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名もなき魔術師の一生  作者: きゅえる
【3章】
70/106

【73】エリーのお料理教室(4)

 【17】


 敵の司令官が舌打ちを打つ。

 短剣を持って身じろぎし、ターニャの首から赤い筋が垂れ落ちる。

 エリーは怒りを覚えたが、なんとか抑える事ができた。


「動くなよ?」


 敵の司令官が、部下に命令を下した。


「竜を攻撃しろ!」


 周りにいた兵士が、槍を持って恐る恐る近づいてきた。

 エリーは身動きが取れない。

 ついに数本の槍が、エリーのわき腹に突き刺さった。


「ぐっ」


 エリーはうめき声をあげる。


「ははは、そんなにこのガキが大事なのか! まさかここまでとは思わなかったぞ」

「きゃあ!」


 敵はターニャの髪を乱暴に引っ張り、膝を折らせた。

 そろそろ、怒りが抑え切れなくなりそうだ。だが、待たなければならない。

 エリーは敵の司令官を倒してはならない。村人達の手で、敵を倒したという事実が必要だ。エリーの存在はおまけでなければならない。


「ようし、もっとやれ!」


 敵の槍がさらに突き刺さる。

 エリーは血を吐いた。目がかすむ。

 その目の端に、何か動くモノが見えた。屋根に誰かいる。


「こいつを殺せば、大儲けだぞ! 竜の心臓は高く売れるし、鱗も一枚で金貨と交換できる!」


 ついに本音が出た。結局、金が欲しいだけか。

 これで、思う存分殺せる。

 そう思いながら、敵にばれないように屋根に視線を向ける。


 エリクだ。耳を塞いでいる。


 準備はできているらしい。

 敵にはこちらに注意を払ってもらわなければならない。


「ぐ、貴様……ゴホッ、結局、金が欲しい……だけか」


 敵の司令官とニヤリと笑った。


「ああ? 何が悪いんだ。ちょっとは賢いようだが、つまるところお前は獣だ。獣は、人間の為に用意された生き物だ。黙って死ね」


 全く理解できなかった。

 価値観が違いすぎる。奴の国では、獣は見下すべき存在らしい。

 エリーも食べる為や金の為に獣を殺してきたが、基本的には対等だった。気を抜けば、こちらもやられる危険があるからだ。だから狩りをすれば、骨の髄まで食い尽くすのだ。

 もはや遠慮はいらない。

 こいつらを殺せ。


『〈音の精霊〉よ、我が声を増幅し、奴らに恐怖を与えろ』


 エリーは吼えた。

 〈竜の咆哮〉が辺りに響く。


 タルにヒビが入り、水が漏れる。

 木々が揺れ、葉が落ちる。

 家の横に積み上げられたマキが崩れ落ちる。


 エリーの体に刺さった槍が、ビリビリと震える。

 血がどくどくと流れ出す。

 肺から、バリッと何かが破れる音がした。

 口から漏れる血の量が増える。


 兵士の半分は槍を落とし、崩れ落ちる。

 残りの半分は何事もなく動き出す。

 崩れ落ちた敵も、懐から綿の耳栓を取り出す。

 既に対策を取られていた。


 エリクは〈巨神の短剣〉を持って、屋根から飛び降りる。

 敵の司令官の背中に抱きつく。

 そのまま二人はもつれ合い、地面に落ちる。

 敵とターニャの分離には成功した。


 物陰から村人たちが飛び出してきた。

 周りの兵士と交戦を始める。

 数では、村人が多い。

 しかも武器が斧、金づちなどだ。


 エリーは息を吐き出し尽くした。

 息が全く吸えない。

 意識がある限り、魔法で援護しなければ。


『我が身を守る〈風の中位精霊〉よ。全てを解除し、送還する』

『〈地の精霊(ノーム)A〉よ。大地を練り〈粘土球〉を作り出せ』

『〈地の精霊B〉よ。〈粘土球〉をさらに作り出せ』

『〈地の精霊C〉よ。もっとだ』


 三体の精霊に交互に命令して、間断なく〈粘土球〉を作り出す。


『〈風の精霊〉よ。鎧を着ている相手に〈粘土球〉を無差別にぶつけろ』


 エリーは絶え間なく〈粘土球〉を撒き散らした。

 後は、意識を保つのみ。

 もはや何も見えない。


 エリーは目を閉じた。

 真っ暗闇だ。

 剣戟の音が聞こえなくなった。

 心臓の音だけが聞こえる。


 残った〈思考資源〉で、シロに呼びかける。


『シロ、済まなかった』

『ママ、気にしていないよ。楽しかった』


 エリーは意識を失った。


【18】


 エリクは、敵の司令官と相対していた。短剣を左手に持ちかえ、構える。

 ターニャと引き離すことに成功した以上、後はこいつをやっつけるだけだ。

 エリーからもらった短剣は不思議だった。軽いのに敵の短剣に打ち負けない。

 

