【73】エリーのお料理教室(4)
【17】
敵の司令官が舌打ちを打つ。
短剣を持って身じろぎし、ターニャの首から赤い筋が垂れ落ちる。
エリーは怒りを覚えたが、なんとか抑える事ができた。
「動くなよ?」
敵の司令官が、部下に命令を下した。
「竜を攻撃しろ!」
周りにいた兵士が、槍を持って恐る恐る近づいてきた。
エリーは身動きが取れない。
ついに数本の槍が、エリーのわき腹に突き刺さった。
「ぐっ」
エリーはうめき声をあげる。
「ははは、そんなにこのガキが大事なのか! まさかここまでとは思わなかったぞ」
「きゃあ!」
敵はターニャの髪を乱暴に引っ張り、膝を折らせた。
そろそろ、怒りが抑え切れなくなりそうだ。だが、待たなければならない。
エリーは敵の司令官を倒してはならない。村人達の手で、敵を倒したという事実が必要だ。エリーの存在はおまけでなければならない。
「ようし、もっとやれ!」
敵の槍がさらに突き刺さる。
エリーは血を吐いた。目がかすむ。
その目の端に、何か動くモノが見えた。屋根に誰かいる。
「こいつを殺せば、大儲けだぞ! 竜の心臓は高く売れるし、鱗も一枚で金貨と交換できる!」
ついに本音が出た。結局、金が欲しいだけか。
これで、思う存分殺せる。
そう思いながら、敵にばれないように屋根に視線を向ける。
エリクだ。耳を塞いでいる。
準備はできているらしい。
敵にはこちらに注意を払ってもらわなければならない。
「ぐ、貴様……ゴホッ、結局、金が欲しい……だけか」
敵の司令官とニヤリと笑った。
「ああ? 何が悪いんだ。ちょっとは賢いようだが、つまるところお前は獣だ。獣は、人間の為に用意された生き物だ。黙って死ね」
全く理解できなかった。
価値観が違いすぎる。奴の国では、獣は見下すべき存在らしい。
エリーも食べる為や金の為に獣を殺してきたが、基本的には対等だった。気を抜けば、こちらもやられる危険があるからだ。だから狩りをすれば、骨の髄まで食い尽くすのだ。
もはや遠慮はいらない。
こいつらを殺せ。
『〈音の精霊〉よ、我が声を増幅し、奴らに恐怖を与えろ』
エリーは吼えた。
〈竜の咆哮〉が辺りに響く。
タルにヒビが入り、水が漏れる。
木々が揺れ、葉が落ちる。
家の横に積み上げられたマキが崩れ落ちる。
エリーの体に刺さった槍が、ビリビリと震える。
血がどくどくと流れ出す。
肺から、バリッと何かが破れる音がした。
口から漏れる血の量が増える。
兵士の半分は槍を落とし、崩れ落ちる。
残りの半分は何事もなく動き出す。
崩れ落ちた敵も、懐から綿の耳栓を取り出す。
既に対策を取られていた。
エリクは〈巨神の短剣〉を持って、屋根から飛び降りる。
敵の司令官の背中に抱きつく。
そのまま二人はもつれ合い、地面に落ちる。
敵とターニャの分離には成功した。
物陰から村人たちが飛び出してきた。
周りの兵士と交戦を始める。
数では、村人が多い。
しかも武器が斧、金づちなどだ。
エリーは息を吐き出し尽くした。
息が全く吸えない。
意識がある限り、魔法で援護しなければ。
『我が身を守る〈風の中位精霊〉よ。全てを解除し、送還する』
『〈地の精霊A〉よ。大地を練り〈粘土球〉を作り出せ』
『〈地の精霊B〉よ。〈粘土球〉をさらに作り出せ』
『〈地の精霊C〉よ。もっとだ』
三体の精霊に交互に命令して、間断なく〈粘土球〉を作り出す。
『〈風の精霊〉よ。鎧を着ている相手に〈粘土球〉を無差別にぶつけろ』
エリーは絶え間なく〈粘土球〉を撒き散らした。
後は、意識を保つのみ。
もはや何も見えない。
エリーは目を閉じた。
真っ暗闇だ。
剣戟の音が聞こえなくなった。
心臓の音だけが聞こえる。
残った〈思考資源〉で、シロに呼びかける。
『シロ、済まなかった』
『ママ、気にしていないよ。楽しかった』
