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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
73/106

【76】25歳モニカ、結婚する(2)

 【4】


 〈婚姻の儀〉の前夜。

 モニカは、アプト村の宿の一室を借りて休んでいた。木窓の枠からは、午後の太陽が見受けられた。鳥のさえずりが時々聞こえる。

 部屋には誰もいない。今は新婦の部屋として、モニカが一人で利用している。


「まさか、こうなるとは思わなかったなあ」


 元々アプト村は、穀倉地帯とフルスベルグを結ぶ街道沿いに立地していた。都市に食料を運ぶ商人が必ず通るため、重要な中継地点として栄えた。しかし約二年ほど前に、フルスベルグの元冒険者フェリクスが、盗賊まがいの活動を始める。そこでハインツはモニカ達を連れて遠征し、彼らを討伐した。

 その過程でモニカは、二つの地点を繋ぐ〈転移門ワープポータル〉を使って、村人達を救助した。それ以来、モニカの屋敷とアプト村を繋げ、交流を続けている。

 また、同時に物資のやり取りを行い、都市に食べ物を供給し、戦争中の食料難をしのいで来た。そして、フルスベルグ中枢部で革命が起きた今では、モニカ達の避難所として活用されている。


「モニカちゃあーん、入りますよー!」


 扉の向こうから、甲高い声が聞こえてきた。モニカは身じろいで、ひと呼吸置いてから口を開く。


「はい、どうぞ」


 扉が開く音と共に、老年の女性が入ってきた。ハインツの母親だ。手には裁縫道具が握られている。


「最後の仕上げに、もう一回来てくれるかしらー?」

「あ、はい。分かりました」


 ハインツの実家は、貴族御用達の縫製屋だ。ハインツが話を通し、モニカの〈婚姻の礼服〉を作る事になった。白を基調とした、フリルがたくさんついたドレスで、モニカの要望通りの豪華なモノとなりそうだ。


「今、行きます」


 モニカは椅子から立ち上がって部屋を出る。廊下を歩きながら、ハインツの母親と話しかけてみた。


「あの、ハインツさんはどこに居ますか?」

「まあまあまあまあ、そんな他人行儀でなくていいのよ! 私の事はママと呼んでくださいね」

「はい。ま、ママ、それでハインツさんは……?」


 今までも、話を真正面から答えてくれたことはない。モニカは辛抱強く、同じ質問を繰り返した。


「ハインツちゃんは、別の建物でパパが対応してるのよ。だから安心してちょうだい」

「は、はあ……」


 母親との会話の仕方を教えてもらおうと思ったが、これは本番まで会えそうにない。少し肩を落とした。


「さあ、入って入って」


 モニカは、母親に促されて部屋に入る。

 まず、中央に鎮座していた豪華なドレスが目に入った。所々にマチ針が刺さっており、このまま着ると痛そうだ。周りには、様々な身だしなみの小道具が置かれている。


「あ、ご主人様」


 モニカに仕える二人の〈侍女(メイド)〉ブリギッテとカトリンが振り向いた。母親からの要望で人手


「さあさあ、服を脱いで、下着だけになってくださる?」


 モニカは言われた通りに上着を脱ぐ。少し肌寒い。

 脱いだ服は、ブリギッテ達が受け取り、折りたたんでいった。そこに母親が、硬い薄紅色のビスチェを持ち出してきた。モニカの胴につけ、背中のヒモを縛り付けていく。モニカはただ黙々と両手をあげて、なすがままだ。


「ぎゅえ」

「モニカちゃん、女の子だから変な声を出しちゃだめよう」

「だって、これ……苦しいですよ」

「まあまあまあまあ。でも、とてもとても可愛らしいのよ。少しガマンしてちょうだいね」

「はあ……ぎゅえ。ちょ、ちょっと、マ、ママ?」


 苦情を一顧だにせず、母親は背中のヒモを強く締め付ける。息苦しいのをガマンしながら、目の前の鏡を見る。モニカの体の輪郭が、より女らしいモノへと変化していくのが見て取れた。


