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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
75/106

【78】25歳モニカ、目覚める日


「レベッカさん……」

「いや、いいんだ。忘れろ。じゃあ、また後でな」


 レベッカはモニカの前から立ち去っていった。


【15】


 知り合いに一通り声をかけ終えたモニカは、ひと息ついた。そろそろ儀式も終盤に差し掛かりつつある。締めの準備をしなければならない。

 ブリギッテを探さねば。

 人と人のスキマをぬうように歩き回る。そして、見つけた。ブリギッテは誰かと話をしているようだ。


「ブリギッテ!」

「あ、ご主人様」


 ブリギッテは振り向いた。話していた相手も一斉にモニカの方を向く。

 モニカは足を止め、言葉を失った。


「あ、あ……」

「あの時はご迷惑をおかけしました」


 見間違えようがない。

 モニカの屋敷の前の持ち主だったマルティナ=フルスベルグだった。貴族らしい柔らかな物腰と、穏やかな顔をしている。そして左右には、二人の従者を従えていた。男性の方はゼバスティアン、女性の方をリタという。

 モニカは、彼女たちを呼んだ記憶がない。驚きのあまり、声が出ない。


「あの、どうして……?」

「改めまして、私はマルティナ=フルスベルグと申します。一応、貴族の末席に所属しておりますが、皆さんの温情にて生き恥を晒しております。モニカさんには本当に感謝しております」

「あ、はい……」


 マルティナは優雅にお辞儀した。まるで憑き物が落ちたかのようだ。魔法の研究の為に人体実験した人物と同じとは信じられない。


「実はブリギッテとは、何度か手紙のやり取りをしていたのです」


 はい?

 モニカはブリギッテの顔を見た。どうにも気まずそうな様子をしている。

 その様子を見たマルティナが、手を口に当てて微苦笑した。


「ブリギッテを責めないでやって下さい。私が秘密にするようにお願いしたのですから」

「ど、どうしてですか?」

「その事については、私は謝らなければなりません」


 マルティナは悲しそうに顔を伏せる。その様子を察したゼバスティアンが、前に出てきた。


「一言で言ってしまえば、君を試したのさ」

「ゼバス」


 たった一言で、ゼバスティアンが後ろに下がった。マルティナの言葉には、有無を言わせない威圧感があった。


「これは私が言わなければならない事です」

「は、すいませんでした」


 マルティナはモニカに向き直ると、柔らかな声で言った。


「ですがゼバスの言う通りです。はっきり言えば、屋敷をすぐに手放すと思っていました。あれを維持をするには、それなりの収入が必要ですから。そうなるとブリギッテの事が心配で。ブリギッテの性格のこともありますし」


 確かにブリギッテはドジな事が多い。しかし、屋敷に関する引継ぎや財務については、彼女に頼るしかなかった。なんだかんだ言って、必要な人材だった。


「実は私、ブリギッテの父親と知り合いですの」


 モニカはブリギッテとマルティナの顔を交互に見る。ブリギッテは困ったような顔をしていたが、マルティナは気にせずに続ける。


「ブリギッテの父親は冒険者で、私が若い頃にお世話になった人なのです。ところがある日、大怪我をして動けなくなり、引退する事になってしまいました。そこで恩返しをしようと、私が彼女を雇ったのです」

「そうだったんですか……」

「はい、それで彼女を連れて行くわけにも行かず、さりとて放り出す訳にも行かず、モニカさんに託してみたのですが……」


 マルティナは一度言葉を切った。


「モニカさんには、そういう点でも感謝しております」

「あ、いえ、それほどでも……」


 モニカは奇妙な感覚に襲われた。貴族らしいオーラを放ちながら低姿勢な姿に、服従したくなる気持ちが芽生えてくる。少なくとも、敵には回したくない。

 これがカリスマなのか。


「それはそうと、カールのおじさまに聞いたのですが〈冒険者組合〉が崩壊の危機にあるそうですね」

「あ……」


 そうだった。

 マルティナの身分は、フルスベルグからの永久追放だった。その管理は〈冒険組合〉に任されている。だから、崩壊してしまった場合、彼女を止める者はいない。


「それだけではありません。フルスベルグ族内でも、何人か謎の死を遂げているそうです。幸い、私の身内は無事ですが」

「え……」

「そこで、カールのおじさまに相談したのですが、今度の戦いでは、私たちも参加することになりました」


 話が見えない。

 今度の戦い? 参加?


