【77】25歳モニカ、結婚する(3)
【7】
「よう、モニカ嬢」
「カールさん」
モニカに一番初めに話しかけて来たのは、カール=クプファーだった。
彼と初めて出会ったのは〈冒険者組合〉の受付だ。不精ヒゲをさすりながら、ダラダラとしていたのが印象に残っている。当時は『おっちゃん』の名で親しまれていた。しかし、実は組合の人事を一手に扱うエラい人だった、というのは後になって知った。また、趣味は作詩と乗馬らしい。
「おめでとう。今日は難しいこと言うのは、なしだ」
「はい」
モニカはドレスのスソを摘まみながら、軽くお辞儀をして、立ち去ろうとした。積もる話もあるが、他の人とも話をしなければならない。まずは全員と顔を合わせたい。
するとカールの背中から、彼によく似た少年が顔を出した。
「ねーちゃん!」
「あ、ラルス君」
ラルス=クプファーはカールの息子だ。一応〈冒険者組合〉に属している。数年前、共に〈依頼〉をこなした年下の少年である。まだまだ精神的には未熟だったが、剣の扱いは格上にも劣らない腕前だった。性格が合わなかったのか、珍しくコルが毛嫌いしていたのが印象に残っている。
「すげー、きれー」
ラルスは、ほうけたようにポカンと口を開けたまま感想を述べてくれた。
これだ。こういう反応を期待していたのだ。
モニカは背筋がゾクゾクするのを感じながら、微笑んだ。
「ありがと」
「あ……うん」
カールがその様子を見て、話しかけてきた。
「あの時は、息子を無理やり押し付けてすまなかったな」
「あ、いいんです。こちらも貴重な体験をさせていただきました」
「そう言ってくれると助かる。皆に顔を合わせるんだろう。さあ、行きなさい」
「はい」
モニカは丁重にお礼をしてから、その場を立ち去った。
会場全体を見回す。近くから順々に話しかけていけば良いだろう。まずは一番近くのテーブルに向かう。
【8】
「あ、宿屋の……」
「やあモニカさん。おめでとうございます」
モニカが初めてフルスベルグに来た頃に、お世話になった宿屋の主人だった。数年単位での付き合いだったので、お互い顔をよく知っている。
フルスベルグの宿屋は〈冒険者組合〉と協力関係にあるそうだ。外から来た冒険者志望の人間を格安で泊めつつ、彼らの動向や状況を報告するという決まりとなっていたそうだ。異邦人は犯罪を犯しやすいので、治安対策の一貫らしい。
「宿の方は大丈夫ですか?」
「うーん、あまり良くないね」
宿屋の主人は困ったように言った。
「えっ、大丈夫ですか?」
「いやね、フルスベルグで争いが起きているんじゃないかって悪評が立ってしまってね。あまり新規の冒険者が来ないんだ」
「そんな……」
「それに、ガイドブックの廃止も大きかったなあ」
ガイドブックは、フルスベルグへの旅行案内だけでなく、冒険者になるための手順も書かれていた。モニカもそのガイドブックに沿って街中を歩き回り、冒険者になったのだ。
「あ、そうだ。家内がモニカさんによろしくと言ってましたよ。たまには、うちの温泉に遊びに来て欲しいと」
宿屋の温泉には、色々と思い出がある。混浴の時間に入ってしまい、男の酔っ払いと鉢合わせしてしまったこともある。今となってはいい思い出だ。
「はい、機会があれば是非」
モニカは微笑み、ドレスのすそを摘まんでお辞儀した。宿屋の主人も笑顔で手を振った。
「それでは」
「では」
【9】
モニカは次の相手を探そうとすると、すぐ近くに居た顔見知りの女性の図書館員と目が合った。軽く会釈をしながら、彼女の元へと向かう。
「おめでと」
「はい、ありがとうございます」
モニカは改めてドレスのスソをつまみ、お辞儀した。
彼女は、モニカがフルスベルグに初めて来た時から、図書館で一緒に働いていた。そして、フルスベルグの情報を統括する〈貸本組合〉に属している女性でもある。
〈貸本組合〉の〈組合長〉は、権力者ヒエロニムス=フルスベルグであり〈冒険者組合〉の次に大きい組織だ。ゆえに、今だに高い独自性と中立を保っている。
「貴女の事は秘密にしておいてあるわよ」
彼女はワインの入ったグラスを振りながら言った。その仕草はとても妖艶だ。モニカは、昔から密かに憧れていた。