「ご主人様、可愛いっすよ! 最高っす!」

「ご主人様、お似合いですよ」


 ブリギッテとカトリンが、それぞれの言葉で感想を述べる。二人とも興奮しているようだ。ブリギッテは普段と言動が違うし、カトリンも下着だけなのに似合うもどうもない。


「さあ、次は胸の詰め物ね」


 母親は綿の詰め物を取り出して、前に回った。胸の中にどっさりとぶち込んでいく。

 モニカは鏡を見る。どう見ても盛り過ぎだ。身長に比べて、不自然に胸が盛り上がっている。


「んー少し、詰めすぎたかしら」


 はい、詰めすぎです。

 母親は、今度は胸に手を突っ込み、詰め物を引きずりだした。そのたびにモニカは、苦しさにウッとうめき声をあげる。


「わっ、わっ、」


 モニカは引きずられたり、突っ込まれたりして翻弄される。そして、詰め物を足し引きして、最終的にはバランスの取れた体型となった。ちょうど良くなった所で、針で縫い止められていく。ここまでくれば、苦しい作業は終わりだろう。


「モニカちゃん、平気ー? 息苦しくなーい?」

「はい、な、なんとか」

「そう、良かったわ」


 本当は少しばかり苦しいのだが、じき慣れるだろう。むしろ、さっさと終わらせるべきだと判断した。


「じゃあ、次はドレスの着付けをしますよ。〈侍女〉のお二人さん、手伝ってくださるかしら?」

「はいー!」

「分かりました」


 三人がかりで、ドレスをモニカに身につけさせていく。モニカは服を汚さないように、カチカチに固まっていた。


「まあまあ、そっちを少し引っ張るの」

「こうですか?」

「そうそう」


 ハインツの母親は二人の〈侍女〉に指示を与えていく。テキパキと服が着せられていき、そしてついに完成した。モニカは潤発のドレスに包まれた。


「モニカちゃん、もう動いていいわよー?」


 許可が出たモニカは、少し歩き回ってみた。鏡を覗いて見る。まるで、自分じゃないかのように美しかった。ドレスのすそが、ふんわりと舞う。

 これはいい。

 たまらず、ブリギッテ達の方に、振り返った。


「どう? 似合う?」

「うわぁー……」

「ええ、最高に綺麗です」


 ブリギッテは言葉を失っていた。カトリンはにこやかに言葉を返してきた。

 自分でも綺麗だと思う。これはいい。最高だ。嬉しい。たまらない。うふ。うふうふふ、うっふっふっふっふ。

 モニカは、口がむずむずと緩むのを抑えきれなくなった。くるくると周り、ふわふわ舞うドレスの手触りを楽しむ。

 ハインツの母親も、まるで我が子のように喜んでくれている。


「モニカちゃん、気に入っていただけた?」

「ええ、ええ。いいですね。気に入りました」

「それで、どこか引きつれるところはないかしら?」

「えっとー……」


 モニカは肩を動かしてみたり、足を動かしてみる。ほとんど引きつれるところはなかった。


「問題はなさそうです」

「そう。じゃあ中身は問題なさそうね。しばらくじっとしててね。シワができている所を止めていくから」


 そう言って、ドレスの周りを回りながら、針で縫い止めていく。モニカはジワジワくる喜びをかみしめながら、じっと立ち尽くした。


「まあ、こんなものかしらね。モニカちゃん、ありがとう」

「いえ、こちらこそ!」


 母親は〈侍女〉二人の方に向き直る。

「お二人さん、またお願いしますよ」

「ガッテンだー!」

「わっかりました!」


 再び、三人がかりでモニカの服を脱がせていく。脱がせられている間、モニカは妄想した。

 これは、明日が楽しみだ。皆、どんな顔をしてくれるのだろう。感激してくれるだろうか。

 うふ。うふふふふふふふ。えへへへへへへへ。ふひひひひひ。


