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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
71/106

【74】15歳エリク、旅に出る

 【19】


「エリク!」


 大人たちが近寄って来た。

 村人側の完全勝利だ。ほとんどの兵士は縄で縛られていた。怪我人が運び出されていく。


「どいて! ターニャが!」


 エリクは人をかき分けて、エリーの元へ向かう。前足にすがりつき、揺さぶった。


「エリー! エリー! 助けて!」


 エリーは微動だにしない。

 今だに〈粘土球〉が周囲に浮かび、今にも敵に攻撃しようとしている。その為か、村人たちはエリーに近づこうとしない。


「エリー、もう戦いは終わったから! ターニャを!」


 さらに前足を揺さぶった。

 白竜エリーの体は何本もの槍が突き刺さり、流れ落ちた血が固まっていた。


「エリー!」


 その時、エリーのもたげていた首が、地面に落ちた。

 と、同時に周囲に浮かんでいた〈粘土球〉がバラバラと地面に落ち、砕け散った。


「エ、リー……?」


 エリクは後ずさり、尻もちをつく。

 信じられない。

 エリーが死んだ。

 あんなに強かったのに。

 そうなると、ターニャも助からない。


「うわぁぁぁぁあああ!」


 エリクは叫んだ。

 地面から立ち上がり、慌ててターニャの方へ戻っていく。


「ターニャ!」


 ターニャはすでに大人たちに囲まれていた。虫の息だった。返事にも応えない。


「ターニャ! 死ぬな!」


 ターニャの体にしがみつこうとする。しかし、大人たちが遮られ、頬を殴られた。

 エリクは呆然として、大人の顔を見る。


「エリク、人は死ぬべき時に死ぬ。それを悲しむのはいい。だが、死を冒涜するな」


 先ほど、エリーに助けてもらおうとした事を、咎めているのだとわかった。

 エリクは、歯をくいしばって睨みつけた。が、直ぐに横を向いて、うつむく。


「ちくしょう……ちくしょう……!」


 ただ、悔しい。

 服の袖で、目をぬぐう。


「エリ……ク」


 かすかに声が聞こえた。ターニャの声だ。


「ターニャ!」


 エリクは、急いでターニャの顔に耳を近づけた。


「ベ、ペンダント……ロイ……に……ごめ……ん」

「ターニャ!」


 エリクは何度も呼びかけた。しかし、二度と言葉を発さなかった。何度呼びかけたかわからなくなった頃、ついに諦めて、ターニャのペンダントを引きちぎった。


「……エリク、ロイは生きている。怪我をしているから、看病しに行ってくれ。後は俺たちでやる」


 背後から声が聞こえた。

 エリクは、ターニャの目を閉じてやり、しばらく見続けた。やがて、ポツリと呟いた。


「わかった……」


 力なく、その場を立ち去る。


 【20】


 エリクは、怪我人が運び込まれている広場に向かった。

 広場は怪我人で溢れていた。頭を包帯で巻いている者、薬草を煎じて飲んでいる者などがいた。そのほとんどが、麦わらの入った麻袋を、下に引いて横になっていた。

 ロイは、足に包帯で添え木を巻かれた状態でいた。足の骨を折ったようだ。

 エリクは膝をついて、ロイに話しかけた。


「ロイ……」

「ターニャは!」


 ロイは、掴みかかるように食いついてきた。直ぐに足の痛みで横になる。

 エリクは、とても口にできなかった。無言でターニャのペンダントを差し出す。


「ターニャが、ごめん、だって」

「そんな……まさか……」


 ロイの衝撃は、エリク以上だろう。二人きりでいる時間も結構長かったのを覚えている。

 エリクは視線をそらした。


「くそ……許さないぞ……あいつら……」


 ロイは、顔を腕で隠しながら呟いた。声が震えている。


「俺にもっと力があったなら!」


 エリクはいたたまれなくなり、ロイにターニャのペンダントを握らせた。

 ロイの叫びはそのまま、エリクの気持ちだ。もっと、力があったなら良かったのに!