エリーは意識を失った。
【18】
エリクは、敵の司令官と相対していた。短剣を左手に持ちかえ、構える。
ターニャと引き離すことに成功した以上、後はこいつをやっつけるだけだ。
エリーからもらった短剣は不思議だった。軽いのに敵の短剣に打ち負けない。
「このクソガキが。俺に叶うと思うのか」
敵は短剣を投げ捨て、剣を抜き出した。
あっという間に、武器の射程が不利になる。
しかし、負ける気がしなかった。
敵に打ち勝つ為の動きが、自然と頭に浮かんでくる。長い武器は、懐に潜り込まれると不利になる。だから、いかに懐に飛び込むかが重要だ。
エリクは半身をずらし、敵の左側寄りに飛び込む。
敵が右利きなら、右から攻めるのが良い。腕を体の外側に回す力は、内側に向かうより弱いからだ。
敵は右足を一歩下げ、向きを変えてエリクをなぎ払う。
エリクは短剣を縦に立てて、受け止めた。
体重差で、押し返された。
「お前にゃ無理だ。諦めろ」
エリクは無視する。
戦闘中に話をするのは、敵を動揺させる時だけだ。それ以外は、舌を噛むだけで何も良いことはない。
短剣を構え直す。
もう一度だ。
左側に半身をずらす。
敵が反応する。
左足を踏み込み、大きく右に回る。
フェイントが成功した。
エリクはなぎ払う。
敵は身を引く。
短剣が、敵の肩を浅く切り裂いた。
そのままエリクは通り抜ける。
距離を離して、向き直った。
「ガキ、随分と斬れ味のいい短剣を持っているな」
敵がニヤニヤと笑う。戦利品にするつもりらしい。
それはダメだ。
誰かが、この短剣を国外に出してはいけないと言っていた。国防に関わると。
もう一度。
いくつかのフェイントを混ぜた。
今度は中央から攻める。
敵の剣が待ち構える。
短剣で跳ね上げる。
顔に向け、鋭く突く。
敵は大きく下がる。
「くそ、やりにくい」
敵の右足が踏みこむ。
剣で払いあげてくる。
エリクは体をひねってかわす。
今度は上段から振り下ろしてくる。
短剣で受け止める。
敵はさらに力で押し込んできた。
剣を握る手に力が入る。
「おい、何か言えよ」
エリクはその言葉の隙をついて、剣を横に弾く。
距離を取った。
「くそ、可愛くないガキだ」
一瞬だけ敵からそらし、エリーの方を見る。
エリーの魔法が近くの兵士を攻撃している。
良かった。まだ生きている。
またターニャの方にも目をやる。物陰に隠れていた。
周りが戦場となっている今、逃げる場所がない。
早く目の前の男をやっつけなければ。
「よそ見してるんじゃねえ、よ!」
敵は、剣で斬りかかってきた。
エリクは、大きく下がってかわす。
この男はさっきから、随分と乱暴な言い方になっている。初めは、礼儀正しい男に見えたのが信じられない。
こんな奴を、村に迎え入れたのが間違いだった。
エリクは、思考が冷えていく。動きが止まる。
その隙をついて、敵が連続攻撃してきた。
右。
上。
下。
左。
エリクはどんどん後ろに下がっていく。
ついに、家の壁際に追い詰められた。
敵がにじり寄ってくる。
「その短剣を寄越せば、生かしてやってもいいぜ」
そんなこと信じられるわけがない。断る。
エリクは睨み返す。
「じゃあ、後悔しながら、死んでいけ」
敵が剣を上から振り下ろしてきた。
その時、エリクの身に不思議な事が起きた。
敵の動きがゆっくりになった。
剣の軌跡が目で追える。何もしなければ、エリクの頭がかち割られてしまう。
その時、エリクは何かが頭に浮かんできた。
その動きをそのまま体に伝える。
体を半分右にずらす。
敵の剣を短剣で垂直に受け止める。
ずしりと力がかかり、体が軸に沿って回転する。
そのまま力を加えながら、体と短剣を回転する。
遠心力も加えて、男のわき腹に叩き込んだ。
甲冑が割れ、短剣がのめり込む。