「はい、ありがとうございます」
「そんなに気にする事はないわ。私は貴女の事が気に入ったの」
「本当に感謝しています」
「いいって、いいって。貴女が勉強熱心なのは、私がよく知ってる。本が好きな人に悪い人はいないわ」
「はい、あの時は本当にありがとうございました」
まだモニカの身分が低い時に、特別に貴重な本を見せてもらったり、色々と守ってもらったことがある。それがきっかけで、魔法の知識を次々と吸収していくことが出来た。彼女がいなければ、モニカの魔法の知識は低いままだっただろう。
「あいつらをやっつけるなら応援するよ。あいつら、都合の悪い歴史の本を燃やせって言ってきたの」
珍しく、薄紅色の唇を怒りに震わせていた。あいつらというのは、恐らく〈仮面の魔術師〉と、その配下〈白銀の騎士団〉の事だろう。
「何ですって?」
「どうもこうもないわよ。あの騎士だか何だか知らないけど、中央図書館にズカズカと入り込んで来て、いくつかの本を奪って行ったのよ」
「そんな事が……」
「貴女の所もメチャクチャにされてるって聞いたわよ。ミヒェル伯爵でしたっけ。彼が反乱を起こしただなんてナンセンスよ! あんなの絶対、嘘に決まっている!」
普段、温厚な彼女が声を荒げている。モニカは驚いた。それと共に元気をもらった。自分たちのやっている事は悪い事ではないと自信が持てた。
「ええ、その通りです。罠にかけられたのです」
「その意気よ。私からもお願いするわ。あいつらをやっつけて!」
モニカは無言でうなずいた。
「さあ行って。貴女は多分、色んな人に好かれる運命にあるの。きっと皆が助けてくれるわよ」
「はい」
モニカは丁重にお辞儀をしてから、彼女の前を立ち去った。
【10】
次の人を探すべく辺りを見回すと、今度は、パリッと身だしなみを整えた老年の男性が近寄って来た。そして、礼儀正しい会釈をかわす。
「やあ、モニカさん。この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
この老年の男性は、モニカの製薬のお得意様のうちの一人である。フルスベルグ内に店を構えて薬を販売している。
元々はイル先生の人脈だったのだが、死ぬ前に全てを託された。おかげでモニカは若くして、お金に困る事はなくなった。ただ、お得意様の高度な要求に答え続けるのは、かなり大変だった。
「イルムヒルデ女史は、とんでもない後継者を残されていきましたなあ」
「いえ、そんな……」
礼儀正しい老人は、顔をくしゃくしゃにしてほろこばせた。
モニカは、ここまで真っ直ぐに褒められると対応しきれない。モニカは頭を下げ、顔を赤らめた。
「いえいえ、本当ですとも。モニカさんの薬は質が良い。今後ともお付き合いをお願いしたい所です」
「は、はい、ありがとうございます」
「何より〈飲み薬〉を〈粉薬〉にするという発想が素晴らしい。しかもそれを実現してしまうとは。おかげ様で保管が大変楽になりました。お客さんにも大好評です。あれは独自に開発したもので?」
「あ、いえ。外国の商人が持ってきたモノを参考に、作ってみました」
「そうでしたか。おかげさまで私の店も繁盛しましてね。真似をしようとする薬師もいるようです」
「そうなのですか」
モニカも真似をして作ったから、特に文句も言う事でもない。老人は話好きらしく、色々と興味深い話を続けてくれた。ただ適当に相槌を打つ。
「では、今後ともごひいきにお願いします」
「はい、こちらこそ」
老年の男性は立ち去って行った。
モニカはその後ろ姿を見送り、次の話し相手を探し始めた。
【11】
背後から若い女性の声に話しかけられた。
「あー、モニカさんですよね。ぜひ、お礼を言わせてください」
モニカは振り返った。目がくりくりとした可愛らしい女性だった。どこかで見た記憶があるが、思い出せない。自分が手紙を書いたのだから、知っているはずだ。会話を続けながら、一生懸命思い出す。
「うちの父がとても喜んでいました。感謝していますって」
「そう……ですか、それは、良かったです」
笑顔で返しながら、内心は焦りっぱなしだ。
マジで誰だろう。父親……父親……?
