【76】25歳モニカ、結婚する(2)
【4】
〈婚姻の儀〉の前夜。
モニカは、アプト村の宿の一室を借りて休んでいた。木窓の枠からは、午後の太陽が見受けられた。鳥のさえずりが時々聞こえる。
部屋には誰もいない。今は新婦の部屋として、モニカが一人で利用している。
「まさか、こうなるとは思わなかったなあ」
元々アプト村は、穀倉地帯とフルスベルグを結ぶ街道沿いに立地していた。都市に食料を運ぶ商人が必ず通るため、重要な中継地点として栄えた。しかし約二年ほど前に、フルスベルグの元冒険者フェリクスが、盗賊まがいの活動を始める。そこでハインツはモニカ達を連れて遠征し、彼らを討伐した。
その過程でモニカは、二つの地点を繋ぐ〈転移門〉を使って、村人達を救助した。それ以来、モニカの屋敷とアプト村を繋げ、交流を続けている。
また、同時に物資のやり取りを行い、都市に食べ物を供給し、戦争中の食料難をしのいで来た。そして、フルスベルグ中枢部で革命が起きた今では、モニカ達の避難所として活用されている。
「モニカちゃあーん、入りますよー!」
扉の向こうから、甲高い声が聞こえてきた。モニカは身じろいで、ひと呼吸置いてから口を開く。
「はい、どうぞ」
扉が開く音と共に、老年の女性が入ってきた。ハインツの母親だ。手には裁縫道具が握られている。
「最後の仕上げに、もう一回来てくれるかしらー?」
「あ、はい。分かりました」
ハインツの実家は、貴族御用達の縫製屋だ。ハインツが話を通し、モニカの〈婚姻の礼服〉を作る事になった。白を基調とした、フリルがたくさんついたドレスで、モニカの要望通りの豪華なモノとなりそうだ。
「今、行きます」
モニカは椅子から立ち上がって部屋を出る。廊下を歩きながら、ハインツの母親と話しかけてみた。
「あの、ハインツさんはどこに居ますか?」
「まあまあまあまあ、そんな他人行儀でなくていいのよ! 私の事はママと呼んでくださいね」
「はい。ま、ママ、それでハインツさんは……?」
今までも、話を真正面から答えてくれたことはない。モニカは辛抱強く、同じ質問を繰り返した。
「ハインツちゃんは、別の建物でパパが対応してるのよ。だから安心してちょうだい」
「は、はあ……」
母親との会話の仕方を教えてもらおうと思ったが、これは本番まで会えそうにない。少し肩を落とした。
「さあ、入って入って」
モニカは、母親に促されて部屋に入る。
まず、中央に鎮座していた豪華なドレスが目に入った。所々にマチ針が刺さっており、このまま着ると痛そうだ。周りには、様々な身だしなみの小道具が置かれている。
「あ、ご主人様」
モニカに仕える二人の〈侍女〉ブリギッテとカトリンが振り向いた。母親からの要望で人手
「さあさあ、服を脱いで、下着だけになってくださる?」
モニカは言われた通りに上着を脱ぐ。少し肌寒い。
脱いだ服は、ブリギッテ達が受け取り、折りたたんでいった。そこに母親が、硬い薄紅色のビスチェを持ち出してきた。モニカの胴につけ、背中のヒモを縛り付けていく。モニカはただ黙々と両手をあげて、なすがままだ。
「ぎゅえ」
「モニカちゃん、女の子だから変な声を出しちゃだめよう」
「だって、これ……苦しいですよ」
「まあまあまあまあ。でも、とてもとても可愛らしいのよ。少しガマンしてちょうだいね」
「はあ……ぎゅえ。ちょ、ちょっと、マ、ママ?」
苦情を一顧だにせず、母親は背中のヒモを強く締め付ける。息苦しいのをガマンしながら、目の前の鏡を見る。モニカの体の輪郭が、より女らしいモノへと変化していくのが見て取れた。
「ご主人様、可愛いっすよ! 最高っす!」
「ご主人様、お似合いですよ」
ブリギッテとカトリンが、それぞれの言葉で感想を述べる。二人とも興奮しているようだ。ブリギッテは普段と言動が違うし、カトリンも下着だけなのに似合うもどうもない。
「さあ、次は胸の詰め物ね」
母親は綿の詰め物を取り出して、前に回った。胸の中にどっさりとぶち込んでいく。
モニカは鏡を見る。どう見ても盛り過ぎだ。身長に比べて、不自然に胸が盛り上がっている。
「んー少し、詰めすぎたかしら」
はい、詰めすぎです。
母親は、今度は胸に手を突っ込み、詰め物を引きずりだした。そのたびにモニカは、苦しさにウッとうめき声をあげる。
「わっ、わっ、」
モニカは引きずられたり、突っ込まれたりして翻弄される。そして、詰め物を足し引きして、最終的にはバランスの取れた体型となった。ちょうど良くなった所で、針で縫い止められていく。ここまでくれば、苦しい作業は終わりだろう。
「モニカちゃん、平気ー? 息苦しくなーい?」
「はい、な、なんとか」
「そう、良かったわ」
本当は少しばかり苦しいのだが、じき慣れるだろう。むしろ、さっさと終わらせるべきだと判断した。
「じゃあ、次はドレスの着付けをしますよ。〈侍女〉のお二人さん、手伝ってくださるかしら?」
「はいー!」
「分かりました」
三人がかりで、ドレスをモニカに身につけさせていく。モニカは服を汚さないように、カチカチに固まっていた。
「まあまあ、そっちを少し引っ張るの」
「こうですか?」
「そうそう」
ハインツの母親は二人の〈侍女〉に指示を与えていく。テキパキと服が着せられていき、そしてついに完成した。モニカは潤発のドレスに包まれた。