「ちょ、ちょっと待ってください! そんな話は聞いていません!」


 慌てて、モニカは顔の前で手を振った。

 マルティナが手の甲を口に当て、驚いたような素振りを見せる。


「まあ、そうでしたか。私はてっきり……いや、そうですか。わかりました。後でカールのおじさまに聞いてください」


 その意味深な言葉に、モニカは混乱した。人差し指を口にくわえて考える。

 カール達が、反乱を起こすかどうかの相談をしていたのは覚えている。それは確かだ。だが、実際にそんなことをやるはずがない。

 〈冒険組合〉のトップであるミヒェル組合長は「反乱を企てた罪」で裁判を受けているのだ。裁判は慎重に行われ、もはや年単位での戦いになっている。

 そこにカール達が実際に反乱を起こしたら、名実共にミヒェル組合長は犯罪者だ。間違いなく死刑になり、名誉を回復することすら叶わない。

 そうなると、今までモニカ達が努力してきた事が、全て無駄になる。はっきり言って愚策だとしか考えられない。


「あ、ご主人様、そろそろ時間でしたね。私たちが準備しますので、前に行ってください」


 ブリギッテが、能天気な声をかけてくる。

 モニカは思考を中断された。もうすぐ〈婚姻の儀〉が終わる時間であることを思い出した。


「ああ、うん。お願い」


 ブリギッテに促されて、高台の方へ向かう。見ればハインツの方も、用を済ませて既に高台に戻っていた。


「すいません」

「いや、大丈夫だ。今、指輪の準備をしてもらっている」


 高台に登って会場に向き直ると、いそいそとブリギッテが小箱を持ってやってきた。


「ご主人様、これを」


 モニカは小箱を受け取り、フタを開ける。小さな宝石が埋め込まれた銀の指輪が二つ入っていた。


「これは……」

「〈双子石の指輪〉というものだ。さあ手を出して」


 ハインツがモニカから一つ指輪を受け取った。そしてモニカの手を握り、そっと薬指にはめ込んだ。


「さあ、モニカも」


 モニカも、同じように指輪をハインツの薬指にはめこむ。

 会場から歓声が湧き上がった。

 アプト村の村長イルメラが宣言する。


「今、夫婦の誓いと証がかわされた。そしてここにいる多数の人間が証人となろう。これにて〈婚姻の儀〉は終わりとする」


 【16】


 儀式が終わると、なし崩し的にアプト村の祭りへと移行して行った。ハインツの隊に所属する冒険者たちは、飲めや歌えやの大騒ぎだ。村人たちも、滅多にないお祭り騒ぎに顔を緩ませている。フルスベルグ住民は、ここぞとばかりに商売と宣伝を始めている者もいた。

 モニカはそんな人たちを横目に、控え室に戻って行く。


「まあまあまあまあ、お疲れ様でしたわ」


 ハインツの母親とカトリンが待機していた。

 モニカは部屋に入った途端、ぐったりと疲れが出て足元がふらついた。その様子に慌てたカトリンが駆け寄り、モニカの体を支える。


「ご主人様、さあ脱ぎましょう」


 カトリンはモニカの背中に回り、ドレスに手をかけた。そのまま二人掛かりで脱がせていく。モニカはすっかり体を預けた。

 ふと、カトリンがつぶやく。


「ご主人様、その指輪、素敵ですね」

「カトリン、ありがと」


 モニカは素直に感謝の意を述べた。


「まあ、ハインツちゃんはそれを指輪にしたの」


 横からハインツの母親が、興味深そうに覗き込んできた。口元を緩ませつつ、脱がせる作業を続けている。


「あの、これは?」

「それね。〈双子石〉と言って、同じ種類の石を近づけると共鳴するのよ。結婚の指輪には定番の石なのよね」

「そうなんですか!」


 モニカは、試しに〈魔法感知(マジックセンス)〉を使って指輪を見てみた。わずかに魔法の光が見える。恐らく人工ではなく天然物だろう。

 この世の中に、こんな素敵なモノがあるなんて!


「ふふふふ」


 ハインツの母親が、おかしいといった様子で薄笑いしている。モニカは、不思議そうに彼女の顔を見つめた。


「でも、他の〈双子石〉とも反応するのよねー。夫と喧嘩する時の定番でもあるの。〈双子石〉は他の石にも共鳴するのよって。私は言ったことないですけど」


 ダメじゃん。

 しかも、さりげにノロけられた。


「どちらかというと、名前が縁起いいから定番なのよ。さ、足を上げてちょうだい」


 モニカは言われた通りに足を上げると、ドレスを完全に脱がされた。下着だけになる。


「さ、いつもの服に着替えていいのよ」

「はい、ありがとうございました」


 モニカは、いつものダブダブの普段着に着替え始めた。ほっとする。ドレスも悪くはないのだが、胸を締め付ける感じがよろしくない。

 あ、ドレスといえば。

 先ほどの儀式で、服装に関して、一言以上言及してくれたのは、ラルス以外にいなかった。「ザ・馬」の人に至ってはお祝いの言葉すらなかった気がする。

 がっかり。


「ご主人様、どうかしましたか?」

「いえ、何でもないの」


 モニカは壁におでこをつけながら、しばらくズーンと沈んだ。


「まあまあまあ、モニカさん。元気だしてくださいな。今頃みんなお祭り騒ぎですわ。モニカさんも参加してみてはいかが?」

「はい、そうします」


 すっかり着替え終えたモニカは、コクンとうなずく。

 そして、身支度を終えてから会場に向かった。全てを忘れて祭りを楽しんだ。


 【1】


 〈婚姻の儀〉を終えて、三日目の夜。

 モニカは一人、屋敷の門前で待っていた。秋空の真下で、白い息をもくもくと吐いている。

 空は雲一つない晴天だ。石畳で舗装された夜道を、月の光が明るく照らす。所々に配置されている〈街灯〉は既に消えていた。昼に貯めた〈光の精霊〉を吐き出しつくしたのだろう。