「そのペンダントは、ロイが持っていてくれ」

「いや、エリクが持っていてくれ。それを持っていると、たぶん辛くなる」

「わかった」


 ロイは、ターニャのペンダントを突き返してきた。

 手に受け取ったエリクは、引きちぎったヒモを結び直して、首につけた。その時、違和感を覚えた。


「ん?」


 エリクは、ペンダントの宝石の部分を見つめた。かすかに魔法の光が見えた。今まで、そんな事を感じた事がなかったのに。


「エリク?」


 ロイが、怪訝な顔でエリクの顔を見つめてきた。

 エリクは、もう一度ペンダントを見ると、既に魔法の光は消えていた。

 これはひょっとして〈魔法具(マジックアイテム)〉ではないだろうか。元々はエリーの所有していたペンダントだ。不思議ではない。しかし、そんな事をエリーは一言も言っていなかった。


「いや……何でもない。多分、気のせいだ。僕は、他の人たちの看病に行くよ。何かあったら呼んでくれ」

「わかった」


 エリクは立ち上がる。そして、怪我人の世話に動き回った。


 【21】


 イステル村が襲われてから、約二十日が経った。

 ロイの怪我も大分良くなり、杖をつきながら歩けるようになった。ターニャの遺体は、他の村人たちと共に村の片隅に埋められ、墓標には花が添えられた。エリーの遺体は、エリクの説得により、埋められることになった。ただし、村人の墓場とは別の場所に埋められた。

 そして、エリクとロイは、村長の家に呼びだされる。


「エリク、ロイ。呼び出された理由は分かるな?」


 村長の家は質素なものだった。

 村長もまた、戦いの後処理の対応に追われ、疲れを色濃く残している。前より白髪が増え、頭は半分以上が真っ白だ。


「分かってます」


 エリクは応えた。


「ロイの怪我もあったので、今日まで引き伸ばしてきた」

「ありがとうございます」

「禁止事項を破ったことについてだ」

「はい」


 エリクもロイも覚悟はしていた。無表情で言葉を返す。


「君たちは、知るべきではない知識と能力を得てしまった。だから罰を受けなければならない」


 村長は一度言葉を切り、エリク達の顔色を伺う。特に変化がないことを知り、発言を続ける。


「長老達の意見をまとめた結果、君たちは村からの追放となった」


 長老というのは、六十歳を過ぎた元役職持ちの村人を指す。村長が判断に困った時に、相談相手になる。


「そうですか」


 薄々わかってはいた。覚悟はしていた。


「いや、すまないとは思っている。君たちはまだ若い。過ちは許されるべきだと思う」


 エリクは、村長の発言に引っかかりを感じた。


「……何が言いたいんですか?」

「今後一切、魔法について口にしなければ、許してもいいと思っている」


 村長の顔が和らいだ。酌量の余地があると言っているのだ。

 だがエリクはこの二十日間、考えに考え、ロイとも相談した。ターニャが死にかけた時、自分から魔法を受けてまで生きたくない、と言っていた。そんな古臭いしきたりを知った今、この村には居たくない。

