには、遭遇する場面は少なかった。が、アルヴィス師匠からはちゃんと教育されていたのだから、気をつけて当然のはずなのに。

 モニカは密かに反省しながら、雪の積もった地面を、サクッサクッと歩み進めていく。


「あ、見えてきました」


 その声に、モニカは顔を上げた。そして、驚いた。


「え」


 山の影から見えてきた目的地は、遠目から見ても壮絶だった。山の斜面の半分が吹き飛び、所々土砂崩れが見られた。しかも、なぎ倒された木々が燃え、周囲では山火事が起きている。幸い、降雪のおかげで自然鎮火されつつあるようだ。


「なんてこと」


 モニカは絶句した。

 魔法でこれだけの事を起こすには、相当の魔力が必要だ。下手すると、暴走している可能性すらある。

 ここま着いてきてくれた村人は、全員魔法の才能があるが、こんなに大規模となると、かなり危険だと思われる。

 直属の部下たちですら、手に負えないかもしれない。偶然ではあったが、やはり自分が出てこないと対処できないと判断した。


「皆さん!」


 モニカは振り向いた。そして皆に聞こえるように、声を張り上げる。


「ここまでついてきて頂き、感謝しております。しかし、現場はかなり危険なようです。ですので、途中でベースキャンプを設置しようと思います。どなたか、その事を村に連絡して、応援を呼んできて頂けないでしょうか」


 モニカは、村人たちを見回した。

 各々が、武器や登山道具を持っている。しかし、ベースキャンプを築くほどのものは持っていなかった。


 村人たちは、ざわざわと騒ぎ出す。それから、お互いに顔を見合わせて、ヒソヒソと話をし始めている。

 誰が、村に連絡するかを決めているらしい。


「じゃあ、僕が行ってきます!」


 その時、隊列の一番後ろにいた青年が、手を挙げた。このチームの中では一番若手だ。

 村人たちは、一斉に振り返り、彼の顔を見る。


「では、そこの青年、よろしくお願いします!」


 モニカの声は、隊列の上を通って、青年の耳に届いた。


「はい! それでは行ってきます!」


 それから青年は、モニカに背を向け、登ってきた山道を駆け下りていく。みるみるうちにその姿は小さくなり、やがて木の影に消えていった。


「では、行きましょう」


 モニカは朗々とした声で、皆に呼びかけた。

 そして、再び歩き出す。


【5】


 モニカ達は、山奥へと歩いて行き、ついに爆発した斜面のすぐ近くまで来た。

 冬でも葉を保つはずの針葉樹は、火に煽られて真っ黒に炭化していた。いくつかの木は倒れて、もくもくと白い煙を立ち上らせている。

 周囲の雪は、溶けて所々水たまりを作っていた。明らかに異常だ。


「立ち止まってください」


 モニカの指示によって、全員の足が止まる。そして、村人達の視線がモニカに集まっていく。


「多分、ここが限界だと思われます。キャンプを作ってください」


 村人達が、周囲の邪魔な木を切り出した。シーツを広げ、木に縛り付ける。椅子を作る。鍋に水を入れる。

 手慣れた様子で、木の枝を集めていき、〈火の精霊〉に火をつけさせていく。


「おわっ!」


 村人達の仕事を眺めていたモニカの背中から、驚きの声が上がった。

 モニカは振り返った。


「どうかしましたか!」


 声をあげた男は、地面に尻もちをついていた。男の目の前には、木の枝が積み重ねられていた。


「突然、〈火の精霊(サラマンデル)〉が暴れ出したんだ。慌てて送り返したけど、何だったんだ」


 モニカは、精霊の色を見るべく目に魔力を集めていく。そして、周囲を見回した。

 すると、この山の周辺にいる精霊達が荒ぶっているのが見える。火の精霊の色、地の精霊の色、風の精霊の色、水の精霊の色が、複雑に絡み合い、異常に動き回っていた。

 つまり、精霊達が暴れている。この周囲で魔法を使うには、精霊を強く縛り付けないと暴走してしまうようだ。

 少し、近づきすぎたかもしれない。


「恐らく、この爆発の中心部にいる何かが原因で、精霊たちが荒ぶっているのです。魔法を使うなら、気を強く持って下さい。立てますか?」


 モニカは、尻もちをついている男に手を差し出す。


「あ、ああ」


 男はモニカの手をつかみ、起き上がった。そして、目をそらして、頬をかく。


「その……ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 モニカは、軽い笑顔を返した。

 彼は、あまり礼儀を気にしない性格のようだ。あまり、かしこまられても困るので、これぐらいがちょうど良い。

 モニカは、改めて全員に声をかけていく。


「皆さん。ここから先は、今の彼のように、精霊たちが暴走しやすい場となっています。精霊支配力に自信がある者だけ、私について来て下さい。自信がない者はここで待機です」