「おかげさまで、お店が立て直せました。本当にありがとうございました」
「そ、そう。えーと、私って、最後に行ったのいつでしたっけ……」
言葉につっかえながらも、モニカはできるだけ違和感のないように質問した。女性は首を傾げながらも、ウンウンと思い出すそぶりを見せる。
「えーと、先週だったと思います。若い〈侍女〉さんが来て頂きました。」
あー。
モニカは完全に思い出した。彼女は〈ビンダーナーゲル〉のクッキー屋の看板娘だ。服装が全く違うから気がつかなかった。
この店は昔は、ただのクッキーだけではなく、色々な物を混ぜてお菓子として販売していた。
モニカお気に入りのお店で、昔から事あるごとに買い物しに行っていた。ところが内戦が始まり、街道が封鎖されて、小麦粉などの材料が値段が跳ね上がると、娯楽としてのお菓子はなかなか売れなくなり、経営が傾いた。その話を聞いたモニカは、お金を貸し、お菓子としてではなく、非常食として販売するように助言した。保存の効くように工夫を凝らすと、市民の危機感もあって飛ぶように売れ始めた。
モニカも大量に購入し、非常食として〈転移門〉の中に備蓄している。
「いえ、昔から貴女のお店の味が好きだったのですよ。当然の事です」
「本当にありがとうございました。モニカさんは命の恩人です」
クッキー店の看板娘は、ぺこぺこと頭を下げた。お店が潰れるとなれば、彼女はどこかに奉公することになっただろう。治安も悪化しつつある中、酷い扱いをする所もないと言い切れない。
「そんな頭を下げないでください。困ります」
彼女は自分と同年代の女性だ。こんな事情がなければ、もっと和気あいあいとした会話をしていてもおかしくはない。
モニカはどうしても、こそばゆい。もっと親しみをこめて、話しかけてきて欲しいと思う。
「いえ、そういうわけにもいきません」
これは困った。
いっそのこと、呼び捨てにしてくれて構わない、砕けた調子で話しかけて欲しいとお願いした。彼女はひどく戸惑っていた。
モニカはそそくさとその場から立ち去り、次の相手を探す。
【12】
「モニカさん、お元気ですか?」
今度は、立派な服装をした壮年の男性が話しかけてきた。その服には馬の刺繍が描かれ、しかも、でかでかと「ザ・馬」と書かれている。
うん、今度は間違いない。
変態だ。
じゃなかった、厩舎の所長だ。
彼は元々、馬を扱う商人である。一応〈乗馬組合〉に属しているらしい。ただ極めて弱小な組合で、同好会の域を出ていない。
何故なら馬は扱いが難しく、売るのが難しいこと。また買う相手もかなり限られる。何よりもフルスベルグは水の都市なので、流通は水路で済む事が多い。
ただし〈冒険者組合〉と提携しており、希望する冒険者には、乗馬の技術を教えたり、馬を販売しているようだ。
モニカ達は、カールの甘い言葉に乗せられて、大金を払って乗馬の技術を獲得した。しかし後になって、そんな冒険者は二割程度に過ぎないと知り、ガックリと肩を落としたものだ。
でも馬が可愛かったので、許す。
「ええ、大丈夫ですよ」
「まさか、私が呼ばれるとは思いませんでしたよ」
「そんなことはありませんよ。うちの子はどうなっていますか?」
モニカは、騎乗技能を習得した際に、目がパッチリとした黒毛の馬を購入した。その特徴からブラックアイと名付け、可愛がっていたが、移動の途中で怪我をして、走れなくなってしまった。そこで治療を目的に、彼に預けたのだ。
「ブラックアイなら治りましたよ」
「本当ですか!」
「蹄鉄が問題でしたね。微調整を加えたら元気に走り回るようになりました。もう、完全に立ち直ったので、屋敷の方に送りましょう」
「ぜひ!」
モニカは、つい大声で返事をする。良い知らせに胸が踊った。
気をよくした所長は、ペラペラと言葉を続ける。
「どうでしょう。今度は蹄鉄の扱い方を教えて差し上げましょうか? 知っておけば、馬の世話や治療もかなり役立つでしょう。ああ、多少、小道具を買っていただくことになりますが、お安くしておき」
「いえ、結構です」
モニカは笑顔で会話を遮った。
彼は馬の事になると饒舌になる。しかも話が長い。嫌いな人ではないが、扱いを間違えると大変な事になる。
「そうですか。残念……」
所長はガックリと肩を落とし、悲しそうにしている。これではまるで、こっちが悪者のようだ。
「え、えと。さ、最近どうしても、時間が取れなくて……。時間が取れた時には、是非お願いしますね」