 これから一生、しきたりに縛られると思うと、とてもではないが我慢できそうにない。


「いえ、結構です」


 エリクは努めて冷静に受け答えた。


「そうか……。だが外は厳しいぞ。十五、六歳の子供が生きていけないだろう」


 それは既にわかっている。しかし、唯一の手がかりが、エリクの首にぶら下がっている。


「承知の上です」

「そうか……」


 村長はあらぬ方向を向き、遠い目をした。それから、エリクとロイに向き直った。


「実は今、この国は内戦状態らしい」


 エリクは、突然の言葉に驚き、動揺した。横を振り向くと、ロイも口を開けたまま、固まっていた。


「つまり、国が二つに割れて戦争をしているということだ」

「何ですって?」


 エリクは腰を浮かせたが、直ぐに我に返り、再び席についた。


「どういうことなんですか?」

「詳しくはわからない。だが、何かが起きていると思い、たまに訪れる行商人に聞いたのだ」

「そんな……」


 確かに、この村は国の外れにある。といっても帰属の精神はほとんどない。行商人を通してやってくる、農業や天文に関する知識が役に立っているぐらいか。


「もう一度言う。今後一切、魔法について口にしなければ、村に居てもいい。どうする?」


 エリクとロイは顔を見合わせ、うなずいた。それでも、決意は変わらない事を互いに確認し、エリクは口を開いた。


「いえ、もう決めたことです」

「そうか」


 村長は残念そうな顔をした。


「わかった。出立する日にちを教えてくれ。近いうちにな」

「はい、わかりました」


 エリクとロイは、村長に背を向け、退室した。


 【22】


 村から旅立つ日の朝。

 エリクは、家族で最後の朝食を取っていた。山菜を塩につけたものだったが、いつもより豪華だった。


「エリク、本当に行ってしまうの?」


 エリクの母親が、心配そうな声をあげる。


「お母さん、今までお世話になりました」


 エリクは、荷物を見せて、本気であることを示す。


「お兄ちゃん!」


 妹二人が、エリクの服にしがみつく。弟も近寄っては来ないが、遠くから泣きそうな顔で見上げてくる。


「お兄ちゃんはやってはいけないことをしてしまったんだ。だけど、外でも十分にやっていけると思うから、心配しないで」


 エリクは妹達の頭を撫でてやった。


「エリク。本当に路頭に迷ったら、帰って来てもいいぞ。父さんが皆を説得するからな」


 父親が話しかけてきた。


「はい、父さん」


 エリクは、心配させないように胸を張って答えた。しかし、帰ってくるつもりは全くない。

世の中の広さを知ってしまったから。新しい知識を得る事を拒絶するこの村に、嫌悪感しか抱けない。


「それじゃあ、皆、達者で」


 食事を終えたエリクは、荷物を背負い、自分の家を出る。

 そして、村の入口へと向かう。そこでロイと待ち合わせをしていた。


 【23】


 村の入口で、ロイと合流した。

 ロイは、まだ杖をつきながら歩いている。

 エリクは、軽い感覚で声をかけた。


「ロイ、君の所は?」

「やっぱり、必死で止められたよ。その足で何をするんだ、ってね」

「はは……」


 ロイの背後には、村長以下、何人かの長老も来ていた。本当に旅立つかどうか、監視しに来たのだと思われる。


「本当にいいんだな」

「はい」


 エリクは、長老たちの顔色を観察した。本当に申し訳なさそうにしているのは、村長一人だ。他の長老たちは、何を考えているのかわからない。

 普通に考えれば、一族の子供二人を死地に追いやる行動だ、と彼らは認識しているはずだ。

 そこまでして、しきたりが大事なのか。


「それでは、僕たちは旅立ちます。皆さん、お元気で」

「ああ、元気でな」


 エリクとロイは、村の入口でたたずんでいる老人たちに手を振りながら、イステル村を旅立った。


 【24】


 二人は、細い村道を黙々と歩き続ける。

 辺りには、さく、さくと二人の足音と、ロイの杖をつく音だけが響く。

 エリクは時々、後ろを振り向いた。既に物陰に隠れて見えない。しかし、村長たちがまだこちらを見ているような気がする。振り払うかのように、足を前に進めた。


「エリク、まだ杖をついていた方がいいかい?」

「ああ、もういいんじゃないかな」

「良かった。もうフリをするのは面倒だったんだ」


 ロイは杖を投げ捨てた。そのまま、二本の足ですっくと立つ。そして違和感なく歩き続けた。通常、二十日でここまで回復することはない。


「エリク。そろそろネタばらし、してくれないか?」

「うん」


 エリクは、服の中からペンダントを取りだした。そして、いくつかの手順を経て、魔力を注入する。

 ペンダントが淡く光りだした。


「それは……」

「しっ、静かにして」


 淡く光ったペンダントから、声が聞こえてくる。


「これを聞いてくれているのは多分、未来のあたしだと思う。そう思って、ここに伝言を残す」


 ロイは目を丸くした。見たことすらないものだ。当然だろう。

 この〈魔法具〉は声を封じ込める物だったらしい。エリーはこのペンダントに望みをかけて、声を記録していた。


「あたしの名前は、エリノール=アーレルスマイヤという。人からはエリーと呼ばれているし、そう人に呼ばせている。多分、貴方の昔の人格だ」


 ロイが何かを言いたそうにしている。しかし、エリクは目で制した。


「もう〈名もなき魔術師〉の記憶に耐えられない。今ですら、自分がエリーだという自信がない。だからイル先生に頼んで、この〈魔法具〉を作ってもらった」


 ロイにとっては、初めて聞く単語が多いだろう。エリクも初めはそうだった。


「将来のあたしへ。あたしの人生の始まりを、もう一度、思い出して欲しい。そして、いつまでも、あたしがあたしでいることを望む」


 それからペンダントは、エリーの幼少期について語り出した。村にモニカという少女がやって来た事。ある年、飢饉がやってきたこと。口減らしの為に、大部分の子供たちがどこかに連れ去られた事。その中で唯一、モニカが帰って来た事。エリーの中に、村に対する不信感が芽生えた事。そして、モニカに対する村の反応の冷たさ。エリーは、モニカを元気づけよう、励まそうと決意した事。そして、二人でフルスベルグという都市に旅立った事。