 その時、遠くから時計台の鐘の音が一回だけ聞こえた。日にちが変わった。たった今、約束の0時になった。

 道路の向こうから馬車が走ってくる音が、わずかに聞こえた。目を凝らしてもよく見えない。黒塗りのカゴ馬車だろうか。魔法による〈姿隠し(インビジブル)〉でもなさそうだ。それだと〈魔法感知マジックセンス〉を使える魔術師には、むしろ目立つから。

 まもなくモニカの目の前で、カゴ馬車が停まった。


「さあ」


 中から馬車の扉が開く。モニカは手すりに手をかけ、無言で乗り込んだ。


 【2】


 馬車内では〈吊るし灯〉がぼんやりと灯っている。それ以外はよく見えない。誰かがいる。男だ。

 モニカは光を頼りに、向かいに座っている男の顔を見る。


「カールさん……」

「うむ。だが、名前を呼ぶのは着いてからにしてくれ」

「はい、すいません」


 カールは、彫りの深い険しい顔をしていた。


「それでどこへ?」

「前に、紋章について調べる、という話があったろう」

「……はい」

「その紋章について、よく知っている人が見つかったのでな。その人の所に行く」


 モニカは、胸から〈身分証明板〉を取り出した。鎖がカチリと鳴り〈吊るし灯〉の光を鈍く反射している。板の片隅に印字されている紋章をなでた。

 話せる事はほとんどない。馬車の揺れる振動と沈黙だけが聞こえてくる。遠くで、犬の遠吠えが聞こえた。

 モニカは〈人狼〉に噛まれた事を思い出し、体が震えた。彼らは〈狂狼病(レイヴィーズ)〉という病気を持っている。噛まれると、頭がおかしくなって、死ぬ。

 コルがいなかったら、今頃ここにはいなかっただろう。


「なあ」


 カールが話しかけてきた。


「はい」

「嬢ちゃんには、色々と世話になった」

「いえ、こちらこそ」


 突然、何を言い出すのだろう。不気味だ。


「嬢ちゃんは、何があっても変わらない自信があるか?」


 質問の意図がつかめない。

 自分が変わったと思えたのは、エリーの遺体を故郷に送り届けた時だろう。滅多に笑えなくなってしまった。もう一つはロスヴィータに、感情を交えた説教をされた時だろう。今まで、自分の周りの事しか考えられなかった。あれで世界が広がったような気がする。

 いや、世界が見えるようになった、と言うべきか。


「わかりません」

「そうか」


 カールは、再び口を閉ざした。

 モニカも疑問には思いつつ、口には出さない。


「自分の起源が分からないというのは、どんな気分だろうか」

「……よくわかりません」

「……俺は、自分の親父の事を知ってる。そのまた祖父の事もだ。そして血の近しい族が今までどう生きて、やってきた事もだ。だから、この血を絶やさないように未来に繋げて行かなくてはならない。そして、先祖に恥ずかしくない行動をするよう心がけているつもりだ。それが、一般に犯罪とされる行動でも、だ」


 似合わない。

 カールはもっと飄々とした「おっちゃん」であるはずだ。


「やめてください」

「……すまん」


 カールはカゴ馬車の窓を少し開けた。風を顔に当てながら、外の景色を見ている。

 モニカは黙って、その様子を見つめている。

 しばらくして、その視線に気がついたカールは苦笑いをして窓を閉じた。


「そろそろだ。出る支度をしてくれ」


 間もなくして、馬車は停止した。カールの手で扉が開かれる。


【3】


 何処かの厩舎の中だった。場所は分からない。

 屋根近くに据え付けられた窓から、月の光が差し込んでいた。格子状に広がる光の帯が、建物の中を点々と照らす。


「来たか」


 暗闇の向こうから人影が二人現れた。

 顔はよく見えない。


「あの、どなたでしょうか?」

「その前に、貴女の名前を確認したい」


 モニカは少し不満に思ったが、自分の名を名乗る。


「……モニカ=アーレルスマイヤ」

「〈身分証明板〉を」


 渋々ながらも首から〈身分証明板〉を外し、背後の方に居た男の手に渡した。それを確かめた後、さらにもう一人の男に手渡した。そして確認作業を始める。時折二人でヒソヒソと話し合っている。


「良かろう。間違いない」


 前にいた男が、数歩近づく。顔が月明かりに照らされる。その顔は、初老ながらも凛々しく、貴族然とした顔付きだった。


「度々の無礼をお詫び申し上げる」


 男は優雅な動きで謝罪の意を示す。手の動きに合わせ、マントがひるがえる。


「我が輩の名はジークフリート=フルスベルグ。北部の〈冒険者組合〉の長をやっている。以後、お見知りおきを」

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