「このクソガキが。俺に叶うと思うのか」


 敵は短剣を投げ捨て、剣を抜き出した。

 あっという間に、武器の射程が不利になる。

 しかし、負ける気がしなかった。

 敵に打ち勝つ為の動きが、自然と頭に浮かんでくる。長い武器は、懐に潜り込まれると不利になる。だから、いかに懐に飛び込むかが重要だ。

 エリクは半身をずらし、敵の左側寄りに飛び込む。

 敵が右利きなら、右から攻めるのが良い。腕を体の外側に回す力は、内側に向かうより弱いからだ。

 敵は右足を一歩下げ、向きを変えてエリクをなぎ払う。

 エリクは短剣を縦に立てて、受け止めた。

 体重差で、押し返された。


「お前にゃ無理だ。諦めろ」


 エリクは無視する。

 戦闘中に話をするのは、敵を動揺させる時だけだ。それ以外は、舌を噛むだけで何も良いことはない。

 短剣を構え直す。


 もう一度だ。


 左側に半身をずらす。

 敵が反応する。

 左足を踏み込み、大きく右に回る。

 フェイントが成功した。

 エリクはなぎ払う。

 敵は身を引く。

 短剣が、敵の肩を浅く切り裂いた。

 そのままエリクは通り抜ける。

 距離を離して、向き直った。


「ガキ、随分と斬れ味のいい短剣を持っているな」


 敵がニヤニヤと笑う。戦利品にするつもりらしい。

 それはダメだ。

 誰かが、この短剣を国外に出してはいけないと言っていた。国防に関わると。


 もう一度。


 いくつかのフェイントを混ぜた。

 今度は中央から攻める。

 敵の剣が待ち構える。

 短剣で跳ね上げる。

 顔に向け、鋭く突く。

 敵は大きく下がる。


「くそ、やりにくい」


 敵の右足が踏みこむ。

 剣で払いあげてくる。

 エリクは体をひねってかわす。

 今度は上段から振り下ろしてくる。

 短剣で受け止める。

 敵はさらに力で押し込んできた。

 剣を握る手に力が入る。


「おい、何か言えよ」


 エリクはその言葉の隙をついて、剣を横に弾く。

 距離を取った。


「くそ、可愛くないガキだ」


 一瞬だけ敵からそらし、エリーの方を見る。

 エリーの魔法が近くの兵士を攻撃している。

 良かった。まだ生きている。

 またターニャの方にも目をやる。物陰に隠れていた。

 周りが戦場となっている今、逃げる場所がない。

 早く目の前の男をやっつけなければ。


「よそ見してるんじゃねえ、よ!」


 敵は、剣で斬りかかってきた。

 エリクは、大きく下がってかわす。

 この男はさっきから、随分と乱暴な言い方になっている。初めは、礼儀正しい男に見えたのが信じられない。

 こんな奴を、村に迎え入れたのが間違いだった。

 エリクは、思考が冷えていく。動きが止まる。

 その隙をついて、敵が連続攻撃してきた。

 右。

 上。

 下。

 左。

 エリクはどんどん後ろに下がっていく。

 ついに、家の壁際に追い詰められた。

 敵がにじり寄ってくる。


「その短剣を寄越せば、生かしてやってもいいぜ」


 そんなこと信じられるわけがない。断る。

 エリクは睨み返す。


「じゃあ、後悔しながら、死んでいけ」


 敵が剣を上から振り下ろしてきた。

 その時、エリクの身に不思議な事が起きた。


 敵の動きがゆっくりになった。

 剣の軌跡が目で追える。何もしなければ、エリクの頭がかち割られてしまう。


 その時、エリクは何かが頭に浮かんできた。

 その動きをそのまま体に伝える。

 体を半分右にずらす。

 敵の剣を短剣で垂直に受け止める。

 ずしりと力がかかり、体が軸に沿って回転する。

 そのまま力を加えながら、体と短剣を回転する。

 遠心力も加えて、男のわき腹に叩き込んだ。

 甲冑が割れ、短剣がのめり込む。

 中から血が溢れ出し、男の体がぐらりと揺れた。

 エリクは急いで距離を取る。

 男は剣を杖代わりにして、エリクを睨みつける。


「ガキ……何をしやがった……」

