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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
82/106

【85】過去の記憶(5)

【10】


 モニカは、侍女や護衛と共に転送室に案内されることになった。アルヴィスと共に、塔の通路を下って行く。

 ふとモニカは足を止め、後ろを振り返る。隊列の後ろでは、モニカに変化した使い魔クロが、侍女たちと雑談していた。

 侍女たちも、楽しそうに会話を交わす。


「モニカ様の小さい頃は、ぬいぐるみを抱えながら、泣いて……」

「ニャー! そんなことが!」

「そうそう、モニカ様の愛くるしさから、つい……」

「そんな! 意外な一面なのニャ!」

「それだけじゃないんです。実は……ハッ」


 侍女がモニカの視線に気がついた。慌てて、視線をそらし言葉を濁す。

 モニカは冷めた目で、彼女を見つめる。


「……何を、話していたのですか?」

「い、いえ! 何でもありません! その! ク、クロ様が、モニカ様の事を何でも知りたいと言うので!」

「そ、そうニャ! 変化だけでは真似しきれないのニャ。モニカ様の全てを知りたいのニャ!」

「け、決してモニカ様の事を悪く言っているわけでは! むしろ、モニカ様の素晴らしい所をですね!」


 モニカは溜め息をついた。二人の言い訳は続く。

 自分に似ているが、仕草や表情が全く異なるクロを見ていると、背中が痒くなる。自分にそっくりなのに、全く性格が違うのだ。違和感がぬぐいきれない。

 だが、クロは身代わりになってくれるのだ。多少の不満は、我慢しなければなるまい。


「……そうですか。どうやら、私の過剰反応だったようです。続けてください」

「は、はーいぃぃ」


 侍女のひっくり返った声が、返ってきた。それ以降は、ヒソヒソ声となった。

 モニカは歩き始めた。そして、口に手を当てながら悩む。

 ……おかしい。

 普段は、とても礼儀正しい侍女たちなので、こんな事をするはずがないのに。それだけ、クロは警戒心抱かせない性格をしている、ということなのだろうか。

 口がムズムズするのを我慢しながら、モニカは歩き続ける。


【11】


 しばらく歩いていくと、物陰から一人の少年が飛び出してきた。そして、モニカに向かって近づこうとしたところを、近衛兵に遮られた。


「姉さん! 姉さんは無事ですか!」


 少年は、近衛兵の腕をつかみながら、悲痛な表情で叫んでいる。

 モニカは、この少年の顔を今まで見たことがない。王族たるもの、王宮に務める者の主な顔は覚えているはずなので、最近、王宮に来た者だということがわかった。


「少年、落ち着きなさい」


 興奮している少年を落ち着けようと、モニカは努めて冷静に声をかけた。


「クレメンス」


 横からアルヴィスが、声を差し挟む。この少年はクレメンスというらしい。

 モニカは、アルヴィス師匠の顔を少し見てから、クレメンスに話しかける。師匠は、一歩下がった。


「クレメンス君、私はヴァスマイヤ系の王女モニカと申します。初めまして。まずはお互い、自己紹介しましょうかしら」


 ほんのりと柔らかい笑顔で、微笑みかけた。

 クレメンス少年の興奮は治まったらしく、近衛兵の腕を離した。そして、そっぽを向きながら、口を尖らせる。


「……僕は、クレメンス=アーレルスマイヤ。先月、村の教会からこっちに留学しに来たんだ」


 クレメンスの顔には、思春期特有のニキビが見られる。見たところ、十代前半だろうか。

 年下の少年が強がっている様子はとても微笑ましい。特に、王家の人間たるモニカには、とても新鮮に見えた。


「そうですか、よろしく」


 モニカは、白い手袋をはめた手を差し出した。クレメンスは恐る恐る、その手を握った。

 かなり落ち着いたようだ。

 モニカは、良い流れだと思い、言葉を続ける。


「それで貴方のお姉さまがどうかしたのですか?」


 クレメンス少年は、不承不承といった顔でポツリポツリと話し始めた。


「僕の姉さん、ファティマ姉さんは、去年、王家の人に、嫁いだんだ。それで、ファティマ姉さんは、無事かどうか、心配で心配で……」

「まあ」


 モニカは驚きの声をあげながら、人差し指を口に当て、記憶を呼び起こす。

 ファティマ王女と言えば、シャリオット王子の婚約者だ。そうなると、このクレメンス少年は、モニカの義兄の嫁の弟ということになる。つまり、親戚に当たる。

 しかし、モニカですら状況がよくつかめないまま、ここまで来たのだ。ファティマ王女の消息など、わかるはずもない。


「クレメンス君、申し訳ないけど、私にも分かりませんの」


 その言葉を聞いて、クレメンス少年はがっくりと肩を落とした。

 モニカははたと気がついた。多分、王女が塔に入ったと聞いて、彼は、モニカをファティマ王女と勘違いしたのだろう。

 悪いことをした。


「きっと大丈夫ですよ。私たち王家の人間は、とても厳しい訓練を受けているのです。多分、ファティマ王女も、戦場を渡り歩いているに違いありません」


 慰めてはみるものの、彼の元気は回復しない。モニカは、口を開こうとしたが、アルヴィス師匠が、それを目で差し止めた。

 状況が把握できるまで、逃げると決めたのだ。ここで残ると言い出したら、アルヴィス師匠を信頼していないことになってしまう。

 それは良くないことだ。


「クレメンス。君の気持ちはよく分かっている。私が今捜索中なのだから、少し待ちたまえ」

「……はい」


 クレメンス少年は、納得したようだ。通路の脇にどいて、沈黙した。モニカたちは、少年を尻目に、転送室へと歩いていった。


【11】


 ようやくたどり着いた転送室は、部屋全体に複雑な魔法回路が敷かれ、淡く光っていた。その中央には、大きな円陣が組まれ、稼働中であることがうかがわれた。

 アルヴィス師匠が、振り向いて言った。


「さて」


 一度言葉を切り、髭を撫でさすった。


「この人数は、少々多すぎる。一度に転送できるのは半分だろう。姫、人を半分に分けなさい」

「え……」


 モニカは戸惑った。

 常にそばにいるから侍女であり、近衛兵なのだ。二手に別れることになるなど、考えてもみなかった。


「それに、クロを本物に見せかけるためにも、周囲は本物で固める必要がある」


 確かに、それもそうだ。

 納得したモニカは、誰を残し、誰を連れて行くかを考え始めた。


「後で、残りも来て頂けるのですよね」

「もちろん。キリを見て、クロの変化を解く。その時に護衛はお返ししよう」


 なるほど、的を得ている。

 本物の逃亡と、偽物の逃亡の演出することによって、撹乱して追っ手をまくのが目的だろう。


「わかりました」


 モニカは、護衛を二手に分け始めた。そして、半分の護衛が、部屋の隅により、残りの半分が、モニカと共に、部屋の中央に立つ。


「では、転送するぞ」


 アルヴィス師匠は、魔法を唱え始めた。


「お願いします」


 魔法の完成と共に、淡い光が強く輝き始め、そして転送室の景色が消えさった。

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