「モニカちゃん、もう動いていいわよー?」
許可が出たモニカは、少し歩き回ってみた。鏡を覗いて見る。まるで、自分じゃないかのように美しかった。ドレスのすそが、ふんわりと舞う。
これはいい。
たまらず、ブリギッテ達の方に、振り返った。
「どう? 似合う?」
「うわぁー……」
「ええ、最高に綺麗です」
ブリギッテは言葉を失っていた。カトリンはにこやかに言葉を返してきた。
自分でも綺麗だと思う。これはいい。最高だ。嬉しい。たまらない。うふ。うふうふふ、うっふっふっふっふ。
モニカは、口がむずむずと緩むのを抑えきれなくなった。くるくると周り、ふわふわ舞うドレスの手触りを楽しむ。
ハインツの母親も、まるで我が子のように喜んでくれている。
「モニカちゃん、気に入っていただけた?」
「ええ、ええ。いいですね。気に入りました」
「それで、どこか引きつれるところはないかしら?」
「えっとー……」
モニカは肩を動かしてみたり、足を動かしてみる。ほとんど引きつれるところはなかった。
「問題はなさそうです」
「そう。じゃあ中身は問題なさそうね。しばらくじっとしててね。シワができている所を止めていくから」
そう言って、ドレスの周りを回りながら、針で縫い止めていく。モニカはジワジワくる喜びをかみしめながら、じっと立ち尽くした。
「まあ、こんなものかしらね。モニカちゃん、ありがとう」
「いえ、こちらこそ!」
母親は〈侍女〉二人の方に向き直る。
「お二人さん、またお願いしますよ」
「ガッテンだー!」
「わっかりました!」
再び、三人がかりでモニカの服を脱がせていく。脱がせられている間、モニカは妄想した。
これは、明日が楽しみだ。皆、どんな顔をしてくれるのだろう。感激してくれるだろうか。
うふ。うふふふふふふふ。えへへへへへへへ。ふひひひひひ。
「……ご主人様。ちょっと怖いです」
【5】
〈婚姻の儀〉当日の朝。
モニカは純白のドレスをまとい、アプト村の村長宅で待機していた。頭の中で今日の予定を復習する。
会場は、村長宅前の広場だ。そこには食べ物が置かれ、二人の関係者が待機している。そして、会場の準備が出来次第、新郎新婦が呼ばれることになっている。まず初めに村長の前で婚姻の宣誓をする。その後は、来場者と話をするのだ。そしてお昼を回った頃、最後に指輪の交換をして終わりとする。
「モニカお姉様、準備が出来ました」
キタ。
コルが部屋の外から、話しかけて来た。準備が出来たのだ。
「今、行く!」
モニカは、胸が高鳴っていくのを抑えきれない。服を汚さないように慎重に足を運び、扉を開けた。
「さあ、行きましょう」
「あ、え……」
コルは目を見開いて固まっていた。今日、初めてモニカのドレス姿を見たはずだ。
モニカは内心、嬉しくてついつい尋ねる。
「どうかしら?」
「……ええ、とっても綺麗です」
コルは淡々と答えた。
もう少し喜んでくれても良かったのに。しかし、それを指摘するほど気になるわけでもなかった。
「では私が先導しますので、ついて来てください」
モニカはコルの後ろをついていき、村長宅の外に出る。目の前に広がるのは、沢山の人だかり。殆どが見知った顔だ。どんどん胸が高鳴っていく。顔が真っ赤になるのを感じる。
「モニカお姉様?」
コルが、モニカの足が立ち止まったことに気がつき、後ろを振り返った。
「あ、ええ、大丈夫よ。さあ行きましょう」
【6】
会場の中心に高台がある。そこには老女が立っていた。アプト村村長のイルメラ=アプトその人だ。
モニカはコルに先導されて、しずしずと高台に向かう。
ハインツもキリッとした黒衣の礼装で、向かいの建物から出てきた。
そして二人は、村長の前に立った。会場は静かになる。
モニカは、背後から数百人の視線を感じる。緊張は最高潮に達した。どこかで、チチチチと鳥のさえずりが聞こえた。
「さて、私がアプト村村長イルメラ=アプトが、代理でお二人の〈婚姻の儀〉を行わせて頂く。二人とも宜しいか」
「はい」
「はい」
「では、ハインツ=ドレイアー。汝、モニカ=アーレルスマイヤを妻として、一生愛することを誓うか」
「はい」
「モニカ=アーレルスマイヤ。汝、ハインツ=ドレイアーを夫として、一生愛することを誓うか」
「はい、誓います」
「ではその証として、今ここで皆の前で誓いのキスをしなさい」
モニカは、ハインツの顔を見つめる。
ハインツも緊張しているのが見てとれた。そしてどちらかということもなく顔を近づけていく。そして、口と口が絡み合う。もはや慣れたもので、軽いキスをした後は、どちらがともなくお互いの顔が離れていった。
モニカはボーッとなった。
「では、この誓いを目の前にして、これを認める者は拍手をしなさい」
会場は拍手に包まれた。今ここに、会場の全員が証人となって〈婚姻の儀〉が果たされた。
「本来ならここで入村の儀を行うのだが、二人はまだやることがあるそうだ。強制はしないが全てが終わった時、ここに住んで欲しい」
恐らく、イルメラの本音が出たのだろう。モニカは黙ってうなずいた。
「では、積もる話もあるだろう。昼まで好きにするが良い」
好きにしてよいと言っても、モニカは自分の知り合いに顔を見せに行く必要がある。壇上から降りて、観客の元へと向かう。