「スピンカウンター」


 頭に浮かんだ言葉を、そのまま口にする。


「クソ、ガキ……が」


 男は、そう言いながら倒れた。

 エリクは、背後から声が聞こえた。


「エリク!」


 ターニャだ。

 エリクの胸に飛び込んできた。


「ごめんなさい! 私が馬鹿な事をしたばっかりに!」

「謝る事はないよ。相手は人を騙すのがうまかった。それだけだよ」

「ううん、そうじゃないの! エリーさんを信用しきれなかったのが悪いの!」


 ターニャが、エリーを指差した。

 エリーの体は槍が沢山突き刺さっている。しかしピクリとも動かずに、黙々と敵を〈粘土球〉で攻撃している。

 そのおかげで、村人達が勝利を収めつつあった。村人達には、エリーは味方だと伝えてある。よく連携がとれて、戦っている。


「まあ、エリーだって生きているんだし、大丈夫だよ。それよりロイは?」

「ロイは……やられてしまったの」

「何だって?」

「私をかばって敵にやられてしまったの。ごめんなさい!」


 ターニャはさめざめと泣き出した。


「本当に? どこで?」

「隠れていた納屋で……」


 それはおかしい。

 エリクは、納屋を一度探索している。

 その場にロイはいなかったし、血の跡もなかった。


「僕は納屋を見に行ったけど、誰もいなかったよ。本当に?」

「ああ、ひょっとして……」


 ターニャが思案顔になった。


「納屋に複数の兵士がやってきて、私が捕まって……。ロイが私を追いかけてきてくれて……ひょっとしたら、逃げてくれたのかも……」

「ロイが怪我をする所を、見ていないんだね?」

「あ、ああ、うん。見てなかったのかも……」


 エリクはほっと胸をなでおろした。

 どうも、ターニャの記憶が混乱していただけだったようだ。


「そうだ、ちゃんと生きてるか死んでるか、確認しないと」


 エリクは先ほどの敵の動きが気になった。

 いくら深い傷を与えたとは言え、わき腹だ。致命傷とは言いづらい。

 そう思って振り向こうとした。


「危ない!」


 ターニャが、エリクの体の前に立ちはだかった。


「ぐっ」


 エリクは見た。

 敵が起き上がり、短剣を投げていた。その短剣は、ターニャの胸に突き刺さっていた。


「ターニャ!」


 ターニャは血を吐いて崩れ落ちた。


「くっそぉぉおおお!」


 エリクは絶叫した。

 敵に突撃する。


「ざまあみろ!」


 敵は嬉しそうな顔をした。

 許さない。

 許さない。

 許さない。

 許さない。

 許さない。

 エリクは、短剣を抜き出した。

 許さない。

 許さない。

 敵は剣を振るってきた。

 許さない。

 短剣で剣を切り落とした。

 敵の剣はパキンと折れた。

 許さない。

 許さない。

 驚いた敵の眉間に、短剣を差し込んだ。

 今度は確実に致命傷だ。


「うおぉぉぉぉ!」


 エリクは、さらに足の裏で敵の腹を蹴り飛ばす。敵の体が尻餅をついて倒れた。


「ターニャ!」


 男を確実に倒したのを確認したエリクは、ターニャの体を抱き起こし、調べた。


「エリク……」


 ちょうど胸の辺りに短剣が突き刺さっている。抜くのはまずい。

 エリクは、ターニャに呼びかけた。


「ターニャ! 死ぬな! エリーがなんとかしてくれるから!」

「だめ……」

「何がだめなんだ!」

「私に魔法はかけないで……」

「なんだよ、それ! しきたりがなんなんだよ! 願いが叶うなら、外のものも取り入れればいいんだよ!」

「エリク……」


 エリクは周囲を見る。もう、ほとんど戦闘は終わっている。

 今なら、エリーも余裕があるはずだ。助けてもらおう。


「ターニャ! 待ってろ! 今助けてやるから!」

「エリク……」


 エリクは、ターニャをそっと寝かせ、エリーの方に向かう。


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