「……ご主人様。ちょっと怖いです」


 【5】


 〈婚姻の儀〉当日の朝。

 モニカは純白のドレスをまとい、アプト村の村長宅で待機していた。頭の中で今日の予定を復習する。

 会場は、村長宅前の広場だ。そこには食べ物が置かれ、二人の関係者が待機している。そして、会場の準備が出来次第、新郎新婦が呼ばれることになっている。まず初めに村長の前で婚姻の宣誓をする。その後は、来場者と話をするのだ。そしてお昼を回った頃、最後に指輪の交換をして終わりとする。


「モニカお姉様、準備が出来ました」


 キタ。

 コルが部屋の外から、話しかけて来た。準備が出来たのだ。


「今、行く!」


 モニカは、胸が高鳴っていくのを抑えきれない。服を汚さないように慎重に足を運び、扉を開けた。


「さあ、行きましょう」

「あ、え……」


 コルは目を見開いて固まっていた。今日、初めてモニカのドレス姿を見たはずだ。

 モニカは内心、嬉しくてついつい尋ねる。


「どうかしら?」

「……ええ、とっても綺麗です」


 コルは淡々と答えた。

 もう少し喜んでくれても良かったのに。しかし、それを指摘するほど気になるわけでもなかった。


「では私が先導しますので、ついて来てください」


 モニカはコルの後ろをついていき、村長宅の外に出る。目の前に広がるのは、沢山の人だかり。殆どが見知った顔だ。どんどん胸が高鳴っていく。顔が真っ赤になるのを感じる。


「モニカお姉様?」


 コルが、モニカの足が立ち止まったことに気がつき、後ろを振り返った。


「あ、ええ、大丈夫よ。さあ行きましょう」


 【6】


 会場の中心に高台がある。そこには老女が立っていた。アプト村村長のイルメラ=アプトその人だ。

 モニカはコルに先導されて、しずしずと高台に向かう。

 ハインツもキリッとした黒衣の礼装で、向かいの建物から出てきた。

 そして二人は、村長の前に立った。会場は静かになる。

 モニカは、背後から数百人の視線を感じる。緊張は最高潮に達した。どこかで、チチチチと鳥のさえずりが聞こえた。


「さて、私がアプト村村長イルメラ=アプトが、代理でお二人の〈婚姻の儀〉を行わせて頂く。二人とも宜しいか」

「はい」

「はい」

「では、ハインツ=ドレイアー。汝、モニカ=アーレルスマイヤを妻として、一生愛することを誓うか」

「はい」

「モニカ=アーレルスマイヤ。汝、ハインツ=ドレイアーを夫として、一生愛することを誓うか」

「はい、誓います」

「ではその証として、今ここで皆の前で誓いのキスをしなさい」


 モニカは、ハインツの顔を見つめる。

 ハインツも緊張しているのが見てとれた。そしてどちらかということもなく顔を近づけていく。そして、口と口が絡み合う。もはや慣れたもので、軽いキスをした後は、どちらがともなくお互いの顔が離れていった。

 モニカはボーッとなった。


「では、この誓いを目の前にして、これを認める者は拍手をしなさい」


 会場は拍手に包まれた。今ここに、会場の全員が証人となって〈婚姻の儀〉が果たされた。


「本来ならここで入村の儀を行うのだが、二人はまだやることがあるそうだ。強制はしないが全てが終わった時、ここに住んで欲しい」


 恐らく、イルメラの本音が出たのだろう。モニカは黙ってうなずいた。


「では、積もる話もあるだろう。昼まで好きにするが良い」


 好きにしてよいと言っても、モニカは自分の知り合いに顔を見せに行く必要がある。壇上から降りて、観客の元へと向かう。

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