【85】過去の記憶(5)
【10】
モニカは、侍女や護衛と共に転送室に案内されることになった。アルヴィスと共に、塔の通路を下って行く。
ふとモニカは足を止め、後ろを振り返る。隊列の後ろでは、モニカに変化した使い魔クロが、侍女たちと雑談していた。
侍女たちも、楽しそうに会話を交わす。
「モニカ様の小さい頃は、ぬいぐるみを抱えながら、泣いて……」
「ニャー! そんなことが!」
「そうそう、モニカ様の愛くるしさから、つい……」
「そんな! 意外な一面なのニャ!」
「それだけじゃないんです。実は……ハッ」
侍女がモニカの視線に気がついた。慌てて、視線をそらし言葉を濁す。
モニカは冷めた目で、彼女を見つめる。
「……何を、話していたのですか?」
「い、いえ! 何でもありません! その! ク、クロ様が、モニカ様の事を何でも知りたいと言うので!」
「そ、そうニャ! 変化だけでは真似しきれないのニャ。モニカ様の全てを知りたいのニャ!」
「け、決してモニカ様の事を悪く言っているわけでは! むしろ、モニカ様の素晴らしい所をですね!」
モニカは溜め息をついた。二人の言い訳は続く。
自分に似ているが、仕草や表情が全く異なるクロを見ていると、背中が痒くなる。自分にそっくりなのに、全く性格が違うのだ。違和感がぬぐいきれない。
だが、クロは身代わりになってくれるのだ。多少の不満は、我慢しなければなるまい。
「……そうですか。どうやら、私の過剰反応だったようです。続けてください」
「は、はーいぃぃ」
侍女のひっくり返った声が、返ってきた。それ以降は、ヒソヒソ声となった。
モニカは歩き始めた。そして、口に手を当てながら悩む。
……おかしい。
普段は、とても礼儀正しい侍女たちなので、こんな事をするはずがないのに。それだけ、クロは警戒心抱かせない性格をしている、ということなのだろうか。
口がムズムズするのを我慢しながら、モニカは歩き続ける。
【11】
しばらく歩いていくと、物陰から一人の少年が飛び出してきた。そして、モニカに向かって近づこうとしたところを、近衛兵に遮られた。
「姉さん! 姉さんは無事ですか!」
少年は、近衛兵の腕をつかみながら、悲痛な表情で叫んでいる。
モニカは、この少年の顔を今まで見たことがない。王族たるもの、王宮に務める者の主な顔は覚えているはずなので、最近、王宮に来た者だということがわかった。
「少年、落ち着きなさい」
興奮している少年を落ち着けようと、モニカは努めて冷静に声をかけた。
「クレメンス」
横からアルヴィスが、声を差し挟む。この少年はクレメンスというらしい。
モニカは、アルヴィス師匠の顔を少し見てから、クレメンスに話しかける。師匠は、一歩下がった。
「クレメンス君、私はヴァスマイヤ系の王女モニカと申します。初めまして。まずはお互い、自己紹介しましょうかしら」
ほんのりと柔らかい笑顔で、微笑みかけた。
クレメンス少年の興奮は治まったらしく、近衛兵の腕を離した。そして、そっぽを向きながら、口を尖らせる。
「……僕は、クレメンス=アーレルスマイヤ。先月、村の教会からこっちに留学しに来たんだ」
クレメンスの顔には、思春期特有のニキビが見られる。見たところ、十代前半だろうか。
年下の少年が強がっている様子はとても微笑ましい。特に、王家の人間たるモニカには、とても新鮮に見えた。
「そうですか、よろしく」
モニカは、白い手袋をはめた手を差し出した。クレメンスは恐る恐る、その手を握った。
かなり落ち着いたようだ。
モニカは、良い流れだと思い、言葉を続ける。
「それで貴方のお姉さまがどうかしたのですか?」
クレメンス少年は、不承不承といった顔でポツリポツリと話し始めた。
「僕の姉さん、ファティマ姉さんは、去年、王家の人に、嫁いだんだ。それで、ファティマ姉さんは、無事かどうか、心配で心配で……」
「まあ」
モニカは驚きの声をあげながら、人差し指を口に当て、記憶を呼び起こす。
ファティマ王女と言えば、シャリオット王子の婚約者だ。そうなると、このクレメンス少年は、モニカの義兄の嫁の弟ということになる。つまり、親戚に当たる。
しかし、モニカですら状況がよくつかめないまま、ここまで来たのだ。ファティマ王女の消息など、わかるはずもない。
「クレメンス君、申し訳ないけど、私にも分かりませんの」
その言葉を聞いて、クレメンス少年はがっくりと肩を落とした。
モニカははたと気がついた。多分、王女が塔に入ったと聞いて、彼は、モニカをファティマ王女と勘違いしたのだろう。
悪いことをした。
「きっと大丈夫ですよ。私たち王家の人間は、とても厳しい訓練を受けているのです。多分、ファティマ王女も、戦場を渡り歩いているに違いありません」
慰めてはみるものの、彼の元気は回復しない。モニカは、口を開こうとしたが、アルヴィス師匠が、それを目で差し止めた。
状況が把握できるまで、逃げると決めたのだ。ここで残ると言い出したら、アルヴィス師匠を信頼していないことになってしまう。
それは良くないことだ。
「クレメンス。君の気持ちはよく分かっている。私が今捜索中なのだから、少し待ちたまえ」
「……はい」
クレメンス少年は、納得したようだ。通路の脇にどいて、沈黙した。モニカたちは、少年を尻目に、転送室へと歩いていった。
【11】
ようやくたどり着いた転送室は、部屋全体に複雑な魔法回路が敷かれ、淡く光っていた。その中央には、大きな円陣が組まれ、稼働中であることがうかがわれた。
アルヴィス師匠が、振り向いて言った。
「さて」
一度言葉を切り、髭を撫でさすった。
「この人数は、少々多すぎる。一度に転送できるのは半分だろう。姫、人を半分に分けなさい」
「え……」
モニカは戸惑った。
常にそばにいるから侍女であり、近衛兵なのだ。二手に別れることになるなど、考えてもみなかった。
「それに、クロを本物に見せかけるためにも、周囲は本物で固める必要がある」
確かに、それもそうだ。
納得したモニカは、誰を残し、誰を連れて行くかを考え始めた。
「後で、残りも来て頂けるのですよね」
「もちろん。キリを見て、クロの変化を解く。その時に護衛はお返ししよう」
なるほど、的を得ている。
本物の逃亡と、偽物の逃亡の演出することによって、撹乱して追っ手をまくのが目的だろう。
「わかりました」
モニカは、護衛を二手に分け始めた。そして、半分の護衛が、部屋の隅により、残りの半分が、モニカと共に、部屋の中央に立つ。
「では、転送するぞ」
アルヴィス師匠は、魔法を唱え始めた。
「お願いします」
魔法の完成と共に、淡い光が強く輝き始め、そして転送室の景色が消えさった。