中から血が溢れ出し、男の体がぐらりと揺れた。
エリクは急いで距離を取る。
男は剣を杖代わりにして、エリクを睨みつける。
「ガキ……何をしやがった……」
「スピンカウンター」
頭に浮かんだ言葉を、そのまま口にする。
「クソ、ガキ……が」
男は、そう言いながら倒れた。
エリクは、背後から声が聞こえた。
「エリク!」
ターニャだ。
エリクの胸に飛び込んできた。
「ごめんなさい! 私が馬鹿な事をしたばっかりに!」
「謝る事はないよ。相手は人を騙すのがうまかった。それだけだよ」
「ううん、そうじゃないの! エリーさんを信用しきれなかったのが悪いの!」
ターニャが、エリーを指差した。
エリーの体は槍が沢山突き刺さっている。しかしピクリとも動かずに、黙々と敵を〈粘土球〉で攻撃している。
そのおかげで、村人達が勝利を収めつつあった。村人達には、エリーは味方だと伝えてある。よく連携がとれて、戦っている。
「まあ、エリーだって生きているんだし、大丈夫だよ。それよりロイは?」
「ロイは……やられてしまったの」
「何だって?」
「私をかばって敵にやられてしまったの。ごめんなさい!」
ターニャはさめざめと泣き出した。
「本当に? どこで?」
「隠れていた納屋で……」
それはおかしい。
エリクは、納屋を一度探索している。
その場にロイはいなかったし、血の跡もなかった。
「僕は納屋を見に行ったけど、誰もいなかったよ。本当に?」
「ああ、ひょっとして……」
ターニャが思案顔になった。
「納屋に複数の兵士がやってきて、私が捕まって……。ロイが私を追いかけてきてくれて……ひょっとしたら、逃げてくれたのかも……」
「ロイが怪我をする所を、見ていないんだね?」
「あ、ああ、うん。見てなかったのかも……」
エリクはほっと胸をなでおろした。
どうも、ターニャの記憶が混乱していただけだったようだ。
「そうだ、ちゃんと生きてるか死んでるか、確認しないと」
エリクは先ほどの敵の動きが気になった。
いくら深い傷を与えたとは言え、わき腹だ。致命傷とは言いづらい。
そう思って振り向こうとした。
「危ない!」
ターニャが、エリクの体の前に立ちはだかった。
「ぐっ」
エリクは見た。
敵が起き上がり、短剣を投げていた。その短剣は、ターニャの胸に突き刺さっていた。
「ターニャ!」
ターニャは血を吐いて崩れ落ちた。
「くっそぉぉおおお!」
エリクは絶叫した。
敵に突撃する。
「ざまあみろ!」
敵は嬉しそうな顔をした。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
エリクは、短剣を抜き出した。
許さない。
許さない。
敵は剣を振るってきた。
許さない。
短剣で剣を切り落とした。
敵の剣はパキンと折れた。
許さない。
許さない。
驚いた敵の眉間に、短剣を差し込んだ。
今度は確実に致命傷だ。
「うおぉぉぉぉ!」
エリクは、さらに足の裏で敵の腹を蹴り飛ばす。敵の体が尻餅をついて倒れた。
「ターニャ!」
男を確実に倒したのを確認したエリクは、ターニャの体を抱き起こし、調べた。
「エリク……」
ちょうど胸の辺りに短剣が突き刺さっている。抜くのはまずい。
エリクは、ターニャに呼びかけた。
「ターニャ! 死ぬな! エリーがなんとかしてくれるから!」
「だめ……」
「何がだめなんだ!」
「私に魔法はかけないで……」
「なんだよ、それ! しきたりがなんなんだよ! 願いが叶うなら、外のものも取り入れればいいんだよ!」
「エリク……」
エリクは周囲を見る。もう、ほとんど戦闘は終わっている。
今なら、エリーも余裕があるはずだ。助けてもらおう。
「ターニャ! 待ってろ! 今助けてやるから!」
「エリク……」
エリクは、ターニャをそっと寝かせ、エリーの方に向かう。