 村人達は騒ぎ出す。

 モニカは、彼らを見回しながら、どうだろう、と思った。見た感じ、ついてこれる村人たちは二割入れば良い方だろうか。

 この先は恐らく〈狂える精霊(マッドネススピリッツ)〉が襲ってくるだろう。この距離でこの暴走具合だと、中心部はどうなっているか、などと想像したくもない。

 モニカが、あれこれ考えているうちに、村人達の決意が決まったようだ。この場に立ち止まる者、モニカの周辺に集まる者と二つのグループに別れていた。


「皆さん、大丈夫ですか? この先は危険ですよ?」


 先ほど、尻もちをついた男が一歩前に出て来た。


「問題ない。姫さんの身を守るように村長からも言われてるしな。それに、さっきのが俺の実力だと思われても困る」


 他の村人達から笑いが半分、動揺が半分吹き出した。

 この男の言葉遣いは不遜ではないかという事なのだろう。モニカは全く気にしていないので、彼に守らなければならない。

 だから、口を開いた。


「ええ、楽しみにしております。今日の貴方は私の守護騎士ですね。よろしくお願いします」


 これで、彼に大っぴらに文句を言う者はいなくなるだろう。

 それでいい。本当に、全く気にしていないのだから。


「では準備ができ次第、出発します。残りの者は、ここで待機です」


 やがて、モニカは残りの精鋭を連れ、燃えた山の斜面を歩き出した。


【6】


 モニカは、周囲の警戒をしながら、隊列の先頭を歩いている。燃えて倒れた木が、行き先を阻み、なかなか前に進めない。


「いつ何どき、暴走した精霊に襲われるかわからないので、皆さんも警戒を怠らないでください」


 モニカは、背後に声をかけながら、慎重に倒木に手をかけた。木の表面はあまり焼けてないようだ。中で火が燻っているようで、木の表面が熱く感じる。


「さっきの〈火の精霊(サラマンデル)〉みたいのが、襲ってくるのかい?」

「ええ、そうです。ここまで火が燻ぶるようだと、召喚しなくても、精霊が自然発生します」


 倒木は問題ないと判断したモニカは、飛び上がって木の上に乗った。そして背後に振り返り、後をついてくるように、目で訴えた。

 その指示に従って、一人ずつ木を飛び越えていく。


「しかし、何でこんなに精霊が暴走するんでしょうか?」


 礼儀正しい別の男が、モニカに問いかけてきた。

 モニカに、頭の中で固まりつつある仮説をいくつか思い浮かべる。


「そうですね。理由はいくつか考えられます。一つは魔術師が精霊を召喚し、暴れろと命じた場合です。この場合、精霊は召喚した魔術師から全てを吸い付くし、殺します。その後も、周りを巻き込んで暴走していきます」


 礼儀正しい男が、ピクリと反応した。


「魔術師の自殺ですか?」

「そうなります。ですが、少し疑問点もあります。その場合、精霊は、術者の精神に影響を受けて行動します。しかし、ここの精霊たちに、人間らしい感情が感じられないのです」

「それでは……」


 モニカは、一番可能性の高い仮説を披露した。


「一番考えられるのは〈魔法具〉でしょう。精霊の理に反する作用を持たせた魔法具は、周囲に狂える精霊を自然発生させることがあります」


 モニカは、内心ビクビクしながら、燃えた木々の間を通り抜けた。

 この木々にもうすぐ〈火の精霊(サラマンデル)〉が自然発生するだろう。無駄な戦闘をしないように、今のうちに通り抜けなければ。


「〈魔法具(マジックアイテム)〉なら、話は簡単です。それを破壊すればいいのですから」

「そうなんですか?」

「ええ、木こりさんの話も考慮すると、その可能性が……」


 モニカは、会話を中断した。火の精霊が、近くの木に集まって行くのが感じられたからだ。


「敵が来ます!」


 警告を発した。

 村人達が戦闘体制に入る。

 やがてモニカの目の前に、三体の〈狂える火の精霊マッドネスサラマンデル〉が姿を現した。

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