「……そうでしたか。それなら、しょうがありませんね」
「はい。まだ、他にも顔を合わせたい人が居ますので、これで失礼しますね」
モニカは、返事を待たずに逃げたした。
【13】
息を切らせつつ辺りを見回すと、男女一組の夫婦が、目を丸くしていた。しかし、すぐに気を取り直したようで、話しかけてきた。
「モニカさん、おめでとうございます。……どうしたんですか?」
「モニカ、おめでと」
「あ、ヘルムートさんと、ナターリエさん。……何でもないです」
夫の方はヘルムート=デマンティウス、妻の方をナターリエという。
彼らは学術院の〈鉱石学部〉に所属する研究員だ。新しい鉱石を見つけては使い道を研究したり、武器の原料として提供するのが仕事だ。しかしヘルムートの知識は、鉱石だけでなく、魔法や水質、機械など、幅広く人並外れた知識を持つ。そしてナターリエも、彼をよく助けている。
どちらも貴族のように華やかな服装で、周囲から良い意味で浮いている。特にナターリエは、その赤髪に合わせた黒い服装の胸元で、赤ちゃんを抱いていた。
「うわ、生まれたんですか」
「うん、生まれた」
モニカは赤ちゃんを覗き込んだ。すやすやと寝ている。ほっぺたをツンツンすると、ぷにぷにと柔らかい感触が返ってきた。
可愛い。
その様子を見ながら、ヘルムートが尋ねてきた。
「〈天の精霊〉の件はどうなっていますか?」
「うーん、それが……」
モニカは手を引っ込め、言葉を濁した。
ヘルムートの依頼で、新しく発見された〈天の精霊〉についての調査をしている。しかし、成果はまだ出ていない。
「そんなに慌てる内容でもありませんので、ゆっくりやって下さい」
モニカは内心悔しい思いをした。
わかっている事は〈天の精霊〉は〈地の精霊〉の兄弟であり、お互いの属性は相反するようで似ていることだ。
その為に、最近〈地の中位精霊〉と契約した。中位以上の精霊は自我を持つ為、話しかければ、何かの手がかりが得られると期待している。
「いえ、手がかりはあるのです。もう少しで何とかなると思います」
「はい、期待しております」
丁度その時、赤ちゃんが起き出し、大声で泣きわめいた。ナターリエが慌てたように、ヘルムートに目を向ける。
「ヘル、多分、お乳」
「そうですね、急ぎましょう」
ヘルムートはモニカの方に向き直った。
「それではモニカさん、少々失礼させて頂きます」
二人は返事を待たずに、建物の方に歩いて行った。きっと、お乳をあげるのだろう。
モニカはその後ろ姿を見つめ続けた。
【14】
「よう。ついにやったな」
「……レベッカさん」
モニカは振り向き、視線を下に向けた。そこには幼女が見上げていた。
「イルの奴も喜んでいるだろ」
この言葉が悪い幼女は、レベッカ=ダウムという。独身。〈生命の精霊〉の魔法で、見かけだけ若く見せている。実年齢は五十を超えていると思われるが、詳細は不明。趣味はハーブティーを集める事だ。
また、モニカの義妹であるコルネリア=アーレルスマイヤの元保護者であり、師匠でもある。フルスベルグで治療院を開いている。モニカも何度か助けられている、命の恩人だ。
モニカの師匠であるイルムヒルデ=デマンティウスとも知り合いだったらしい。前に、その事を匂わせる発言をしていたのが気になっていた。
「レベッカさん、イル先生とはどんな間柄だったんですか?」
その言葉に、レベッカは微かに舌打ちをして横を向いた。しかし、すぐに元に戻る。
「……イルの旦那の事は知ってるか?」
「いえ……何も……?」
モニカは首をひねる。イル先生は死ぬまで、自分の事を一切話す事はなかった。ヘルムートという孫がいるのだから、旦那がいるのは当然の話だ。
「ヴォルフラム……ヴォルも冒険者でな。冒険者クラスAのすごい奴だった。そして〈黒き狼〉という団体を率いていたんだ」
レベッカは、辛そうに言葉を続ける。
モニカは黙って次を促す。
「オレはそこに属していたんだ。そして、あいつらを嫌というほど治療した」
モニカは納得した。レベッカが驚異的な〈治癒士〉技能を持つ理由の一つが垣間見えた気がした。
「オレは……ヴォルの事が好きだった……」
モニカは、何も言えなかった。レベッカは、少し顔を伏せた。
「だが奴はオレでなく、イルを選んだ。それだけの事だ」
レベッカが顔を上げた時、既に無表情だった。
「まあ、そういう関係なのさ。今は吹っ切れている。コルを託す相手を探してもらう程度にはな」