 二十歳までのエリーの人生が、淡々と語られた。


「これは……?」

「エリーの、エリーさんの人生の記憶」


 ロイは、少しうつむき、何やら考えていた。そして顔をあげ、エリクに尋ねた。


「竜じゃない?」

「話せば長くなるよ。道中、ゆっくり話をするよ」


 【25】


 エリクは街道に出るまでの間、エリーについて語った。


「なんか、信じられない」

「僕もだよ」


 ロイが興奮したように言う。


「じゃあ、その腕輪の中に、エリーの記憶が眠っているの?」

「そういう事になるね」


 エリクは袖をめくり、腕輪をロイに見せた。


「じゃあ、エリーを呼び出せるの?」

「やってみた。だけど、ダメだった」

「え、どうして?」

「わからないけど、どうも、呼びかけに応じないんだ」

「じゃあ……」

「でも、エリーさんの能力は引き出せるんだ。ロイのその骨折も、エリーさんの記憶で治したんだよ」

「なるほど」


 ロイは、自分の足に目を向ける。立ち止まって屈伸すらするが少しも痛がるそぶりを見せない。

 エリクは、足を治した時の事を思い出した。村の中で魔法の事を言うのは、はばかられたので、驚くロイを目の前にして黙っているのは、大変だった。

 どうも〈生命の精霊(セフィロト)〉は古傷や〈新生物ネオプラズム〉という状態は、治せないらしい。だから、速く治す必要があった。


「ああ、ようやく街道に出た」


 エリクとロイは、獣道のような村道をようやく通り抜けた。石畳で整備された街道にたどり着く。


「エリク。これから、俺たちはどこに向かうんだい」

「先ほどの話を聞いていただろう? フルスベルグにモニカ=アーレルスマイヤという女性がいるらしい。エリーさんの身内だ。きっと助けになってくれると思う」

「そうか、だから素直に村を出たんだな」

「もちろん、それだけじゃないさ。引きこもっている村そのものに、嫌気が差したんだ。ロイもそうだろ?」


 ロイには、ターニャの事がある。顔をくもらせつつ答えた。


「うん、もうあの村は嫌だな。俺には辛いよ」

「な。それにこの腕輪から知識を少しずつ引き出せば、力が得られる。それで大切な人を守れたら、素晴らしい事じゃないか」

「そうだな……。ターニャのような事は二度とゴメンだ」


 エリクは、時間と太陽の位置で方向を確認し、北上する。


「それで、モニカという女性はどんな人なんだろう」

「ペンダントに少し、会話が残っていたよ。ちょっと待って」


 エリクはペンダントを操作した。再び淡い光が放ち始め、声が聞こえてきた。


 ゴン、ガチャ


「エリー? どうしたの? そのペンダント、そんなに気に入った?」

「いや、何でもないよ。モニカっちこそ、いいのをもらったみたいじゃない」

「そーなのよ。見てよ、このペンダント。四つの宝石が入ってるでしょ。それぞれの宝石に地水風火の精霊が閉じ込められているんだって。これで、召喚の小道具を持ち歩く必要がなくなったの。すっごい便利」

「エリーお姉様のペンダントには、どのような効果があるんですか?」

「んん? まあ、よくわかんないから、適当なの選んだよ。コルっちはどんなの?」

「これは〈トネリコの杖〉というらしいです。直接触れなくても、簡単な回復魔法なら遠隔で使えるとか」

「へー」

「ったくー、エリーはとことん魔法に興味ないよねー」

「だって使えないんだもん」

「といいつつ、結構気に入ってるんじゃないの? それ、さっきからずっといじってるし」

「いや、あはは」


 ゴン、ザーッ……


「いよいよ明日、クラスDの試験よね。合格すれば、皆の家が買えるのよ?」

「モニカお姉様、楽しみです」

「ん、ああ……」

「どうしたの、エリー。最近元気ないよ?」

「いや……何でもない」

「エリーお姉様。何か心配事でもあるのですか?」

「いや、何でもないよ。そうだなあ、家を買ったら、毎日ぐうたら寝たいなあ」

「ちょっとー、エリーったらー。住むなら働いてよー。お姉さん失格でもいいの?」

「あー、それは困った。コルっちに格好いい所見せたいなあ」

「エリーお姉様、私はエリーお姉様を尊敬しています」

「いやっはっはっ、照れるね」

「いやいや、照れてないで働いてよね」

「あはは、ばれた?」


 ゴンッ、ザーッ……

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